merunoniaさんの「J.Q.V 人類救済部 ~With love from isotope~ Lost Route エデンの証明」の感想

ナタリア「あにくんに素敵な魔法をかけてあげるっ」人類救済部本編のもう一つのifルート。傑作でした。正直本編がレベル高かっただけに、蛇足になってしまうのでは……。と思っていたのですが、そんなことなかった。最後の終わり方は「そうきたかぁ……!」最高にゾクゾクした。また、本編では深くまで描かれなかった彬名のストーリーがとても素晴らしかった。だからこそのあの最後……うぐぅ……。本編をやった方、ぜひやりましょう。コペンハーゲン解釈や量子力学が好きな方ぜひ、本編からやりましょう。
最初からネタバレ全開です。
未プレイは絶対に見ないようにしてください。
本編クリア済みの人はやるんだ。後悔しないから。
特にあやなが好きな人、ナタリアが好きな人絶対にやってほしい。
また本編の様々な事象について、わかりやすくもう一度わかりやすくしているということもあるから、
本編を忘れているという人も、安心してやってほしい。

以下物語の記憶保管がてらの感想です。
















いやまず始まり方からすごかったですよね……まるで映画のような、ナタリアの語り。
ナタリア「あにくんに素敵な魔法をかけてあげるっ」
まさかこの最後の言葉が、こうつながるとは。
ナタリアらしい言葉です。

そもそも人類救済部の本編込みの話である今回のIFルート。本編において主になるポイントは、

①観測者と非観測者による量子力学
自由選択とはじつは確率における選択であり、ランダムでの選択である。
例えば喉が渇いたとき、コップに水があれば当然水を飲む。
自分の血液を飲むことはない。これはコップの水を飲むことが100%の確率に近いからである。
つまり、自由意思による選択は、ランダムによって選択された高い確率のものである。

では世界はどうだろうか。コペンハーゲン解釈によれば、観測者と観測対象によって世界は
一定に決まっている。なぜなら多くの観測者である人類がおり、観測されない状態などありえないからである。
では世界が一人しか、観測者が一人しかいなかった場合どうなるのか?
つまり観測者が見ていない状態での世界はどうなっているのか、定義できない。
自分の行動だけで選択した自由意思は世界にも影響を与える、世界は所有物になる。
なぜなら、他者による観測での決定はされないのだから。

つまり、世界で観測者が自分しかいない場合、その事象の「確率は崩壊」する。

EOによって昇華された、人類も、これはただ「在り方が違っているだけ」
観測者の見方によって、どのようにでも観測ができるようになる。
『自由意思による、場の量子学的変化』

島地によって、人類はいくらでも観測が出来る状態でした。
いくらで人間を作り出せるといった感じでしょうか。
作り出せるというか、別の確率で存在している可能性のあった人物をそこに観測するので、ちょっと違うのですが。

②島地の狂気
島地の中には、狂気が巣食っていました。
それは、すべてが思い通りになる愉悦。操り人形になる人間たち。
平和を自分で創りだすと思えば、それらを壊してしまうような予定調和を楽しむ狂気。

本編ではその狂気によって、様々なことを引き起こしていくのですが、IFでもここが主題でありました。


(その他;ナタリアが何人も同時に存在するのは、自分で自分を観測できるから だったはず
10人まで観測可能。
その代わり、世界から隔絶されているため、人間を観測できません)

 

そして今回の話は大きく前半と後半に別れると思います。
前半は、島地という怪物による人間統治による人類救済。
後半は、真相、ナタリアによる、箱庭、エデンのお話。


前半は学園での学校生活、親友や恋人がいる人類滅亡が近い中での生活。
その中で、島地が狂気である自分を抑え込み、怪物であると認めたうえで、人間を統治しようとしました。
あやなの盲信によるメンヘラ(ではないかもですが)な心、佐々木の信じているからこその凶器、
兄弟たちによる近親、先生たちによる、尊厳を守るからこその狂気。
これらを一つ一つ丁寧に回避することで、幸せに人間たちが暮らせる世界を作り出そうとしました。

このシーンの島地、まるで自分に仮面を被って、冷たい目で実況している姿は、ゾクゾクしました。
まだ自分の中の狂気を楽しんでいないだけましかもですが……。
本編の惨劇の回避は、まるでひぐらしなく頃にを思い出したり。


そして先生たちの結婚式。
その幸せな姿に涙します。
それはなぜか、先生たちが幸せな姿に感動したから?
いいえ、怪物である自分はその輪に参加できないと知っていたから。
なぜなら、その感動でさえ自分が作り出した美しい人間たちによる輪であったから。
寂しいからこその涙。
怪物であるからこその悲痛。

