amaginoboruさんの「妹☆悶すたあ ~妹が人外の血を引いていて大変な件~」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

淫乱化搾精と入れ替わりが半分ずつのロープラ抜きゲー。前者は豹変した妹にクソムシとなじられる妙を、後者はテンプレ展開からの被支配堕ちが堪能できる良作です。中でもTSルートは隷属エンドを被支配側の視点で楽しめて良いですね。「自分」を変えられる恐怖と期待を味わえました。
妹が先祖がえりを起こしてもうすぐ魔物化してしまう!止めるには精液を与えるしか
ない!なテンプレ展開。淫魔化と吸血鬼化でルート分岐し、入れ替わりは吸血鬼
ルートで発生します。事実上のシーン半減ですが隷属モノとしてなかなかにいい感じで
損した印象はありません。

非TSルートも抜きゲー的に良好でしたしね。お兄ちゃんに懐いている妹が「この
クソムシ!」と攻め立てるシチュはそれなりに需要ありそう。足コキもありますし。
もちろん丁寧に作られた商用作品には及びませんが、ロープラ作品としてなら十分かと。
ただシーンの半分ほどは普通の淫乱搾精なのでボリューム的には物足りないかも。


さてTSルートですが、暴走した妹に吸血されることでなぜか入れ替わります。そこから
いつものオナニーお風呂トイレ。後半は男に戻れず終わるいつものぴよみず節です。
ただ今回は吸血鬼だからか隷属要素が押し出されています。契約とか魅了とかで相手の
いうがままにされちゃうアレですね。読みきりエロマンガのオチにもよく使われます。

これらは一般的なエロシチュであれば女性を支配できる征服感など、男側の視点で
描かれるものです。しかしTS作品の場合視点は当然ながら女体化娘。女として心まで
支配されるのが嫌なのに抗えず、屈服してしまう恐怖と快感が心理描写として表現
されます。ライターのぴよみずさんは女性へと染まる過程と得手とする方です。本作に
おいてもその実力がいかんなく発揮されていました。

2つある結末のうち見知らぬ男にヤられる方は契約的な束縛。精液を受け止めたことで
主従関係が成立(意訳)し奴隷化が確定します。心は嫌がっているのに命令に逆らえず、
心も命令で徐々に曲げられ堕ちるパターンですね。抗う様子や逆らえない変えられる
恐怖の心情、そして変えられた後の染まりきって幸せそうな様子がグッドです。

もう1つは元に戻らず妹とヤってしまい、魅了の術的な何かをくらって堕ちる結末。
元自分の体の妹に心酔してしまい、入れ替わったまま生き続けるオチです。こちらは
中出しされるまでの変えられてしまう恐怖と、出されて堕ちる切り替わりが一瞬で
完全2分割。自分という存在が1アクションで曲げられてしまう恐怖と期待を味わう
ことができました。

いずれの展開も体以上に心を重んじているのですよね。単なる快楽堕ちで「女って
最高!」になるのではなく、体が自分でなくなったとこにきて心まで自分以外の何かに
書き換えられる恐怖と期待。そして変えられた後にも残った僅かな自分が変化を受け
入れる様。この一連の流れがルート毎に緩急をつけて表現された、ニッチながら精度の
高いTSモノといえます。


TS作品を好まれる方の中には、性別のスイッチによって変身願望を満たしている方も
います。生物的にはもちろん社会的、立場的に変化することで本来の自分では持ち
得ない能力を獲得し、同時に失うことで得られる「自分が他の何かになる」恐怖と期待が
性的興奮へと変わっているのではと。

もちろんTS娘自体を愛でる楽しみ方もありますが、同じぐらい変身願望を満たして
いる方もいらっしゃるのではと、発表された作品や受け手の感想ご意見を拝見した
ことで意識した次第です。

何より私がそのタイプですしね。身体が変わってしまったことで様々な自分が「女の
何かに」変わり、同時に元の自分を失う恐怖と期待を味わい、それでも自分がもっとも
自分であるとする「心」を守ろうとする。あるいは変化を受け入れて積極的に変わって
いく、はたまた強引に書き換えられてしまう過程と結末を、TS愛好家の1人として期待
しています。

「それって女向けエロものと同じじゃね?」おっしゃるとおりです。しかし性別の壁は
越えられないからTSというギミックに頼っているわけです。
「なら変化の対象が男のエロ作品でも十分なんじゃ?」そういう方もいらっしゃると
思われます。

年齢変化や状態異常モノが性別問わず需要があるのは似たような変身願望が一因でも
あるのでしょう。しかし異性化ほど自己を揺らがす、それでいて自我を意識する変身も
ありません。だからTSは細々ながらも根強い需要があるのだと私は考えます。そして
本作TSルートはその需要に十分応えてくれました。以上が高評価をつけた理由です。



蛇足1
TSモノで男性脳女性脳的な表現がよく用いられるのは、心をつかさどる脳が物理的に
異なる何かにされた=自分の心を書き換えられたことが明確になるからでしょうね。
周囲の認識で自分(個性)を固める、いわゆる社会的認知からのアプローチと異なる
手法というわけです。

