マルセルさんの「彼女と俺の恋愛日常」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

パラソル作品では、前作に次ぐ「普通に楽しめるレベルのイチャラブゲー」+「異常なほど可愛い妹ルート」ゲーと言えよう。このブランドは毎回エロだけでは鉄板で、今作も幼馴染みにメイドご主人様プレイとか、萌えゲのエロ王道を解っていて素晴らしいのだが、今作はそこにシナリオブーストがきちんと適切に掛かっているので隙が少ない。ちこたむヒロインのシナリオは、ヒロインの悩みを、恋人後の恋愛のなかで少しずつ解決していくという構造によって「シナリオのテーマ進行」と「主人公に感謝デスイチャラブ」を反復させていくという、イチャラブ描写とテーマ進行を危なげなく進めていく丁寧な作りなのに、そんな鉄板を隕石によって打ち破っていくのが実妹シナリオだ。シリアスやシナリオが逆に欲しくなるような、兄妹のふたりだけの世界が最初から最後まで展開されており、近親相姦シナリオというよりも火星人の恋愛のようなイチャラブショックの清々しさよ。
・総CG枚数(差分無し)88枚 総回想数 27枠

・キャラ別CG(エロCG)&回想数 

結花    23枚(12) 6回
アリス   22枚(10) 6回
しずか   21枚(11) 7回
遙     20枚(11) 7回

その他   2枚1回

(備考:その他の1回は眼鏡エチです)


・クリック数

簡単な説明:クリック数つーのは、既読スキップオン+テキスト速度ノーウェイト環境下で計った、ゲーム開始時から作品を終えるまで各シナリオ毎のクリックの合計回数のこと。以下そのメリットについて。

(1)初回プレイ時の「共通」+「個別」のシナリオの総容量が分かる
(2)2周目以降の、共通シナリオを除いた個別シナリオの総容量が分かる。

(ゆえに、一周目のヒロインルートはクリ数が多く、二周目以降はたぶん半減するが、一周目の「個別ルート」が他よりも長いというわけではないので注意)

(3)エロテキストのクリ数と。それを含んだ全シナリオのクリ数を比較すれば、両者の割合もある程度はわかる。
(4)テキスト速度の環境さえ同じなら、プレイ時間と違ってユーザーによる計測誤差は少ない。

といった四点が指標として役に立つとバッチャが言っていたような気がしないでもない。

(5)BCは主人公とヒロインが恋人になる前までのクリック数で、ACは恋人になったあとのクリック数ね。
「その恋人になった「まえ/あと」ってどう定義するの?というのはなかなかにむずかしい話であるが、大抵のエロゲには告白CGなるものがありますからそこを基準にします
そういうCGがなかったり、なんかズルズルだらしない感じでずっこんばっこんなシナリオの場合は、まぁ僕がテキトーに判断しますが、その場合は「?AC6992」みたいに?をつけまつ。
そういや「誰とも付き合わないシナリオ」っていうのもあらわな。そう言う場合は特にACとかBCとかは書きません。




1周目 アリス   「11710」 BC5488 AC6222
2周目 しずか   「8925」  BC1889 AC7036
3周目 結花    「73731 BC886 AC6487
4周目 遙     「10798」 BC1127 AC9671


(備考:特になし)


・各キャラのHシーンのクリック数

・アリス         1:305 2:412 3:508 4:464 5:332 6:428 
・しずか        1:511 2:236 3:284 4:246 5:368 6:334 7:267 
・結花         1:536 2:268 3:391 4:278 5:361 6:308  
・遙          1:521 2:267 3:286 4:385 5:486 6:235 7:225 




☆作品の大まかな評価。

簡単な説明:これはもうそのまんまですな。一応Z~SSSまでの評価基準が存在するらしいのですが、大抵はC~Aの間に収まっているようです。
「C」がだいたい「やってもやらなくても別にいいんじゃね」。「B」が「やればけっこう面白いんじゃね」。Aが「やってないヤツは人生つまないんじゃね」。
といったかんじになっております。あと「全体評価」っていうのは、その項目における「作品全体」から感じる何となく駄目だとかイイとかそういう評価です。
あと、これは当たり前すぎて却って説明しにくいものですけど、僕の定義による「シナリオ評価」ってヤツは「感動させなきゃダメ」とか「深いテーマが無きゃダメ」とか、
そういうヤツではなくて、基本的には「その作品が目指していると思われるものが、どれくらい達成されているか?」というような「完成度」評価に近いものかも知れません。
ですから、原理的には抜きゲであろうと萌えゲであろうとシナリオゲであろうとも、その作品が目指しているものが完成されていると判断すれば、シナリオ評価は高くなるって話です。

・シナリオ評価

アリス     B+
しずか     B-
結花      B+
遙       A-
    
全体評価    B+

・イチャラブ評価   

アリス     B+
しずか     B-
結花      B+
遙       AA
全体評価    A-


・エロ評価

アリス     A-
しずか     B
結花      A-
遙       A-

全体評価    A-

   
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(1)テン年代後半エロゲのイチャラブ日常


「イチャラブゲー」という言葉が、もう既に古くなっているというか、あるジャンルを示す言葉として、あまり機能しなくなっているとしたら、これはエロゲ史的に言えば「萌えエロ」と同じような事情によるものだろう。
つまり「イチャラブ」なり「萌えエロ」なりと言った言葉で「示されてるような内容の作品が、エロゲ業界から消えている」というよりも「そのような内容が、大半の作品で当たり前」になっているので、特にそれについて特筆する必要が無いのだ。
馬鹿げた例で言えば、中だしエロゲーなるジャンルは基本存在しないわけだ。それは「中だし」というエロ行為が全く無いからではなく、単に全てのエロゲは基本中田視するので、
それは「他との差異を際だたせる」機能を持たずに、ジャンルとしては成立しない。馬鹿っぽく言えば、倫理規定の変更で、中だしが禁止になるだけで「中だしエロゲ」というジャンルは成立するわけだ。

とはいっても、これで「イチャラブエロゲ」の問題が何か解決するわけでも無い。依然として、このジャンルは……というか、エロゲの大半が恋愛モノであり、またその中の大半が普通の平凡な恋愛を望んでいる以上、
「イチャラブ」という言葉は変わって、それと類似したような意味内容を示すジャンルが生まれたとしても、そこで「どのようなイチャラブが良いのか」という問題は生まれてくるわけだ。、
さらに、こうした規範的な欲望は言語化するのが難しいというか、それに距離を置いて批評するのは自分と作品に対して疎外を生むので、これらは常に「この作品の○○な感じがイチャラブなのだ」といった無数の異なる言説を生んでいく。

別にここは、昨今のイチャラブゲーを批評する場では無いので、僕としては適当な一例を上げて、このお話を切り上げるつもりであるが、最近の作品で言えば「銀色、遙か」という作品のワンルートをやって、


「ああ、ついに自分には理解出来ないというか、自分のあまり好きじゃ無い感じのイチャラブゲーが出てきたものだ」


と思ったものだ。まぁこれはワンルートしかやってないし「どのルートもそのルートと同じだよ」というオタ友人の話を聞いて、そこで切り上げた作品なので、ここではこの作品をどうこう批評はしない。
ただ、その上で「僕の気に入らない感じ」を単に述べるとするなら、単に普通の一般的な大人ドラマ(会社での成功がどうこうみたいな話)に、そこに適切なイチャラブを含んで人生頑張ろうみたいな話をされたところで、
何か勝ち組キャリアウーマンのアカウントをフォローして「今日も旦那とセックスしなきゃ」みたいなツイートを延々と読まされているみたいで、オレ、なにやっているんだろう?という気分に襲われるわけである。

もちろん、これを「イチャラブゲーではない」と言うことは、基本的に出来ないというか、まぁそうは言いにくいだろう。イチャラブゲーの大まかな文脈から見れば、この作品は別にそこからずれているわけでは無いのだ。
だから、ここでわかることは「イチャラブゲー」が好きな人といっても、その人は別に「イチャラブゲー」なら何でもいいと言う話ではないこと。もっと言えば、
「イチャラブゲーのシナリオ」に何を求めているのか?と言う話にもなってくるし、そこから「こういうシナリオに、こういうイチャラブがあると良い」みたいな話をすることも可能になってくるだろう。

そういう意味では、僕の見る限りだと、ここ数年のイチャラブエロゲ、またそれに近い萌えゲを見る限りだと、ここ最近の作品は、それを「イチャラブゲー」と形容されるかはさておくとして、
「単にイチャラブシーンだけが続くシナリオ」というよりも「なにかちょっとしたシナリオ展開に、イチャラブシーン」を塗すような作品が増えていると思う。
そして、そのような作品は、前段にも触れたように、あまり「イチャラブエロゲ」と言われないような傾向が出ているように思える。ここらへん、漠然とした判断なので確たる根拠は無いけれども、
2017年の1月作品で言えば「人気声優の作り方」とか「ヒットミー」みたいな作品は、イチャラブゲーをベースとしながら、そこにそれなりによさげなシナリオを塗すことで評価を得ている作品だと思う。
この場合、言説上に挙がってくるのは、上部の「よさげなシナリオ」であり、下部の「イチャラブ描写そのもの」は、それは当たり前のモノとして言及されないような構造というか。


とはこのように前口上を述べてみたはいいものの、この作品、少なくとも「体験版をやった感じ」では、一応はイチャラブゲーを名乗ってはいるものの、そう思えるのは少数に限られるような、
「どんな作品なのか全くわからない」作品ではある。
まぁ「体験版の共通ルートと、本編個別ルートが基本的に異なる」とは、これはパラソルの伝統であり、パラソルの体験版をやって回避とか購入決定をするのはパラソル素人だと無駄な玄人自慢をしながら、
共通ルートの要約と何故このような共通ルートが生まれるのか、若干の考察をしてみよう。

以上の目標を一言で要約するなら「これって全ては本編の個別ルートの伏線オンリーで共通をやっているからだよねー」ということになるが、コレだとわかる人しかわからないので詳細に説明しよう。
共通ルートは、主人公と赤の他人(結花さん、しずかちゃん)と軽い友達程度(アリスちゃん)と腐れ付き合い(眼鏡サブヒロイン)と実妹という、
その過半数が「主人公とあまり面識が薄い」状態でありながら、その面識の薄いヒロイン達と個別イベントで速攻で仲良くなるイベントを散りばめながら、
イベント進行の半分近くは眼鏡先輩との漫才に終始する(因みに本編ではこの先輩、特に出番は薄い)という、まぁエロゲの体験版としては非常に販売訴求力の薄い内容になっている。

どうしてそうなのかと言えば、まずシーンの大半があまり人気の無いメガネのサブヒロインに当てられているっていうのが一番の理由で、
二番目の理由としては、これが萌えゲーだとするならば、面識の薄いヒロインと仲良くなるならば、それなりの描写やイベントが必要なのに、それがなんか超パヤな手抜きに見えて、
三番目くらいには、以上の理由と合わせて、ヒロインが全員集合せずに、主人公とヒロインのピンのやり取りがメインなのが、学園エロゲーではお約束的な賑やか雰囲気が無いし、
トドメとして、共通ルートから眼鏡先輩のあまり嬉しくないアシコキとか、お目当てが多そうなアリスちゃんに無理に手コキとかさせている時点で、これはテキトーな萌え抜きゲーじゃね?疑いが濃厚だからじゃ。
主人公が軽いナンパ野郎に見えるという当初の批判も、テキストだけでは無く、このような構成に起因するだろう。
複数の初対面ヒロインと、しかもヒロイン全員集合状態の掛け合いのなかでは無く、ピンでヒロインとやり取りして同じスピードで仲良くなったら、例え口調が真面目であっても結果論的にはナンパ野郎確定ですからなー。
しかし余談を言えば、ここらへんのエロゲオタの感性って、殆どゼロ年代から変わらないんだなぁと南無阿弥陀仏。我々エロゲオタ同志諸君はいくらソシャゲに堕ちようとも心は何時まで経っても南無妙法蓮チェリーボーイ!

