dovさんの「水の星、世界を手に入れる男」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

ちゃんとプロットの手続きを踏んでいるのが良かったと思います。
 以下の描写が引っかかった。

>「ベリチュコフ艦隊、発見!」
> 雨音に負けぬよう見張り台の兵が大声で報告した。
> エルバートは前方を凝視する。
>「あれか」
> 水平線に小さな粒がぽつぽつと浮かんでいた。

 言うまでもないけれど地球は球体なので、見張り台から船が見えた時点で甲板にいる主人公から船が見えるはずがない。
 あるいは、

> 少数の側が多数の側を包囲しようとするとは……
> 普通ならまずそんな発想すら出てこないはずだ。

 と包囲攻撃を評価しているが、史上最も有名な包囲戦であるカンネーの戦いは少数側が多数側を包囲殲滅したものであり、これは高校必修の世界史で習う内容である。

http://www.y-history.net/appendix/wh0103-027_0.html http://koukousekaishiyougo.seesaa.net/article/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84%EF%BC%88%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84%EF%BC%89.html

 個人的に子供向け作品/大人向け作品の境界線は「高校生を騙せるか否か」だと思っているのだが、この作品は高校生でも引っかかるような記述が多く、子供向け作品の範疇を脱していないと思った。
 しかし平明な記述で面白さのルールと手続きをきちんと守っている点がすばらしい。
 例えばこの作品の2章でとあるキャラが死亡するのだが、私はこのキャラには絶対に死んで欲しいと思っていた。というのは何もこのキャラが嫌いだったからじゃなくて、このキャラが死ななければ物語が動かないと分かりきっていたからだ。そういうキャラをきちんと殺す、「物語を面白くするルール」に忠実であることが良かった。

 ところで自分は、この作品をプレイしていて『セブンス』( http://ncode.syosetu.com/n3250cl/ )というライトノベルを連想した。こちらも美少女を引き連れ世界征服する物語で世界観もかなり似ているのだが、主人公の性格が『水の星、世界を手に入れる男』と裏表みたいに逆なのだ。『セブンス』は自分が知る限り最高のライトノベルなので、『水の星、世界を手に入れる男』も負けないような物語になって欲しいと思う。

dovさんの「水の星、世界を手に入れる男」の感想へのレス

 お久しぶりです。

 せっかくお勧めいただいたので、こちらの作品やってみました。ただ、わたしの横着ゆえ、web小説版のほうのみを手早く読ませてもらいましたので、レスにて失礼します。
 軽く確認しましたところ、ゲーム版のほうには例のラストシーンで「父王は次世代をよく見据えて布石を打っている」ことを回想する演出がつけ加えられていたりと、web小説版とは細かな差異があるようです。その点での行き違いはあるかもしれない旨、ご容赦ください。

 さて、「Sek8483さんがどう感じるか気になった」とのことで、お気にかけていただきましてどうも。いくつか話すポイントはありそうですが、「ライトノベル的」か否かについては、わたしがライトノベルを十年来読んでいないありさまなので何も申せません。というか自分が手もとに持っているラノベを漁ってみたらば『猫の地球儀』とか掘り出されてきまして、面倒くささのプンプンする老害臭がにゃーん。ですので、ジャンル論争になりかねない話についてはフタさせてくださいませ。

 その上で、dovさんが評するところの「平明な記述で、面白さのルールをきちんと守っている」作品の魅力については、おっしゃる通りだと思います。しかしながら、dovさんが感想の前半でなされている個別箇所への批判については、そもそも妥当性が薄いように考えます。


 ひとつめ、敵艦隊の発見について。
 まずは、dovさんよりも前後を広くとって引用しますね。
>>
 日の暮れた海は、どこまでも暗闇が広がっていた。
 時が経つほどに雨は強くなり、甲板を勢い良く叩いている。

「ベリチュコフ艦隊、発見!」
 雨音に負けぬよう見張り台の兵が大声で報告した。

 エルバートは前方を凝視する。
「あれか」
 水平線に小さな粒がぽつぽつと浮かんでいた。まだ距離があるため、雨の中では、言われないと気付かないほどに見辛い。
 敵艦隊は20隻にも満たなかった。他の艦は各地に分散しているのだろう。
<<
このとおり、日没後・悪天候での海戦につき「言われないと気付かないほどに見辛い」状況であったゆえのことで、水平線に対する視差からくる地球規模の見通しの話などは、ほぼ関係ありません。こちらへの指摘につきましては、dovさんの思い違いではないでしょうか。

 ただ、もう少し考えてみると、そうした思い違いを助長してしまう手落ちもまた作品側にはありまして。
 ご覧のとおり、dovさんの引用とわたしの引用では、改行に違いがあるのですけど、わたしの引用はWeb小説版のテキストです。一方でゲーム版においては、この行を空けた箇所ごとにページ切り替えがされております。そして、あくまでわたしが比較した印象ではありますが、ゲーム版のほうが読んでいて、兵が報告してからエルバートが気づくまでの "時間が短い" ような体感がありました。
 ADVにおいてはテキストとテキストの間のSEや立ち絵変化などの、さまざまな演出によってゲーム内の "間" を描くことが可能です。されどフリーゲームの本作ではそのあたりまで手が回っておりませんので、商業フルプライスエロゲばかりやって耳目がブクブク肥えまくってるわたしなどの場合、あえてADVにしておきながら "間"が無くて、テキストが矢継ぎ早に進んでいくような印象もあります。いっそ、web小説版で文章のみを読んでいるときのほうが情報が少ないぶんイメージが脳内補完されますし、(上記引用のように) 行間によって文のかたまりが視覚的に分けられることにより、"見張り台の兵が大声で報告した。" というのと "エルバートは前方を凝視する。「あれか」" がそれぞれ別のアクションであるという、文章の時系列はより明確に印象づけられているよう思います。
 このあたりの間の取り方などで、本作テキストはADVには最適化されておらず、それを補うべき演出もない、ADVとしては文章表現がやや速すぎるような欠点をもっていたように感じます (コスト的に、それを実際に責めるべきかは別としても)。ひょっとするとdovさんが「見張り台から船が見えた時点で甲板にいる主人公から船が見える」ように読み取った一因は、そんなところにもあったかもと憶測いたします。


 ふたつめ、包囲戦について。
 dovさんが引き合いに出されたカンネーの戦いは戦史上名高い包囲戦ですが、なぜに名高いかといえば二倍近い敵を破ったのがやはり衝撃的だからでして、殲滅戦の典型として戦術家の手本になっているのはそれ実現できたらスゴイよねということだからでして。「まずそんな発想すら出てこないはずだ。」という本作は、やや語気が強めだと感じはしますが、特に穿った見方さえしないなら、わたしなどは引っかかることもなく読めました。

 さらにいえば、お話の展開の上で語気を強くしておく必然性もまた認められるように考えます。
 はからずもと言うべきか、本作における戦闘展開は、カンネーの戦いへの評価をよくふまえて書かれているかのようでもあります。こちらはWikipediaからでちょっと恐縮ですが、カンネーの戦いについて。
>>
この戦いから特に包囲戦の有効性が強調されるが、ローマの敗因は包囲されたことによりパニック状態になり、有効な組織的対応が出来なかったことにある点に留意する必要がある。もしローマ歩兵が包囲側の攻撃に耐え、そのまま前進して包囲網を突破し、左右に展開出来たならば、逆に寡少なカルタゴ軍を包囲できたことになり、全く違った結果となっていたと考えられる[1] 。