蛇足2
本当のところをいうと、本作でギミックとして生きているのは女体化で、入れ替わり
要素はあまり活用されていなかったりします。主人公がTSすればお話と妙は成立
しちゃうので。こちらのルートでは相手が妹である理由が薄いんです。なので女体化
作品として評価するのが正ですね。入れ替わりモノとしては設定が生かされていない
ちょっと残念な作品です。

amaginoboruさんの「妹☆悶すたあ ~妹が人外の血を引いていて大変な件~」の感想へのレス

 こんばんわ。早速で失礼ですが、個人的に衝撃的な内容でしたので、まだ思考が纏まらない失礼を犯しながらも、感想というかレスをつけさせて頂きます。

 あまぎさん(以下、某ソォサルで馴染みの良い呼び方をさして頂きますが、アレでしたら変えます)と言ったら「TS」、というのはあまねく三千世界の那由多に響く定義でありまして、もはやあまぎ*ドメインとでも称してよいのかもしれませんが(すいません)、そういうTSにこれほど通じておられる方の「TSの愉悦」をどストレートに、しかもとてもわかりやすく書かれているのが衝撃でした。
 その「わかりやすさ」というのは二つあって、

(1)「異化」というテーマ設定のもつ意味性
(2)「異化」テーマが物語においてどのように肉体描写、そしてとくに「イヤイヤながら変わっていく感」の心理描写がされているか

の二つが、とてもわかりやすかったです。
TS者が実地でたのしんでゲームをプレイするまさに「実地」の文章でありました。

 思えば、これを申すのはすごく恥ずかしく、またあまぎさんに失礼なのですが、自分はあまぎさんをTS者とは思いつつも、あまぎさんのTS作品レビューを、熱心に読んでいたか、というと怪しいところがあり。端的にいえば「読み返してはない」というか。
 自分がより読んでいた(読み返していた)のは、やっぱりレイルソフトへの熱い思いの文章であったりとか、Q-X作品の「キャラ性と、人間関係の距離感の侵犯」の読み解きやといった「シナリオ」読み。あるいは、イストリアの「選択とメタの、読み手の臨場感」とか、パコられの「構造的やるせなさ」とかの「主題と構造」読み、といったレビューなのは、確かなんです。
 でも、あまぎさんのそういう「シナリオ(主題)・構造的読み」のレビューと、「TS作品への熱心な愛」は、あまぎさんの中に不即不離とした一個の「エロゲ愛」としてあるんだと思うです。だから、TS作品のレビューをそこまで読み返してない、というのは、あまぎさんへの失礼と同時に、レビュー愛読者としての片手落ちだとは思ってはいました。

 で、今作のレビューを読んで。
 まず端的に「TS」とは、まぎれもなく「異化」の物語、という……ああ、これって「天才とはジニアスである」式の単純な英訳のことしか言ってはいませんよね(笑)。トランスセクシャルとは、異性化、であるのですから。
 ただ、自分が「異化」と表現したのは、

a)性の異化
b)精神のイヤイヤながらもの異化

の二つが、あまぎさん的TSの楽しみ方である、と今回わかったからであり、この二つを便宜上際立たせるために、あえて「異化」って使っています。

そして、自分が「異化」というお堅い言葉を使ったということは、鋭いあまぎさんなら、ここから自分が飛躍させて
・レイルソフトの「異化」テーマいろいろ
とか、
・「らくえん」の、メタと堕落、の異化
とか、山のように、あるいは巨大なテーマとしてあまぎさん論を羽ばたかせたいところではありますが、それをいきなりぶつけられても困るでしょうし、あまりにテーマがデカいので、今回は、

「ああ、TS作品の楽しみ方ってこういうのなんだぁ……」

という、自分の素直な所感でもって、お話しさせてください。


●異化/TSの恐怖

「恐怖」というか「おそれ」というか。horrorとterrorの中に潜む……あるいは更新されゆく(うん、こう書いたほうが適切かな)ところに感じる、愉悦。
その「TSの恐怖と愉悦」のテーマが今作(そしてあまぎさんの評価点)においてはっきりしていて、だからわかりやすく、面白かったです。

 しかし、今までのTS作品のレビューを何作か読み返してみましたが、確かにあまぎさんが点数を高くつけていたり、あるいは70点台でも「ここはよかった!」の部分っていうのは、やはり「TSの恐怖的愉悦」なんですよね。
 そこがツボ、TSの醍醐味……「あまぎさんにとって」の、と。
 自分がそこをきっちりフォーカスした形で読み解けられていなかったのはやはり恥ずかしいですが、しかしこう認識することで、あまぎさんのレビューがまた味わい深くなったのも事実です。

