Planadorさんの「Re:LieF ~親愛なるあなたへ~」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

世界は未知で溢れている。だから、時に僕らは迷ってしまう。「AI」と「YuU」の間で「アイ」から「ユウ」へと送る物語。そしてその要素を併せ持った、要二周目の解釈や考察必須なスルメゲーでもあります。長文最初はネタバレなし、後半に一部要素の自分なりの解釈を。
――試してみるんだ、もう一度。
だって、ここは、そういう場所だから。


 本作メインライターであるえある氏率いる同人サークルE.N.Nachの「CyberRebeat」が面白かったのと、OPムービーの演出に惹かれ購入。
 あ、CyberRebeatはフリーゲームなんで気になった人はやってね、「燃えゲー」「ハッキング」「世界規模」「生死を賭けた争い」この辺りのワードが琴線に触れる方はやりましょう。一日時間を取れば終わる分量です。


 一旦は社会に出たものの、しかし会社の倒産やクビなどにより挫折した若者たち。社会への再復帰活動として、太平洋に浮かぶ御雲島にある学校「來夢学園」で社会再復帰のためのプログラム「トライメント」を受けることとなる――。


 当初の舞台設定がかなり特殊な本作ですが、一般的な学園モノと比較しても割とそこまで設定が外れているわけではありません。違う点は、最低年齢の実質的な明記により、一部ヒロインが飲酒することですね。あとは車の運転くらいか。ちなみに煙草はやらない。
 ところで主人公は飲酒をしていません(飲めない、という記述が流花ルートにある)が、代わりにノンアルコールのビールを飲んでるところを見るとそもそも20歳未満というように見えます。
 恐らくその他関連する記述を見る限り、司19歳、日向子20歳、流花23歳で、ももは不明ですが司と同じかそれより上かみたいな感じですので年下ヒロインはいない、という感じでしょうね。理人は不明だけど司よりは上なんじゃないだろうか。
→C91冬コミRASKブースでももも20歳以上という言質が取れましたので、ヒロイン全員年上で確定ですね。

 音楽は歌曲含めて41曲とある程度揃ってます(一曲はパプリックドメイン楽曲)。一枚絵はH絵込み差分抜きで100枚以上。一覧で見ると113枚のように見えますが、何故か同じのがカウントされてるのも多いのでこの表記。それでもいい方ではないでしょうか。
 一枚絵と併せ、背景がかなり美麗です。特に夜は薄明光線がちゃんと描かれてるのはグッド。背景絵としては最高峰と思われるメーカーSORAHANEのそれに勝るとも劣らないぐらいのレベルであり、久々に背景にがっつり手を入れたブランドと感じました。
 ただ、SORAHANEと違うのは、あちらは美麗な背景に萌え立ち絵とでどうにもちょっと雰囲気が違うと感じるのに対し、こちらは背景に対してキャラの立ち絵が浮いていないことなんですよね。原画が同じなのでしょうがそういう一体感は間違いなくこちらの方が上です。
 minori? やったことないからわかんね、確かにあそこも綺麗みたいですけど融合率はぱっと見こちらの方が上でしょうね。

 そして、OPムービーとOP曲であるRe:TrymenTの融合具合は素晴らしいです。ムービー1:17のアイが手を振るアニメが一枚絵アップに変わるところが特に好きなんだけど伝われ。
 OPはプレイ前に見ると総合芸術としても中々完成度が高いですが、終わってから見ると歌詞と映像の噛み合わせが非常によく出来てることに気付かされるかと。ネタバレ多すぎだろと思わないでもないですが、まずは芸術として見て欲しいです。
 まぁ曲単体で素晴らしいんですけどね! プレイ前の時点で好きだったのにプレイ後はエンドレスリピート状態、おう、RASKさんフルコーラスさっさと出すんだよあくしろよ(恐喝
→C91冬コミで待望のサントラ発売。Re:TrymenTのフルは素晴らしかった。その後ソフマップなどでも、コミケ限定で付いてきた画集を抜く形での発売が始まりました。本作のBGMはノベルゲーム業界では数少ない生演奏ですし、プレイせずとも純粋なBGM集として買っても十分に楽しめるかなと。このサントラはいいぞ。


 で、プレイに関して何個か注意点。絵買いする人も結構多いようですが、はっきり言ってエロはおまけと考えてください。シーン内訳は以下の通り。

日向子・流花・もも・アイ:二回(内一回各ルート終了後本編とは別に解放)
ユウ:一回
アイとユウの3P:本編終了後解放一回

 塗りが美麗ですので実用性が、という声は多いみたいですが、シーンそのものの実用性はともかく回数がご覧の通り非常に少ないので、あまりエロ目的には向かないかなと。サンプルCGでお気に入りがあったらいいんじゃないでしょうか。
 ちなみに既プレイヤーによる「巨乳いるのにそのキャラがエロシーンで巨乳生かしてない」という声をどっかで聞きましたが言われてみればそうかも。自分はエロシーンほんと気にしない(なんなら飛ばしてる)のでそういえばな、という感じ。

 次に伏線に関して。謎はしっかりと、だけど読み進めるごとにしっかりと解析されていきます。時には勢いよく、時には優しく紐解かれる謎は、しかしかなり明記しないまま終わる謎も多いです。
 ですので、最終的には周回して自身で謎や伏線を回収するゲームになります。アレとかアレとか一見しただけではまずわからない。そこはしっかり読み込まないと、細かいところで伏線ぶん投げた、と感じる人は出るかなと。
 恐らく、一つ一つわからないと思ったことに集中して読み解けば割とわかるんじゃないかなと思います。それでも確定できない伏線は残りますが、ある程度の推察は全て可能です。
 というより、この考察や自分なりの解釈が出来るかできないかで本作への評価は大きく変わります。実際私自身が、レビュー書くために周回して、その上で伏線や考察が捗り当初の点数よりも上がったというのがあるので、今後プレイされる方は伏線ゲー、考察ゲーであるということを念頭に置いてプレイしてください。まぁ自分の中での正解この下にだいぶ書いちゃってはいるのだけど。

 最後に攻略順に関して。日向子→流花→もも→アイの順に数字が降られていますが、この数字通りに素直に攻略をした方がいいです。
 何れにしてもアイはロック掛けられていて最後にしか出来ないですが、特にももはアイ以外では一番核心に近いことをやってますので、念のため。