まぁ余談はさておき、こうした構成になった理由としては、これは本編の個別ルートをやれば何となく理由はわかると思うのだが、この作品の共通ルートは、先にも言ったように、
「個別ルートの伏線として機能している」のはどのエロゲだって同じじゃ無いか?と言われそうなので「共通ルートという枠組みを作らずに、そのまま個別ルートを強引に共通にぶち込んだ」と言えばわかりやすいだろう。
つまり、普通の共通ルートが、ヒロインA~Dの個別ルートの伏線を「共通ルートの物語のなかに」纏めているとしたら、この作品は(共通での)個別A→B個別→C個別→D個別を無理に繋げている感じで、
間に挿入される眼鏡先輩のイベントも、基本的にはそれぞれの個別ルートの主人公の物語の伏線となっている。
それと、この作品の「恋愛日常」というタイトルを意識して、あくまでこの作品はヒロインと主人公の一体一の恋愛描写を基本としますよーっていうのを、共通ルートでアピールしたかったのかも知れないね。完全に裏目でているけど。

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(2)アイドルしずかちゃんのアイドル恋愛ではない(非性的な意味での)変態日常


僕の点数や一言コメを見ればわかるように、この作品全体は結構良い出来だと思うし、他の人の評価でも「パラソルにしては、シナリオがまとも」とか「普通に面白い」みたいに、
「シナリオ的な意味でも面白い」みたいな文脈で褒めている人が多いように思える。
大まかな評価で言えば、このような評価は別に嘘では無いし、妥当だろうと僕も思う。あくまで「大まかな評価」で言えば、今作は「普通の恋愛シナリオ」として見ても合格点くらいは付けられる出来だ。

まずはその点を、僕の中では一番出来が悪いと思っている「しずか」ルートのシナリオから語っていこうと思う。しかし出来が悪いと言っても、上の評価で言えば、僕はこれにBマイナスくらいは付けているんだけども。。
このシナリオ、まずは大まかに評言すれば……


「次から次へと軽いイベント展開を引き起こしていくジェットコースター的な構造を、アイドルヒロインなのに、アイドルシリアス展開を一切使わないことで、読み手に独占厨的な安心感と物語の興味を持たせていく」


ようなシナリオだと言えるだろう。なので、そこらへんを逐一ネタバレすると、シナリオに対してネタバレ失礼な感じはあるんだけど、まぁ途中までくらいなら構わないだろう。適当にシナリオを端折りながら要約していくと、


>絵のモデルをアイドルのしずかちゃんにキメた主人公。しかし、しずかちゃんは「仕事が忙しくて無理です」と誠実に拒否する。それじゃあ仕方がねぇと諦めきれない主人公は、数日後、とある案をしずかちゃんに持ちかけようとするが、
そこに演劇部の部長(♀)が現れて、しずかちゃんを学園祭の演劇に誘う。これも「仕事が忙しくて」と一旦は断るものの、演劇部で実際に練習してみたら演劇の凄さに改めて感動し、学園祭の誘いを受けることに。
ここで困った主人公が、しずかちゃんにとある案を打ち明ける。自分はモデルのイメージを固める為に、しずかちゃんと日常を共にしたいんだ。演劇の練習の時間だけでも良いから、側にいさせて貰えないだろうか?と。
主人公を憎からず思っていたしずかちゃんは、それを了承。んで色々あって仲良くなったあと、主役のコツが掴めないしずかちゃんが「主人公が好きだ」と言いながら「恋愛感情を知るために、私と付き合って欲しい」でその場でセックス。
主人公と恋人になったしずかちゃんは、イイ感じで演技を極めていくものの、あと一歩のところで役に届かない。そんな最中、しずかちゃんが、主人公がしずかちゃんと付き合う前に、アリスちゃんに手コキをさせていたこと知ってしまい……


と、この時点でだいたい後半に入ったところだと思うが、見ての通りに「結構盛り沢山」なシナリオなのは、この要約を見ればわかると思う。この要約ベースで書けば、エンディングまであと七行くらいは必要になるくらいには起伏が激しい。
さて、問題は、この起伏の激しいシナリオが「何を語ろうとしてそうなっているか?」と、これが「どのようなイチャラブと関係しているのか?」ってことだと思う。まず前者からいくと、
まず第一目的としては「シナリオの先の展開を読ませない」ってところだろう。このシナリオ、初っ端から「アイドルなのに恋愛OK]とか、読み手の予想を裏切るような展開を続けており、これを最後まで続けている。。
第二に、まぁこれは要約を見ればわかると思うが「演劇とは何か?みたいな教養物語をやりたがっている」ということ。これが第一の予測不可能性と合わさって「こういう話をしたいのかなー」と読者を最後まで引っ張ろうとしているわけだ。

それでは、このような「予測不可能性なシナリオと演劇云々」の話は、イチャラブ描写とどう結びついているのか。このシナリオのそれを語る場合には、主人公とヒロインの関係性の、安定性と不安定性の二つのベクトルを使うのが良いと思う。
それをエロゲ的にわかりやすく言うのであれば、極端な方向性で言えば「NTR疑惑」とか「アイドルだから引き裂かれ展開」みたいのが「不安定性」ベクトルで「安定性」ベクトルは、恋人状態で信頼しているから大丈夫だっていう話。
このシナリオはこの二つのベクトルを、基本は安定正方向に向かいながらも、ときどきに「不安定性ベクトル」に引っ張ることで、大半はプラスのイチャラブ効果をあげながら、まぁ後半の一部は微妙に失敗していると思う。

「安定方向に向かう」っていうのは、前にも書いたように、このシナリオは「アイドルシナリオ絡みの糞シリアス」が最初から最後まで排除されて「いることが予告されている」こと。恋愛完全OKな事務所ってことでね。
でも、不安定性ベクトルも、常に存在はしているわけだ。上のシナリオ要約を見ればわかるように、序盤は「演劇部の部長(メスだけどね)にしずかちゃんを取られるかもしれない」だし、
中盤以降は、一応はお互いに好意を告白していても「役の為に恋愛しているんじゃ無いか?」みたいな不安とか、あとアリスちゃんの手コキが発覚したりとか、その辺の話は常に潜在している。
えー、これの何が「プラスに働くんですか?」って大半の人は疑問に思うかもしれないが、まずこれは基本的なところだと、安定性ベクトルとの絡みで「不安な要素はあるかもしれない」けども、
常に主人公やヒロインその不安を埋めるためにそこでイチャラブするって言うのがある。つまり、安定性ベクトル「だけ」ではイチャラブ描写にならないけど、そこに不安定性を入れて、それに対抗することでイチャ描写が生まれるって話。

とはいっても、それよりも重要なのは、この安定性と不安定性のベクトルから生まれるイチャラブ描写が、実は「演劇とは何か?という教養物語」とそれなりに関係している、って所だろう。
あんまりコレを言うとネタバレになるんだけども、このシナリオの演劇のテーマ性はきほん「自分の知らない感情を修得する」とか「自分が知らなかった自分の感情を知る」みたいな話なんだが、
これが「しずかちゃんの性格や演技の変化」となって恋愛と日常描写の上で並行していくわけ。アイドルの時は真面目ボイスなしずかちゃんが、演劇や主人公とイチャしている時には年相応のきゃぴボイスになるっていうのがベースで、
そっから恋人になったあと主人公が廊下で妹と仲良くしてるのを見ると、何の挨拶も無く主人公に速攻キスして、妹ちゃんに当て付けるように「行ってきますのキスですから!」と宣戦布告したりな。
つまり、簡単に要約するなら、


「シナリオ上の安定性と不安定性のベクトルを、しずかちゃんというヒロインの性格や言動の変化に合わせて、そこにイチャラブ描写も変えていくことで、ヒロインの色んな内面を楽しめるようなイチャラブを用意している」


とでも言えようか。まぁこれはずいぶんと「好意的に見た」場合のそれだが、成功している部分は結構上手くいっている。CV:春乃いろはさんの名演技もあって、シナリオの不安定ベクトル毎にイチャラブ描写を変えていくので、
「ライブのあとに急に発情し出す」みたいな、それ自体はお約束なエロシーンも「今までのシーンでそんな素振り」無かっただけに、恋愛の進行と共にさまざまな表情を見せてくれるしずかちゃんはけっこう可愛い。
それに、こうした起伏だらけのシナリオであっても「変わるのはあくまでしずかちゃんの性格だけ」で「しずかちゃんと主人公がずっとそばにいる」と言うような、日常の持続ムードをきちんと押さえている点は、
今までのパラソルシナリオよりもマシになっているところだ。パラソルのシナリオって、結構アレな方向にぶっ飛ぶことが多くて、このしずかシナリオはその亜流だと言えるものの、全体として「破綻している」ような印象は薄い。

逆に言えば「破綻している」というよりも、最後に「上手く纏めよう」としすぎたところで失敗しているなーっていう感はある。この最後の部分だけは、しずかちゃんシナリオのキモの部分とは関係薄いのでネタバレすると、
最後の方は「しずかちゃん」の問題では無く「主人公の問題」を解決しようっていう話になっている。他シナリオでは、この点はあまり注目されていないので、このシナリオでそこらへんをやろうっていう全体構成もあるかもしれないが、
どうにもここらへんがあまり上手くっていないと思う。これは前述の「安定性」ベクトルと「不安定性」ベクトルの葛藤構造の続きであって、シナリオで言えば「演技のために恋愛している」っていう件の不安の続き。
もちろん、これは途中で「解決はされる」んだけど、主人公はそれでも不安で、アイドルと自分が釣り合うのかナーって不安によってノイローゼって話ね。まぁ僕が基本鈍感なので、そこらへんに共感できないって言う話もあるだろうが、
問題はこういう「起伏だらけでしずかちゃんが変態しまくる」シナリオの最後まで、こういう不安が続くって言う話をやってしまうと、お前ら本当に恋人なんかい。恋人だったら、もっと不安に苦しむ前に何とかしいや!ってなるわけですよ。