 ときに、自分は以上のように書いていますから、TS趣味ではないのですが。で、その理由は……なんだろう……とくになかった、としか言いようがなく、より端的にいえば「特に興味がなかった」、と物凄く失礼なことを申しております。
 「変わることが怖い」からかな、と思いました。自分の場合、やっぱり百合ゲーで「いつかこの百合ップルがホモップルに……」と考えるだけで、おいおいエイプリルフールはよしこさんと思うわけですが、もちろんあまぎさんはこういう通俗ネタ的安易なTSネタということこそ、「アホ言ってるんじゃないよ」と仰るのでしょう。
あまぎさんのレビューを読めばわかるのですが、TSとは「変わることが怖い」という端的なhorrorではなく、「変わることが怖いけど、イヤイヤながらの興味がある」という、自身の感覚の変動のterrorなのだ、と。

horror と terror の違いなんですが、
horror……「起こりえない仮定の超自然的オカルトなこぇえ話、怪談」
terror……「起こりえる身近な恐怖。リアルにおそろしい話」
というのなんですが。

 TSは、この現実では科学的に「相当起こるのが難しい」です。TSゲーみたいなファンタジーはない。
ただし、「あまぎさんが好む」TSゲーは、ここでいうterror的「もしそうなったら、自分の心情はこうなってしまうんだろうな」っていう、「リアルにおっかねえ」からこその「潜む愉悦」の甘美を、感じ取られておられる。

 だから、「変わることが怖い」から、残響はTSに興味がなかったのではない。おそらく、「安易なTSに過去に触れてしまったのかな」と、今は思うようになりました。この「愉悦なる心情変化」をねっとりとしっかりと描いてくれる、濃厚なTSの世界をまだ見ていなかった……。
 もっとも、自分は確かに、そこまで「異化」というものを、あまり求めていない、というのも事実ではありますが……。百合やイチャラブゲーにしても、延々イチャコラしてるようなのがやっぱり好みではあるのです。


 なので、今こそ申しますが、あまぎさん、TSのレビューをこれからもどんどん続けてください!
 やっぱり、こういうのの紹介っていうのは、その愉悦を楽しんでいるひとがやるべきなのです! だからこそこうして「ああ、そういう楽しみ方があるのか」っていう風に、どっかの誰かに何かが通じることがあるのですから。自分がこう申すのもアレなんですが……。


●さらに言えば、「異化/TSの恐怖」ってなんなのか

 これはあまぎさんのレビューの屋上屋になってしまいそうなんですが、レビューで

「自分がもっとも自分であろうとする「心」を守ろうとする」

と書かれていました。
 「変わるのが怖い」っていうのは、「大切なものがあるから」なんですよね。
 言い換えると「ある、何かを失うのがめっちゃ怖い」(そしてそれはトレードオフ)

 その「大切なもの」とはなにか? TSなら、もとの性別、と即座に言えそうなのが、実はよくよくあまぎさんのレビューを読んでみたら、そう言い切ることが「大雑把」だというのが、身に染みます。
 「もとの性別の、何がそこまで重要なのか?」

 なんでここにフォーカスを当てたか、っていうと、まるであぶり出しのように、
「TSキャラの魅力というのは、そもそも、もとの性別のときに、ある程度あったものではないのか?」
という疑問(仮説)があるからなのです。

 ここで、概念的に「大切なもの」って書いてますが、それは精神オンリーではなく。
 単純に肉体が異化してしまって、そこで生まれた別の身体を確認して。それが、また精神に変容をもたらす、っていう。
 あるいはその逆で、精神さえもどんどん変わっていって、じゃあ自分ってなんなんだ!?というものすごい混乱状態における、カオティックな精神の流れと愉悦。


 そして、「恐怖」というのが、「大切なもの」の消失から生まれるものであれば、「恐怖」もまた、「大切なもの」の性質によって、その形を変えるのですね。「恐怖ゆえの愉悦」もまた。
  Norn「俺が♀で彼女が♂に!? 気弱美少年と完璧美少女がChange! 」レビューでの「シチュの違いによってのTSの味わいの違い」というのは、これはまさに百合者として、シチュの大事さを痛感しているだけに、大いに賛同するところであります。

 
 こう書くだけで、TSの「複雑さと繊細さ」っていうのを垣間見た気分になっています。
 すげえ難しく書いてますが、でもエロゲにおいては、基本それは「えろ」という肉体性で語るものであって。
 あまぎさんはそのTS作品経験量でもって、その複雑さと繊細さの味わい分けを、作品の「異化の流れ方」を、ズバリと把握なさる。そりゃそうですよね。醍醐味ですもんね。

 恐怖の中に垣間見える愉悦、って前項では書きましたが、それでもまだ単純で大雑把な書き方でした。


●趣味って深いな

 言いたいことって、ほとんどこれに尽きるんですけどねw
 あまぎさんのおかげで、今回、「垣間見た」程度でしたが、TSの世界を「落ち着いて、しっかり考えてみる」という機会を得ることが出来ました。
 おそらく、あまぎさんのレビューを手掛かりに、いつか自分もTS作品をやってみるのでしょう。その予感はします。

 この「深さ」は、まだ言語化出来てませんが、自分の百合趣味にもあるのかもしれませんし、他のレビュアーの方々の抱える魂の一家言にもあると思います(当然)。
 それを読むのもレビュー読みのたのしみでありますし、原点であります。自分にとっては。
 というわけで、浅い感想となりました。いきなりですいません。
 これからもレビューたのしみにしています。
2018年04月12日22時21分40秒
青い鳥の方ではお世話になっております。こちらでは初めまして...ですかね?
残響さんとエロゲでお話しするならレイルかなー思ってましたが、まさかのTSモノに
なるとはと驚いております。自分語り中心で感想としては色々アレですが、お読み
いただいた上長文のレスまでいただきまして望外の喜びです。ありがとうございました。
あ、呼び方はどちらでも問題ございません。てかローマ字に直すのめんどいですよね。