以下ネタバレ全開で感想





 一応現代が舞台の本作ですが、どちらかというと少し近未来的な書き方をしています。
 とはいえ、本作はあまり年代云々は関係ありません。ただ、「人工知能やAIが研究段階から広く一般人を対象に使われるようになり始めた頃」とイメージしておけばいいです。

 日向子→流花とやったタイミングで気付いたのは、OPムービーで各ヒロインが紹介される時の歌詞が、個別ルートの伏線だったこと。各ヒロイン別感想で後述しますが、これは間違いなく意図的です。ここはまた後述。

 先にこのネタバレありで本筋とは別なことが書けるここでしか記述できないことを書いておくと、個人的に理人はかなりツボった。言い回しや言い方が一々面白すぎるんだよ!(褒めてる
 いや実際理人が絡むギャグシーンは、緩急つけてかなりうまい具合に仕上がってます。ギャグシーンを口で説明するのも野暮なのでこれくらいにしますが、個人的には結構笑わせてもらいました。
 いやそこまで声優のこととか正直気にしない自分がそういう演技で笑ったって相当だよ? 片桐良一さんね、今後大物になるよこの人。
 声優面では、後は涼貴涼さんね。ユウの静かな、だけど染み入るような声がぴったり合っています。この二人はほんとよかったなぁ。

 あと、演出方法。画面にノイズが結構入るのは意図的なのでわかりやすいですが、個人的には一枚絵とかを出すのに少し時間的ラグが欲しかったですね。流石にぱっぱと出過ぎかな。
 基本的に演出は、ノイズや一枚絵の演出方法など、割とこれまでに出た同人作品でやってるところもあるので、特別目新しさはありませんでした。OPムービーの切り抜きを一枚絵として使うってのは他で見ないけど。
 ただ、画面に緑色の枠っぽいのがあったりなかったりすると思いますが、あれはあると仮想世界の中、ないと現実での話なんですよね。終わってからこれに気付いて地味に感嘆したり。


 とはいえ、各ルートでかなり大っぴらにやり過ぎたかなとも思います。伏線を張ることに熱心になっていて、三つのルート終了の段階でそこそこに予測が立てられちゃうんですよね。
 ただ、各キャラに関する事、具体的には司とアイ・ユウのことは、trueルートまでやって初めてわかることも多いので、そういう意味ではダレずに出来たのかなと。

 司視点の共通は、ももとの食事→流花の軍曹(蜘蛛)退治のお願い→日向子の手料理→アイとの会話という順に各ヒロインとのイベントをこなしていきますが、割とテンポがよかったかなと。




以下ルート・キャラ別感想。ルート毎の感想は全クリ後前提での記述ですので内容に注意。




箒木日向子――消せない過去を抱いたまま歩いた


自分の将来をどうするのか、どうすべきなのか。
まったく実感の持てない課題だが、いつかはやらねばならないことだ。
今の俺は――
そう、今が楽しい。みんなと遊ぶことが楽しい。
――以上、日向子ルート「道行く先は霧の向こう」より


 シナリオはトライメント計画があった上での、どうやって自分に向き合うかという話と、ミリャ・ブランコのこと。
 ちなみに、司がヒロインがいる場所へ行動選択して、その後ルート分岐の選択肢でのヒロインの組み合わせが合致しないと強制的にこのルートに突入します。とりあえず「コミュニケーション」選べば確実に日向子ルート。
 基本的には共通の日向子視点と併せ今後の伏線張りまくりなルート、ではありますが、地味に本作の主張に対してかなり本質を突いているルートでもあります。流花ルートが伏線張る作業、ももルートが張ってた伏線の内容チラ見せすることがほぼメインになっていたというのは大きいかもしれない。

 まずは人生そのものに対してみんなとゲームをしながら語る場面。
 人の生まれはせいぜい運でしかなくて、そこから何かをしていくのにも、勿論実力などもあるにせよどうしても運は付きまとうもので。
 実力第一主義の対戦ゲームみたいなものではなくて、適当に転がしたサイコロかルーレットしか回せないボードゲームのような世界。どんなに金持ちの家に生まれても、人生真っ逆さまの転落コースかもわからない。
 せめて、やりたいもの、ことだけでも見つけられればいいのに。みんなでボードゲームをしながら、語り合います。


流花「まぁ、みんなそれぞれ理由はあるだろうけど」
流花「今の現実に疲れ切ってしまったんじゃないかな。だから余裕をもって振り返るためにここへ来た」
流花「それは悪いことじゃない。しっかりと地面に足をつけて前へ進むために考えた必要な結果だ」
(中略)
数字は1だ。
一歩だけ先に進む。
たった一歩だけ、でも前に進んだ。
 司「そうだよね、一歩だけでも大きな変化だ」
――以上、日向子ルート「盤上になぞらえて」より


 何もかもが楽しく、新線さと発見が連続した日々は遠く、気付けば何をするにも嫌になっている。それは、物語冒頭での司の独白であり、日向子の通勤列車内での一幕であります。
 誰だって経験があると思うんです。個人的にはやりたいことを貪欲に探し続けるべき、とは思いますが。
 いやね、正直体験版やった時点で自分がトライメント計画参加したいって思ったもん。今後VRとかが発達して来たら、実際に本来の目的としてのトライメント計画みたいな社会再復帰支援プログラムみたいなのは実際に出てきそうだとは思いますけど、まぁこれは技術の進歩に期待ですかね。

 そして、ミリャ・ブランコの話。彼女は、かつて日向子が入院していた病室にいた友人、三国紗希その人であると。
 彼女はもしかしたら死んでしまったのかもしれない。だから、生きることを許された日向子は生きることに執着する。
 だからこそ、紗希に顔向け出来るように頑張っていたのに。それなのに。社会は甘くなくて、スタート地点をゴールだと思わずにはいられなかった日向子にはそこから先の意義を見出せなくて。
 そこでの、斎藤さんがかけてくれた声。これが日向子を救うのだ。


