Skyさんの「Kanon」の感想

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ゲームをクリアした人むけのレビューです。

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85Kanon
Key作品は事実のみを描き、真実を明確に語らない。補完を行うことで作品は完成される。具体的で論理的な作風を好む人にはこれほどつまらない作品はない。自ら収束し補完しなければならない物語を「面白い」と言うのであれば、これほど面白い作品はない。物語の抽象性を楽しめるかが鍵。
 たいやきを万引きした逃走犯と二日連続でぶつかる確率はいかほどのものか?

 偶然とは言いがたい。
 何か意図的な、あるいは作為的なものを感じさせる。では何の為にそんなことを繰り返したのか?

 唐突な出会い。たいやきを食べる。指切りをする。名雪を怒らせてしまう。
 ――これは全て、過去の出逢いの再演。

 月宮あゆがメインヒロインであるのなら、祐一が「過去の出来事を思い出す」ことがKanonの“ゴール”だろう。転落事故という悲惨な出来事に耐えられなかった少年は、その出来事を記憶の淵に封印することで自らを保った。「カチューシャを付けたあゆ」という姿はまさに祐一のその弱さを表している。

 その弱さと正面から向きあうことで7年前から止まった時間は動き出す。
 ひとつの思い出に留まり、待ち続けている少女を迎えにいくことで初恋は7年の時を経て実るのだ。

 全てはそこに向かわせるために。
 あゆとの遭遇をきっかけに祐一の「記憶の蓋」は開けられていく。

 幻のあゆは祐一が無意識に改竄を行った記憶の形に、あゆ自身の“思い出してほしい”という願いが呼応して生まれた存在。

 実際はプレゼントされていないカチューシャを付けているあたり、姿形は祐一で、意思はあゆが創り出しているのではないだろうか。このふたりの想念がKanonの世界を築いている。

 だがあゆは「思い出して」と口にもしなければ、自覚することもできない。
“落し物”が何なのかさせ分からない。言い方を変えれば、祐一の意思を尊重しているということか。

 ならば最終的には祐一があゆを選び、彼女の「本当の願い」に気づいてあげるしか、初恋を成就する道はない。

 だがKanonは一本道のシナリオではない。あゆ以外の女の子たちとの出逢いもある。

 仮に祐一(プレイヤー)が栞を選んだとする。そうすると祐一とあゆの物語ではなく、祐一と栞の物語となる。
つまりはそこで分岐する。ゲームならではの構成。祐一と栞が共に歩む道。

 栞は病気を患っている。「起きないから奇跡」と言うようにそれは治らない病気。
死を宣告される――それは世界から否定されてしまう存在だ。

  「あの子、なんのために生まれてきたの…」

 香里の言葉にはそんな悲しみが凝縮されている。
 世界から否定されてしまう存在。だから守りたい、幸せにしてあげたいと願う。

 そこであゆが意味を成す。祐一の意思を尊重する存在として描かれる月宮あゆ。
「天使」とは“仕える霊”らしい。肯定者として月宮あゆは描かれる。

 彼女は“奇跡”を起こすのだ。
 たったひとつの奇跡。祐一が選んだヒロインをその奇跡で救う。
正確には、夕焼け空を覆うように泣きじゃくる少年が笑顔になるために。自らの命と引き換えに幸せを届ける。

 あゆが自身は「探し物が見つかった」とだけ伝え、舞台から去る。
これは祐一の記憶の中から“初恋”が消えていくという描写でもある。


 ――ならば祐一が本筋通りあゆを選んだとする。栞はどうなるか?
 そう考えると「喪失感」が押し寄せるはずだ。

 栞だけじゃなく、真琴も舞も最終的に奇跡という魔法を用いなければ救われない運命。それが与えられないということは……言わずもがな。

 蘇る記憶と消え去る思い出。成就する恋と実らない恋。救われる者と救われない者。

 奇跡の安売りといわれているが、全体を見ればそんな「光と影」が見えてくる。
分岐するゲームならではの構造を利用することで重みを与えている。
『思い出に還る』というより『奇跡の価値』と言ったほうがしっくりくる物語。