まず最初に白状しておきますと今回ご指摘いただくまで、自分のエロゲ趣向とTS嗜好が
近しい位置にあることに気づいておりませんでした!レイルとらくえんの名を挙げて
いただいて「あ、異化=自己変容=自己肯定で繋がるやん...」と。早速ダメダメですね
このエロゲーマー。

とはいえ「自分が楽しいと思ったことを」をモットーに感覚的に書いてたから揃った
のでしょうね。その辺について色々書き殴りたい衝動もあるのですが、TSについてとの
リクエストもいただいておりますので、今回はそちらを注視したお返事をできればと。

けどアレですよ。色々お褒めいただいて恐縮ですが私のTSナレッジなど素人に毛の
生えた程度のものですよ?知識の誤認誤りも多くガチTSスキーの足元にも及びません
からね?とはいえ批評空間内で知ってる方であるのは確かですので、拙い知識ですが
お返事しつつもTS絡みに関するお話をさせて貰えればと思います。



◆horrorとterror
ご認識の通りで相違ございません。普通の方はhorror的に「現実ではありえない事」と
として観測気味に眺めます。対して我々はterror的に「もしそうなったら自分はどうなる
のだろう」と想像しておっきさせるわけで。しかしfictionとrealとならないのは私が
女体化のフィジカルなメリットを求めているのではなく、メンタルな要素を求めている
から。私の拙い説明を明快に開いてくださりありがとうございました。

これって(やはりご指摘いただいたとおり)レイルは紅殻町の宮里青年と同じなのです
よね。物語で想像を膨らませて、もし自分がそうなったらと空想を巡らせる。けど当然
ながら現実でそんなことが起きるわけもなく。そこへ残響さんが仰るところの「異化」が
起きて叶ってしまう、しかし同時に失うものもあって。

私はそれで幼少期にちんちんイタイイタイとなり道を踏み外したわけですが、して
みれば私が『紅殻町博物誌』を愛しく想うのは必然でしたね。気付きをご助言いただき
ありがとうございました。そして綺麗な作品を手前の都合で汚してしまい申し訳ない。
いや冗談抜きで謝罪案件ですねコレ...。

ともあれ私にとってのTSはそんな原体験ありきのジャンルですので、今後も自身に
背くことなく感想は書き続けることと思います。何よりTSのどこが好きなのか、未だ
測りかねている部分もありますし、自己追求としても引き続き追っていく所存です。
その中で今回みたいに気付きを提供できたなら最高ですね。



◆「TSキャラの魅力は女体化前にある程度あったものでは?」
私の求めるTSとしてはYESです。男性としてのアイデンティティを生殺与奪することで
生まれる苦悩や恐怖、戸惑いや期待を愉悦へと転化するわけで、魅力は「奪われたモノ
=自分を象る何か」として差し支えありません。実際聡いTS物書きさんは元の個性を
「奪われること前提で」丁寧に書かれます。男性らしさ、力強さなどは最たる例です。

ジャンルの勘所を的確にとらえ物語へ落とし込むことで読み手の需要を満たす。乱暴な
物言いですがそれがシチュ。仰るとおりTSにおいても重要な要素です。そして私がTSで
見た目よりシチュを重視するのは、シチュにフィジカルよりメンタルを求めるから。
フィジカルを想起する「元の性別」というワードにメンタル的も見るからであり、
「大雑把」というご賢察は正鵠を射たものです。

肉体が異化して精神がつられて変わり、あるいは捻じ曲げられた精神が女体をより
女性的象徴として映えさせて。そんなカオスな状況下で「自分」を再定義するシチュ。
それが私にとってのTSです。(余談ですが、物語系TSエロゲの金字塔『X Change
Alternative2』はサブタイトル1つでその倒錯性を的確に捉えています)

とまぁごちゃごちゃ講釈たれてしまいましたが、女体快楽への欲求と区別が難しい
だけで、要は自我を弄くり回したいだけなのかもしれませんね。愉悦という昏い
ワードを当てて違和感がないのも、心を弄くる洗脳的なインモラルがもたらしている
のかも。どこか人の道を踏み外した感ありますし。

そんなこんなでマイTSを定義づけては見たものの、今だ不明な部分も多いのが本当
です。各種学問やその道のプロの力を借りれば容易に明確化できるのかもわかり
ませんが、あえて自身のやり方で少しずつ判明させていきたいですね。わからない
自分を探っていくのは得てして楽しいものですから。



◆安易なTS
ということで女体化前に男性らしさを描写するのはTS的お決まり事の1つです。
それを見て「これはTSテンプレなんだな」と考えなしに突っ込んでしまい、結果
安易な模倣作品が生まれてしまうのはTS界隈も例外ではありません。