 斎藤「ひなっちはさ、失敗するのが怖い?」
日向子「それは……やっぱり、怖いです」
 斎藤「んーそっかー。でもさ、ひなっちが会社へ就職したての右も左もわからなかった頃と今とでは、何も変わってないかな?」
 斎藤「スーツを着るのも電車に乗るのも、カードを通すのも電話を取るのも、今ならどれも自然にできることなんじゃない?」
 斎藤「悔やむことは無いよ。ひなっちが何度も感じて来た失敗は、唯一正しく前へ進める糧なんだから」
 斎藤「ひなっちはさ、知らないんだよ。知らないから、怖いんだよ」
 斎藤「失敗をしない方法、失敗を取り戻す方法、失敗した時に次へ進むための方法……」
 斎藤「いろんなことを知っていれば、それだけで少しは怖くなくなるでしょ?」
 斎藤「大事なのは、知るってことなんだよ。自分を知って、他人を知って、社会を知って……世界を知るんだ」
 斎藤「そうやって、この世界で生き残る為の術を、自分が何ができるのかを探すんだよ」
――以上日向子ルート「君は知らない」より


 友人関係というものは、意識しなければ、えてして同じ趣味、趣向を持つ人としかつるまない。行動的でもない限り、自分に関係ない人とは関わりなんて持ちようがありません。
 だからこそ肌が違う人とも付き合える学校の友人というのは途轍もなく大事であるのだと重いのですが、この二人は「病室での同年代」として、今後も他では得ようのない唯一無二の関係となり得ました。
 個人的に、日向子は文系肌、紗希は理系肌、ということはすごく重要だと考えています。シナリオを咀嚼するうえで、それが一番わかりやすい「考え方が違う人同士の付き合い」であったから。

 そして、その後の「僕は知らなかった」に於ける司の演説でも、違う人に対する考え方が表れていました。世の中には様々な考え方をする人がいる。それを知ることで見る世界は変わる。
 知らなかったことを知る。自分の居場所を作る。そして余裕を作って、変化するために振り返る機会を持つ。
 これを、シナリオ上では全て「司の皆が知らなかった一面」としてしか書いていませんが、これは本質そのものであると言えましょう。
 誰だって、一人のか弱い人間だ。それは司であっても同じなのだと。あくまでシナリオ上ではそれしか書かれませんが、ここにぐっと来た人も多いはずです。

 考え方が違う人と付き合うことは、骨が折れることです。だけどその多様性が、とても大事であると考えます。
 詩人金子みすゞが「みんなちがって みんないい」と言った通りの、それを再認識させるシナリオだったと思います。

 ただ、ちょっと後半駆け足だったなぁと思うのと、全て終わらせると、ラストで「司がいつもの場所で待ってる」というのがどうしてもわからない。
 このルートに於ける司はtrueと同じ顛末でいいんですかね、ミスリードの可能性もあるし、あれだけだと流花ルートと同じ状況になってるようには思うんですけど、紗希の力を借りたのかどうか。これだけは誰かに補足お願いしたいなぁと。



大舘流花――今もまだ置き忘れたまま

 基本的には、流花が、自分を変えるという切っ掛けに至る話ですね。ただどうしてもそれ以外の事は日向子ルート以上に伏線を張る作業と化してしまっている部分はあります。
 まずはヒロインと同じ道を歩もうとする司の姿。だけど、どうして流花はこうも勉強に打ち込むのだろう?
 一緒に勉強をしている合間の休みに、流花は口を開く。

 どうして自分を変えようと思ったのか。それは、流花が働いていた企業が倒産するまでの顛末。
 技術は日進月歩だ。だから人はそれに合わせて変わらなくてはいけない。
 だけど企業は変わろうとしなかった。過去の優れたノウハウなんてものは、それをデジタルで再現できてしまえば、その独自性なんて意味のないもの。
 時代を理解することをしなかったせいで経営判断を誤った。気付けば時既に遅し。流花は首を切られ、宙ぶらりんで放り出された。
 だけど、それはよくある地獄の一つでしかない。組織も人も関係ない。環境の変化に常に対応し、追随していく能力が必要不可欠なのだと、流花は自身の経験を基に語る。
 ももみたいに自分が指折りの天才ではないとわかっているからこその、経験論。

 試験に受かって、付き合い始めてからは、暫く軽く伏線を張りながらも本筋とは関係ない話が続きます。「シリアライズ」の章から段々とまた絡んできますが、ルート全体ではとにかく流花の経験論を基にした環境変化への対応の話です。
 ルート分岐の選択肢からもわかる通り、自分を変えるためのルート、それを司との勉強で流花は認識していきます。

 正直、流花ルート単体のテーマで話せることはこれ以外には特にありません。最終的に起こったことは、アイとユウの力を借りず、司自身を犠牲にして、全てを終わらせたこと。
 ルート単体だけで見れば、流花に唐突に訪れたただのバッドエンドだ。自分を変えられたとしても、変わらなかった世界を前に流花は吐き捨てます。


流花「この硬直的で、融通の利かない、あまりにくそったれなこの世界で」
流花「あたしと一緒に、歩いて行って欲しいから」
――以上流花ルート「エピローグ(流花)」より


 それでも、結局このルートでの流花は、恐らくずっと、立ち止まってしまうことになるのです。

 仕方ないんですが、ラストは結構ルート単独で見ると超展開状態ではありますね。まぁ成すこと全てtrueの伏線だから仕方ないのだけど。
 とりあえずもうちょっと写真好きの設定生かして欲しかった。共通で一眼レフやってるって言ってて個別で海に行った時に使ったのはコンデジだったし、それ以外でカメラの出番ほぼなかったからなぁ。

 後は、AIの活用に関して。地雷除去はAIがどうかというより、ショベルカー的な大型重機を走り回らせ、ショベルで掘り起こしたり踏んづけたりして爆発させたり無効化したりする方が早いとは思いますけどね。実際地雷除去用のそういう機械を日立建機だったかその辺りが既に実用化してたはず。
→日立建機の他、コマツや、あと忘れちゃいけない日建がありました。安全な世の中のためにもっと広まればいいなぁ。
 まぁ、そういう大型重機みたいなのが入れないような山や密林での操業をイメージしているのでしょうけどね。将来的に、地雷除去は人間がやらずとも全て遠隔操作とかでどうにかできるようになるのかもしれません。重機型のも遠隔操作型だったはずだし。