( https://ja.wikipedia.org/wiki/カンナエの戦い )
<<
 続きまして本作から、このたびあえなく敗軍の将になったアナスタシヤさんの洞察とそれが崩れ去る過程がこちら。彼女はただの無能でないからカンネーの戦訓はしっかりふまえつつ、それでも、どうしようもなく敗れているのです。
>>
 驚愕に値することだった。
 少数の側が多数の側を包囲しようとするとは……。
 普通ならまずそんな発想すら出てこないはずだ。

 恐るべき相手だが、しかし、こちらは彼の意図をすでに見抜いている。
「全艦、被弾に構わず突き進みなさい! 1隻でも敵艦隊を突破すれば、あたしたちの勝ちよ!」
<<
>>
 指揮を続けながらアナスタシヤは中央突破の機を窺った。
 1隻だけで良い。たった1隻で良いから突破を果たせば、それだけでエルバート艦隊の陣形は崩壊し、包囲網も成立しなくなる。
<<
>>
 通信兵が次々と声を上げる。
「四番艦と十番艦が、全軍の総退却を提案しています!」
「アナスタシヤ様! 八番艦からは通信対話の要求が!」
「転進の準備はすでに整っているとの報告が五番艦から寄せられています!」
 彼らの声色から、撤退に反対している者はひとりも居ないことが読み取れた。

 アナスタシヤは全艦に通信を送った。
「すでに敵艦隊が後方に迫っているわ! 後退は不可能! 逃げ道は正面にしかないのよ! 死にたくなければ前面の艦隊を突破しなさい!」
 これで事態が好転するとは思えなかったが、他にどうすれば良いか分からなかった。

 配下が恐慌に陥ることさえなければ、中央突破を果たして、分断した敵艦隊を壊滅させることができた可能性は、充分にあっただろう。
 だがこうなった以上、勝敗の帰趨は覆りようがない。
<<
 「配下が恐慌に陥ることさえなければ」と地団駄を踏んだベリチュコフ王家の妹さんなのですが、それこそまさに負けたポイント。ゆえに、妹さんの思いはどうしても詮無きほうへいってしまいます。
>>
 ここで天位魔法を使えれば、と詮無きことを考えてしまう。
 ベリチュコフ王家に伝わる天位魔法は、人間から恐怖と痛みを奪い、戦闘兵器に仕立て上げることができる。
 その影響下にある艦隊は、『不死艦隊』あるいは『無敵艦隊』と言われ恐れられているが、決して大袈裟な呼称ではない。
<<
 天位魔法 (Aランク宝具) を継承してるおねーさまであったなら「配下が恐慌に陥ること」なく勝っていたのだろうと血統の無情を歯噛みすることになり、本作の目玉のひとつ・天位魔法すげーなと盛りたてるプロットになっておりました。
 つまり、ここでは軍の士気を焦点にする必要があるから、数においては寡少なエルバート側が包囲戦を敷く (相手の士気を瓦解させる)、まさにカンネーの戦いを再現する必要があったわけで、dovさんの指摘する箇所においてテキストの口ぶりがおおげさであるのも、物語上で必要な強調として認められるようにわたしは考えます。
 そしてまた、以上のようにしてカンネーの戦訓をふまえつつプロットは成り立っているのですから、「正直、作者があまり知的だとは思えない。」までのきわどい表現をなさる根拠とするには不適当かと思います。いかがでしょうか?


 さてさて。
 以上のとおり、dovさんの感想における個別の指摘についてわたしは同意しませんし、誤りではないかと思います。ただ、もっともおっしゃりたかったのだろう、「面白さのルールをきちんと守っている」という評については同意できます (しつこいようですが「ライトノベルらしい」という表現は措いておいて)。
 今回の経緯ゆえにdovさんの感想は先に読んであったのですが、キルヒアイスが誰を指しているのかはすぐに見て取れましたし、あのキャラを殺すのが実に有効なのもその通りです。そうして面白さをわかりやすく伝えている。
 両陣営ともに、上官に向かって直言しかしやがらない冷血参謀たちがなんとも魅力的でして (オリヴィア&ノア&アレクセイ)、あれよあれよと敵にも味方にもオーベルシュタインだらけな感じになっていくし、拷問プッシュもすごいしで。ビジネスライクな人間関係がこざっぱりとした、軽快な物語だったかと思います (ちなみに舞台設定ゆえに『七都市物語』とか思い出しました)。

 そのあたりの明快さもふくめ、わたし自身はTVアニメ『コードギアス』を連想してしまいました。主人公が理屈最強ながらも実地にやってみたらわりと普通に狼狽する、その昼行灯からの自信家ぶりとナイーブさ。てめえの女のために全軍に無茶させておきながら、いったんポッキリ心が折れると王様やーめるという線の細さ (が人間的な主人公像)。なんとも皮肉な巡り合わせと、すべての引き金をひいてしまってから気づく悲劇。戦略をひっくり返すほどの超常能力。親友デュークの善人っぷりや王族婚姻フラグ。唐突すぎて登場人物が困惑するようなギャグの挿れ方、妙にポップな (エロゲハーレム的な) 場面のとり混ぜ具合。
 そうして気楽な見方をしながらお話と付き合ったからこそ、dovさんと受け取り方の異なるところもあったかもとは思います。必要なときに必要なだけキャラを殺して、その感情のピークのためにストーリーラインを逆算しておく、部分最適化がきっちりしておりまして。ただし、その悲劇はあまりにも悲劇的になっていくというか、オーバーアクションな主人公たちのキャラを立てることへ注力しておいて、瑣末で長ったらしい整合性にはこだわらない (この世界の地理・経済っていまひとつ思い浮かばないのですよね)。そうしたぐいぐいと読ませる残酷物語を進めつつも、よっこらセックスと、おちゃらけたシーンも平然としてはさみこむある種のユーモア。そうした作者のやりたいことを穿たずに見ていくのが適した作品だと思ったから、わたしにはあまり細かな点にまで注意が及ばなかったのやもしれません。

 とり急ぎではありますが所感です。お勧め、ありがとうございました。
 それでは。
2017年07月12日21時39分23秒
 お久しぶりです。
 オススメしといてなんですが勧めてからプレイされるまでのあまりの早さにビビりました。しかもこちらの視野が広がるリプライが頂けて嬉しいです(Sekさんにとってはご迷惑な話かもしれませんが、意見が異なる方が自分としては楽しいです)。
 それと確かに今自分の感想を読み返してみると、一気に読み通すくらい熱中して他者に勧めるくらい評価した割には、批判の記述が多すぎピリピリしたものを感じます。その言い訳は後に書きますが先にお詫びしておきます。
 ごめんなさい。


>あれよあれよと敵にも味方にもオーベルシュタインだらけな感じになっていく
 コレが「Sekさんがどう感じるか気になった」(敬語すっぽ抜けてるがな……再びごめんなさい)理由です。どこかで「オーベルシュタインが好き」って仰った覚えがあるからですが、記憶違いだったらすみません。
 ちょっと話が飛ぶのですが、コードギアスの監督さんはオーベルシュタインが大好きな気がします。同作ではディートハルトがそんな役回り(と言い切ってしまうことに少し躊躇いを感じますが、オリヴィア&ノア&アレクセイと同程度にはそう言えるでしょう)を演じていましたが、それ以前の監督作でも「シュタイン・ヘイガー」なる名前からしてオマージュ丸出しのキャラまで出していました。そして彼らを描写するときやたら筆が乗ってる感があったという。