同じくTS鉄板としてなよなよ男子から派生させる物語もありまして、こちらは
「優しい」「当たりが柔らかい」「配慮が丁寧」といった(記号的な)女性らしい
アイデンティティが持ち味。それを女体化することで見た目的な魅力とシナジー効果を
生み出してより引き立てる手法。ですがやはりテンプレとして処理されてしまうことも
多く、結果なんの旨みもないTS娘が生まれてしまったりも。

より酷いと女体化させた以降は普通にセックスして終わり、なんて代物も。私は
これを「なんちゃってTS」と呼んでいますがいわゆる地雷。作り手さん達が抱える
諸々の事情をさておくのが前提ではありますが、この手の作品を引いたときには
物理的な破壊を試みたくなることすらあります。残響さんもおそらくこの手の作品を
引かれたのでしょうね。

一方で精神的な倒錯を書いておらずとも秀逸なTS作品、というものは数多に存在します。
つまり一般的な見解でTSのキモである「女性/女体への憧れ」をフィーチャーした作品。
エロゲですとメイビーの『ちぇ~んじ! 』は女体の魅力をグラとシチュ両面から高度に
表現した作品で、どの自我系TSエロゲよりも高い完成度と個人的には評価しています。

不勉強ゆえ乱暴な一例で恐縮ですが、百合モノでいうところの百合とレズの差異。
近しいジャンルながら客層は微妙に異なる、しかしどちらも需要はあるケース。
TS界隈でもそういったものは存在して、それは優劣をつけられるものではありません。
共感しきることは難しくとも、良さを少しでも理解しリスペクトできるようには
努めたいところです。


とはいえどちらか一方で突き詰められた作品は少なく、実際は両方の良さを作者さんの
バランスで調整されていることが大半です。話の流れも「女体化→ちやほや→エロ→
快楽堕ち」「女体化→差異に戸惑う→精神面の書き換え(エロ)→オチ」と同じで
一緒に乗せやすいですし。

また私の求める「自分を再定義するシチュ」が話題に挙がらないのはこういった事情
です。女体や快楽を求めるシチュと相乗りすることで存在が薄れてしまう、的な。
TSのデファクトスタンダードはやはり女体快楽や女の子としての可愛さの体験なので、
それを受けて作り手も「TSはこういうのがウケる」と精神側の描写が副次的になる
みたいです。

なので私が好みとするシチュを探す場合、作品を片っ端から洗うしかないのですよね。
描写が十分なされた作品かどうか、読んでみないとわからない。そして弾数を増やす
ために、多少表現が弱くとも想像力でなんとか補うw そういった少々強引な読み方を
求められてきました。いやホント弾数少ないんで。

私が安易を安易と切り捨てず可能性を(時に無理くりにでも)探るのは、作品個々を
尊重する以上にこんな事情があったりします。そんなことを繰り返してきたせいか、
エロゲでも新しい面白さを掘り出せたりしているので、なかなか面白いスキルを手に
入れたなとは思ってますけど。しばしば変に穿った読み方をしてしまうのも大体
このせいですw



◆最後に
冒頭にも書きましたが自分語りばかりになってしまいスミマセン。というのも
いただいたレスが私の意図するところとほぼ同じで首肯しかできなかった、というのが
本音だったり。言語化しづらいネタな上に私の文章力で超伝わりづらかったはずなの
ですが、丁寧に紐解いていただけて本当にありがたい限りです。

以前より残響さんは他レビュアーさんの主張特長を的確に突き止められているなと
感嘆しております。その最たるが御ブログにてアップされていた「エロゲーマー
諸子百家」。知己の方の記事では首肯しあるいは新たな見識をいただき、友誼のない
方の回でも興味を惹かれるよう表現がなされていらっしゃいました。

私だけでなく多くの方が同様の所感を抱いていらして、やはり素晴らしいコンテンツで
あったのだなと再認識いたしました。機会があったら書いてみたいエロゲユーザーさんで
私の名前を挙げてくださったこと、今でも光栄に思っております。


そんな残響さんに質問です。レビューを読まれる際に心がけられていることはあります
でしょうか?
というのも私が他の方の感想レビューを読んだ際、異なる意見に対し素直に得心・賞賛が
できることは稀で「なるほどそう考えるのか」的な受容、もっといえば容認的な所感を
抱くことが多く、よろしくない...というか楽しくない傾向だなと悩んでおりまして。

レビューを幾度も読み込んでいない、頑固で自分を曲げない、読書量が足りていない、
レビュアーさん達と直接的な交流をしていない等も一因なのでしょうが、より前向きな
読み方をする方法、またはレビューから筆者の特長を掴むコツがあればぜひご教示
いただければなと。

無茶ぶりであることは承知の上ですので、某髭将軍よろしく「そんなものはない」と
切り捨ててくださっても構いません。この場でなくとも何かの折で十分ですので、
ご検討をお願いしたい所存です。

まぁ質問するならまともな返信してからにしろ、って話ですけどね!おそらくご期待
いただいた回答の半分もお答えできておらず申し訳なく思っております。
「そうじゃねーよこういうことが聞きたいんだよ」的なご指摘ありましたら、こちら
でも青鳥の方でもお答えしますのでお気軽にお声かけください。