 そういえば、流花が就職していた企業は、大企業ともちっぽけな企業ともあるのですが、業務内容と様々な記述から小所帯の企業でしょうね、恐らく何らかの有名処の法律事務所。故に人一人抜けるだけでも大打撃だったんだろうなぁ。



海蔵もも――それが正しいと決めつけるように

 日向子・流花ルートでは資格習得コースを選んだ司ですが、このルートでは自主学習コースを選択します。
 そしてやることは、ももと理人と一緒にゲーム制作。人工知能技術を使用したロールプレイングゲーム。その合間に挟まれる「普通の学園生活」をしながら話は進みます。
 ももが、桜の花びら同様にひらひらと迷ってしまうかもしれない、そうしたらちゃんと掴んでいてほしいというルートです。

 世界の構造そのものについて、このルートで察した人も多かったんじゃないでしょうか。というより。


三国先生のいうことを信じるのなら、俺は過去、事故に遭ってしまったらしい。
もしかしたら、その時からずうっと眠り続けていて、トライメント計画も、島での日常も、全て夢だったのではないか。
――以上ももルート「終わる世界」より


 これ全部じゃないけど八割方正解書いてるじゃねーか! 二周目でわかったけど察しのいい人はこれで確定させるぞ。
 まぁともあれ、伏線張るというよりこのルートはその片鱗を見せる、というルート故、案外語ることもなく。
 いや実際本筋以外は基本的に内容に関係ない駄弁りが多いので、それの仔細を描いたところで仕方なし。
 結局ロールプレイングゲームに使う人工知能の受け答えパターンを作成するための島人への聞き取り調査も、顛末だけ考えればtrueに絡むので喋りようがないんですよね。流花ルートではトライメント計画そのものの真実に気付いたのが司だったのが、ももルートではももだったというだけで。

 そうそう、ルートとして鍵になる、ももが作り上げた人工知能であるトトについて。
 元は、別に感情を入れていたわけではないキャラ。人ではなく、文字通りの「キャラ」なわけですが、感情が芽生えた、というのがアイやユウと違う所です。
 だから、感情の制御が中々出来ない。自身が知らなかったことに対して戸惑う。この文章が一番わかりやすいですかね。


トト「所詮私は、ただの人工知能です。私なんかにかまっている暇があったら、鼻くそでもほじっていた方が、よっぽど有意義に過ごせると思いますよ」(ももルート「next stage」


 自分はヒトではない。だから、自分なんかに構うよりは、他の人に構う方が時間が無駄にならない。ももに構ってほしくはないという無意識下の嫉妬心はあったとはいえ、自発的に芽生えた感情を持て余すからこその描写です。
 元から感情を持っていたアイやユウは、こういうことは言わなかった。この二人との大きな違いであるでしょうね。
 ――しかし偶発的に人工知能に感情が芽生えることがあったら大騒ぎですけどね。実際今後どうなるんだろう。

 ちなみにその後トトを消した犯人はアイかユウです。恐らくユウでしょうね、現状を維持させ、留まっていたかったわけですから。
 で、ラストはトトが作り上げた仮想世界に、それまでの仮想世界をももが終わらせたため宙ぶらりんだった司の意識を引っ張り込んだ、という解釈でいいかと。
 どうでもいいがももよりトトの方が容姿が好みだ、逆の方がよかった。

 それと、ももの生い立ちについてですね。ももほど、実は周りに愛されていたキャラもいないんではないでしょうか。
 友達を作らず、遊びを捨て、ただ両親に追いつくためだけに勉強を進める。そして、追い付いた結果の、トライメント計画への参加の誘い。
 確かにももからみれば、勉強した結果としての突き放しに見えるのは仕方ないです。自らが作り上げた人工知能の友人しかおらず、何もそれまで楽しいことなんて無かった。
 でも、そんな愛娘だからこそ、真に自立してほしい、だから突き放すしかなかった、でもそれ以上に、ちゃんと青春時代というものを経験してほしかった。
 勉強ばかりだった青春時代をまともに過ごせなかったからこそのモラトリアムを彼女に。海蔵家の両親には、そんなことを感じるのです。



true(アイ・ユウ)――自分に言い聞かせた


アイ「思うんだ」
アイ「ボクがいま、こうして見ている光景も、こうして跳ねる感覚も、こうして抱く感動も」
アイ「それは決して偽物じゃなく、間違いなく今のボク自身が経験していることなんだって」
 司「アイ……?」
アイ「司は今の自分を知ってほしいって言ったよね。新しい思い出が欲しいとも言った。それは、とてもすごいことだと思う」
アイ「踏み出すには、虚勢を張るのだって大事なんだ。自分に欠落があると知りながら、それでも我を張る君を、ボクは心から尊敬してる」
――以上trueルート「crossing」より


 ここまでの三人のルートはいずれもほぼほぼ伏線を張るためのルートであったので、少なくともその三人とのイチャラブを期待してやりたいと思う人は回れ右してこのゲームをやらない方がいいでしょう、今更ですが。
 まぁ勿論ここまでのプロモーションの仕方や雰囲気に様子、発売の際のパッケージデザインなど見ればそんなことはないってわかるでしょうけど、一応念のため。自分はtrueに何もかも回してそれまでの個別ルートを踏み台にする構成は好きだからいいんですけど。

 「BetweeN YoU and I」とOPムービー1:16でそのようにありましたが、とどのつまりは、人工知能が作り上げた世界初の仮想空間、先に結論を言ってしまえばそれだけの話ではあります。
 それに続く「All we NeeD is...」というのは、様々に解釈できますね、仮想世界に司が残ってほしいアイとユウの願望なのか、みんなが司もいて初めて、といったニュアンス(意訳)なのか。

 ここまで各ルートでも書かれてきた司自身の生きる目的の話が一番のメインとなります。
 各ルートでは各ヒロインが居場所になりえた。実際になったと言えるのは日向子ルートだけでしょうが、それでも互いが相手を居場所だと感じていたから。
 本ルートでは、「一歩後ろに退いた」居場所をまずは提示します。
 ちなみにルート解放後は、ルート分岐する「どれか一つには絞れない」を選択するとそれまでの流れ如何に関わらず強制突入します。
 ネタバレなしで「ヒロインに少なくとも年下はいない」って書きましたけど、元々の記憶など考えるとアイ、もといユウも年上的立場になるからなぁ……いやそもそもアイとユウは人ですらないので歳とかほぼ関係ないんだけど。


