エストさんの「親愛なる孤独と苦悩へ」の感想

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『仕事に行きたくなくて朝起きるのが辛い、夜眠るのが怖い。人間関係が上手くいかない。何をするにも意欲がわかない、生きている意味が感じられない。』 日常に転がる負の感情に焦点を当て、「心」について考える心理カウンセリングノベルゲーム。常に弱者の視点から構成されるメッセージや心の見つめ方はまったく説教臭さを感じさせず、登場人物達のみならず読者にも様々な気付きを与えてくれる。 そしてこの物語の本当に恐ろしいところはそんな教材的側面を崩さず物語としてちゃんと面白い事である。様々な苦悩と孤独を抱え登場する主人公達は読者の共感を誘い、いつの間にか物語にのめりこませてくれる。久しぶりに心に深く刺さり気持ちの良い涙を流せた一作だった。いつしか孤独と苦悩にも「親愛」を感じらますように。全ての意味を感じよう―

 はじめに、本作はイベント限定で頒布されたもので現在DL販売等は行われていないが、某サイトさんで合法的に無料配布されている。(ググればすぐ分かると思う)
私のような地方在住のノベルゲーマーでも現在は手軽にフリーで全編プレイ可能だ。鬱とまではいかずとも精神的にマイナスの要素をテーマにした作品なので「人生は楽しい!」と思っている方にはあまり向かないかもしれないが、少しでも興味を持った方は是非プレイをお勧めする。万人向けの作品とは言いがたいのだけど、 刺さる人にはとことん突き刺さる一作だと思うので…。


 本作は日常的な悩みを抱える大学生3人を主人公とした短編オムニバス形式の物語である。自分でも漠然とした想いを抱えるだけで悩みの根源を掴み切れない彼/彼女たちは、カウンセラー橘真琴とのカウンセリングを通し自分の隠れた心を理解していく…概ねこんな感じのあらすじの作品である。

本作が万人向けと言い難い理由のひとつ目は、このあらすじからもわかる通りこの物語の「動き」の少なさにある。本作は基本的にキャラの内面をひたすらに分析・解体していくことを主眼としており、サスペンス的な展開の目まぐるしさはほとんどない。ひたすらにカウンセリングと己を見つめ直す作業を繰り返し、自分自身でも理解していなかった「本当の自分」を探していくという物語は動的な展開を求める読者からすれば少し退屈に映ってしまうかもしれない。主人公たちが隠れていた自分に気づく瞬間は演出も手が込んでおり物語的な見せ場ではあるのだけど、内面や精神世界の探求をメインとした「静かな」物語であることは間違いない。

ふたつ目の万人向けと言い難い理由は、本作は「悩み」を抱える登場人物しかおらず、展開上暗い雰囲気の場面が続きやすい事にある。全編通して悩みに悩むキャラ達を見ていて「なんでそれだけの事でここまで深刻に悩まないといけないんだろう」と思う人は一定数いるはずである。別にそう思う事は悪い事ではないし、むしろ健全な精神を持っている方々だとは思うのだが、この物語がターゲットとしている読者層とは多分ズレているのだと思う。本作は冒頭の一言で書いたように、社会人なら「仕事に行きたくない…仕事をする意味が分からない…飲み会なんて行きたくない…」、学生なら「友人関係が上手くいかない…就職する意味が分からない…」といったように社会に顔向けできないとまではいかないが、世間ではマイナスに評価されてしまう想いを抱えた内省的な読者を想定して書かれていると思う。一言で言うと、「生きづらい」人達だ。それ故に本作にある程度でも共感が得られる読者層は限定されてしまい万人向け感はなくなる…が的を絞ってクリティカルにメッセージを伝えるという意味ではこれはそう悪い事ではないのかなと思う。


生きづらさを抱える読者達に本作は何を伝えたかったのかと言うと、そんな肩ひじ張るような大仰なメッセージはなかったように思う。

 「別に仕事に行きたくなくても良いし、就職に興味を持てなくても良い、人間関係なんて上手じゃなくても良い。コミュニケーションが苦手でも良い。」「正しいとか、間違ってるとかは人が決める事じゃない、自分が決めることだ。」「マイナスの感情を抱えこんでしまっている自分をまず許容して、気を楽にしてからこれからの事を考えれば良い。」

『ダメな人生を送ることは、いけないことじゃない』

このメッセージは月並みと言えば月並みなメッセージだし、「ふーん。もしそう思えたら楽そうだね。」と終わらせてしまいそうではあるのだけど、そうはさせない強みというか、力強さのようなものを本作には感じた。

1つめは実践的であることの強みとでも言えばいいのだろうか。
「仕事にいかなくてはいけない理由は何か?人間関係が上手でなくてはならない理由は何か?○○でなくてはいけない理由は何か?」とひたすらに自分の価値観を掘り下げていく「観念の手法」などが作中で紹介されているが、実際やったら変われる人もいそうだなと思うくらいには説得力があったと思う。単に精神論的なアプローチで終わらず日常でできる実践的なアプローチがあるとメッセージ自体が身近に感じられて、自分でも出来そうな気がしてくるから不思議なものである。他にも様々な心理学的な自分を見つめ直す手法が紹介されており、これらがメッセージングを現実的なものにしていた。