以上、拙文をお読みいただきましてありがとうございました。
今後も引き続きどうぞよろしくお願い致します。
2018年04月14日17時02分17秒
ご丁寧に長文返信、ありがとうございます。このえろすけでは、あまぎさんのレビューを愛読したり、それからたとえばSekさんとのやりとりを横目に見ながら(きさま!みているなっ!)、エロゲを巡る「語り」の様々なる綴れ織りを楽しんでおります(伏線1

 「自分語り」と仰いますが、わたしから見たらあまぎさんの今回のレビューは、「勝手な自分語り、勝手なTS定義」の印象は全く受けませんでした。それよりも、「自分に起こったこういう現象」の記述、の感を受けましたね。そこに御自身のエゴのトロトロ吐露はなく、ひとつ「自分(amaginoboru)に起こったTSの屈託と愉悦」をレポートして、ひとつのTS趣味を豊かにせん知見を提出する、という風に受け取れました。であるからこその、わたしの「衝撃」であります。

いくつか、屋上屋を重ねないよなレス(にしたい)と、それからご質問に「簡略」にお答えしようと思います(伏線2


●紅殻町と「綺麗」と猥雑エネルギー

 ※これはレイル信者トークです
 ※批判非難一切含んでおりません

 あまぎさんの

>綺麗な作品を手前の都合で汚してしまって……

 と仰るのは、同じくレイルソフト愛好者たるわたくしへの篤い礼儀、紅殻町への郷愁へのご心配、といったのとともに、わたしのレイル愛をも認めてくだすった、ということであると解釈しています。あな有難きは法悦の響、実るは年月、落つるは虚礼、電脳空間の宵すさび、巡り巡って握手せん……(意味:わかり合えてすっげー嬉しいです!)

 前に、「紅殻町の郷愁は、望郷の念強き我が身にひしひし」のお話をしましたね。

 紅殻町の序盤でともちーが白子と古本屋で語り合うのにも似た愉悦を感じながら、しかしこのシーンで、二人が話題にしているのは、日本近代文学のなかでも、名を口の端に出すと「えっ……」と思うような異端のエグい書物群でした。冒険小説、怪奇・幻想、文学。そしてその「異端・異形」なるの母胎となるのは、まったき透明なる「綺麗」とは別のものです。怪奇・猟奇・狂気・明治土着幻想……。それは「綺麗」でしょうか? 紅殻町の風土には、みちのくの土着がしっかりと根付いています。

 ーーもちろん、あまぎさんは「それら」から生まれる、レイルの美学をこよなく愛しておられる。美学から生まれる「総体」としてのレイル作品の……

……宵溶ける黒におぼろ光る、世界変容のまぼろし。ぼぅと立ち上る陽炎のなかにも、確かに息づく去りし日の郷愁(万能星片冒頭の少年ともちーのいじましさーーーーーっ!)、置いていかないで、置いていかないで。貴方が忘れゆく時の刻み、記憶の粉雪風花と舞うなかに。鬼に異化せん我を赦せと云わねども、てろり流れる血の味いまだあざやかに……あでやかに!線路カタンコ鳴れや星空、自由の船よHer name is ”Albatros”!!
 (すいません、レイル愛の情景が脳内にハジケて、口上ポエムを詠んでしまった)

 あまぎさんは、自分の紅殻町へのどうしようもない郷愁に、お気を遣っていただいた。ありがとうございます……!
 その上で。自分の抱くレイル愛は、それでも、多少の猥雑で霧消する幻想ではございません。いや、猥雑の蜜を吸いてより淡く確かに発光飛翔する霞外籠存在なのです。むしろ、この猥雑を安易に拒否るようでは、我らの屑も、最低の男も、大正の鬼畜も、大正の天狗も、いずれも遠き存在と云わざるを得ないでしょう。

 あまぎさんのお気遣いに、こうしたギミックワードポエムで返す無礼をお許しください。それでも、どうしても言ってみたかったのです。「通じる人」に。それゆえです。
 あまぎさんにおかれましてもこの「猥雑なる母胎」を否定をなさっていないことは、承知しています。


●「なんちゃってTS」と百合の陥りがちな構造

 安易なる百合。
 もちろん、「ソフト百合」が安易なる百合とは言いません。このポップさを得た百合が、切り開いた領域はとても大きい。最近のでも、「百合夫婦」「社会人腐れ縁同棲シチュ」「アニメ・フレームアームズ・ガールにおける「源内あお、源内轟雷」としての百合母娘」、「ごはん百合(メシ百合)」などなど、新しいシチュ・作品の数々は、ソフト百合のゆるさを前提としています。それまでの「心中すらも百合の美学よ」なるガチさをどこかで「極点」とする百合文化では、ちょっと到達出来ない地平でした。(もちろんガチ百合をこの自分が否定など出来るものですか!)