 ですが単純に「人を好きになる」ということを素晴らしいことなんだと、それを肯定するための奇跡かもしれません。

 悲しみと正面から向き合った者たちに贈られる、さながら天使からの祝福、とでも言うべきか。


 Key作品は事実のみを描き、真実を明確に語らない。補完を行うことで作品は完成される。具体的で論理的な作風を好む人にはこれほどつまらない作品はない。自ら収束し補完しなければならない物語を「面白い」と言うのであれば、これほど面白い作品はない。物語の抽象性を楽しめるかが鍵。

 何せよ、18禁ゲームに『泣きゲー』という一ジャンル成立させたのは間違いなくKeyだ。

 ひとつのムーブメントを起こしたこと。様々な解釈が述べられていること。
 こういうのを「名作」と言うのだろう。

Skyさんの「Kanon」の感想へのレス

レスありがとうございます。
自分とは違った解釈をしている方のご意見を頂けて大変嬉しく思います。

>真実というのはその作品が象徴するもの、製作側が作品を通して伝えたかったものと解釈して宜しいでしょうか?

はい、その通りです。起きた出来事の意図と言いますか、伝えているものが不透明なゆえにそこを自分なりの納得できる理由を見つけて補完すればいいという意味です。
そこで私が捉えた理由というのもccharaさんが引用してくださっている部分で間違いありません。


>主人公も自覚してこそ真にこの物語の奇跡が価値を持つ気がしないでもないです

ふと思ったのですが「奇跡」対する捉えた方というより、
“いつこの作品に触れたか”というのがこの作品の評価を決定させるのではないかと私は感じます。

私がこの作品を初めてプレイしたのはかなり前になります。確か2003年ぐらいだったと思います。
それなのになぜ今頃感想を書いたのかと言いますと、最近アニメKanonのBDが発売されたりして再びこの作品の世界観に浸るきっかけがあったからです。

そうして当時のことを思い出しながら原作もプレイしてみようと思い、そこで抱いた感想が当レビューになります。

ccharaさんはもしかしたら最近この「Kanon」をプレイされたのではないかとお見受けします。(間違っていましたらすみません。)
私も今の時代にこの作品を初めて触れたのならば、
もっと言えば数多くの作品を見た上で初期のKey作品に触れたならば、おそらく否定的に捉えたと思います。

何故かと言いますと当時「萌え」というものは今のように定着されていませんでした。
だから初期のKeyは“特徴を露骨に表現する”ことでキャラの「可愛さ・健気さ」をアピールしていたのだと思います。

それゆえに私はあまり違和感を覚えることなく、この世界に浸れました。
最近プレイして確かに作為的なものは感じたのですが、それでも昔と同じように楽しめたのは既に私の中でこの作品が「思い出」なっているからなんだと思います。

>【それを人形的・あざといと感じて醒めたのが私であって、別のものを感じられたのがSKYさんなのだと捉えています】

ccharaさんも仰る通り、この点が私との一番の違いと言いますか、評価の分かれ目なんだと思います。

そしてその背景にあるものは“いつこの作品に触れたか”というのが大きいと思います。
私自身このゲーム業界に興味をもったきっかけが「Kanon」や「AIR」だったりします。
露骨なキャラも役割を背負わすようなシナリも違和感を覚えなかった。そういうものなんだと受け入れました。

だからなんでも肯定的に捉えようとしているのだと思います。その証拠と言ってはなんですが「AIR」には100点をつけていますし。
ゆえにムーブメントを起こしたこと、泣きゲーや、ともすれば萌え要素まで定着させた
初期のKeyは凄いという評価に行き着きます。


「CLANNAD」は未プレイですがアニメ方を拝見しました。
この作品も口癖を言うキャラ(ことみ)、現実的ではない存在者(風子)など、どこかKanonを思い出させるものがあります。
これらを見て昔とは違い、ある種の気持ち悪さのようなものを感じました。
それでも物語は今までとは違い、幻想的なものばかりではなく、非常に普遍的なものが多い。
学校生活、就職、仕事、恋愛、結婚、出産、死別など誰ものが経験しうることを切実に描いているから共感し、感動しました。

解釈の違いというのも、もちろんあると思うのですが、
いつ作品に触れたのかで評価が変わってくるように感じます。
2010年01月11日19時02分05秒

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