2つめの強みとして舞台や悩みがなんてこともない日常の一幕であるということも大きい。教育実習という場で理由も分からず鬱屈感を感じていた姫紗希の物語は、広げてみれば仕事場で嫌な思いをしている多くの人が共感しやすい身近な物語だと思うし、現実的じゃないからと夢を遠ざけたり夢を追う理由自体を見失っていた那古の物語でも身近な共感を覚えた人はそれなりに多いのではないだろうか。コミュニケーションや他者との関係、才能への絶望といったテーマがメインの海と朽木の物語なんかはかなり普遍的な内容なのでコレも共感を覚えやすいだろう。遠い誰かではなく、自分たちの日常のすぐ側にいそうな人達が主人公として目の前の壁に果敢にぶち当たっていく。そんな姿を見るだけで「自分も少しくらい…」と思ってしまうような、物語が身近であることにはそれだけでパワーがあると思うのだ。


ただやはりメッセージだけが身近で実践的だから共感できる良い作品だとは多分ならない。やはり物語である以上は物語としての面白さが欲しいし、読者を問答無用で引き込んでくれるだけのパワーがあってこそメッセージへの共感が得られると思うのだ。

そこで本作にそれだけのパワーがあったのかと言うと…何度もボロ泣きしてしまった時点で私はこの作品に完全に引き込まれていたと思う。各章末に訪れるキャラ達の苦しむ心の剥き出しの発露にいつしか私も飲み込まれていた。この作品はテキストの丁寧さや内面描写の深さが一番の見どころではあるとは思うのだけど、ビジュアルノベルならではの音楽や演出も相当に気合が入っている。特に苦悩や悲しみを文章で語らず、涙を流す一枚絵や発汗している立ち絵、釣り目の強烈な目線などで表現する手法にはかなり引き込まれた。文章だけでも相当なものなのに聴覚的にも視覚的にも隙がないからこそ、それらが合わさって描かれる感情の発露にはこれ程のパワーが宿るのだと思う。

題材が題材ということもありどの章が一番面白いか、一番共感できるかは恐らく人によってかなり違いがでてくると思う。余談だが1~3章だと私は1章が一番好きだった。どの章もかなりのクオリティで仕上がっているしここらへんは好き好きというか、自分に境遇がどれ程重なるかによるかもしれない。
そして、「死」「自殺」といったこれまでの章とは比べ物にならない程重い題材を扱う4章。負の感情がかなりのリアリティを持って描かれており終始私は圧倒されてしまった。虐めを扱う物語にはこれより苛烈を極める描写がいくつもあるけれど、単に悲しいとか苦しいという言葉では表現できない鬱屈とした想いをリアルに描いている作品は少ないと思う。4章の舞台もまた前章に引き続きどうしようもなく身近で、リアルだ。本当にそこらじゅうにあってしまいそうな虐めやネグレクト。その中で生きづらさを感じるまこちゃんの想いがあまりにリアルで切実すぎて、4章は読み進めるのが本当に辛かったし終始泣いていた。

4章は「〇〇でも良い」というメッセージをさらに一歩踏み込ませ「自殺」に言及する。自殺を許せるか、許せないかというのはかなり究極的な問題で、簡単に「自殺したいと思っても良い」なんては言えないだろう。死んだら終わりだという思いも強い。けれども少なくともまこちゃんの選択を非難する資格を持っている人なんていないと思うし、自殺すらも理解し許してしまう程の根源的な許容、無償の愛のようなものがまこちゃんには必要だったのだと思う。「自殺を許す」というと社会的には悪のイメージが強いのだろうが、本作の「自殺したいと思っても良い」には、全てを受け止め優しさで包み込んでくれるような、とても穏やかな想いと救いのメッセージを感じた。

そして、そんな孤独と苦悩に支配された人生を送ったまこちゃんの言葉だからこそ、「酷い人生でも良い。親愛なる孤独と苦悩へありがとう、さようなら」という言葉は響く。この言葉は、大変な孤独と苦悩を抱えたまこちゃんが自分を見つめ直し、兄や両親、自分自身に許しを与えられたからこそ告げられた心からの一言だ。だからこそこの言葉は重いし、響いた。自分も他人も環境も、人生のどんな出来事も優しく受け止め許容してくれる不思議な力がこの言葉にはあると思う。この作品には心理学的手法含め様々な読者へのアドバイスが散りばめられているけれど、全部の中心にある一番大切なテーマはこの言葉に込められているように私は感じた。少なくとも本作をプレイして私の心も少しは軽くなったし、本当に素敵な作品を送り出してくれたサークルさんに感謝したい。


物語が終わっても彼/彼女達がこれから歩む人生にはまた新たな孤独と苦悩が立ち現れるのだろうが、もう彼等が不必要に悩み振り回されることはないと信じたい。彼等の、私たちの苦しみにも意味がある。孤独と苦悩も学びを与えてくれる良き隣人として「親愛」を持って上手く付き合っていけるだろう。そう思えるほどにキャラクターの意思の美しさ、メッセージの力強さを感じた一作だった。弱者の哲学とかがもともと好きな私だからここまで響いたというのはあるとは思うが、響く人にはとことん響く一作だと思う。
プレイしてよかったと心の底から思える、大切なものを受け取れた一作だった。
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