これをシナリオ構造的に言うと、最後まで話を予想不可能をしたり、安定性と不安定性のベクトルを動かすことで、ストーリーに弾みを付けることは出来るし、そこからヒロインの色んな側面を引き出すイチャラブ描写を描くことは出来る。
しかし、それを「最後までやってしまう」と「恋人関係の安定的な理想状態」という、イチャラブ作品の強力な魅力を描くことは難しくなるという、矛盾が生じるわけだ。

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(3)金剛アリスちゃんの(性的な意味での)感謝感激甘アラレ日常


だもんで、そういう意味で「恋愛物語」と「イチャラブ」はある程度は葛藤関係にあると言える。もっと本質的に言えば、物語の進行はある程度は不安定性を要求するが、恋人関係のイチャラブはある程度は安定性を要求するからだ。
とは言っても、これは俗に言われるような「シリアス」と「イチャラブ」は矛盾する、と言うことは、まぁ経験則的にはある程度妥当するが、本質論的には特に矛盾するものでは無い。
ここで重要なのが、先の記述に置ける「ある程度は」という所だ。観念論的に考えると、物語の不安定性と、恋人関係の安定性を「絶対的に求める」と考えるので、これは矛盾するわけだが、
しかし現実的には、僕らはある種の物語の不安定性は(イチャラブとの関係生において)批判するが、しかしある種の不安定性については容認する、といった偏差がある。

このアリスシナリオは、そこらへんの「容認しがたいシリアス」と「容認されやすいシリアス」を知る上で、実に「スタンダート」なシナリオと言えるだろう。
シナリオ構造それ自体は極めて単純であり、それは……


「アリスちゃんのトラウマを中盤の終わりくらいまで引っ張りながら、イチャラブ描写を前者とは矛盾しない形、つまりアリスちゃんのトラウマに寄り添う形で日常的に描写していく」


といった形をとっているわけだが、これはエロゲ廃人級なら解るように「言うは易く行うは難し」なシナリオであり、それはイチャラブシナリオとしても、ある程度はそういう面を持つ。

このようなシナリオな場合、一般的なシナリオとしては「トラウマネタを中盤くらいまで引っ張る」というのが、それなりに難しい。
これはゼロ年代どころか、90年代中盤の所謂「泣きゲ」シナリオまでに話が及んでしまうものであるが、このようなシナリオの場合、基本的にそのシナリオの推進力は、
「そのヒロインのトラウマは何か?」といった原因探しミステリーが基本となるが、逆に言うとそれが発見された時点で、それはイコール解決という形になり、その時点で大抵物語が終わってしまうわけだ。
それは当時の「エロイッカイズツ」な純愛シナリオの場合は、それはそれで別に良いとは言えるが、別にイチャラブ抜きで言っても、ヒロインのトラウマに寄り添っているかと言われれば、難しいところはある。

もちろん、これが「イチャラブシナリオ」としては「ヒロインのトラウマを解決したらそこでオシマイ」という欠点が生まれるわけだが、それ以上の実に厄介な問題もある。
まず、先の「ヒロインのトラウマを解決する」と言うことを、色々と手段を使って引き延ばしながら、同時並行的にイチャラブ描写をすることは出来る。
しかし、その場合、主人公を妙に鈍感っぽくなってしまうか、または、ヒロインが恋人同士なのに、妙に「何かを隠している」という印象が生まれてしまうために、
何らかのストッパーが掛かったままイチャラブが続いているような不完全燃焼感が続いたままになってしまう。

さらに、これは上の「不完全燃焼感」とリンクするお話であるが、この「トラウマ解決前」と「トラウマ解決後」のヒロインの連続性や一貫性と言った問題も出てくる。
これは別に非イチャラブゲーだったら、大した問題では無いわけだ。別に嫌味で謂うつもりは無いが、シナリオゲーというのは基本的に進歩成長史観なので、トラウマ解決で成長して良かったね!にすればいい。
しかしチンポ史観を標榜する我らがイチャラブゲー理論としては「トラウマ解決前」なヒロインともイチャラブしたいし「トラウマ解決後」なヒロインともイチャラブしたいわけで、
その両者が完全にベツモンだったりするとちょっと困るわけだ。世の中にはウジウジ悩んでいるヒロインのほうが魅力的という畜生ヤロウもいるわけでのう。


このシナリオは、そうした困難を基本的にはクリアしているという意味で、結構評価は高い。
最初は結構力押しで進んでいく抜きゲタイプかと思わせながら、その無理な展開が実は意外な伏線になっていたりと言う点でも「なかなかやるじゃん」と思わせてくれるような作りである。
なんせ体験版と言いますかまぁ共通ルートからヒロインにアレな理由を付けて手コキさせた挙げ句、個別ルートが始まった時点で、行きがかり上で告白してOK貰っているような展開ですからねー。
この導入を見た時点では「あー、どうせ軽いシナリオにエッチするだけな展開」なアレなシナリオだと思っても不思議では無いと思うんですよー。実際僕も発売前は「最低それくらいの出来」とは言っていたし。

ところがぎっちょん、このシナリオ、個別ルートに入ったら、意外な「粘り強さ」を見せる。
共通ルートの時点で、ヒロインのアリスちゃんの「スランプ」は語られていたんだけども、それはまぁ共通ルートの時点で「カタがつくような感じ」だったのよね。
スランプを隠しているアリスちゃんを、主人公が影から見守っていて、それを知ったアリスちゃんが感極まって告白OKみたいな展開が、個別入ってすぐに語られるので、もうその時点で問題解決だろ感。
しかしアリスちゃんのスランプは、この告白以降もまだまだ続き、それと同時にシナリオのスピードも徐々に落ちていく。
共通ルートでは、わりと勢いだけでアリスちゃんとの関係が深まっていくようなスピードが、日常描写中心の流れのなかで、アリスちゃんとイチャつきながらも、まだスランプは克服できませんよ?
といった「基本的にはハッピーだけど、不安も少し残しているような」日常がループ気味に語られていくようになる。

この時点では、読者も主人公も「アリスちゃんのスランプの真の原因」まぁエロゲ的に言えば「トラウマ」がイマイチよくわからない。
アリスちゃんが何かを隠しているのはよくわかるのだけど、その伏線もあまり表面的には出ているようには見えないし、別に主人公が鈍感でそれに気付いていないふうでも無さそうであり、
更には、これがイチャラブシナリオとしては一番重要な事であるが、さして危機感や悲壮感があるわけで無さそうに見えるという、この絶妙なバランスがこのシナリオの面白さでもある。

もちろん、ストーリー的に言えば、アリスちゃんはスランプをどうにかしたいとは思っているし、その解決が基本的にはプロットの目的にはなっている。
とはいえ、これが「ストーリー」と実際の「描写」の違いであり、その「スランプの解決」だけに描写を集中していれば、確かに危機感や悲壮感といったものが強調されるだろう。
だがここで、この作品のタイトルである「恋愛日常」」が生きていく。
つまり、作中で言えば「アーチェリーのアリスちゃんが、スランプ解決の為に弓道にもチャレンジしてみる」といったように、あくまで日常描写の中で「スランプの解決」が行われるので、
常に主人公とアリスちゃんが、普通に恋人として過ごしながら「前向きに何かをやっているような」雰囲気は常に維持されているわけだ。

さらに言えば……実のところ、この「スランプで悩み苦しんでいるアリス」ちゃんというのも、これはこれで中々に可愛いんだなこれが!
まぁ別にS的な意味で「ヒロインが悩み苦しんでいるところを見たい」っていう話ではなくて、これはもっと単純に言って、
「ヒロインが軽く悩み苦しんで、そこを主人公を助けて、主人公カッコ良いです!」という、この日常的なヤラセループが実に気持ち良いわけですよこれが!
これ、あんまりにも、ヒロインが「重く苦しんでいる」と、それは「シナリオ重視的な」ドラマルツルギーが必要になってくるので、イチャラブゲーとしては難しいし、
かといって、あまりにも、ヒロインの悩みと主人公の努力が軽すぎると、主人公マンセーやりすぎだろと言う話になってくるので、ここらへんのバランス調整は実に難しい。
ここらへんが、このシナリオは実に巧い。
描写としては、後に述べるように、アリスちゃんの主人公の持ち上げは結構「くどい」と言えるところはあるし、インフレ気味と言っても良いレベルであるものの、
とはいえ「アリスちゃんのトラウマ」の原因がわからないような状態では、その評価が適切かどうかはわからないし、そのトラウマ解決に向けての日常描写の裏付けがあるので、
なんだかんだ言ってアリスちゃんに丁寧に付き合っている主人公は褒められるに値するし、どんな平凡な日常やイベントでもアリスちゃんが感謝感激してくれるなら「悪い気はしない」わけだ。

なので、このレビューで、アリスちゃんの「トラウマオチ」を暴露してしまうと、イチャラブシナリオとしての魅力を2割くらいは減殺してしまうので、ここでは敢えて伏せさてもらうものの、
オチとしては「それ自体」は大したことが無いと言えるし、別にそれほど驚くようなオチが待っているわけでも無く「え?そんなことで悩んでいたの?」と思ってもおかしくは無いようなオチである。
が、このオチは「トラウマ解決前」と「トラウマ解決後」のヒロインの連続性の維持、という意味では実に上手く機能している。
このトラウマが解決したところで「アーチェリーがきちんと出来るようになる」以外は、アリスちゃんは基本的に何も変わらない。
もっと言えば、シナリオまたはその描写にしたところで、このトラウマ解決前と解決後の違いは、アリスちゃんの台詞が
「ワタシに付き合ってくれてアリガトウございます!」が「ワタシを助けてくれてありがとうダーリン」に変わるくらいの話であり、何かが劇的に変わるような変化は無いものの、
僕がついさっきちょろっとネタバレしたような変化が、その事件の解決と共に生まれてくるというのは、イチャラブゲーの恋愛シナリオのドラマツルギーきちんと踏まえていて、そこは実に素晴らしい。


とは言っても、このシナリオには弱点が無いわけでは無い。まぁ弱点というか、こういうシナリオ構成にする以上、そういう側面はある程度は生まれるもので、
それを弱点とするべきか、または美点とするべきかは、わりと「好みの問題」くらいのレベルではあるのだが、美点とするか、欠点するかを読者に判断を仰ぐ意味で記述するならば、
良くも悪くも、上で指摘したような「ストーリーとイチャラブ描写の関係性」がパターン化されすぎているようなところはある。つまり……

