OYOYOさんの「眠れぬ羊と孤独な狼 -A Tale of Love, and Cutthroat-」の感想

犯るか殺られるか。
自分より強い存在にある日突然殺されるかもしれないという恐怖で眠れなくなった主人公は、殺人によって自分もまた人を殺す力を持つという安心感を得ることでつかの間の安眠を得る。その繰り返しの中で擦り切れた彼はしかし、自分より圧倒的に強いシリアルキラーの少女「あざみ」をセックスで組み伏せることで、これまでにない安らぎを得ることに気づく。しかし、あざみを自分の手元に置こうとしたことで、彼の安穏とした羊の生は脅かされ、新宿歌舞伎町の覇権をめぐる混沌に飲み込まれていくのだった。

「愛と殺人の物語」と銘打たれた本作は、どっこい愛など何処にあるのかというくらい、徹頭徹尾自己中心的な登場人物たちが好き勝手に暴れまわるバイオレンス・ノワールである。

作品の魅力のひとつは、何と言っても味のあるキャラクター群の織りなす物語。一癖も二癖もある「悪党」たちがそれぞれの思惑で動き回って先の見えない物語を紡いでいく。キャラが立ちまくっているお陰で、物語が余り進展を見せない序盤、髭面中年男が危険を感じておたおたしているだけでも、舞台の上の人びとが何を考えどう動くかに心奪われぐいぐい作品に引き込まれていく。

そしてもうひとつの魅力。それは、物語を支える強烈で一貫したエゴの行方への関心だ。

「どんなに装ったって、誰も自分以外の何物にもなれやしない」

主人公の住居のオーナーである「ババア」のこのことばが、本作のすべてだと私は思っている。自分以外にはなれない。私は私のまま、誰にでも変われるなんてことはない。私のままでしかいられない――。人は、どこまでいっても「我がまま」でしかいられないのだ。

愛だの恋だのと言うと、ふつうは「相手」のことを考える。相手を想い、相手のために生きる……そういった感情を、本作は一顧だにしないで否定してしまう。登場人物たちはたいてい、清々しいほど自分のことしか考えておらず、自分のためだけに生きている。ネジが2、3本外れた人間の見本市だ。

とはいえ、そういったエゴイスティックな感覚が一定の説得力を持つのも事実である。どんな綺麗事を並べてみても、私たちの行為はとどのつまり自分のためでしかない。そんなふうに考えたことのある人は少なくないのではないか。

「この世は、俺やあんたの答え合わせのために存在してるわけじゃない」とは主人公の弁だが、作品を貫くこの思想も、ある種の「我がまま」だと言える。因果や法則、理由といった「真実」(あるいは客観)などこの世界のどこにも存在しない。それがあると思うからそう見えるだけにすぎず、「現実」は人間の思惑などとは無関係に存在しているし、人間にはその「現実」をどうにかすることなどできない。人間がそうであるように、世界もまた「我がまま」でしかいられないのだ。

そんな底なしの「我がまま」の中にいるのが、自分が眠るためだけに人を殺す主人公と、何の理由もなくただ殺したいから殺すあざみである。この2人の間にどんな愛が成り立つのか。あるいは愛など存在し得ないという結論に落ち着くのか。作品開始直後から頭をもたげはじめるこの疑問が、私が本作を読み進める大きなモチベーションになり、結果的にきっちりと答えを出してくれた。人によってはモヤモヤが残るかもしれない(と、ライターである昏式氏がスタッフコメントで述べていた)ラストシーンも、結局ユーザーである私たちが「我がまま」に読むしかないということだろう。それはメタ的な発想ではあるが本作にふさわしい最後であり、本作が最後まで「我がまま」を貫いた証のようにも思われる。

世界はあるがままでしかないし、人間もまたあるがままでしかない。意味や価値は常に主観的でしかありえず、「私」は誰とも関わることのない孤独な存在である。「透明な世界」と作中で呼ばれるその場所から、主人公とあざみは抜け出したのか、それともとどまり続けたのか。私が自分の解釈を語ることにほぼ意味がないと思うので、結末は是非自分で確かめてほしい。

テキストは短い文章を畳み掛けるようにつなげる形式。スムーズでテンポが良く、退廃的で重たいムードを醸し出しつつも絶妙に中二病テイストが混ざっていて独特の雰囲気がある。ときどき三人称視点で登場人物の内面を直接語ってしまうのはキャラクターの底を見せてしまうので私はあまり歓迎できなかったけれど、読みづらさを感じることはほとんどなかった。