 正直、どれだけ読み込んでも、このルートは自分の中で答えが未だに出せません。それでも、こうだと思うことをとにかくシナリオに沿いつつつらつらと上げてきます。

 まず、仮想現実の中で抱く感情は虚構ではないのか、ということ。これに関しては、それは違う、と断言できます。
 司は、日向子とハイタッチを交わした時のことを思い出し、間違いなく俺自身の思い出だと言い切った。アイも、日向子に同様の事を説いた。
 日向子ルートで司が日向子と付き合い、その上で迷走しつつも自分があるべき姿を見つけた。流花やももとも、相当形式は違うとはいえ、一応は同義だ。
 それらは全て、「踏み出す先を見据え、前に進むこと」です。そこに足跡が残るかどうかは関係ない、それを守れているかどうか。


 アイ「……日向子はさ。例えば、例えばだけど、今この偽物の世界での経験が、その経験自体が偽物だと、本当に思う?」
日向子「え……」
どういう意味だろう。
 アイ「刻んだ一歩、その足跡自体は確かに虚像かもしれない。それでも踏み出したという事実、自分の身体を動かしたという自分自身の意志それ自体は、決して偽物なんかじゃないと思わない?」
日向子「……」
 アイ「たしかに、偽物の世界で挑戦をさせることは、少なからず非難させるべきことだと思う」
 アイ「でも、君たちはここが作られた世界だと知らなかった。再起をかけて挑んだ現実だと、心の底から思っていた」
 アイ「だとすれば、そこでの努力を、そこでの忍耐を、そこでの決意を決断を、いったい誰が非難できる? どうしてそれを偽物なのだと笑うことができる?」
 アイ「たとえ、たとえいまこの世界の存在が、もし間違っていると感じたのだとしても。それがすなわち日向子のその意志を、その経験を、間違っていると意味するわけじゃ断じてない」
(中略)
偽物の世界、偽物の足跡。
仮想空間でのそれを、彼女は誇れと私に言った。
たとえ足跡は残らなくても、それを刻んだ私の意志は、間違いなく本物なのだからと。
――以上、trueルート「虚飾の空」より


日向子「一歩を踏み出す勇気っていうのは、踏み出す先が見えていればこその勇気なんだよ。ただ闇雲に、自分の足元さえ見えないままに踏み出す一歩は、勇気じゃなくて蛮勇だ」(trueルート「BackPropagationⅡ」


 歩くことは無意味じゃない、例えそれが偽物の世界だとしても、道を見定めて歩くことが重要であると、ひたすらに説いています。

 そして語らなければならないのは、どうしてアイに惹かれたのか。ユウでは駄目だったのか。
 このシナリオは本来アイルートと呼ばれるべきではあるのですが、どうしてもtrueルートと呼びたい自分がいます。それは、アイと恋愛する、という意味ではアイルートですが、真の意味では彼女とは結ばれない、結ばれようがないからです。
 それに加えて、他の方も皆さん仰ってますけど、真ヒロインであってほしいのはアイではなくユウというのは確かに同感でして、それら併せてtrueと呼びたいということです。
 アイが悪いとかそういうことじゃないんですよ。だけど、これまでの想いだとか、それらの積み重ねを考えた時、真にヒロイン足りえるのはどう考えてもユウなんですよ。
 わかってはいます。アルファと呼ばれ、幼少期司の唯一の友達だった彼女だからこそ、司との思い出に固執し、立ち止まることを是とした。前に進むことを前提としたシナリオで、彼女はヒロインになりえないのです。やるんだったら「新田司」か「産声」かで分岐をさせ、バッドルート的扱いでしかなかっただろうなぁ。
 だけど、真に重要なのはそこではありません。それはアイの生い立ちによるものです。

 この世界は、仮想世界であると。かつてユウと自身を名付けてくれた少年、新田/二上司は大型トラックに撥ねられ死んでいるとユウは言った。
 実際は流花ルートラストで示唆されているように死んではいませんでしたが、ユウに深い絶望を与えるには十分だったのは本編プレイ者ならお分かりだと思います。

 トライメント計画が始まった後、暴走と呼ばれたように、ユウはアイを生み出した。時期的にいつ生み出したのかがちょっとまだ自分の中で確定してないのですが、それはともかく。
 アイの性格は、社交性があって、会話は相手の機微を読み取ってくれて、みんなの中心に立てるような感じで、みんなを引っ張って行ける強い自分。恐らく、來夢学園に生徒としてアイが登校していたらそのようになったでしょう。攻略ヒロイン四人と司、理人が集まった一枚絵の一番中心に近い位置にいることからも、それは明らかです。
 これ、全て司とは正反対の性格であり、司が望んだ仮面そのものなんですよね。その一枚絵で司も中心にいますが、この司は「仮面をつけた司」なので、中心にいるのは当たり前でしょう。
 そして司同様、自身を「ボク」と呼んだら少しは面白いのかなとユウが思った記憶、それら全てをユウはアイというコピーとして切り離した。司が望んだ理想像と、司との記憶と、練習していたピアノにまつわること以外の司に関わることを、全て。
 そうして生まれたのが、アイ。だから、「You」に対応する「I」が名前の由来ではあると思うのですが(実際は「AI」をローマ字読みしての「アイ」を「I」として、それに対応する「You」から「ユウ」と名付けたと思われるが)、そのアイに漢字を当てはめるとするならば、それは「哀」になるはずなのです。だって司は仮面を剥がしたがってて、アイはある種その仮面そのものだったのですから。
 ですので、「本来の司」がアイに惹かれることは、ごく自然なことでした。自分が持たないものを持っている理想像。よく彼氏彼女の関係はお互いが持たないものを持つ人に惹かれ合うと言いますが、正にそれです。