「主人公とヒロインがトラウマ解決の為に頑張って、或いは主人公が何かをやって、そのことにヒロインが感謝感激イチャラブ台詞を投げ掛けてループ」

を、何百回に渡ってシナリオの中で繰り返されているだけじゃん!言うような印象を与えてしまうわけ。まぁ個人的にこういうループシナリオは大歓迎だし、
特にそれを批判するつもりは無いし、以下に引用するような、何か「ヒロインに直接洗脳されているような」台詞の連発(省略無しでの引用)というのも……


>「えへへ……幸せデス。今まで幸せでしたけど、その何倍も何十倍も幸せで心がフワフワしマス」
「サンクスデス……えへへ、本当に本当に本当にほんとーにHappyデス」
「ずっと欲しいと願い続けてきたワタシだけの人……これからは不安を感じる必要ないのデスね」


僕は「このようなわざとらしさこそがエロゲの素晴らしさではないか!」といいたい人間ではあるものの、しかし「それだけがイチャラブであるか?」と言われたら、
このシナリオはこれはコレで良いとしても、もっとヒロインの多様性を描き出すようなシナリオを読みたいと思ってしまうのもエロゲオタクの心情ではあるだろう

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(4)行き遅れ幼馴染み結花ちゃんの(怨念的な意味での)意思と敗北としての煩悩日常


ここまでレビューを書いていて、実感させられたのは、エロゲにおける「ボイス」の強さである。
ふつう、シナリオ重視的な文脈では「良い文章」というか、この場合「良い台詞」と「良い演技力」というのはイコールになって、
それはだいたい「良いシナリオ」と補完的な関係になる。良い物語に良い台詞がついて、その説得力が「名演技」によって倍加される、みたいなロジック。

だが、この作品の場合、別に「悪いシナリオ」というわけでは無いが、上のような意味合いで「ボイスの強さ」を感じられるのとは、ちょっと違う。
おそらく、先ほどのアリスシナリオとこの結花シナリオは、担当ライターさんが同一人物だと思われるものの、このシナリオも先ほどのアリスシナリオと同じような台詞回しであり(省略無しでの引用)


>「別になにも変わっていないわよ。ただ今までは見せる相手がいなかっただけ」
「私はずっと甘えん坊で、彼氏とイチャイチャラヴラヴしたいと思っていたんだから」
「それに人間は万能じゃないもの。例えどれだけわかり合っているつもりでいても相手のことを100%理解するなんて出来るはずがないわ」
「だからこそ言葉が生まれた。なら照れてる場合じゃ無いわ。私は思いを言葉に乗せる」
「真白結花は翔くんが大好きって……えへへ」


何かこうヒロインのモノローグをこちらがずっと聴かされ続けているようなプレイ印象というのは、先ほどのアリスシナリオと変わらない。
こういうエロゲの「ヒロイン台詞主体のやりとり」というのは、僕の印象だと昨今のエロゲにはあまり見られないので、初心者エロゲオタの皆さんのために、その構造を紹介しておくと、


ヒロインA台詞1「○○○○○○」
ヒロインA台詞2「○○○○○○○○○○」
ヒロインA台詞3「○○○○○○○○○○○○〇」
主人公台詞「××××」
ヒロインA台詞4「○○○○○○」
ヒロインA台詞5「○○○○○○○○○○」
ヒロインA台詞6「○○○○○○○○○○○○〇」


シンプルに構造だけを抽出するならこんな感じだ。別に会話が成立していないとか、ヒロインが一人勝手に喋っているというわけでは無いのだが、
主人公本人やその台詞に対して、ヒロインが基本的にその3倍くらいの文章で返してくるみたいなやり取りが基本にある。こうしたテキストとそれに付随するボイスは、
ユーザーがマトモにボイスを最後まで聴かない人であったとしても、それでもヒロインがずっと此方側に話し続けているような印象を深める。

意味や意思の伝達コミュニケーションとしては、上の図で見たように、下手をしたら最初のヒロイン台詞○○○○でヒロインの言いたい事は大半は伝わっている。
しかし、これを「水増し」という連中は、それこそ水さえあれば一ヶ月は生きていけるようなインポテンツだろう。
いくらユーザーが音声を軽くスキップするような人間でも、このようなテキストならば、ヒロイン台詞1~3により途切れなくヒロインのボイスが耳に流れるハズだ。
ここで重要なのは、ユーザーがその1~3ボイスを全部聴くかどうかはさておくとして、どのようなユーザーにも「ヒロインがずっと話し続けている」という印象を与えることがまず重要なのだ。

ただ、アリスシナリオは、一応はシナリオ上そのような台詞が生まれるストーリーというのは理解出来るので、その台詞回しがややインフレ気味であったとしても、ストーリーの範疇に収まるものであるものの、
この結花ちゃんシナリオはちょっと収まりが悪い上に、CV:秋野花さんの演技と結花ちゃんの性格が悪魔合成を起こしており、妙に結花さんの「意思が感じられる台詞だけ」が印象に残るという変なシナリオになっている。


何でそうなるのか?という理由は割りと簡単で、それはシナリオの内容事態が「結果的には結花さんの意志の強さ」だけが残ってしまう、別の言い方をすると
「意志の強さだけは残って、その意志が何だったのか忘れてしまった」というのが、このシナリオの結果論だからだ。
ここらへんはあっさりネタバレしてしまうと、結花さんは昔主人公とのある事件を事件をきっかけにして「お医者さんになろう」という夢を持つが、
主人公と別れてからは、その事件も忘れてしまい「医者」という目標も忘れてしまったが、しかし「医者になるためには勉強しなくては」という意思だけは残っていて、完璧超人化した作中時点で主人公と合い……
という所から物語は始まり、そして個別ルートでは主人公と結ばれた後も「幼い頃の記憶」を取り戻すことは出来ず、自分には夢がないという漠然とした劣等感を抱えながらも、主人公と二人で夢を見つけるために頑張る話になる。

なので、このお話は後述するように「シナリオの機能性」としてはアリスシナリオとほぼ同じではあるのだが、アリスルートのようには真っ直ぐなプロットでは無い。
上のプロット要約を見れば何となくわかるように、このシナリオは基本的には「遠回り」シナリオであり、最終的には「とあるきっかけ」で結花さんと主人公が「昔の記憶」を取り戻した時点でお話は実質そこで終わりで、
あくまでその「昔の記憶」との関係性で言えば、それまでの「二人で夢を見つけるために頑張るお話」は基本的に蛇足だったと言っても良い。
そういう意味で言うなら、このシナリオは少々出来が悪い。
別にそのような「遠回り」シナリオを描くことが悪い、と言う話ではなくて、そのような「遠回り」シナリオを描くのだったら、結果論的には「遠回り」であったとしても、
その蛇足部分の恋愛日常が、何らかの意味合いで「結果」に繋がっているような、或いはそことリンクしていると感じられるような描写を描かなくてはならないと僕は思うのだが、その点でこのシナリオは結構弱いのだ。
一応、ライターとしてはそこらへんのことを弁えているようで、結花さんが医療知識を素人ながらに持っているとか「意思だけは残っている」みたいな描写は強調されるのであるが、
それはあくまで「伏線」レベルに留まっていて「ネタバレ済み」の危険を冒してまでも、もう少し主人公と結花さんの過去を深掘りするような、幼馴染みとしての関係性が現在にも反響するような描写が必要だったように思う。

こういった事情で、全体的には纏まりが薄いこの結花さんシナリオであるものの、これから挙げる三つの理由において、実妹を除けば、この作品の中で最も印象深いヒロインにはなっているんだなこれが。
まず一つ目の理由は、まぁこれは単純に言ってキャラの可愛さいうものであるが「物腰の柔らかな丁寧な態度を取りながらも、妙に積極的で押しが強い癖に、肝心なところでは妙に自信が無い」とでも要約できる以下のような台詞の連発が……


>「だけど私には翔くんがいてくれる。こんな私を受けて止めて好きだって言ってくれる素敵な彼氏がいてくれる」
「それはとても素敵で恵まれていることだわ。どんなに願っても一生手に入らない人だっているもの」
「少なくとも私は価値のある大切なものを持っている。世界中のみんな自慢したい大好きな彼氏が」
「だからそれで満足するべきなんじゃないかしら……あれもこれも全部手に入れないと満足出来ないだなんて欲張りだわ」


こちらの脳髄にソフトクリームのように浸透してくるわけだ。以上に引用したような「丁寧口調」というか「お上品口調」というか、端的な特徴を言えば「~わ」や「~だもの」や「ないもの」と言った口調は、
日常会話的にはやや不自然というか、言葉のやり取りを前提した会話を想定するなら、こうした言葉はどちらかといえばモノローグと言うか、相手の反応を期待した構えと言うよりも、
自分の気持ちを声高ではないものの、やんわりとした態度でしっかりと伝えているような「有無を言わせないような可愛い強さ」を持っている。それを秋野花さんが演技するんだから、これはもう、
最近は同人音声業界まで進出している秋野花さんに対して、パラソルは夏コミのグッズとして「結花さんが優しく妖しく甘えさせてあげる」ソフト受け音声ドラマを発売しろと言わざるを得ない!

さらにコレに関係する第二点目の理由を挙げれば、先に批判したシナリオ全体の繋がりの悪さも、結花さんの「積極的で押しが強いのに、妙なところで自信が無い」というヒロイン造形に関しては、
実に美味しいリアリティを与えていると言える。アリスちゃんシナリオの場合は、シナリオ進行とヒロイン造形が綺麗にリンクしているが故に、良くも悪くも日常描写や会話が予想の範囲内に落ち着いてしまう。
だが、こちらのシナリオは、シナリオ全体の繋がりの悪さが、良くも悪くも結花さんの性格や境遇を「その繋がりのバツの悪さ」という共通点において、結花さんの意思に生命力を与えているような感じはある。

この結花さんが可愛いなぁと思うのは、アリスちゃんとは逆の意味でヒロインが悩み苦しんでいるところの(性的な意味での)悩ましさなのだ。表面的にはアリスちゃんと同じで、
悩んでいるヒロインを助けたいというか、もっと直裁的に言えばその気持ちや行動だけでヒロインに好かれるというのは、それなりにこちらとしては気分がいい。
とはいえ、深層的にはこれは正反対で、アリスちゃんの場合は「その悩みは解決したい」わけだが、結花さんの場合は「その悩みを抱えて色々と悶々としているようなところが可愛いし、
本質論的にはそれが結花さんの最大の魅力であり、結果論的にもこの物語において「医者」という「目標自体」はそれほど重要ではないからである。コレばかりは流石にネタバレはしませんけども。
確かに夢も目標も完璧に決まっていて、その目的に辿り着く手段や才能も全て揃っているならば、別にそれが悪いと言う話にはならないが、恋愛という意味ではそこに付け入れる物語は発生しない。
目的に辿り着く手段や才能を全て揃っているのに、何故か目標を喪っている結花さんが、その悶々とした感情を甘えながら主人公にぶつけているような物語と日常の間奏曲が、このシナリオのイチャラブの強さである。


