amaginoboruさんの「sense off ~a sacred story in the wind~」の感想

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ゲームをクリアした人むけのレビューです。

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人間の行使する伝達能力の限界を書いた物語。わからないものはわからないし、理解できないものは理解できない。しかしわかったように感じる、わかったと錯覚することを否定もしていません。理詰めと感情の両面から「人間はそういうものである」とだけする作品です。
定義づけ可能なバックボーンを大まかに書き出すとこんな感じでしょうか。

 ・主人公とメインヒロイン5人(とタニシ君)は宇宙から来た思惟生命体
 ・思惟生命体は人間に寄生することで存在を保っている
 ・思惟生命体はつがいで共感することにより、お互いを完全に理解することが可能
 ・主人公は他者の運命を悪い方へ書き換える呪いを受けている

上2つは透子ルートで明文化されていますし、人として転生が可能なことは椎子ルート
にて書かれています。つがい絡みは珠季・美凪・透子ルートで具体例があり、直弥が
受けた呪い的なアレは美凪ルートで明らかにされます。

これらは依子と慧子を含んだ全ルート間でも矛盾を生じないため『sense off』に
おける世界設定であると類推できますが、明文化されているのはあくまで各個別の中で
のみ。ルート間で世界設定が異なる可能性は否定できません。定義はあくまで語られた
ルートの中でのみしか効果を成しません。


上記を筆頭に、物語の核となる要素について定義づけされていない作品です。
各ヒロインのエンディングにしても同様。どんな力でハッピーエンドへと持って
いったかなどは全てぼかされていますし、そも全てがハッピーエンドであると明文化
されたわけではありません。

成瀬・珠季・透子ルートの未来が現実であるという保障や、美凪・椎子ルートで直弥が
助かった保障も一切されていません。「状況からそうだろう」と読み手がアナロジー、
つまり類推しただけです。

これらはノベルゲー(≒物語)の一般的な共通モデルから類推されたものでもあります。
「個別で語られた世界設定は明文的に否定されていないかぎり、他ルートにおいても
適用される」というモデルに則ったものでしかなく、それが本作にも適用されている
とは限りません。個別間で設定の異なるノベルゲーなんて沢山ありますし。

フィクションであれば一般的には作中にて世界設定が定義付けられるものです。しかし
本作はSF要素を用いながらも定義付けされていません。ある程度までは仮説と考察から
定義づけること可能です。しかし根幹である設定が不確かである以上、全てを明らか
にはできません。

これが考察難と評される所以でしょう。理系知識を多分に用いて綴られた作品ですが、
それらが読解を厄介なものとしているわけではありません。むしろ文系的ですら
あります。僅かな情報から「作者が想定していた内容は何か」と類推を求める物語
だからです。


もっとも、物語はおしなべて類推されるものです。口伝、書物、詩、演劇、いずれの
アウトプットをもってしても、作者演者の思考を完全トレースすることは不可能。
だから受け手達は不確定要素を各々で類推補完し、それらを統計学的な見地から
すり合わせてオリジナルとの近似値を導き出します。物語に限らず、正解を見出せない
モノにはそうやって真実へ近づくものです。

にしたって本作は確定要素が少なすぎます。しかしそれらはおそらく作り手の意図
するところなのでしょう。『sense off』は人間の共感能力、あるいは感覚伝達能力の
限界を書いた物語だからです。

例えば藤の花への評価やニンジンの好き嫌いなど。より物語へ踏み込むなら、人の心が
読める美凪、論理的を理解できない透子、タニシを愛する彰人。その人がどう感じたか、
どう理解できたかを他者に完全に伝達することはできません。人間の有するインター
フェースの性質上、伝達する過程で情報が劣化するからです。

よりわかりやすく表したのがケプラー。盲目の彼が数学で認識する世界は、おおよそ
資格を持つ我々とは異なります。それを味覚や触覚で再確認したのが慧子ルート。
一般的な人間のインターフェースを持たない彼らには、人の間で用いられるモデリングが
通用しません。ゆえに情報の劣化がより顕著です。

個別ルートでは至らない人間の伝達能力に対し、完全な共感を可能とする思惟生命体を
用いることでアプローチを試みています。珠季や慧子のルートでは一体化してハッピー
エンドとしている風にも取れますし、美凪ルートは彼女自体が直弥の「つがい」です。

一方で不便な人間の感覚的な要素も肯定しています。「凄く無防備で会話できる」から
彼女を成瀬と確信してみたり、気持ちのいい「×」を書くから透子を気に入ったり、
夕焼けを見て無性に泣きたくなったり。時にはエロゲらしく、その感覚がたまたま
近似値を叩き出したことで、お互いが分かり合えていると錯覚することすらあります。

「人間」というハードウェアに対してもやはり肯定している節が見受けられます。
「あの人」とは別に直弥を好きとする透子や、肉体を檻に例えて個人を肯定する慧子
ルート。何より成瀬ルートは人の伝達能力だけで書かれた物語で、その至らなさを
否定している風には到底見えません。

人間の不便さを思惟生命体というSFで比較表現する論理的な考察と、人間らしい
感覚的な魅力をルートに分けて綴った物語。それが『sense off』であると私は
考えます。

ただいずれのアプローチも、行き着く結論は同じ「人間は他者を完全に理解できない」
「わからないものはわからない」です。どちらの善し悪しではなく「そういうもので
ある」とするだけの作品でもあたように思います。



ですがノベルゲーとして本作が最も評価されているのは、テーマではなく演出です。
「コズミック・ラン」から「birthday eve」の流れは物語が唐突すぎるにも関わらず、
「birthday eve」のリリックが深いようでやはり意味不明な語群なのにもかかわらず、
問答無用に感動を呼び起こします。

理屈ではない感動。意味や理由はなくとも心の琴線に触れるそれは、本作の語る不便な
人間の一部を鮮明に表現していました。言葉ではなく旋律で伝える演出こそが、今なお
『sense off』が名作と評される理由なのだと感じます。

2000年といえば泣きゲーの隆盛期。エロゲではテキスト以上にサウンドが重視されて
いた時代です。その当時最先端に立っていたI`ve soundやVAコンポーザが製作陣と
共に仕掛けた演出は、それこそ当時だけできたエロゲ・ノベルゲーならではの表現技法。
今後も語り継がれるに相応しい代物です。

もちろんリリックを綴ったライターの脳内では意味のある言葉だったのかもしれません。
ですがどんなに頑張っても他者のすべてを理解はできませんし、わからないものはわかり
ません。であれば、自身が受けとめた感覚が全てなのでしょう。その上で誰かと共感した
ように錯覚できたのであれば幸せですけどね。

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