 話は変わりますが、電子データというものはコピーするのは簡単ですし、削除もすぐに出来ます。しかし同名ファイルを重ね書きしようとすると、上書き確認などがあります。「ファイルでファイルを置き換えること」が実は一番手間がかかることなのです。
 しかし、一つだけ、全くの同名ファイルだったとしても、上書きするかどうか聞かれないものがあります。ファイルフォルダーです。上書き確認がされるとするならば、フォルダーそのものではなく、フォルダーに入れていた中身に対してです。
 ファイルフォルダーそのものには意味なんてなく、ただ何かを分けるための入れ物でしかありません。中身が入っていなければ、『このフォルダーは空です。』と表示されるだけ。

 ファイルフォルダ―単体はごくごく小さなモノであり、限りなく0KBに近い重さです。そしてファイルフォルダ―同様、中身が何もなければ重さがほぼ0KBになるものがあります。メモ帳です。
 メモ帳は、ひたすら簡素な文章を書くことができる、ファイルフォルダ―同様コンピューター黎明期からある簡単なシステムですが、フォルダーはあくまで何かの入れ物であるのに対し、メモ帳はその中身、何かを構成するためにモノが書かれます。
 ちなみにこの感想も新規でメモ帳を起こしてそこで書いてます。新規作成した際は0KBだったものが、これを初めに投稿する時には40KBになりました。Shift-JIS使用、「1KB=1024B」で、全角文字一文字が2Bなので、512文字で1KBということを前提に単純計算で20000字強ですね。まぁメモ帳ではWordと違ってEnterによる改行も二文字分とカウントされるので実際はそれより少ないはずなのですけど。現在は追加記述で50KBとかになってるはず。

 アイとユウは、ファイルフォルダーと学習結果としてのいっぱいのデータを書き入れたメモ帳みたいなものだと思うのです。
 元々は『ユウ』というファイルフォルダ―として一つの存在だった。『ユウ』というフォルダーから『ユウ - コピー』というフォルダーをコピーした時に持つメモ帳の中身も最初は同じで。
 そこから、『人格』という名のメモ帳が各々消去と複製を繰り返して足されていった。『ユウ』というフォルダーは司との記憶に対してパスワードをかけ簡単に見れないようにし、逆に『ユウ - コピー』というフォルダーは『アイ』と書き換えられ、司との記憶をメインに持たせた。その上で、各々行動して、明確な意識や認識の違いが表れていった結果であると考えます。
 分かりやすい事例は何個かあります。元々の性格やアイには受け継がせなかった音楽のこと、そして個人的に重要視したいのは「自身が生まれた理由の認識方法」ですね。
 プレイヤーはユウが生まれた顛末を見て、「作られていたアルファが司の友達になった」と認識してると思います。しかし、アイだけは、「友達のいない司のために自分たちが作られた」と認識していると本文からは読み取れるんですよね。流花ルートで語られた「2000万件のデータの中から10件選んだ理由」よりも、「2000万件のデータから選ばれた10件以外を選ばなかった理由」と同じ理屈です。
 勿論、実際は響子が「友だちくん1号」を10年越しに流用、感情を与えてユウを生み出したわけですが、アイはこの辺りを認識していません。だから、もうこの二人は生まれが違う。それらも含めて、アイとユウはもう同じ存在ではなくなってしまった。自身の生まれたという認識理由が違うこと、これがこの二人の決定的な違いであると考えます。

 感情の有無如何に関わらず、使用者にとって適度にカスタマイズされた人工知能は唯一無二の存在であるということを、ももルートでは示唆しています。同時にデータでもある人工知能は、ともすれば簡単に複製や消去、上書きが出来るということもまた事実です。
 なので、最後はアイがユウに吸収されてまた一つの人工知能に戻る、みたいな展開だとそれはそれで評価上積み出来たんですけどね。でもそれは流石に難しかったんじゃないかというのはわかります。

 話がずれたので元に戻して。司が日向子、流花、ももと対峙する間、アイとユウもまた、桜公園の一本桜の下邂逅します。


アイ「ボクたちに、正解はわからない。でもね」
アイ「『外』を生きていくための仮面を得て、虚勢を張ったまま生きていくのも」
アイ「いまだ『外』は早いと見て、誰かを助けるために全てを投げうち、自分はこの世界に閉じこもるのを選ぶのも」
アイ「あるいはどこかが歪と気付き、希望を託してただ待つのも」
アイ「やっぱり、このモデルケースの行きつく先としては、どこか物足りない気がしているんだ」
ユウ「……」
アイの言葉は、抽象的だ。
それらは人工知能が学習過程で垣間見た、このモデルケースが行きつくかもしれなかった可能性の話。
――以上trueルート「BackPropagationⅡ」より


 ああ、その言葉は。
 全ての個別ルートを、無に、帰す、言葉、だ。
 人工知能はトライアンドエラーで発達させる、それまでの個別ルートはそのトライの内の可能性の一つでしかないと。
 しかし、それを理解した上で、アイはさらに続けるのだ。


アイ「他のみんなと同様に、司にとっても、やっぱりこの世界は必要なものだったとは思うんだ」
アイ「文字通りの意味で、司は命がかかってもいた。一時の療養所として、この世界は――ボクらは確かに、彼の命を救えていた。それは誇るべき成果だと思う」
ユウ「……」
アイ「でも、司はやっぱり人間なんだ。社会の中で生きていくべき、ちょっと不幸なだけの、本当に普通の人なんだ」
アイ「逃げる場所はあっていい。休む場所もあっていい。くじけそうになったのなら、誰かに助けを求めてもいい。その場所は、仮想空間だって構わない」
アイ「けれど。それらは来たるべき再出発のための休息なんだ。この鳥かごの扉は、いつかは外へと開かなくちゃいけないものなはずでしょう」
――以上trueルート「BackPropagationⅡ」より


 丁度、本作発売前後に、VR――拡張現実が実用されようとしています。この作品の発売タイミングとしては、狙ったのかたまたまだったのか、だけど結果論から言えばこれ以上ない時期。
 たまたまだったなら、この作品は相当運がいいと思います。技術の進歩の最先端を、ともすればかっちりと噛み合わせられたのですから。
 ともあれ、仮想世界は現実逃避になりうる、そしてここはそういう場所だからこそ、アイはユウの認識を改めようと踏ん張ります。
 一方司も、自分にとっての正しい一歩を踏み出すために。深淵に踏み入るか、箱庭に留まるか。
 だけど、最後は皆に背中を押されて、司も向き合おうとするのです。試してみるんだ、もう一度と。