そうして最後の三番目の理由は、これは最早「結花さんシナリオ」という枠を超えてしまうものの、実妹シナリオの結花さんが、結花さんシナリオのヒロイン造形を踏まえているのか、
それともあっさり無視しているのかは議論が分かれそうなほどに、とっても魅力的だからである。正直、実妹シナリオから結花さん逆NTRルートが分岐したら、そこで堕ちるユーザーは大量発生しただろう。
いやでも、それでもあくまで実妹ルートのそれなんだから、そこはそれ実妹ルートとの話の枠内で魅力的なんでしょ?と思ったアナタは、どうやらこの実妹ルートのぶっ壊れ具合を甘く見ているのじゃ。
その点で断っておくなら、実妹ルートの結花さんは、特にその存在意義を持たない。ぶっちゃけいても居なくても良い存在というか「実妹の当て馬」ヒロインとしても機能していない。
確かに、この「結花さんシナリオ」では、結花さんと実妹が対比的に描かれている。簡単に言えば、覚悟を決めた結花さんに対して、覚悟を決められなかった実妹ちゃんが幼馴染みに寝取られるのは当然だよね!
と、なれば、実妹ルートでは「覚悟を決めた実妹」と「覚悟を決められなかった結花さん」という構図になるのかと言えば……そうでは無いところが、実妹ルートの狂っているところだ。

単純にプロットの要約だけすれば、実妹ルートの流れとは「ほぼ関係なく」結花さんは、主人公が実妹とイチャラブセックスに励んでいる最中、二人が結ばれていることを半ば知りながらも、
主人公にちょっかいをだそうと以下の名台詞を……


>「ここで諦めたら女が腐る」


秋野花さんのドスのきいた名演技で決心し、勇気を振り絞って告白というかぶっちゃけ半ば(性的な意味で)押し倒そうし、ものの見事に振られて撃沈する。その後のイベントで、

>「ふふっ……こんなにかわいい女の子をフって、後悔しちゃった?」
(中略)
「……そっか。少しは、蒼井くん(主人公)の心に爪痕を残せたんだね。私」

といった実に女の腐ったような可愛さで主人公を挑発する結花さんも最高に可愛いのだが、基本的に結花さんの役割はそれくらいである。疑い深い読者の皆さんは「いや、このイベントをきっかけに実妹との関係がどうこう」
みたいな事を邪推するかもしれないが、それは1%くらいは正しい。先の告白イベントのあと、実妹のセブンセンシズによって告白がバレてしまうが、断ったよと兄が言うと「じゃー許すぅ」と全く雑魚扱いの結花さんも可愛いわけだし。

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(5)実妹はあらゆるエロゲ法則をねじ曲げる(共時的な意味での)玄関あけたら二歳で恋愛日常


しかしこのシナリオは、此方としてもどのように評価したら良いのか、全く困るイチブツであるのは間違いない。取りあえず僕はこのシナリオに「A-」とは付けているが、
萌えゲーまたはシナリオ重視的なシナリオ評価としては、Aを付ける人は少ないだろう。たぶん、一般的なエロゲ評価文脈なら「抜きゲ的にはおk」と言って、何とか方を付けるのが常識的なやり方だと思う。
実のところ、この作品のレビューを書くのに時間が掛かったのは、まぁ個人的な諸事情(入院とかして大変だったのよ)もあるものの、このシナリオのレビューを書くのが、割りと気が重いというのもあった。
こういうシナリオについては、一言ふたことで「凄い」とか「変態ダー」とか言っておけば良いというか、自分の文章が対象を掴みきれない事が明らかになると、それはそれで自分としても気分が悪いものだし、
さらに言えば、僕自身このシナリオを「凄い」とは思うものの、萌えゲー的な文脈でヒロインに萌えたとか、シナリオゲー的な文脈で物語に感動したと言うとは少し違うので、自分自身の主観すらも計りかねているところがある。

なので、まずはこのシナリオの弱点から語ってみよう。少なくとも、その部分に関してだけは、自分自身が自信を持って言えるのだから。


まず、これは「シナリオ」と言うよりも、演出の部類に属するとは思うものの、ゲンガーさんがミスチョイスというか、もっと言えばゲンガーさんに頼む立ち絵のオーダーがミスチョイスだと思う。
これ「実妹」以外のシナリオにおいては、遙ちゃんの立ち絵はコレで良いと思うし、ヒロインにも良くあっていると思う。別に僕は、ちこたむさんと比べてどうこう言うつもりは無い。
だが「実妹」シナリオにおいては「この立ち絵」で通そうとしたメーカーは気が狂っていたと思う。少なくとも、何らかの立ち絵の表情差分は追加すべきだったと思う。
もちろん、僕とて「性格が変われば、そのまま立ち絵の表情を素直に反映すべき」とは思っていない。性格が変わっても、立ち絵がそのままのほうが適切な場合だってあり得るだろう。
だが、これは「性格が変わっている」と言うよりも、何か世界自体が変わっているような緊急事態であり、此方としては「全く同じツラの、別の人格を持ったヒロイン」を相手にしているような違和感が最後まで拭いきれなかった。
よくも悪くも鳴瀬ゆうさんの絵はシンプルな可愛い表情を追求しているので、そもそもこの実妹ちゃんのような魑魅魍魎な可愛いさには全く適しないと言うか
なまじシンプルに素直な表情をしているぶん、ヒロインの業の深さが却って不気味に感じられてしまうようなところすらある。ちこたむ画伯でも、このヒロインを御しきれるかどうかは妖しいところだが……

まぁこの点で言えば、あくまで「一般的な評価」で言えば、シナリオそれ自体も責めを負うべきといった方が、冷静で公平なレビューに見られる可能性は高いだろう。
確かに、このシナリオの賛否両論は、一般的に言えば「シナリオの導入」において失敗しているとは言える。なにせ、このシナリオ、むかし懐かしのCMで言えば……


>「玄関あけたら二分で御飯」
https://www.youtube.com/watch?v=MH6sDaehftI


このいま改めてみるとまったく病的なこのCMのように、個別ルート入って二分は大袈裟だとしても、だいたい二十分くらいから、実妹異次元に突入してしまい、僕のような歴戦の萌え豚でも「付いていく」のが精一杯な感じなのだから。
やっぱりここは、シナリオをこのままにするならば、先ほどに言ったような「立ち絵の表情差分」なりの追加なり、或いは「髪型を変える」なりをして、ヒロインの外見認識を内面認識へと強制的に変化させるか、
或いはシナリオ自体を、もう少し緩やかに、少なくとも主人公をもう少し常識人レベルにして、実妹に誘惑されるなりの導入は必要だったとは思う。世間的葛藤の描写とかイラネ!と思う自分ですら、そう思うレベルなんだから。


とはいえ、こうした批判は、まぁ立ち絵の話はそれなりに正しいとは自分では思うものの、シナリオに関しては「あくまで一般的なシナリオを前提」とした、言ってみれば「つまらない批判」であり、
ハナっから異常なシナリオを前にしては、まるで近親相姦を正しいと思っている実妹カップルに対して、世間的な常識を説くような「ナンセンス」に等しいだろう。
僕が、このシナリオについて書くのが、多少は気が重たいのは、ここらへんにも理由がある。いくら実妹スキーとは言っても、このシナリオをやると、感覚的なレベルで僕が一般的な倫理感を前提していることが、
ある程度はわかってしまうようなバツの悪さがあるからだ。「禁断の近親相姦」みたいなシナリオは、僕は基本的に好きでは無いが、そんな僕でも、このシナリオに素直に嵌まりきれないというのは、何とも自分の凡人ぶりが口惜しい。

まぁあんまり感覚的なことを言っても、未プレイの読者の皆さまには「フカしてるんじゃねぞゴルぁ」と言われそうなので、取りあえずはプロットでも要約してみようか。僕にはあまり意味があるとは思えないんだけども。

このシナリオ、プロットとしては基本的には単純である。絵のモデルを実妹に決めた主人公。それを受けて遙は今まで自分を抑えていたストッパーを外すことを決心し、
その日から性格が180度というか、輪廻転生を三回くらい繰り返したくらいに変化した実妹のアタックを受けて、主人公はだいたい三日目くらいには陥落し、早朝のチューをマウスウオッシュ持参でするくらいの関係が二週間くらい続いて、
ついに遙がお泊まりOKになるまでの「キス以上セックス未満」の日々を延々と繰り返していくのが、このシナリオの前半から中盤にかけて。
もちろん、そうした描写のなかで、中盤から後半のプロットの伏線は撒かれており「遙のヴァイオリンのトラウマの解決」が、一応はプロットのメインとなる。
これも別段ネタバレしても良いようなもので、小さい頃にヴァイオリン演奏会で何気ない一言で深く傷ついた遙は、その日以降、人前でヴァイオリン演奏を人前で出来なくなって、さらに人見知りになってしまったということ。
しかし、このシナリオの面白いところは、もうこの(遙シナリオの)時点では「人見知り」は完全に治っていて、遙の性格も昔のように戻っているわけで、ヴァイオリン演奏をすること自体の意味合いは実に微妙なのだ。

まぁそこらへんはあとで後述するとして、主人公の願いで遙は文化祭でヴァイオリン演奏をすることになり、その練習の間もセックス禁止というルールをいい事に、またそこでイチャラブしだすわけだが、
そこらへんは省略して、ヴァイオリン演奏会での感動のシスコンっぷりもスルーして、遙は自分自身を乗り越えてトラウマを解決したらセックスだぁセックスだぁで調子乗った主人公も見事コンテンストに優勝し、
母親が近親相姦を認めたことをいい事に調子ブッコいてオヤジにそれを報告したら、常識人なオヤジに激怒されて二人とも勘当されたって全く気にすることなく、やった!これで二人で寮生活できるとその夜もエッチに励み……


>遙「はー……それにしても、今日はお兄ちゃんが充実してたな――……」
夕方には公園で激しいせっくすをして、夜にはこの部屋でゆっくりとせっくすをして、お兄ちゃんのベッドにインして……妹の心と子宮は存分に満たされてちゃったよ。


などとSNSに投稿して幸せに過ごしましたとさ。最後のエンディングだけは流石にネタバレは避けますが、こんな二人に相応しいエンディングだったとは言っておきましょうかねと。


まぁこのような要約を見るだけでも、このシナリオが僕が「イチャラブ:AA」評価を付けているように、言葉の最も正しい意味で「糞シリアス」を完全に除外し「イチャラブだけあれば良い」シナリオになっているのはわかるだろう。
だが、そうは言ったところで、このシナリオの凄さを30%くらいしか語ったことにはならない。肝心の「そのイチャラブはどういうイチャラブか?」については、殆ど何も語っていないのだから。