このシーンも大好きだったり。虚しさを感じます。
むしろ狂気で楽しんでいたときの島地の方が良かったのではと思うくらい。
平和すぎたら壊したくなる感情の起因。

屋上の彬名との会話。
彼女への告白。心から愛していると。
怪物である自分からの告白。

本編であまりにもあれだったために、彬名スキーには嬉しかったんじゃないかなと思いつつ。
このシーンも好きです。


そして後半は、ナタリアとの対立。
そもそもこの時点でナタリアの真意がわからないのですが。
展開は割愛するとして。

ナタリアにとって、主人公とはどのような存在であったか。
それは、一つとして、『観測器具』であること。
ナタリアは人間を観測することができませんでした。
(ここはたしか本編でもありましたね)

だから主人公の存在が必要であり、殺すことができなかった。

こうした中で明かされる真実。
それは、このような学園生活でさえ何度も何度も観測していた世界であったと。
その数73回。

あのあやなさん良かったね……。という世界ですら繰り返された一つしかないというね。
この時点でしてやられたという思いがすごかったですね……。

あるていどたったら、また再びみんなを観測して「ふりだしに戻る」
まさに小さな箱庭。
そこで自由に島地は繰り返す、『箱庭の楽園』

その後、ナタリアは島地に選択肢をだします。
それは、自分と一緒に世界の創造主となるか。すき放題観測するか という感じですかね。
それとも今までのように自分の操り人形になるか。


島地の決断は、第3の選択肢でした。
かつて弱者であり弱者を救おうとしためーたんならどうするか。
他者の生き方を変えようとするのではない、ただ存在するだけでありたいという。

最後のめーたんの声「わたしが、わたしが島地を許してあげる」


そして繰り返される世界。


最初に出てくるテキスト
島地の狂気の「せめて封じ込めなきゃ、この世界が終わるまでは」
というセリフが、本当に苦しい。

この世界が終わるまでは、と周回しているとも知らずに。

そしてナタリアはこのちいさなエデンを観測し続ける。
人類を渇望するから。だから島地も殺さない。殺せない。


あまりにも孤独でいすぎたナタリアの世界。
すでに彼女は救われることを放棄していて。


とてもビターな終わり方。だけど私とても大好きです。

『救済という言葉は主観的であり、無責任な善意を見知らぬ者へ投射するだけの残酷な概念である
救いの裏には見返りがあるが、また受けての側も暗黙のうちに言外の要求を受託している為、
これを直訳すれば単なる取引に等しい

それは事務的な利益なやり取りでしかないが、しかし全てを識った上での無償の救済を名乗り出る
ものが仮に存在したとして、彼の差し出す掌を我々は何と名付けるべきなのか

それこそが、救いの手ではないか』
(抜粋)

人類は二種類しかいない。
救われない者と、救おうとする者。
救われたなんて感触は、ただの錯覚でしかない。
(ナタリア)

めーたんの弱者から弱者による救済。
島地の人間統治の救済。
そしてナタリアの救済。

うまく言葉にはできないんですが。

人類救済部。
人類を救済するとは。
面白い話でした。

以上感想です。ほとんどが物語のあらすじ調ですけど。
許してください。
またもし、間違ってあらすじ書いたりな部分もありましたらすいません。


もう一つ考察。
CDパッケージのナタリアですが、牢屋に監禁されていました。
最初は島地のナタリアが監禁するという発言からかと思いましたが、まぁそんなわけはなく。

ナタリアにとって小さなエデンを観測し続けること、こうでしか人間を渇望していく自分に満足できなくなってしまっている
そういった状態をこの牢屋で繋がれている状態なのかと予想しつつ。そのまんまなんですがね。
アベマリア(FD)のナタリアの悲痛、めーたんへの思いを考えると
アイムヒア 私はここにいるよ めーたん
という台詞は、どのような思いから出てきた発言だったのか...。

観測されない少女。世界を呪い、それでも人類を渇望した少女。


ライターさんは、どうしても書きたくなったから書いた!と言っていますが、私自身は書いてくださってとても嬉しかったです。
なぜなら、あの大人気(だと思う)あやなさんの幸せな姿が見れた、というのもありますが、ナタリアの狂気と主人公の島地
のもう一つの姿が見れて良かった。
そして最後のしてやられたぁ!という思いも面白かったですしね。

これが100円は安い……500円でも全然払うのにと思いつつ。
次回作は昼王さんの自信作らしく、期待が膨らみます。ぜひやりたい。



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