 そして翌日、司はアイに想いを伝え、その後アイと別れて辿り着いた海。届かない外洋へ、ユウは高らかに歌い上げる。
 歌われるはデイジーベル。1961年に初めてベル研究所のコンピューターIBM7094によって歌われた、ハリー・ダクレによる1892年の曲。
 フィクションで歌われたとあるのは、1968年のSF映画(とそれを基にした小説)「2001年宇宙の旅」で、作中機能が失われつつあった、人工知能を備えた作中のコンピューターHAL9000が歌ったものですね。まぁ実際IBM7094にインスピレーションを受けたとありますし、実際は人工知能ではなくHAL9000役の声優ダグラス・レインの歌声なのですが。

 このシーンは、デイジーベルという曲をユウが歌う事に途轍もない意味があります。勿論初めてコンピューターが歌った曲という側面は大きいですが、それとも別に。
 元々は男が愛する女性へと歌う曲ですが、男をユウに、女性を司に置き換えればかなりすんなりと理解することが出来ます。以下意訳詞。


デイジー、おおデイジー
君の答えが欲しいんだ!
僕は狂いそうなんだ
それは全て君への愛で!

かっこいい結婚じゃないかもしれない
四輪馬車なんて僕には買えないよ
でもきっと君は可愛いと思うんだ
二人乗りの自転車に乗る君は!


 ユウ自身が前に進むために、原初に立ち返る。理不尽なんてきっと世の常だ。だけどその理不尽が覆う世界を、現実を、憎み、醜く思い、そしてそう信じてしまった。
 だけど、そんなくそったれな世界でも進むために、ユウは狂いそうなほどの司への愛をもって、送り出す。司が、何よりユウ自身が進むために。それが、ユウが司に差し出す「あなたへの」愛。

 だからこそ、最後は約束を果たすために、トライメント――審判の結末にふさわしい最後を。それは、どうか、皆さんの目で見てあげてください。


 文句としてはただ一点、今後も画面上としての触れ合いや、司はちょくちょく会いに来るという描写があるのですけど、個人的にはないっていう方が良かった。
 アイルートと銘打ってるわけですし、あった方がということなのかもしれませんが、画面上での触れ合いどころか実体持って会いに行くとなると、前に進みつつも、どこかで戻ってきてしまうという印象を受けちゃうんですよね。
 なんで、ラスト司はあの後トライメント計画には一切かかわらず、司が完全にアイとユウとの永遠の別れになるって言う方が、前に進むという説得性は持てたんじゃないかと思います。仮想世界が逃げ場所になるといっても、司はもう受け入れてくれる人ができたのだから。そこが逃げ場所で大丈夫だと。
 それはとても寂しいことかもしれない。だけど約束は果たされ、一歩先へと進むとき、どこかで決別の時は訪れます。いつかは老いる司と、ずっとそのままの姿であろうユウ/アイ。一緒に入られないからこその、決別するシナリオが見たかったです。

 ユウとアイはこれからもトライメント計画の管理者として動く。
 最後の最後で「ヒト」と人工知能は別の存在であるとある種突き放したシナリオだからこそ、ヒトも感情を持った人工知能も、前に進む必要性を描いたわけで。
 なので、この作品はtrueルートの攻略ヒロインが人工知能であり、アイとユウという二人のヒロインを用意したというのは、実は意味があることだと思っています。
 それは感情を持った人工知能であるということ以上に、現実で実体がない以外は限りなく人に近い存在として成せることができるようになったから。


 ヒロインルートでの行動を、しっかりとtrueに繋げる構造は、割と最近のこういったゲームでは少ないです。だから、本作は全てのルートを使ってひたすらにtrueルートに至るようにするためのお膳立てをする。そして、全てを繋げる。
 それ故に、逆にヒロインを攻略、というのは、アイ含めどうしても薄くなってしまったかもしれない。ただ、いいのだ。本当に攻略するのは本編終了後の仲間内で会う際のことであり、その暁にはともすれば紗希も攻略ヒロインになっているだろう。
 まぁその流れでいくならば恐らく日向子安定にはなりそうですけどね! 司の少し不安定な要素は日向子のお姉さん属性を目覚めさしてしまったのかもしれない。いずれにしてもエロシーンは全部仮想世界の話だから本編終了時では全員処女だよ! 処女厨の皆さんやったね!
 とはいえ、一歩を踏み出すという観点からは、アイやユウ以外の四人(紗希含む)では駄目という感もあります。結局は司はその前に人としてやらなければいけないことが多すぎる。それらをやるのに、五人の存在は必須なのですが、彼彼女らは司を助ける中で、下手な家族以上の関係が生まれるものだと思います。
 だから、きっとこの六人は、司とユウのような、恋愛的側面ではない「親愛なる」関係で結ばれた、と私は解釈しています。なので司が誰かと結ばれるなら全く別の、トライメント計画と関係ない人の方がいいな、とも。



総括
 英和辞典で「relief」と引くと、その意味として「救済」「(苦痛・心配などの)除去、軽減」と出てきます。
 同様に「lief」と引くと、「喜んで」「快く」と出てきます。それと同時に古期英語での「親愛なる」の意が語源だとも。
 「親愛なる」というものは、決して恋人関係だけに送られるのではなく、家族(ここでは親子、親族辺りの関係)や親友というような近しい人への愛情としても使われる。いや、寧ろそっちの使われ方の方が普通だろう。
 だから、ユウは個人的にはアイに基本的には譲ることを是とする代わり、家族と同様の愛情を、司に抱いたんじゃないかな、と思います。
 確かにユウルートというのも見てみたかったけどね。けどそれはもう完全な甘美なる毒というバッドエンドルートなので、誰にも救いにはならないから、本作テーマを考えるとずれちゃうのかな。少なくとも本編段階でのユウには厳しいのかもしれない。