このシナリオのイチャラブ描写の方法は、それ自体は別に難しい手法を使っているわけでもなく、分析不可能というわけでもない。手法としてはエロゲではかなり珍しく、そのインパクトはそれなりにあるものの、
ライターがやろうとしていることは、エロゲにある程度は慣れ親しんだユーザーならわかるだろう。最近の作品で近い例を出すなら「お兄ちゃん、キッスの準備はまだですか?」を補助線として使えば理解はしやすいかも知れない。
両者のシナリオにおいては、一般的な倫理感からすれば「多少は歪な兄妹関係」を始めから作中の所与の関係として描いている。
「おにキス」の場合は「日常的にキスをする兄妹」であり、この作品はそれ異常なわけだが、こうした関係性を「一般的な関係性」から徐々にスライドさせていく(近親相姦のタブーを前提にしてそれを侵食していく)のではなく、
「始めからそこにあるもの」として描くことで、そのような関係性に読者が入り込むか、違和感を覚えるかはさておくとして、前者の場合には主観的に、後者の場合には客観的に、
ひとりの男とひとりの女としての「兄と妹」ではなく、ひとりの兄とひとりの妹という「兄妹」という、個人の対峙的な関係性では無く、兄妹という二人の共同体を前提とした上での二人の個人の関係を描こうとしている。

といったところで、なんか抽象的過ぎてよくわからん、という人が多いと思うので、具体的に作中テキストから台詞を引用してみよう。

>遙「わたしのこと?」
主人公「ああ。遙のことで、頭がいっぱいになっちゃったんだ」
妹を前にして、妹を思っていたのだと告白する。
恥ずかしさのあまりにどうにかなってしまいそうだ。
遙「そっかあ……お兄ちゃんは、妹のことで頭がいっぱいになっちゃったんだね」
けれど、すべてを覆ってくれる圧倒的な妹の包容力に、俺の心は次第に軽くなっていった。
遙「わたしのことで、どんな風に頭がいっぱいだったの?」
主人公「えっと……遙って、あんなにかわいかったか?……って、思って」
遙「うん」
主人公「よく考えたら、遙は昔からかわいかったなって、思って」
遙「うんうん」
主人公「俺にとって、愛くるしい妹――略して曖昧だなって、思って」
遙「えへへ、愛妹かぁ」
担任ちょっと何言っているかわからないと称された造語だったが、遙は嬉しそうな顔をして聞いてくれた。
遙「そうだね。わたしは、お兄ちゃんの曖昧だね」
妹が幸せそうに微笑しながら、俺の頭に胸を抱く。
主人公「……嘘ついて、ホントにごめん」
遙「いいよ。許しちゃう」
再度謝る俺を、遙は優しい声音で許してくれた。
遙「特別に、妹赦免状を発行してあげる」


誰でもわかると思うが、ここで特徴的なのは「妹は」とか「兄は」といった、主人公やヒロインの名前という「固有名詞」ではなくて「一般名詞」を用いているところだ。
これがリアリティとして正しいかどうかは、そんなものは現実の兄妹関係によって変わるので(まぁ僕は糞兄貴を糞兄貴以外に読んだ記憶は無いんですが)それ自体は特に問わないことにする。

ここで重要なのは、こうした一般名詞を、ヒロインや主人公が意識的に用いていることで(特に自分を「妹」と呼ぶような一般的には不自然な感じ)主人公もヒロインも、
相手を兄や妹と認識するだけでは無く「自分自身」についても「自分が兄や妹だとメタ認識するような語りをする」」ことで、固有名詞たる自分である前に一般名詞である「兄妹」であることを相手に訴えているわけだ。
こうした手法は、そうした関係性を肯定的というか、すんなり嵌まる人には感情移入がしやすいだろうし、駄目な人には一般名詞の「兄妹関係」から疎外されていると感じるだろう。
このシナリオは、それなりに賛否両論が多いが、一番の原因はこうした手法による「ユーザーと一般名詞的な兄妹関係の感情移入レベル」によるところが強いと思う。
実際的に、この二人の関係性が「他のエロゲのヒロイン」と比べて「ぶっ飛んだことをしている」と言うよりも、ユーザーを個人的な固有名詞つまり「一人の人間」として「一人の女性である妹」と恋愛関係を結ぶ、
といった、それが義妹であれ実妹であれ、大多数の妹ヒロインシナリオとは異質なプロトコルをこのシナリオはユーザーに要求しているからだ……え?藻前はどうだったって?いやぁ、この嵌まりそうで嵌まれないところが良いのか悪いのか。

まぁ「嵌まりそうで良いところ」と言えば、こういう自分を妹とか兄とかメタ自覚しているような関係性って、純粋なメタ認識がそうであるように、不純に子供っぽいオママゴトみたいで良いなぁとおもう。
年を取ると「兄妹以外の関係性もあるわなぁ」と普通に思うものだけど、あくまで自分を一般的な兄とか妹とか立場を限定して、相手にそれを真っ直ぐに求められるっていうのはすっごく贅沢な話で、
「固有名詞」たる主体性を自分も相手にも求めないで、私は妹なんだからお兄ちゃんにコレを求めます!と真面目にオママゴトを続けようとしている二人を見ると、此方としてはヒロインに恋愛感情を抱く前にコイツらカッコ良すぎと思ってしまう。


もう一つの技法的なわかりやすい特徴を挙げれば、このシナリオは「兄妹のシンクロニティ」を明示的に示しながら、それと同調するような形でありながらも、しかしそれとは違う形で兄妹の暗黙のこころの繋がりとそのズレを描く。
いちいち説明するのも小馬鹿にしているようで失礼なのだが、これは結構勘違いしている人が多いので、一応説明すると「シンクロニティ」というのは、両者の意図を超えた形で「偶然に同じ(似た)事が起こる」ことであり、
「暗黙のこころの繋がり」というのは、それ自体は両者の意図が意識的に重なっていることを「口に出さない」ということである。この二つの差異は、個人の意思の有無にある。

まず前者のシンクロティから言えば、先にも言ったようにこれは実にわかりやすい形で、主人公と実妹が偶然に「同じ台詞」を作中のなかで何度か繰り返す。
そこまで明示的では無いにしても、このシナリオは兄妹が「同じような台詞や行動を二人で共有する」かのようなフレーズやモチーフの反復は何度も行われている。
個人的には、これはちょっとやりすぎというか、このような手法を用いるのだったら、もっとシナリオに量が必要だったと思う。
ある程度の量がないと、特に台詞中心のエロゲにおいては、こうした反復は単なる「手抜き」と見分けが付かないところがある。ある程度の区間を置いて、絶妙なタイミングでの反復が効果的じゃないっすかね。。

とはいえ、後者の「秘やかなこころの繋がり」と「そのズレ」に関しては、これは本当に素晴らしい。この点だけに関して言えば、僕は素直にこのシナリオを良いなぁとは思う。
コレに関しては作中の細かいミクロの描写において、その素晴らしさを堪能することが出来るものの、レビューとしてはシナリオの構造的な側面から説明した方がわかりやすいと思うので、
その中心点を挙げれば、僕がさっき後述すると言った「ヴァイオリンのトラウマ」あたりの件を語るのが適切だろう。このエピソードは、先に言ったように普通のシナリオのように見ると、その意味合いが妙に中途半端だ。
確かに実妹がトラウマを抱えていて「それを克服できたからぇぇじゃ無いか」と気軽に読んでも普通に読める話であるし、ヴァイオリンが引けるようになってよかったねよかったね!という側面も3割くらいにはある。
しかし、残りの七割においては、実はこのシナリオ「ヴァイオリンが弾けるようになること」それ自体はどうでも良い話である。


>遙「ううぅ……うあぁ……おにいちゃん……」
だがしかし、その後――遙は、俺の胸に顔を埋めて泣いていた
遙「わたしぃ……ぐすっ、こわいよぉ……」
主人公「いいよ、もう弾かなくても。こんなに悲しい思いをするんだったら、弾かない方がいい……」
遙か人前でバイオリンを弾けなくなったのは、俺が必要以上に甘やかしてしまったせいかもしれないんだ――
(起床)
夢の中のような泣き顔じゃないことに、とても安堵する。
妹が朝の挨拶を言い終える前に、俺は堪らず抱きついていた。
遙「むぐぅ……お、お兄ちゃん。また怖い夢でも見た?」


このシナリオで最も痛切な、そしてある意味で実妹シナリオならではの最も根本的なテーマを深く描き出しているのが、このシーンだろう。
「どうして、辛い現実に立ち向かわなければいけないのか?」という問いを、世間常識アプリオリ無しに答えるのは結構むずかしい。
まして自分ならまだしも、可愛い妹に対してこのように問われた場合、これまた世間常識アプリオリに訴えない限り、これに対してパーフェクトな答えを出すのはほぼ絶望的だ。
しかも、このシナリオの場合「本当の遙はヴァイオリンを弾きたいはずだ」という真実性の切り札は、この時点で消えている。トラウマ解決無しに、ある意味で遙はトラウマ以前の自分を取り戻してる。
だから、このシナリオで主人公がきちんと自覚しているように、遙に「ヴァイオリンを弾かせたい」のは自分自身のエゴイズム……いや、正確に言えば、自分自身のトラウマの解決に他ならない。

しかし、なんという贅沢な悩みだろうと思う。妹をトラウマの解決から甘やかせて遠ざけることで、今度は自分が妹の才能を潰したんでは無いか?と密かに苦しんでいるとは。
嫌味抜きで、こういう苦しみを持ったお兄ちゃんに自分も生まれたかったものだ。妹を甘やかすこと自体も快感だが、その快感が密かな自責へと変わり、それが故にまた妹を甘やかしてしまうという無限シスコンループ。

そうして当の実妹はこのお兄ちゃんの自責を何となくわかっていて、だからあっさりと主人公の要望を受け容れてしまう。
もちろん、遙自身もヴァイオリン演奏自体は趣味として楽しんでいたし、このトラウマが自分でもちょっとウザイとは思っていたので、自分自身の為というのも少しはある。
だけど、やっぱりお兄ちゃんはよくわかっていなかったのだ。別に、遙自身はお兄ちゃんが思うほどに、トラウマに悩まされていたのでも、人前でヴァイオリンを弾きたいわけでも無い。
つまるところ、それはとっても当たり前な話で「お兄ちゃんの為に」というと、だけどやっぱり言い過ぎで思い込みすぎて、
単にお兄ちゃんが「人前でのヴァイオリン演奏をみたい」とやっと自分で言ってくれたから、自分もじゃあいいよと答えてしまっただけのちょろい話に過ぎないのだ。