 ※ここから先はSekさんのご指摘につき長ったらしく賛成したり反対したりします。まとめると、「水平線に対する視差の指摘反対」「包囲線に対する指摘は100%反対ではないが、総論部分の意識の違いから賛成もできない」「総論賛成(だけど私がそう見られなかった理由の言い訳)」という感じです。


>水平線に対する視差からくる地球規模の見通しの話などは、ほぼ関係ありません
 これはちゃんと概算した上で言っています。
 「まーたエロゲユーザーが賢しげにマウンティングしてるよ」とか言われたくなかったので感想には載せませんでしたが、Sekさんが突っ込んでくれたおかげで大っぴらに計算式を披露できます。
 作中登場する軍船は200名の人員を詰め込めること、またCGから見て取れる特徴からキャラベル船( http://www.dndjunkie.com/civilopedia/ja-jp/UNIT_CARAVEL.aspx )ではなく、おそらくキャラック船かガレオン船でしょう。
 ここで180名の人員を載せたガレオン船サン・ファン・バウティスタ号( http://www.santjuan.or.jp/restore.html )を参考にすると、同船の海面から甲板の高さ(乾舷)は深さ-喫水=4.55-3.8=0.75mになりそうですが、厳密な計算ではないしCGからは砲門も見えるのでこれに2m足すことにします。これにエルバートの身長を加えると、海面からのエルバートの視線の高さは4.45mといったところでしょう。また見張り台の高さはおよそミズンマスト(後ろの帆)の頂点に等しく見えるので、見張り員の視線の高さはミズンマストの全高・乾舷・見張り員の身長(厳密には目の高さ)を足し合わせて18.19 +2.75+1.7=22.64m程度となります。
 このとき両者の視界が及ぶ距離の差M= (√22.64-√4.45)×2.083であり( http://arumukos.la.coocan.jp/unnk/vsbldstnc.html
)、式を解くとM=約5.52マイルとなります。なおサン・ファン号の最高速は3ノットであり( https://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31258430.html )、漕ぎ手の存在が窺えない作中の船は魔術により順風であることを考慮しても5ノットより速いとは想定しがたく( http://ameblo.jp/sumire93/entry-11537081222.html , なお19世紀に生まれた史上最速の帆船『クリッパー船』で最高速18ノットとか)、見張り役の視界内に敵影が入るタイミングとエルバートのそれとは1時間以上差があることになります。これだけの時間差があったことはテキストから読み取れませんし、また雨天とはいえこれだけ長時間見張りが敵を見逃し(しかもその点を叱責されたような様子もなく)、かつエルバートから見て丁度視界に入るタイミングで気づく可能性は殆ど無視して良いもののように思えます。
 なお以上の計算については http://keisan.casio.jp/exec/system/1179464017 で簡易的に検算しているので、計算違いや考慮不足があったとしても結論の桁がズレてた(例えば1時間じゃなく1分だった)みたいな決定的間違いはないはずです。
 また、こうした内容を書いているうちに、そもそも「船で敵に奇襲」が実現可能であるか否かが疑問に思えてきました。先の前提で敵がこちらを視界に入れられる距離はM'= (√22.64+√48.8)*2.083 = 24.46マイルであり、これはこちらが5ノットで敵に近づいていると仮定して実に5時間近く見張りの敵の視界内をうろつくことになります(3時間半以上甲板上にいる敵の視界内をうろつくことにもなります)。素人考えではあまりに無謀な作戦と思えますが、私は海戦をよく知らないのでこの辺で止めておきます。
 もちろん「ここまで計算して物を書け」ということではないです。ここで重要なのは計算の仔細というより視線の高さで視野に無視できない差が生まれるという認識であり、せめて海戦物を書くなら承知しておくべき基本だと思ったので突っ込みました。
 念の為付記しておきますが、この「水の星」が実は地球よりも非常に小さいのであれば(平面は無限遠まで見えてしまうので不可)、一応このシーンに合理的な説明が付けられるかもしれません。


>包囲戦
 記述が煩雑になるのを避ける為にカンネーの戦いのみを挙げましたが、それ以外にも「少が多を包囲する」作戦はあるんですよねー。
 もしかするとカンネーの戦い以上に有名なマラトンの戦い( http://www.y-history.net/appendix/wh0102-068.html )、アウエルシュタットの戦い( http://www.y-history.net/appendix/wh1103_2-029.html )、挙げて良いのなら第一次大戦以降のドイツ軍は常套と呼べるくらい頻繁にそれを行っています( http://www.y-history.net/appendix/wh1501-034.html , https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%A8%E3%83%95%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84_(1941%E5%B9%B4) , 当時のドイツ軍の戦闘をググればおそらく相当数出てきます)。高校世界史レベルでこれだけ挙げられるとすれば、細かい戦争・戦闘まで見てゆけば無数に存在することが想像に難くなく(特に少数で機動性に富む遊牧民に多そう)、専門に学んでいる士官にとっては「そんな発想すら出てこない」どころかよく見聞きする事象とも思えます。
 しかし自分が詳しくないことでこれ以上突っかかるのはやめておきます(ガチの軍オタがやってきたら何もかも木っ端微塵にされそうですし)。Sekさんの仰るとおりかもしれません。
 仰るとおりかもしれないといいつつ主張を引っ込める態度があまり見られないのは、(Sekさんがご指摘なさったとおり、純粋にプロットとしては見事なシーンだったものの)「一般読者をカンネーの戦いの丸写しくらいでSUGEEEさせられると考えたとすれば、そのこと自体が読者を舐めすぎじゃね」と感じたことが一つ。もう一つは感想に挙げた2つ以外にもカチッ、カチッ、と引っかかる表現を随所に感じたからです。
 例えば第二章第20話で「(引用注:海戦では)命令を取り違えることも珍しくはない」と記述されていますが、これはこの世界の船が無線を備えていることと整合しないように思えます。
 無線があるのであれば、予め命令のパターンを決めておき、かつ相手方にこちらの命令を復唱させ(それを命令側が確認す)ることで取り違えをほぼゼロにできるでしょう。確か鉄道会社がこのように運用しており、現実に取り違え事故はほぼゼロであるはずです。
 あるいは二章13話で「一代で勢力を大きく広げた王は歴史上に何人か居るけれど、彼らの父親は、例外なく政治的功績を残している」「必ず?」「必ずだよ」という私みたいな人間が大喜びで食い付きそうな強調がされておりますが、徳川家康や明治大帝(現在の南樺太・台湾・韓国北朝鮮を領有、南満州鉄道敷設)が思い浮かんだもののまあこちらは概ねは間違いないとして、この会話で引き合いに出した「アレクサンダー"皇帝"」という表現はいささかまずいと思えます。まさかロシアのアレクサンドル皇帝のことを言っているとは思えませんし、かのギリシャの大王を指しているとすれば皇帝の定義を高校で習(以下略
 こうしたことの積み重ねで「作品のリアリティに関しては殆ど意識してないんだろうな」という予断が私には生まれてしまいました。「はからずもと言うべきか、本作における戦闘展開は、カンネーの戦いへの評価をよくふまえて書かれているかのようでもあります」とSekさんが仰っても、包囲殲滅に対して中央突破という発想が誰にでも(無勉強でも)思い浮かびそうなこともあって、「まさに"はからずも"なんだろうなぁ」と思えてしまいます。
 ただ、私はヤン・ウェンリーかその周辺の誰かが「テロリズムが時代を先に進めた試しはない」みたいなことを言った時(言ってましたよね……?)に、「独立後のインドをネルー・ガンジー王朝から"開かれた民主主義"(が、必ずしも良かったとは限りませんが)へ推し進めたのはかなりの程度テロの力じゃね」とか思ったくらいなので、ひねくれ過ぎているのかもしれません。
 さらに言えば、そもそもこういった各論の返答はあまり求められているものではなく、Sekのリプライの主眼は「なぜこの作品をコードギアスのように気楽に受け取らないのか」という点にあるようにも思えます。
 その点について以下に述べてゆきます。