 優劣ではない。しかし、「ゆるさ」が、形式的なテンプレを通して「安易」に流れてしまう「こともあった」というのは、百合でも同じことが起こっていました。「TSさせりゃいいんだろ」はあまぎさんにとって逆鱗でしょうが、自分にとっても「百合っぽくきゃっきゃうふふさせてキマシ!させとけばいいんだろ」は萎え萎えであります。
 なので、この項は非常に、TSと百合の違いこそあれ、図式として納得度の高いところでありました。
 ちょっと端的な連想比較で恐縮ですが……。いろいろな味わいがあって、さらには「安易っぽくても、実地で見ていくこと、見出していくことが大事」とは、まさにその通りです。


●残響へのご質問の回答

 さて、残響がレビューを読む際に「心がけていること」を、端的にお話させていただきます。答えは、

 「そんなものはない」

です。はい。

 この決断的発言には冗談も少しは入っていますが、大筋において自分は、レビューを読むときに、前もって何かを心がけているものは、ありません!
 というのも、自分がレビューを読むとき「心がけるべきこと」は、レビューを直に読んだ時、そこでレビュー本文が「教えてくれる」からです。

 自分にとって、レビューを読むのは、喜びであり、愛です。そして、何か自分を「異化」……正確には「それまでの自分と、ちょっと違った地平に立っている感覚」を得られるのを、求めています。
 善きレビューは、自分に「心象風景」を与えてくれます。たとえ、そのレビューの対象作品をやっていなくても。そう、自分は、上で書いたようなポエムの、より高等なものとしての「文学」としてレビューをたのしんでいます。

 ノベルゲーム作品を読むのは、たのしみです。しかし、自分にとって、それと同じくらい「レビューを読んで、文学として、心象風景をこころの中に羽ばたかせること」も、たのしみです。ひょっとしたら、ノベルゲーム本編をやるよりも……かもしれませんw

 レビューというのは、わたしにとってですが、レビュアー個々人の「心象風景」の吐露です。やむにやまれず、ちょっと言いたいことがあるから、レビューを書くものだと思っています。わざわざ、やる。
 そこにおいて、いろんなレビュアーの、いろんな見方、哲学、それまで彼らが見てきたもの、世界の切り取り方……といったものが、文章となって表れます。その文章を読むと、筆者にしてみれば意外なほどに、「筆者の姿、筆者の心象風景」が幻視できるのです(わたしは、ですが)

 小説を読むかのように、ノベルゲーを読むかのように、レビューを読んでます。自分は。 そして、展開される「心象風景」は、わたしに対して、レビュアー個人の人生への省察を迫ります。
 「このレビュアーは、こういうジャンルばっかりやってるけど、その執着はどこからくるのか?」
 「このレビュアーは、○○っていう表現をよく使うけど……あ、そうか。アレからきてるのか。アレが、すっげえ好きだったんだな!」
 「うわ、エロゲレビューでこんなマニアックなネタ使ってるw でも、そういう見方があるのか。この人は、そういう人生の交わらせ方をさしたのか、エロゲと○○マニアと」

 とりわけ楽しいのは、ふわっと、何かの「世界風景」が、幻視されるのです。ビジュアルで。
 あまぎさんのレビューの場合だったら、紅殻町のレビューで、
「Google調べが、逆に【豊か】なプレイ体験になった」
というくだりを見て、自分の想像上のあまぎさん(Twitterアイコンのあの顔で失礼)が、ちょっと夜更け……10時30分ごろに、わりと部屋の明かりを明るく付けてて、PCデスクのまわりを整理していて、ゆったりと紅殻町のV-Rシステムを、カスタマイズしたものを読みながら、ちょっとGoogleを立ち上げて検索をはじめて、想像上のあまぎさんが「ふむふむ」と頷いて、どこかにメモをちょこっと残して、また静かに歩くようにレイルソフトゲームのプレイをする、「穏やかな時間の流れ、その満足感」が、さぁあああーーーっと、脳内に浮かんだのです。「「「「「全部妄想です!」」」」

 また、紅殻町のレビューですが、
「◆松実」のセクションを読んだとき、自分の脳内に松実さんが、動きました。あの綽々としながらも、隠された哀と。しゃなりと雅なるゆったり。こういう松実さんの、紅殻町の屋根のひさしの下で、何かの動作をしている。そんな「動き」を見ている智久君を、さらにどっかで自分は「観測」しました。刻が止まったかのようで、夏は永遠に続いていくかのようで、何かを決着しないといけないけども、じれったいながらもなんだかちょっと先延ばしにしたいような心情……、夏の、やたらと黒い影とともに。心象風景です。「「「「「全部幻視です!」」」」」

 こういうのが、自分はレビューを読んでて、結構しばしば起こる。そして、幻視が起こってしまって、そのレビュアーさんに対して、心象世界に対して、「どーーしてもコメントしたい!」となってしまって、自分はコメントをします。
 すいません、ちょっと迂遠な書き方になりました。ようは、

「心がけていることなど、ありません! なぜなら、善きレビューは勝手に心象風景を、残響の脳裏に幻視展開さしていく。それを見たら、幻視妄想しだしたら、もう何かをレビュアーさんに言いたくて、感謝したくてたまらなくなる!」