兄の方は自分の下した甘やかし決断に半ば満足と半ば後悔を抱えながら、勝手に妹の未来をやや見当はずれの方向に心配していて、
妹の方は兄の甘やかし決断に満足しつつ、だけど兄の後悔を半ば察知しながら、別に私はそこまで苦しんでいないんだけど、お兄ちゃんが甘やかしてくれるのは気持ち良いしまぁいいかぁみたいな、
こういう兄妹の緩やかな思いやりと緩やかなズレを、特にシリアスに際だたせること無く、イチャラブな日常描写なかで、なんでも無いことのないエピソードのように描き出していく。
別にこの事件がなかったところで、二人はそのまま幸せに暮らしていただろうし、この事件があったらあったで、それはそれでまた別の幸せなエピソードが一つ生まれていただけだろうなぁと思わせるような物語。
「兄妹の熱い絆に感動」とか、そういうレベルの話ではないのだこれは。
感動とかそういった感情は、単なる一時的な衝動の一コマに過ぎず、そういった一時的な衝動をたくさん積み重ねてきたふたりの膨大な歴史「と」その一コマを同時に見ているような感慨があって、
物語に感動することも出来ず、ヒロインや主人公に普通の妹シナリオのようにあまり感情移入することも出来なかった自分は、ただひたすら安らかな気持ちでこの兄妹をずっと見守り続けていたとおもう。



>「……よし。つぶやいちゃお」
スマホを取り出し、アプリを起動する。
かわいい起動音ともに立ち上がるのは「Sistter」という名のSNSアプリだ。
シスッターとは、お兄ちゃんに恋する妹のための、完全非公開型・短文投稿SNSなのです。
遙「「まさに神アプリ……」
妹の、妹による、妹のためのSNSだよー」
遙「それじゃ、早速……しゅっ、しゅしゅしゅつ!」
わたしは目にも止まらぬ早業で、一万文字の文章を投稿した。
遙「あ、早速レスがきたよー」
わたしが投稿した、お兄ちゃんとのファーストキス報告に、全国の妹たちから熱い祝福が届いていた。
遙「ともちゃんからも届いてる。嬉しいな……」


そうして、エンディングの何気な伏線になるのが、この巴ちゃんが毎晩毎晩に投稿している「シスッター」という、悪の秘密近親相姦SNSである。
このSNSは、無事に近親相姦を添い遂げた妹がBOSSとなり、全国の近親相姦を願っている妹ちゃん達にアドバイスと猥談を繰り広げるという、
どんな「現実社会の厳しいリアリティを描いた」作品のシリアスリアリティを軽く吹っ飛ばすような、ちょっと冗談にしては良いか迷ってしまうほどの絶妙なリアリティを持っているんだが、、
僕がこの作品で一番感動したというか、これは別に洒落抜きで「ああ、テン年代の実妹シナリオがついに現れたな」と思ったのは、この部分である。

別にSNSを扱っているから現代的だ、と言うわけでは全くない。さらに言えばシスッターという、ネットをちょっと調べたら普通に有りそうな性的少数者のSNSを描いたからそうだという話でも無い。
別にSAOやその手の作品をティスるわけではないのだが、この数ヶ月、テレビやネットでもSAOの劇場版の宣伝をやっていて、そこでは

「これはゲームだと思っていたんだ……」

というような台詞が繰り返される。これを見ると、僕は「ああ、ゼロ年代のリアリティがまだ通じるんだなぁ」とか「いや、そのノスタルジーを狙っているのか」といろいろ考えたりする。
簡単に言ってしまえば、ゼロ年代とネッというのは「ネットが現実である」という、当時としては革命的な現実感を、しかしまだ社会の大半はそうなっていないので、その認識をアイロニー気味に語っていたわけだが、
テン年代からすると「ネットが現実である」というのは「はぁ、そうっすか」という話にしかならないだろう。何故なら、ここまでネットが布教すると「ネットも現実の一つ」であるというのは、全く異論が無いだろうし、
さらに「ネットの現実」と「ネットから離れた現実」という二分法が成り立つというのも、ずいぶんナイーブな認識だと笑われるだろう。
なにせこの一ヶ月弱、入院していたのでネットからきほん完全に切り離されていた自分でも、色々な経由でネットの情報は普通に入ってくるしわけだ。普通の生活をしていれば尚さらそうだろう。

だから、このシスッターも、エンディングやその他ヒロインとの関係を見れば、最終的に主人公たちはシスッターの皆に応援されているし、
よぉく見てみると、ヒロイン達は別に主人公たちを邪魔しているわけでも、批判しているわけでも無いが、正面から祝福しているわけでも無い。それでも普通のカップル程度の認識はあるんだが。
それでも別にネットが全て!と思い込んでいるわけでも無い。
単に実妹がやっているシスッターっていうSNSがあって、まぁたぶん主人公にその存在をちょっとは知らせているとは思うが、別に主人公もそんなに興味を示すことはなく、
また周りの大半も人間もそれほど近親相姦を咎めずに(他の性的少数者くらいの扱いをして)普通に社会的な付き合いをしながら、SNSで夜中に近親相姦同志たちの間で猥談と真面目な恋愛話に花を咲かせる……

まぁ僕が都会に住んでいる人間だから、という限定は昨今の保守反動な政治事情を鑑みるに必要であるものの、至って現実的な世界であり、世界で見れば何万人かは当て嵌まりそうな現実である。
もちろん、別にそうした現実を描いているから、このシナリオは良いんだぞ!と評価するつもりはないし、別に保守的な近親相姦のタブーを描く作品が今や非現実的で描けなくなった!というつもりは全く無い。
ただ単に、僕が言いたいことは、そういう世界、つまり「近親相姦が当たり前」でもなく「近親相姦のタブーが当たり前」でもないような、複数の規範と現実が入り乱れた世界に現実が突入しても、
このシナリオのように、ごく当たり前のように妹シナリオは成立するんだなぁという、これまた安心感である。少なくとも、タブー無き近親相姦はあり得ないという神話はここに崩壊し、新しい世界の扉が開かれている。
まー、次回作のパラソル新作は、この妹ルートのライターさんで、初っ端から血縁関係がバレて、ふたりが別れるところから始まるという「クロポのオチから始まる」物語ですもんねー。そりゃ期待も高まりますよ!

その世界がどんなモノになるかは、この遙シナリオがそうであるように、未だに未知数で混沌したところが多いものの、エロゲが過去の反復だけに終わらずに、自然に現実と切り結ぶ妄想を生んだことを、僕はこの兄妹と共に祝福したい。




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(6)カウパー氏の先走り日常VSレーヴェンフック氏の射精日常
(エロについて)

いやまぁ遙シナリオはイマイチ感情移入できなかったとは言いながらも、この作品の中でいちばんエロかったのは「カウパー汁の量」という意味では、遙シナリオだったんですけどね。
もう射精エロの快感を10倍くらい上まわるくらいの勢いで……というのは、冷静に考えた見たら、エロ評価としては結構難しい問題を含んではいるんですけど……

まぁ難しい問題はあとでやるとして、兎に角、遙シナリオの前半の「エッチする前のディープキス日常」は大変にエロかった。カウパー汁量だけで言えば、たぶんエロゲの中でも10本の指に入る。
僕はこういう「本番前のお預け」みたいのって、普通は好きじゃ無いんですよ。いま流行り(なのか?単にワードだけ踊ってるだけな気がしないでも無い)の射精我慢とか射精管理モノも、
あまり好きじゃ無いので、つまり「本来なら挿入行為をしたい」のだけど「何らかの事情で我慢なり焦らされる」っていうのが、わかってるだけでもう萎えちゃう。我慢ってだけでエロじゃないもんもう。

だから、この遙シナリオも別に「挿入行為」を「我慢していたり」或いは妹に「焦らされている」わけでも特になくって、ただディープキスを好きにしているだけなのがまず良いんだけども、
それが単に性欲に突き動かされてってだけじゃなくて、最初はスキンシップだったものが、最初は互いに「可愛い」とか「愛おしい」とか思ってキスするような軽い触れあいが、
ほんの少しずつ性欲が高まっていきながらも、だけどセックスにはいたらずに、お互いにパンツを濡らしきったところでことが終わるような、この恋愛と性欲が絶妙な絡み合いが実にエロイわけですよ。

これは別にある特定のワンシーンがエロイというわけでもなく、前にも少し書いたように、このディープキスは日常描写の中で何度か反復されるので、
本来的には「エロシーン」ではなく、なのでシーン回想にも登録はされないのですが、正直、それ以降のエロシーンよりも、このディープキス日常のほうがエロいんですよ。
これには幾つかの理由があって、まず妹シナリオにおいて「セックスする」或いは「告白する前」の、関係性が「恋人」として定まっていない状態の「準エッチシーン」って、もの凄くエロいんですよねこれ。
なにか「セックスする」とか「恋人としてのエッチ」というのは、関係性が定まった上で「やることも、やることの意味も決まっている」ような安定感があるわけですが、
妹とのそれ以前のエッチは、両方とも好意的な感情をお互いに確認しながらも、その性的な触れあいの意味や行為が「不透明」なところが、色々な期待や妄想を抱きながらも、不安は全く無いところが実にイイわけですよ。
そのままエッチに流れ込んでも良いし、そのままディープキスでお互いにパンツを濡らしきるだけでも良いし、単に触れあいキスだけでも「お互い兄妹だから」という理由で、この三つの未来が入り混じったキスの時間のドキドキ感。

このディープキス日常から、初めて妹が「今度はお泊まり可能だから……」と恥ずかしげに切り出して、そこから初の挿入エッチへまでが、このシナリオで一番エロイところでした。
このライターさんは、前作のクインタプルでも「初エッチ」までの流れを、とてもエロく書いていましたけど、今作は期待を裏切らないどころが、軽く前作を超えていましたね。パラソルの次回作も期待していますぜ……
え?それ以降のエロシーンはどうなんだですって?
いやぁ、別に悪くはないと言うか、普通に良いとは思うんですよ。回数も質も充分ですから、そういう意味で僕は普通にAをつけていますし。


>遙「はぁっ、はぁ……んっ、ああぁつ……ねぇ、お兄ちゃん……わたしの、どこが気持ちいいの……?」
「わたしの、どこが気持ちいいのか……おちんちんで、どこを突いてるか……口にして、欲しいな……んっ、ん、んぅ……ぁあああっ!ああっ!」
主人公「それっ……は――」
遙「妹の、おまんこ……って、はっきり口にして欲しいな?」


最近は同人音声だけではなく商業エロゲでも、ヒロインのソフト責め誘惑台詞が増えてきて誠に結構なんですが、未だに挿入描写でこれをやってしまうと、
「主人公とヒロインのイカセ合い」みたいなエロテキストになってしまって、こういう攻めだか受けだか「どっちつかず」のエロテキストが苦手な自分としては下半身が右往左往してしまうわけですよ。
この点、このエロテキストは、ヒロインが「わざとらしく主人公を性的に煽るような」誘惑を何度も仕掛けてくれて、しかもそれがきちんと主人公とヒロインのえっちトークとして成立しているのが良いっすねぇ。。