>『コードギアス』を連想
 Sekさんがご存じで良かった。私もラノベの話には蓋をしてこの作品を引き合いに語ります。
 アニメのコードギアスは大好きだった作品でして、Sekさんが概ねルルーシュについて語ってらっしゃる通り、細けぇことはいいんだよ! 主人公最高! な話と私は受け止めております(3期マダー? https://www.youtube.com/watch?v=lvF19D7WemQ )。また同作は「合衆国ニッポン!」だの「北斗七星陣!」だのといったカッコいいけど脱力するような描写が目白押しなうえ、凄く続きが気になる構成にもなっていて(毎週の引きの上手さはちょっと匹敵する作品が思い浮かばないほどです)、「作者のやりたいことを穿たずに見ていく」という、まさにその見方で楽しむことができました――が、私にとって劇場版はそうではなかった。
 もしかするとSekさんはご覧になってないかもしれませんが、コードギアスの劇場版にあたる『コードギアス 亡国のアキト』が私にはトラウマだったんです。あまりのトラウマっぷりに5作ある劇場版のうち第1作しか観なかったんですが、何よりまずルルーシュが出てこない(笑)。いやホントは笑い事じゃなくこれは私にとってアニメの面白みの80%以上を損なう事態でした。で、ルルーシュを外した代わりに語られた「亡国」という政治的命題のガチ語りには――もしSekさんが劇場版のファンだったら大変申し訳ないのですけれど――正直辟易しました。やたら綺麗なロボバトル以外のほぼ全時間を使って、亡国したイレブンがどれだけ悲惨な境遇にあるか、政治的陰謀! なんかを絡めながらシリア難民よろしく切々と語られてもこっちは困惑するばかりで、第2作以降を観る気がすっかり萎んでしまいました。伝え聞くところによると第3作で結局ルルーシュを出してしまったとのこと。人気のテコ入れだと公式は口が裂けても認めないでしょうが、「やっぱりね」と思わざるを得ない展開でした。
 さて、今の所『水の星、世界を手に入れる男』はアニメのコードギアス的に楽しめるものです。たぶん主人公に愛か憎かその両方かで物凄く執着しているであろう「よっこらセックス」さんには今後のご活躍に期待させられますし、不良上司に美味しく頂かれちゃった新入女子社員的なプリシアちゃんにも萌えられました(でも立ち絵がない)。そして何よりデュークさんに凄く萌えられました。彼はもしかするとねんがんのスザク超えができるかもしれない!
 プレイ中自分はラナとデュークは2人合わせてキルヒアイスで、デュークもどこかで死ぬんだろうなと漠然と思っていました。しかしプレイ後から最初の感想を書くまでに少し考えたところでかなり印象が変化しています。
 多分彼はエルバートの敵になるのでしょう(Sekさんも『親友デュークの善人っぷりや王族婚姻フラグ』と書いていらっしゃるので、同様の予感を抱いたのかもしれません)。貴族達の神輿としてか、婚約者であり後に悪女となるらしいマーガレットちゃん(ビッチ版ユーフェミア?)に唆されるのか、ノアの草刈り(をエルが黙認したこと)に激怒するのか分かりませんが、何らかのきっかけでスザクの立ち位置になると思いました(厳密には『もしもキルヒアイスがラインハルトの敵に回ったら』を想像していたのですが、話の流れに沿い『スザク』としておきます)。「良将」に過ぎないデュークがエルのまともな敵になり得るのかという疑問に対しては、「良将」が「名将」に進化する瞬間(おそらく『神堕とし』の血の覚醒)を既にアナスタシヤちゃんが魅せてくれています。スザクになぞらえるならデュークは『神堕とし』じゃなくて『神殺し』(もしくは『神堕とし』と『神殺し』の両方を得て、『神堕とし』と『魔法』を持つエルに匹敵するの)かもしれません。……するとベアトリス姫さまはカレン(おっぱいデカイ)ポジション?
 ひるがえってコードギアスを思い返すと、あれは面白いアニメでしたが、正直あまりスザクが良く描かれていたとは思えませんでした。あのアニメは本来「ルルーシュ」と「スザク」のダブル主人公が支えていく予定だったと思うんですが、スザクの方が折れてしまったように見えたんですよね。「魅せる」というアニメとしての要請と、地味な積み重ねこそが真骨頂であったはずのスザクとは相性が悪かったのかもしれません。しかしデュークは折れないスザクになれるかもしれない!
 そこまで萌え上がった時、私の脳裏にふと閃くシーンがありました。貴族達をまとめ上げエルを追い詰めてゆくデューク。万策尽きたかに思えたエルの秘策は、市民の煽動による貴族打倒――革命だったのだ! そういえば作中やけに共産主義という言葉が使われていたな……
 ここで私はコードギアス劇場版を連想してしまいました(厳密にはコードギアス劇場版ではなかったのですが、私にとって同様の印象を抱かせた作品をです)。「亡国」みたいな大きすぎるワードを使ってしまい、自分を辟易させたあの忌まわしい記憶が……(被害妄想ともいう)

 やめろぉ! 革命とか共産主義とか、そういうデカイ言葉をガチ語りしないでくれぇ! アニメ版のコードギアス的な雰囲気ワードで良いんだ!

 この点アニメのコードギアスは実に上手に視聴者への刺激を避けていました。日本を侵略するのが「ブリタアアアニアアア! cv若本規夫」ではなく「アメリカ合衆国」だったりしたらきっと私は顔を顰めたでしょうし、カレンの母が依存していたのがリフレインじゃなくヒロポンだったら( https://www.1101.com/tamori/2006-01-23.html )試聴をやめていたかもしれません。
 つまり煎じ詰めると、作中幾度か言及された「共産主義」って言葉になんか嫌らしさを感じてしまったんです。その言葉にちくちく刺激されたまま、被害者意識を抱きつつ感想を書いた時、「極めて王道のライトノベル的(意訳:アニメ版のコードギアスのようであってくれ)」「作者があまり知的だとは思えない(意訳:劇場版みたいに製作上層のドヤ顔知的アピールに走るのはホントやめて)」と口走っていました。
 しかしこれはまことに早漏すぎる真似でした。現時点でこの作品はアニメ版のコードギアス的な語り口から一歩もはみ出しておらず、公平に見て上述の包囲作戦や他のどのシーンからも作者の「俺って頭いいんだぜ」的ドヤ顔スメルは感じられず、戦術の仔細、Sekご指摘の地理・経済、拷問の具体的シーンといった下調べ・知識を要する部分は上手く記述を誤魔化せており、「その感情のピークのためにストーリーラインを逆算しておく、部分最適化がきっちり」「天位魔法すげーなと盛りたてるプロット」といった点は詳細に分析していただいた通り見事に決まっていました。。
 こうした点をやんわりご指摘いただきありがとうございました。後で感想の記述を改め、飛び散ったナニカを拭いておくと共に、酒でも入れながらのんびりこの作品の続きを待つことにいたします。
 それから今更過ぎるんですが、銀英伝って今リアルタイムで漫画化されてるんですね。「犯人はヤス」同様有名なネタで書いても許されると思ってましたが、漫画版で楽しんでいる方への不意打ちネタバレを避ける為に、こちらの記述ももう少しボカすことにいたします。