が、お答えです。


 自分の、レビュアーさんに対するコメントは、基本的にずっと「褒め」です。その理由は、上に書いた通りですね。彼らは「文学」をぼくに与えてくれる。その文学は、心象風景という、無形の宝物をわたしに与えてくれる。
 その宝物から、自分はどれだけの可能性や、価値観や、美を得てきただろう。レビュアーさんたちは、各々の人生を通して描いてくれた「心象風景」。それが刻印されたレビューを読ませてくれた。もっと言えば、自分が幻視するほどの、他人の「面白い人生」がかいま見える。それがレビュアーさんたち(の文章)、なのです。褒めますよ。褒めるのが自然でしょう。

 だから、あまぎさんは「受容・容認」と仰います。それは、わたしにしたって、同じです。ただ、自分は「心象風景の幻視を、自分の心に取り込んだ」というのが全面に出ているだけであって。

 心象風景の幻視は、それほど自分にとって、大切なものであると同時に、起こったときには是非ともキャッチしておきたいものです。
 自分のブログでの連載企画「エロゲーマー諸子百家」全20回は、そのために書きました。


 この「心象風景」が、いろんなレビュアーさんのテキストに対して起こっていること。それは、実例を示したほうが、一番よいでしょう。

 さて、ここにて、一夜限りの復活と致しましょう。題して、
 「帰ってきたエロゲーマー諸子百家、ほんとに100人1言コメントやります」編です。


http://modernclothes24music.hatenablog.com/entry/2018/04/15/171255


 (自分のブログにて失礼します。さすがに長くなったので)


 ぶっちゃけた話、いろんな人を思い出したり、コメントを書くの自体は苦でもなかったのですが、計算が出来ない、九九が本当に半分忘れてしまった計算障害の残響には、100人を数えて(  )のカウント数字を打つ事の方が地獄でしたw いや、本当に。

 だって、こうやってスルスル思い出せるのは、彼らには……彼らのテキストには、「心象風景」があったのですから。
 いわば、彼らは残響にとって、「英雄」。叙事詩の世界の英雄なんです。本当に。

 だから、自分は「エロゲーマー諸子百家」を書こうと思いました。いま、ここにある、エロゲ語り/レビューテキストの、叙事詩を。

 あの企画をお褒め頂いて嬉しいですが、そもそもこの数年、自分はエロゲーマー諸子百家をやるときからずっと、「この企画をやったら、自分はエロゲーマーの皆さんから、大いに嫌われ、侮蔑され、孤独になるだろうな……」という思いを抱いておりました。今も抱いています。わたしは、この企画によって、自分が好かれる立場になる、とは微塵も考えておらず、逆にどんどん「侮蔑」される存在になるだろうな、という確信がありました。

 なぜか。ほとんど直感なのですが、それでも端的に言うと「こういう風に決めつけられる形で褒められてもなぁ」とか「勝手に叙事詩されても困るよなぁ」とか。あるいは叙事詩として書くことで、今のエロゲーマー界隈の雰囲気に、聞いてて妙にイラつくノイズを置いてしまうだけなんじゃないか、とか。理由はいろいろあれど、「これは書き手が侮蔑される連載企画なんだ」と、確信をもっていました。

 それでも書いたのは、当時、自分の持病が大変キツくなってて、人生のエンドポイントが見えてきたというのが、ひとつ。
 もうひとつは、当時エロゲーマー界隈にあった、「誰が語っても、代替は居るんじゃないの?」という雰囲気に、物凄い忸怩たるものを抱いていたからです。

 そんなことはない。
 自分の見ている英雄たちは、レビューという、いっぱいの「心象風景」をわたしに残していったじゃないか。ここにテキストがあるじゃないか! その憤りがありました。
 
 この二つゆえに、だから、書きました。書かないではいられなかった。自分のために、そして英雄たちを言祝ぐために。
 
 今回の「帰ってきたエロゲーマー諸子百家」の100人も、上の決意と同じですし、また、返ってくる侮蔑も同じだろう、と確信しています。いや、今回テキスト量は少ないけど、人数が多いので3.5割増しかな……。

 むしろ、この場でもって、あまぎさんにご迷惑があったら、それこそ申し訳ない話です。もし何か不都合などありましたら、ご遠慮なく仰ってください。それだけはお願いします。


 レビューを読む心がけ。
 「そんなものはない」です。
 何故なら、心がけ(=心象風景による、心の異化)は、あまぎさん、そして貴方がたレビュアーの皆様が、与えてくれたんです。
 レビューを読むごとに、ひとつずつ心が変わっていく。心象風景が増えていく。
 そしてレビュアーの過去作を読んだり、新作を読んだりする。
 そうして、また「異化」という心がけが、生まれて、またレビューを読む。
  
 
 ご質問に対する答えは、以上です。
 ありがとうございます。

 ……お答えになっておりますでしょうか? 「コツ・心がけ」を教えて!というのとはピントがズレているかもしれませんが……自分は、でも、こうお答えしたかったのです。
 長文レス失礼しました! それでは-。
2018年04月15日17時03分21秒
丁寧にお返事くださいましてありがとうございました。取り急ぎお礼をば。
話の趣旨がTSから変わってきたため、ご紹介いただいたブログの方で返信致しました。
ご確認いただけますと幸いです。
2018年04月16日19時31分34秒

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