ただ、一つには純粋な僕の性的嗜好でして、ここまでレビューを書いて、そして改めてエチシーンや先のディープキス日常を見直してやっとわかったんですけど、
どうやら僕は「奥手な妹が積極的になるかならないか?」あたりの性格とシチュエーションがすげぇ好みらしくて、それが完全にドエロモードに入ると下半身が「なんか違いますよアニキ!」と訴えかけるらしいんですな。
まぁそれと、ディープキスな日常に比べたら、それ以降のエッチシーンはエロ導入に淫靡さが足りないなぁと思わなくも無いです。
もちろん、セックス覚えたてな最初の頃は、ガンガンにやりまくってくれて結構なんですけど、エッチシーンが9回もあるんですから、
後半はシスッターを活用して、巴ちゃんにもっとお兄ちゃんを誑かすような色んなエロ導入を伝授してもらった方が良かったのでは無いかと。、具体的にはヴァイオリンのトラウマの絡みで、
幼稚園児風の格好をして「お兄ちゃんおしっこもらっしゃった……」くらいの誘惑をして、その時だけは人見知り状態の遙ちゃんに戻って、わざとらしく主人公にリードをするように誘うとか好きぃ。


さて、残りの三人のエッチは、異常な実妹ちゃんと比べたら、極めて普通に高品質なエッチシーンである。そもそも、パラソルはこの点で昔から優秀なメーカーだったんだけど、
今回はエッチシーンだけでは無くて、シナリオもきちんと有機的にエッチシーンと絡んでいるので、その点でも評価は高まってくる。

しずかちゃんは上のシナリオ評価でも書いたように、シナリオと共に性格が色々と変わっていくキャラであり、
最初は普通に恋人同士の和姦エッチをしていたのに、シナリオ展開で嫉妬に目覚めたと思ったら主人公を押し倒し逆レイプ気味に犯してきたり、
後半では演技に目覚めると同時に、演技後にエッチするのは最高という性癖も目覚めてしまったらしく、
アイドル衣裳で生セックスやら、舞台の前に学生服でパイズリだのといった、アイドル定番のエロシチュを変態していくヒロインと共に堪能出来るのは素晴らしい。

で、ちこたむゲンガーヒロインの二人は、おそらくライターさんが同一人物のために、上のシナリオ評価で書いたような「ヒロインに兎に角台詞を言わせまくる」テキストをエロシーンでも踏襲している。
まずは結花さんから紹介引用すると、こんな感じに(省略無し引用)


>「不思議……翔くんの前だと、いくらでも積極的になれちゃう……どんな恥ずかしいことだって喜んで貰えるなら嬉しいって思えちゃう」
主人公「愛されているな、俺」
「そうだよ……だってずっと思い続けてきたんだもの……だから今とても幸せなの」
「翔くんが私だけを見てくれて……私の名前を呼んでくれて……キスをしてくれて、誰も触ったことの無いところを触ってくれて……嬉しいの」
「私の一番欲しかったものが今ここにあるんだって、強く思えるから」

もっと正確に言うと、ヒロインに台詞を言わせまくると言っても、淫語マシンガンタイプでは無く、あくまでシナリオ上の恋愛文脈に即したような台詞というか、
ぶっちゃけまんま日常のイチャラブシーンの台詞をそのまま使っていると言っていい場合すらあるのだが、これがこのシナリオのエロシーンにおいては二人とも絶大な効果を発揮している。

イチャラブゲーというか、萌えゲーのエロシーンで難しいのは「挿入シーン時の台詞」である。ここらへん、もちろん性的嗜好によって変わってくると言う基本は押さえた上で話をすると、
基本的にアンアン喘ぎ声ばかりでは詰まらないし、かといって変に淫語を強調するとヒロインのキャラが壊れて萎えてしまうと言うのがある。
この二つのバランスを取るのは難しく、大半はある程度は紋切り型の台詞を使わざるを得ないわけだが、これを連発すると、特に「長いor短い」エロシーンの場合だと、テンプレの見本市みたいな印象を受ける。
よって、大半はある程度の中くらいの長さの尺を用意して、その中に上であげたような特徴を平均的に上手くぶち込むと「普通のエロシーン」テキストが出来上がるって寸法なわけだ。
もちろん、別にこうした「普通のエロシーンテキスト」は、それ自体特に悪いものでは無い。萌えゲーやイチャラブゲーの場合なら、シナリオが良ければ「普通のエロシーンテキスト」なら普通に使えるからだ。

とはいっても、そこは貪欲なエロゲオタなわけで、そのヒロインならでは、もっと言えばそのゲンガーさんを生かしたエロテキストを楽しみたいところで、
それを解決するために、日常のイチャラブ描写の台詞をエロシーンテキストに合わせるというのは、特にこの二つのシナリオみたいに、ヒロインの台詞が中心になるシナリオだと実にエロく嵌まる。
まず台詞の雰囲気が共通しているので、キャラがぶっ壊れる危険性も少ないし、少なくともテンプレエロ台詞の羅列に終わることもない。
日常のイチャラブ台詞と同じじゃ退屈するだろう?と思うかもしれないが、ここがエロゲーの偉大なところだ。まず、音声においては、同じような台詞でも「日常」と「エロシーン」では「トーン」が違うわけで、
日常では聞き慣れた恋の語りの台詞が、エロシーンではぶっちゃけおチンコをおねだりするような文脈でエロボイスが炸裂したりすると、エロゲ声優さんの演技力の偉大さと日本語の融通無碍さに改めてフル勃起せざるを得ない。

こうしたエロテキストの特徴は、今回のちこたむさんのエロCGにも素晴らしくマッチングしている。ちこたむさんは、実のところヒロインや作品によって画風を結構変えていく人なので、
あくまで「今回の作品に限っては」とさせて貰うけれども、今作はどちらかといえば、構図にしても、ヒロインのエロシーン時での表情にしても、エロさを押し付けるような絵にはなっていなくて、
いくぶん控え目なタッチで、ヒロインのひんぬー体型と可愛いらしい表情を全体的に見回せるようなCGとなっている。CGを見た途端にエロイ!と思わせるよりも、
まずは「そのような体位やポーズや表情や服装(コスプレ)をしているんだな」と絵の全体を把握した上で、そこで「エッチなことをしている」となって初めてエロな気分にさせるようなCGだ。
比喩的に言えば、これは「御飯」的なエロCGであって、そこには「色んなオカズ」を乗っける必要があるし、逆に言えば「色んなオカズ」を「のっけることができる」CGだとも言える。
始めから、エロCGがある種のエロ味付けがある場合、それは極論を言えばCGだけで、エロゲで言えばその「エロCGに合わせた」テキストが必要になるが、逆に言えばエロテキストのオカズはそれだけ限定されるわけ。

それでは、このちこたむ画伯の秋田小町のようなエロCGに対する「おかず」は何かと言えば、それが上に言ったような「イチャラブシーンのような台詞をエロシーンで囁く」といった、強いて言えば「梅干し」とでも言えよう。
こういうエロCGの場合だと、CGのエロさに興奮すると言うよりも、そのいっけん味が薄いエロCGのエロさを、ユーザーが自分のなかで「このヒロインとエッチしているんだ」といった感じで妄想していくエロさが必要なので、
そこで「日常的なイチャラブシーンと同じような甘い台詞」を「しかし日常的なシーンとは違う、味が薄いながらもエッチなCG」と「明らかにエロさを含んだボイス」が化学合成されると、
御飯の中に含まれる甘みが梅干しにの酸っぱさによって引き出されるように、いっけんひんぬーで色気の薄いヒロイン達のからだや幼げな表情が、実はもの凄い欲望で主人公を求めているのでは無いかという妄想を掻きたてるのだ。


しかし、総合的に評価すると、この作品の中で一番エロかったのは、やっぱり金剛アリスちゃんかなと。歴代のパラソルのちこたむヒロインの中でも三本の指に入るとおもう。
まぁ、僕の性的嗜好のツボを突きまくっているのは否定しない。金髪ロリひんぬーに主人公が依存症気味で捨てられないかと思ってエロに積極的になろうとするも、
肝心のエロ知識は全くのゼロなので主人公にエロを教えて貰ったらグングンエロ成長して無邪気なドヤ顔で手コキ自慢を小鳥居夕花さんに囁かれたら枯れ果てますよフツー。

基本的にこういう依存症気味なヒロインって、性的には好きでもハードなヤンデレ気味になってしまうと基本的に「引く」じゃないですか。
エッチでも、これが昂じてエロ積極的になりすぎても、そこまで深刻になりすぎても萎えるよなぁって感じだし、本人があまり楽しんで無さそうだと僕としては辛いわけですよ。
この点を、アリスちゃんのエロシーンは、基本的には主人公が「そこまで無理をしなくても良いよ」と適当に宥めながらも、さらにはアリスちゃんに性的知識が皆無なので、
「主人公に捨てられないためにエッチをします!」はと言っても「でも、ナニをしたら良いんでショウ?」とその依存症めいた脅迫心がそこで若干やわらいで、
結果的には単に主人公に対して無邪気なおねだりをしているようところがロリヒロインのエロさの真髄なんですよ!エロを知らないヒロインが大胆に無邪気にエロいことをしたいと言わせるのが良いんですよ!

しかもこのシナリオの場合、シナリオ評価で書いたように、途中でヒロインのトラウマが解決されて、しかもアリスちゃんが主人公のアレになってその場でエチシーンに入るのも素晴らしいんですが、
後半からはアリスちゃんの依存症がそのまま主人公のアレに収まる形で、まるでお人形さんのように、主人公に愛されることがそのままアリスちゃんの性癖になってしまっているようなエロシーンで、


>「ハイ……一生使って下さい……んんぅぅ……一番奥に当たってるのを感じマス」
「大好きな人が側にいてくれる……ワタシだけを愛してくれる人が……本当の自分を隠さなくていい……こんなに素晴らしいことがあるなんて……」
「あっあっあっ……んんぅぅ……ずっとずっと仲良しでいてください……それだけでワタシは……」


こんな健気を言葉を何度も囁かれるんですから溜まったモンじゃありませんよもう!
こう、なんていうんですかね。もちろん見た目もエロエロなヒロインがエロエロに主人公をエッチに誘うのも、それはそれで僕は大好きなんですけど、
見た目はあまりエロエロじゃなくて、どちらかというと「可愛い」が先立つようなヒロインが、その可愛いような非性的な感情でえっちを主人公に迫ると言うのもエロイし、
エッチになったらなったらで、そのまま性的に感じまくるだけではなくて、あくまで「可愛い」のレベルに留まりながらも、大胆な台詞やエッチをするような、強いて言えば
「純愛誘惑」とでも言えるようなこのエロさ。
基本的にわりと直接的なエロさをそのままぶつけてくるイチャラブゲが多いなか、まさにちこたむさんの清純ロリに相応しいエロを描いたパラソルは今後ともちこたむさんに続投して頂いて、
今度は僕のこのエロレビューを完全に破綻させるような夏芽先輩のエロエロアフターシナリオを優良でも良いから宜しくお願い致しますと土下座せざるをえないのでありました。

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