P.S.
>『猫の地球儀』
>『七都市物語』
 ゴメンナサイ。どちらも未読です。
 秋山さんは『イリヤの空、UFOの夏』だったら分かります(あざと過ぎて好きにはなれなかった)。
 頑張って書棚の古い作品を漁ってみても、『リュカオーン』『スレイヤーズ』『神々の砂漠 風の白猿神』どころか『12月のベロニカ』でさえも完全に「古典」と思って読んでた低度な私です。『ブギーポップ』は積んでます。
2017年07月13日23時31分40秒
 引き続き、よろしくお願いします。
 水平線のところのリアリティにふれつつ、わたしから見たときの本作へのゲーム感覚と、違和感について。

>>
水平線に対する視差からくる地球規模の見通しの話などは、ほぼ関係ありません
<<
 こちらの指摘については、わたしの認識がおかしかったようです。あらためて算定していただきますと、わたしが内心でなんとなく思っていた感覚とは開きがありました。算定するにあたり細かな条件を考慮する余地はあるだろうけど、そこは本題ではありませんね。「水平線に小さな粒がぽつぽつと浮かんでいた。」と作品テキストが口にしている以上は、たとえ夜間・悪天候であっても「ほぼ関係ありません」というわたしの主張のほうが思い違いでしたね。ごめんなさい。

 省みれば、わたしが本作を読んでなんとなく思い浮かべていたのは、実際の海戦ではなくて、RTSのようにして "戦場の霧" がかかったのを俯瞰していく、平面的でゲーム感覚に近い戦場図だったみたいです。味方は青の三角形、敵は赤の三角形で表されて、それを神の視点から眺めながら、あーだこーだと解説する。そんなアングルの取り方。『銀英伝』では科学的なツッコミどころを糊塗する気すらなく、あくまでスペースオペラとしておよそ立体感なく攻防がなされます。あるいはSFライトノベル『星界の紋章』では "平面宇宙" という別の物理法則を設定しておき戦場を持ちこんだりと、読者にわかりやすい平面に描写を落とし込んだ上で艦隊戦 (を指揮するキャラたち) を描こうとする例は多いように思います。これは『コードギアス』における戦術の描きかたも同様で、簡便にして用に足るものだったと思います。そうしたお約束的なノリを、わたし自身が勝手に決めこんでしまっていたような気がします。

 説明されてみれば納得です。またわたしの場合、もしもこれが海洋冒険ものだったならと文脈を換えて考えてみると、あっさり腑に落ちるところがありました。はるか彼方から近づいてくる船が、海賊船かどうか判然とせずに、接触を避けようとするものの徐々に船影は大きくなってきて、何時間も、あるいは何日もまんじりと追いかけっこを続けるうち飲料水が心もとなくなっていって……、というふうな、大海原であるゆえの時間感覚をそなえている物語。
 あるいはちょうど話に出ましたアニメ『無限のリヴァイアス』。そのはじめの頃の人類艦との戦闘シーンなども思い起こされます。火星の軌道を敵味方がそれぞれに周回しつつ、数時間をも隔てながら邂逅したときに一撃だけして、また離れていく。その間にはあーでもないこーでもないと、軌道計算やプログラム最適化に取り組むことになりまして。「前テレビで言ってた。宇宙空間の戦闘って時間がかかるものだし……すっごく無意味な行為だって!」。
 そうしてダラダラと過ぎていく時間経過だから役目のない人間は暇を持て余し、否応なく他人のアラが見えてしまうし、ゆるく続いていくストレスのやり場はなくなり、いつしか学級会やら権力闘争やらをはじめる。そんな作品のプロットにとてもよく沿った、とてもよく時間のかかる戦闘だったと思います。
 見返したらば隅々ツッコミどころも目につくのやもしれませんが、あの時間感覚には、宇宙空間の戦闘というものが創作物なりによく想像されており、わたしをあの場に連れていってくれたように思います。そうしたリアリティ (というよりビリーバビリティでしょうか) は、本作『水の星』が持っていないものでした。そのあたり、dovさんの不満点にもいくらか重なったりするのかなと想像いたしました。


 そんなわけで話は変わり、シュタイン・ヘイガー登場する『無限のリヴァイアス』は好きな作品でございます。「easy living」「nowhere-」といった印象的なBGMとか、まるで無力な主人公への共感だとか、無数の惹かれるものが雑然とつまっております。
 しかし多感な少年時代のわたしにとっては、何にもましてファイナ・S・篠崎との出会いこそ衝撃でした。聡く、敬虔で、聖母のようでもあり、いつでも安心を与えてくれる少女でございます。"自分が頑張っているとき後ろで微笑んでいて欲しいヒロイン世界ランキング" において、『シンフォニック=レイン』のファルとふたりで首位を争い続けているだけのことはあります (※Sek8483調べ)。……ええ、ぜったいに巻き込まれたくない争いですね。タイトル戦の前にふたりして記者会見とか開いたなら、ものすっごい和やかムードなことでしょう。後光とか射します。
 本作のオリヴィアも、いま少し野心をやわらかい笑顔の下に隠しながら、華奢にふるまってくれたのならストライクゾーンだったのですけど。彼女がリスクを取るところやそのタイミングというのが、わたしの好みからはやや外れていたのが無念です。ただそれでも、彼女の開き直りであったり、ノアの口の減らないところや、あのレイラに物怖じせず進言するアレクセイといったキャラクターたち。彼らが腹芸をさっぱりしようとしないところには、オーベルシュタインとかヘイガーとかにはない独自の魅力があったふうに感じました。



 さて。
 わたしはweb小説版しか読み通していないのですけど、そこをあえてエロスケに評点を投げるとしたら74点あたりでつけます。なので、お互いのサマリーの平均値や標準偏差などかんがみれば、実のところ、dovさんのほうが本作を好評しているのではないかと思います。
 以前、新島夕作品について話をしたときもそうでしたが、dovさんとわたしでは、期待の抱き方にわりと差がありそうですよね。dovさんがわりあい作者さんを信頼したり失望したりなされているのと比べると、わたしの場合、はなっからあまり信頼しておらずあきらめが早いほうなのかなとも思います。
 共産主義という用語を見かけたときなどは、「共産主義」という雰囲気ワードとしてふんわりキャッチしておき、カッコ書きをつけながら読んでしまいました。政治にまつわる言葉などは特に、使う人ごと物語ごとに意味が変わりやすいですし、(ときには意図しないまま) パロディのおかしみも付きやすい類のものですから、この作品ではどういった偏りで使われるだろうかという頭がまずありました。
 これはエロスケで感想文を読んでいるときなども似たようなものでして。言葉が不用意にデカイなと感じるときには「(俺の) エロゲ体験とはこうあるべきで」といったふうに勝手に主語を補いつつ読んでいたりするので、当人がぶちまけたいのだろう熱量を聞き流してしまってもいて。そうした不真面目を続けているうち、視野がせまくなって見逃しているものがありそうで、困りものではあるのですけど、つい楽をしてしまいます。

 ちなみに『亡国のアキト』は家でまとめて全部見たのですけど、わたしもあまり肌に合わなかったので、結局のところ流し見になってしまいました。dovさんほど真面目な反応ではないのですけど、「笑っていいところまだー?」な窒息感は全編を通してありました。お話よりは絵面を追っているほうが面白くて、第一話での意味なしカミカゼのとこの目まぐるしさとか、ニ話目以降でジプシーのお婆ちゃんたちと世界名作劇場やってレイラ司令が役立たず可愛いところとか、ロボットでもって中世のお城を攻めるところとか。断片的なイメージが記憶に残っております。