グラフィック面も、私的には文句のつけようがない出来。おっさん連中がキマっているのも良いし、各シーンでのあざみの目の動きだとか、紗雪の眉間の皺だとか、そういったところで登場人物たちの表情や気配が真に迫る様子で描かれている。銃の構えとか、グロ描写の迫力とか、汚物の描写とか、一家言ある専門家の方々からすればまた違った評価になるのかもしれないが、少なくとも作品の雰囲気にマッチしており魅力をより高めるだけのクオリティであることは間違いない。音楽・演出を含めて明確なコンセプトのもとに一体感を保っている。

と、基本的にはよくできた作品なのだが、いくつか不満も残る。

まず形式的な問題点として、「眠れぬ羊と孤独な狼」ルートの終盤があからさまに駆け足になってしまっていること。特に、最終盤の連鎖的な戦いのシーン。各キャラにいわゆる「見せ場」的なものがあるのだが(あれを見せ場と言って良いかは置いておくとして)、途中から男性キャラのCGが入らなくなりテキストの描写も淡白になっていく。クライマックスに向けてスピード感を出しているのかとも思ったのだが、挟まれるHシーンの説明がつかないのでこれは違うだろう。そうすると、途中まではきちんとCG付きで描かれていたのだからもっとも盛り上がる場面で描写を削る必然性というのはほぼ見当たらない。もともと描く予定がなかったのだとすれば演出不足だと思うし、予定していたけれど諸々の都合でおざなりになったのだとすればやはり残念だ。

次に、それと関連して終盤の焦点がキャラクターの内面から事態の推移へとシフトしてしまうこと。先述したように、キャラクターに対し「こいつがどうなるんだろう……?」という興味で引っ張るのがこの作品。それなのに内面を掘り下げるのではなく事件のほうが前面に出てきてしまうので、ちぐはぐな印象を受けるのだ(ラストはまた内面に戻るし)。終盤のキャラクターたちの会話は、「私」についての情報を語るのではなく、事件の真相と事態の推移を説明するものになっている。エンタメ要素として事件解決型の話が盛り上がるのは理解できるし、物語を駆動させる力として必要な要素だというのもわかるのだが、バランスを取り損なった感じがする。

最後に、これは好みの問題なのを承知で、最終シナリオの大きな敵は必要なかったのではないかと思う。「私」というミニマムな単位の物語から一気に飛躍しすぎた感があるからだ。そのせいで、物語の焦点がブレてしまった。小さな国の中でで小競り合いを続けていたらいきなり宇宙人が攻めてきた――というと大げさすぎるかもしれないが、「私」と対立する世界とか社会のようなものを引っ張り出すにしても、もう少し小規模なものにしておいたほうが、バランスを取れただろう。

個人的な希望を言えば、最後の相手との関係は表面的な「個」と「全」の対立にとどまるものではなく、もっと内面的な「私」に食い込んだものであってほしかった。本作だとたとえば、人は誰かを思いやることができるし、誰かと繋がってともに歩むことができる……みたいな感じの思想が主人公たちへのカウンターになるだろうか。実際、最後の敵を含めて登場人物たちが皆同じようなカラーになってしまっていて、せめぎあいや葛藤による内面的な盛り上がりに欠けていた。昏式氏のシナリオなら、『vermilion』などはそういった思想の違いによるバチバチした対立が描かれていて迫力があったように思う。

またこれは持論として、主人公たちの魅力というのは敵対するモノの強度によって決まるところがある。敵がショボければ、それを相手に頑張っている主人公もショボく見えるし、逆に敵が強大であれば、それと格闘する主人公たちの力強さも引き立つ。そして「我がまま」さに焦点を当てた本作の場合、完全なかたちで対立する相手というのは大きな権力や理不尽ではなく(なぜなら、それは単に程度の違う「我がまま」のぶつかり合いにしかならないから)、「他人のため」のような思想だったのではないか。

愛の物語だというならなおのこと、「我がまま」を根本から否定する力を持ったものを作中で明確に対立させてほしかった。その葛藤を乗り越えて、それでもなお「我がまま」であることを選んだとき、そこに描かれる「我がまま」さがより説得力を持ったはずだから。

何だか不満のほうに色々書いてしまったけれど、内容的にはじゅうぶん満足。面白かった。ボリュームがミドルプライスばりの少なさなことに目をつぶれば、ダレない展開で一気にやりきってしまえるのも良い。エロ・グロ・スプラッタに流血スカまで入って過激な描写が多いので、苦手な人はご注意を。股間に着火は怖いデスネー。ただし同ブランドの同系他作品と比べるとかなりマイルドなので、期待しすぎも禁物です。

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