 ところで本作について、dovさんが他に挙げられた引っかかりどころには、わたしも引っかかってたりします。しかし引っかかる理由は人それぞれなのですね。わたしの場合だと、現代の鉄道会社が構築するような命令網を、この時代の海軍の戦場にあえて求めはしません。また「皇帝」の語義に関しても古今東西で幅がありますし、"征服には基盤が必要という" という意は現にdovさんによっても汲まれており、その程度にあいまいに意味が疎通しているのなら、辞書を引くことはする必要ないと考えております。
 しかしながら、わたしはわたしでややこしくなっていまして。通信魔術が描かれたときには「無線がすでに実用化されてる? それで、こんなどうでもいい訓示にだけ使ってるの? え、いや、やっぱり指揮系統もできてるの??」と、だいぶ混乱しておりました。無線を、「魔術」なるまだ若い技術として出しておきながらその効用をかなりスルーしてしまう。登場人物がそれを驚いてみせないところには違和感をもちました。なにせ、無線通信のことなのですから、もうちょっと軍人さんたち興奮して喋ってくれたってばちは当たらないだろうにと。
 また「アレクサンダー皇帝」については、むしろ、いきなり私たちの史実について言及しはじめたことに意表をつかれまして。ならローマ=カトリックの権威にあたるものは在るのだろうかとか、いやそも宗教は登場してこないですねと、わき道に逸れながら気になってしまいました。

 ここで本作には、『異世界見聞録』なる、世界全体の技術・経済・社会制度のレベルを引き上げた謎の書物、というバックボーンが設定されてました。そうして広まった「魔術」という誰にでも使いうる技術は、これから平民の地位を引き上げていくことでしょうし、共産主義などの革新的な概念がひと足とびに『水の星』の世界には広まっていて。私たちの世界から様々な概念を運び込んだようでもあり、特に「魔術」がことごとく大砲レプリカだったり無線通信レプリカだったりといったこちらの技術のエミュレーションになっているから、余計にそうした詮索をして意識がいってしまいます。dovさんがリアリティをやけに気になさる気持ちが、わからなくもないのです。
 しかしわたしの場合、何となくモニョって、文句を言っていいものか怖気づいてしまうのは、最近の異世界転生ものなど、ファンタジー世界に現代の技術を持ちこんでみた物語の、テンプレというかお約束みたいなのがよくわかっていないからでして。時流に追いつけてないので、なろう小説を読んだことがないのですけど、そうしたジャンルが多いということで聞き及んでます。そうしたとき、無線通信のことにあまり触れないのは、物語が異世界の言葉の煩雑さを "翻訳こんにゃく" で無かったことにするような簡便化・物語のお約束とも同質なことであったりはするのかなとか考え込んでしまいます。
 今回レスのはじめに言ったとおり、わたしは実際の海戦ではなくてウォーゲーム的に簡便化した、高度のない視点でお話を読んでしまいました。そしてまた、読者に戦況をわかりやすく語るがために、そうした視点をそなえる軍略ものは多いのではないかなという印象をもっています。それと似たようにして、軍略ものではしばしば奇襲のダイナミズムや敵味方ライバル司令官のデットヒートがために、ことさらレーダーを潰したり、超光速通信をやってのけたりと、物語を記述する必要から情報のスピードが速まったり遅くなったりするように思われます。無線通信というのはそうした、軍略もののお約束、物語の記述に密接に関わっているところな気がして、(異世界転生ものとかをあまり知らない) わたしなどが安易にツッコんでよいものなのかと、妙に戸惑ってしまいました。
 かの有名な "充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない" という言葉については、科学技術の万能性を謳ったものではなく、技術の透明化――魔法を見るかのように原理も知らぬままに技術はやがて使用されていくというほうが主意である、といった解釈もございます。俗にいうなら、SNSが普及して人とつながっているのが当たり前になっているときサーバーのこととか考えないよねということ。そんな話を思い返してしまう具合に、ある種の軍略ものの、ウォーゲーム的に立体感が少ないわかりやすさのなかでは、無線通信がなかば透明化しているように、ときに光速の壁をも破りながらキャラの智謀がせめぎ合うような書き口があるふうに思えます。『水の星』での無線通信の扱いや、私たちの世界にある概念の輸入 (そのぎこちなさ) からは、なにかそうした軍略もののお約束を過度に意識してしまえるようで、ちょっと困惑しておりました。



 自分の困惑がただただ洩れ出してしまったので、お話のほうに立ち返り、デュークのことについて少し話しておいて終わります。
>>
多分彼はエルバートの敵になるのでしょう(Sek8483さんも『親友デュークの善人っぷりや王族婚姻フラグ』と書いていらっしゃるので、同様の予感を抱いたのかもしれません)。
<<
 おっしゃる通り、わたしもプロットとしてはそれが美味しいように考えます。マーガレット=ユーフェミア想定での見立てですね (ついでにベアトリス=カレン見立てもその通りです)。このあたり人物関係についてはいくらでもプロットの幅が広がっているのですが、やはりデューク敵対は王道であるからして、わかってても期待してしまいますよね。
 そして彼をスザク役に押し上げるのなら、おっしゃるとおり「神堕とし」なりの、ランスロット(勇者の剣) が必要になるわけです。これについては、デューク独自のものとして航空兵力の運用思想が既出になっていましたよね (二章・第13話)。"ただの偵察機でしかない飛竜" を用いて、エルバートとの友情を急降下爆撃したならば絵的にはバッチリ決まりそうなのです。その解放条件としては "デュークが公爵として実権を握ること" がフラグ設定されていましたので、エルバートがやっちまった父殺しとの相似(or対照) も整えつつキャラを覚醒させる筋道はつけれるなぁと思いつつ彼のことは眺めておりました。三章時点ではだいぶ役者不足ながらも、彼がスザク的なポジションに転んで頭角を現してくる展開はしごく順当なのかなと思います。軍略ものでは基本的にネームドキャラは有能でなければならないのですけれど、なればこそ際立って凡庸なデュークは美味しい位置取りでもあり、舵取りは難しくも動かしがいはありそうです。
 いやしかしまぁ、結局のところスザクはスザク、デュークはデュークなのですから、そうそうわたし (たち) の期待通りに動くことはないのでしょうね。

 それでは。
2017年07月16日01時56分21秒
 こちらこそよろしくお願いいたします。本題である作品への言及が少なく、逆に自己語りが少なくない内容ですので、適当に読み流していただけたりあるいは一切読まなかったりしていただければと。
 なお今回の内容を一言でまとめると「パンツ脱げ」( http://d.hatena.ne.jp/char_blog/20110626/1309097046 )ということです。



 まずはどうしても反応せざるを得ない単語

>SFライトノベル『星界の紋章』
 ええっ!? ハヤカワなのにライトノベルだったんだ……
 SFを「すこし・ふしぎ」の略語と思い、アイザック・アシモフよりロバート・A・ハインラインよりみのもんた顔の星新一を崇拝するやわらかSFファン(などとうっかり自称すると武闘派SFファンに撲殺されそう)な私にすら、ハヤカワには「硬派なSFの総本山」という聖域的イメージがありました。
 まだネット書店を知らず毎日のように本屋に通っていた頃、『流れよ我が涙、と警官は言った』などに並んでアニメ絵の本があったことはとても印象深かったのですが、同じく美少女を表紙に描いた『たったひとつの冴えたやりかた』同様、中身はきっとガッチガチの硬派なSF(だってハヤカワだもん!)であろうと勘違いしておりました。
 おっと、うっかり蓋をしたはずのライトノベル定義論争に流れかねない話題に。ここら辺で再び蓋を閉じることにいたします。


>無限のリヴァイアス
 やったぜ! 話題にしてみるものでした。
 これは私の場合、多感な少年時代(ええっ!?)ではなく高校卒業直後くらいにレンタルでまとめ見したんですが、当時としても既に古びた絵柄に古典として借りた際、二十代中盤くらいのTSUTAYAの受付のおねーさんに「コレ面白いですよね >ヮ< 」って微笑まれて「好きな人は大好きなアニメなんだなぁ」という印象を抱きました。
 挙げられた「easy living」「nowhere-」を久々に聴いてみました。曲名でピンと来なかったもののバッチリ耳には残っており、しばし作品世界に誘われてリーベ・デルタの内模様を俯瞰するシーンなどが思い起こされました。作品の鬱々あるいは徒然としたイメージにとてもよくマッチしていましたね。


>そうしたリアリティ (というよりビリーバビリティでしょうか)
 そういう理知的なビリーバリティ(この言葉初めて知りました。使い方練習ちゅー)もさることながら、とりわけSekさんが指摘された、

>そうしてダラダラと過ぎていく時間経過だから役目のない人間は暇を持て余し、否応なく他人のアラが見えてしまうし、ゆるく続いていくストレスのやり場はなくなり、いつしか学級会やら権力闘争やらをはじめる。そんな作品のプロットにとてもよく沿った、とてもよく時間のかかる戦闘

 が青春の感覚(※dov調べ)に相似する形で上手く落とし込めており、この点が本作の真骨頂だと思います。「リヴァイアスの戦闘描写は青春というこのアニメのテーマに対する紋中紋だ!」などと大言壮語したくなったものです。
 まさか自分以外に(とても冷静に)そう捉えていらっしゃった方がここにいたとは! いやホント興奮しました。話題を拾ってくださってどうもありがとうございます。
 自分としましては他のところでも、例えば相葉祐希くんに奇妙なビリーバリティ(使い方練習ちゅー)を感じました。彼に出会うまで自分は、「プログラムの天才」のオタク的イメージと不良やDQNのイメージとを排反的に捉えていて、両属性を1人の人格に収めたことに驚きつつも、未来社会ならあり得るのかもしれないとも考えさせられたんですね。数理的天才かつDQNという存在は、その後例えば『とある魔術の禁書目録』のアクセラレータなどが現れ(私がリヴァイアスを見た頃にはアクセラレータはとっくに現れてたんですが)今では珍しくないものの、相葉祐希くんこそそのエポックメイキングだったのではないかと密かに睨んでおります。
 ただ今となってはプログラマが魔法使いではないと理解したことがあり(この辺リヴァイアスの監督である谷口吾郎氏は比較的最近でも学歴エリートについて強めの発言をしており、そこから氏のコンプレックスなども嗅ぎ取れてdovとしてはやや醒めるところがあります)、やっぱり相葉祐希くんは想像上の産物だなと思うようになりましたが。


>自分が頑張っているとき後ろで微笑んでいて欲しいヒロイン世界ランキング
 わかりますわかります(笑)。
 死線をくぐる男がちょっと弱気になったとき、ファイナ・S・篠崎さん&ファルシータさんのファ2コンビなら慈母のように暖かくやわらかーく包んでくれて、「うおーこの笑顔の為にオレは死ねるんじゃ-!!!!」と発憤させてくれそうです。
 対するオリヴィアさんは「あなた様に不可能はありません。手段を選ばなければ、現状の打破さえ本当は可能なはずです」という言い回し(第39話)に軽く詰問のニュアンスがあったり、その時明らかに微笑んではいなかったであろうことなどから、やや萎えました。彼女にはこーゆーところで男の子を気持ち良く乗せるズルさが足りてない(腹芸はしてると思います。エルバートにじゃなくシンシアに対してですが)。
 しかも彼女は「帝王の子を産みたいのです」というある意味女として究極の野望の1つ(フェミニストさん許して~)を示してしまっており、固有イベントがほぼ終了してしまった感があります。その願望が本音であるなら世界を手に入れるであろうエルを裏切るはずがなく、今後はせいぜい読者の疑問を代弁するかエルを励ましてくれる便利な肉便器ちゃんと化して、エルの部下の増加と共に最後の見せ場辺りまでフェードアウトしてゆきそう(蒼天航路の卞玲瓏、あるいは多くの信長作品における濃姫の扱いみたいなものを想像)。
 いやしかしまぁ、結局のところオリヴィアさんはオリヴィアさんなのですから、そうそう私の予想通りに動くことはないと期待したいところです。
 さてひるがえってファ2コンビ。こいつら同一舞台に上げたらきっと互いの心証が最悪でしょう。だってファイナ・S・篠崎さんたら、ファルシータが最も嫌いな「勘違いした金持ち女」ですものね。ただこの二柱の黒女神からは監督及びライターさんの女性に対する意識の違いなどが滲み出て、真逆とも思える性質を見いだすこともできます。
 シンフォニック=レインのライターである西川真音氏からは、何だかんだで恋や少女が持つふわふわしたものへの夢想が感じられます。その結果彼が生んだ(と言い切ってしまって良いでしょう。ファルシータのみおそらく西川氏が企画・原案から担当していらっしゃいますので http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/game.php?game=25367#ad )ファル様は100%自覚を持つ女として描かれました。その点ではむしろリヴァイアスにおけるカレン=ルシオラに近いとも思えます。
 対するファイナ・S・篠崎(なぜかフルネーム)様は監督谷口吾郎氏の少年少女に対するある種の諦念を反映して、無自覚な女の怖さの方が強調されていたように思います(だがそれも良い)。こうしたことから推測して、おそらく両者が争った場合どこかでファイナ・S・篠崎は破たんし、そうなった彼女をファルシータが愛でる形でフィナーレと相成りそうです。思ったより綺麗な終わり方ですね。いや絶対関わりたくないんですが(笑)。
 さてこう書いたものの、おそらく私のファルシータ観はかなり特異なものでしょうから、Sekさんの同意は得られないかもしれません。というのも彼女は『羊の方舟』およびリセほどではないにしても「え、こんなにカッコイイヤツだったの!?」というコペルニクス的転回がセルフ同人作品で為されたことがあり、また「作中彼女だけは嘘を吐かなかった」という発見(or勘違いかもしれない思い込み)がdovの念頭にあるからです。
 いやホントなんですってば。私の幾度かにおける調査が正しければ、作中リセやフォーニですらクリスに嘘を吐いた(事実と反することを言った)にも関わらず、ファルだけが「一度も嘘は吐かなかった(事実に反することは言わなかった)」はずなんです!  これレビューに書いたらみんな驚いてくれるかなー(今更誰も読みゃーしない)
 ここ3年近くシンフォニック=レインをプレイできていませんが、今プレイしたらアッサリ反証が見つかりそうでちょっとドキドキ。


>(リヴァイアスには)無数の惹かれるものが雑然とつまって(いた)
 この点についてはなんとなくSekさんも予見してそうな気がしますが、私には同意しつつ同意できないところがあります。
 この作品の些末な部分には惹かれるものが多かったです。例えば祐希が振ったエリナなどは、「この子、飼いてー」というゲスな欲望を実に抱ける子でした。しかし本筋であるところの昴治・祐希・あおいによるタッチ的三角関係には全くと言ってよいくらい興味が持てませんでした。
 これは あおい のズルさやウザったさ(について作中で糾弾されてもいます)が好きになれなかったこともありますが、結局三人の間にあるものが刹那的なセックスへの期待としか見えなかったことが最大の原因です。「若者の恋愛って結局セックスだろw」とかゆーメッセージか知りませんが、谷口監督には新島夕氏とはまた違った恋愛に対する諦念・ふわふわしたものに対する忌避感のようなものが見受けられます。しかしすべからくエンターテインメントにおける恋愛はセックス以上の何かを描くべきで、「さらけだすこともないから~」とそこから監督が逃避した風に見えたのは実に歯がゆいことでした。
 あるいは作中完璧な人物として描かれ、「たぶん監督の言いたいことを代弁させてるんだろーなー」と思われたカレン=ルシオラにどこか嘘くささや底の浅さを感じることがあったり(好きかもしれないSekさんにはごめんなさい。コードギアスのロイド伯爵なども同様でした)、登場人物に留まらず作品自体から諦念・割り切りの空気が何となく漂っていたところなどに最後までどこか入り込めなさ(というエンタメの楽しみ方の姿勢がdovの特徴なのでしょうが)を感じました。
 なお『無限のリヴァイアス』をエロスケ基準で私が評点した場合、たぶん83~84点くらいになると思います。


>まるで無力な主人公への共感
 この度も無意味な戦闘態勢に入っていた血の気の多い私をなだめて下さりまことにありがとうございます。「何なんだよもー」とかリアルで言われてそうです。イラッとするようなド正論でじゃなかった辺り、かつての昴治くんもオトナになったのですね。
 いきなりぶん殴る癖だけはちょっと勘弁ネ☆


>期待の抱き方にわりと差
 私は「作者が叫びたいこと」を作品から見いだしたいタイプ(できているかは不明)で、それが「幸福に生きよ!」みたいな優等生的最大公約数的内容だったりすると、どんなに物語自体がウェルメイドであっても失望してしまうようです。逆に「こういう女の子が大好きだー!」みたいな発露だったりすると、多少不格好でも優しい気持ちになれるのですね。エロゲは割合この辺りに素直な作品が多いから好きです。
 優しいといえばきゅーくs……御厨みくり女史の作品に対するSekさんの感想からとても優しみを感じます。Sekさんが書いたそれらに私は幾度かコメントを付けようとしたのですが、その優しさに結局言葉を失ってしまいました。女史は世間に対してなにがしかのファックユーをしたそうなのに、舌っ足らずで上手く言えていないことに忸怩としていて、時にユーザーに責任転嫁している感すらあるところがとても愛おしいです。――とゆーよーな生暖かい意識をSekさんの感想からも感じてしまって(勘違いだったらゴメンナサイ)、同じ意識でもって私が共鳴したりするのはさすがに醜悪すぎると思いました。私そーゆーの上手く隠せないですしね。
 さて、いまさらSekさんに申し上げることでもないでしょうが、私が意地悪になるのは「俺って頭良いでしょ? 褒めて讃えて」のメッセージがとても大きい(と思えた)作品に対してです。しかもそれに成功している(と思えた)場合などには熱い血潮が全身を駆け巡ります。ぜったいにおまえのあくじをあばいてやる。
 この作品に対して私が不必要にそういう感じになってしまったことは否めず、それはきっと嫉妬からなんでしょう。キルヒアイスを殺したことやSekさんご指摘のプロット的流れが見事すぎて、「まいった……」という気分がどこかにあったことを認めざるを得ません。しかしdovはこの作品を今後も追い掛けてゆくつもりですので、怒るんならうっかり作者がそれを丸出しにしてしまった時で良かったですね(それさえなければ、エロスケ的評点で90点もあり得るんじゃないかと思うくらい期待してもいます)。
 でもこういう意地悪さって私だけでなくて、世界にありふれていると思うんですよ(せんせー、ぼくだけじゃないでーす)。例えばエライ人の謝罪会見があったとき、発言小町で迂闊な投稿があったとき、一部のネットのみなさんは実に意地悪く(そして面白いくらい的確と思える筆致で)渦中の人物の自意識を暴いてゆきますよね。あーゆー人達がエロスケでレビューを書いてくれたら凄く面白いはず……
 ああ読んでみたい!


>ニ話目以降でジプシーのお婆ちゃんたちと世界名作劇場やってレイラ司令が役立たず可愛い
 ヤダ、ちょっと楽しそう……
 深酒をして使い物にならなくなった時などに、見てみるのも悪くないような気がしてきました。


>無線
 はい。これはまことに嫌な予感がいたします。
 軍事的に「無線」ってやっぱり萌えますよね。八木アンテナを開発したのは日本人だったのに、そのアドバンテージを活かせなかったどころか敵国に利用されて差を付けられるなんて、旧日本軍のおバカッ……とかなんとか(英霊さんたちゴメンナサイ)。
 ただ本作は続き物であることから、Sekさんが困惑した部分以上に、私はエルが今後「無線にはこんな使い方もあるんだ!(現代人的には極めて平凡な発想)」をやるのではないかと懸念いたしました。わたくしなろう小説は評価の高い少数のみ読んでいますが、そういうお約束的パターンが確かに多いのですね。ただ『水の星、世界を手に入れる男』全体からはなろうっぽさはあまり感じられず、また作者様の短編にSFが多いことなどからして、本作は「銀英伝や谷口作品などへの憧れが仄見える軽めのファンタジー風SF作品」といったところな気がいたします。
 ところでSekさんはおそらくSFの造詣が深いでしょうから、こういう表現をする度に私はちょっと不安を覚えます。『こんなのはSFって呼ばない』『SFの定義とは』みたいな逆鱗に触れてたらごめんなさい。これは皮肉や冗談で言ってるのではなくて、本当によく知らない素人が土足で踏み込んでる自覚がありますので。私も『新島夕はロリコン』などと言われた日には『はぁ?』ってなっちゃいそうです。
 ちょっととりとめがなくなりましたがまとめると、私程度の知識で判断する限り、この作品はなろう小説っぽくはないです。しかしそのせいでSekさんと同様に、要求するリアリティ( and / or ビリーバリティ)の水準をどの辺にすべきか掴みかねてもいますね。少なくとも一番最初に抱いていた期待値はどうやら高すぎたようです。


 (以降ひたすら言い訳)
 この作品に打ちのめされつつ何となく手放しで評価できないのは、作者の愛着が未だ見えてこないからってのもあるんですよねー。少なくとも「海戦っておもしれー」「戦争っておもしれー」「歴史っておもしれー」ではなさそう(その辺に愛着があるならもう少し知識があっても略)。あるいは「ぼくのりそうのおんなのこ」であるはずもなく(であったらあんな機能的に殺せないはずだ……と思いたい)、「おれがかんがえたさいきょうのしゅじんこう」だったら私としてもニッコリできるんですが、それにしては描写が(エルがかなりの程度運に助けられていることが明示されていて)シニカルすぎる。
 今後「(オレ頭いーだろ、じゃない)コレがやりたかったんだ!」と思えるシーンに出会えることをマジで望んでいます。作品のQ&Aにおける作者さんの乾いた態度にちょっと期待が増しました。完結編の感想で80点以上を付けて、「穿った見方しててすんませんでしたッッ!」って土下座したいっ。



 それだけが私の望みです。


2017年07月19日22時26分29秒

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