 司は、物語開始時点ではユウ以外の友達なんていなくて、だからまずは当たり障りなくでもいいから話せる人、というのが必要でした。
 その中で、当初の司は無意識下に於ける実質的な差別があったと言わざるを得ません。あぁ、この人は自分より劣っているから自分は大丈夫だ、自分はまだ安心していられるからと。
 だけど、それが、その「劣っていた」日向子が自身のトラウマを克服して、その言い訳もできなくなった。
 仮面というのは、変化しない顔なわけで、そこに人間味はありません。故に仮面が外れてきた司に対して、みんながその方が人間味があると声をかけるのも、それは自然なことです。
 それでも、仮面には助けてもらった。どのような形であれ、彼彼女らと近づくことが出来たのだから。
 だからこそ、仮面の下に隠した本当の自分というものを完全に否定してはいけないとは考えます。だけどそれに頼り切ることだけはしてはいけない。いつか仮面が剥がれなくなり、本当の自分というものが出て来なくなってしまう。もしくは、仮面が剥がれた際に、本当の自分も一緒に破れてぼろぼろの状態になってしまう。
 だから、どこかで素の自分を出すべき。素の自分を誰かに知ってもらった上での親愛。それこそが真の愛情です。それは誰しもが平等に明日が訪れるわけじゃないからこそ。
 本作で言いたかったことはそれではないかと自分は考えます。「明日は誰しも訪れるかどうかわからない」そんな「誰しも」へ向けた人生応援歌。


 世界は未知で溢れている。だから、時に僕らは迷ってしまう。何も苦しいことだけじゃない。それは、その場に立ち留まることが許されないからこそ。進めば、どこかで再び喜びだってある。それを、立ち止まってしまっていた「私」だからこそ気付けた。それを「あなたに」送りたい。
 「Re」:「LieF」、正に「再び人生の喜びを覚えてもらうため」の「親愛なる」「あなた」に送る話でした。



追記
 OPムービーと一枚絵に関して。総合芸術として見た際に素晴らしいOPムービーですが、ちょっとどうしてか考えてみたいなと。あんだけ書いてまだ書くかと言われそうですが、nezumoさんの感想に触発されちゃったんだから仕方ない。

 他の方も仰られてますが、本作のOPムービーの出来は高いです。個人的には同人サークルChloroの「西暦2236年」とSORAHANEの「AQUA」と併せてOPムービー三傑と呼びたいぐらい。
 まず、個人的にムービー内お気に入りのパートを。以下、秒数は公式で公開されているものを使います。
https://www.youtube.com/watch?v=zJhlf6Sm2y4&spfreload=10


0:19~0:21:桜の下、向かう相手がいないユウ
0:23~0:28:手紙を書くユウから、同じ構図で桜を見上げるユウへ
0:40~0:41:本のページをめくる大舘流花
0:53~0:59:司とユウの過去暗示(ここのユウのピアノは言われて確かに……となった)
   1:07:夜桜の下で手を司に伸ばすアイ(続いて1:08に「Why don't we dance?」とあるので踊りに誘っているとわかる、「crossing」に当該シーン)
1:09~1:10:目を開ける司と、影の立ち絵がある各キャラ、「世界は未知に満ちている」
   1:12:海を見つめるアイ、本編では夕日を見ているがOPでは曇っている
   1:13:続いて「I lost YOU」の字と共に写る一台のピアノ
1:16~1:19:夜桜の下踊るアイ(この場面で購入決定したという個人的話)
   1:25:左を向く日向子と右を向く司
   1:26:桜の下、右に立つユウと左に立つアイ
1:27~1:28:ハイタッチする司と日向子、続いてお互いに背を向けるものの見つめ合うアイとユウ
1:30~1:39:1:07の構図からのお互いに手を伸ばす司とアイ
1:42~1:49:桜を見上げるアイと、手紙のように飛んでくるタイトルが波紋で消えるまで


 殆ど全部に近いじゃねーか! と言われそうですが、だってほんとにそれらがよかったんだもん。
 とにかく、改めて文字に起こして書き出して、これらをまとめて感じたのは、「徹底的に物語を絵描き目線で描いたOPムービー」だということです。

 どうしてそうしたかというと、思うに、OPムービーで必要になりそうな一枚絵を描いてから、一枚絵を入れるシーンを決めたんじゃないかと思います。
 恐らく先にシナリオはあったんでしょうが、それでも本作の一枚絵の使い方は、数クリックで終わるようなパートでそのためだけにほいほいと一枚絵を突っ込むというパターンも多く、「このパートのこの場面」という印象的な使われ方をしています。
 個人的に一番それが顕著だと思うのは、OPムービー1:19で出たアイの踊りの一枚絵ですね。trueルート「crossing」で出てきた際は、OPでのアニメ切り出しでワンクリック、次に一枚絵のアップでワンクリック、そして一枚絵全体を写すわけですが、三回クリックすればもうこの一枚絵は本編内では用済みです。
 これを一枚絵のある種の無駄遣いと見るか、OPムービー使用前提で描いたものを本編でも使用したと考えるかは自由ですが、少なくとも絵師が制作のために「描かされた」という印象は一切受けないです。
 ただ、そもそも作品のティザーショット用絵の他、流花とももの絵もOPムービー用に書き下ろしているわけで、上記の書き方ならまず後者でしょうけどね。OPに出てない一枚絵だけど数クリックで終わる絵もありますし。

 で、どうして作品の長さに対して一枚絵が多いか、そしてとにかくそういう絵に拘るのか、と考えた時に、恐らくディレクターがライターではないことが大きいと思うんですよね。
 雫将維。本作原画を担当されているこの方が、本作の企画を行っていると考えられます。
 雫将維氏が本作でやっていることは、ディレクターの他原画と一部のシナリオ(恐らく微修正程度)、それとOPムービーのアニメーションがあります。ただ、ムービーに於ける1:00~1:06のアニメーションと、1:17のアニメーションは毛色が違うんですよね。
 アニメーションクレジットには「石松」「雫将維」と出てますが、まず前者が1:00~ので、後者が1:17担当でしょうね。
 で、1:17のアニメーションは、初回限定版特典のビジュアルアートファンブックのP42,43に、そこのアニメーションカットが載っていますが、明らかに枚数が少ないんですよね。まぁ実際の枚数より載っている分量は確実に少ないですが。
 そしてよくよく見てみると、意外とアニメーションのアイの動きがカクカクしている。貶しているわけではなく、必要最低限の枚数で、しっかり見えるようにしているということです。
 恐らく雫将維氏は、アニメーションは少しばかりお門違いなのではないかと思うんですよ。いや専門でそれもやれるのだとするならば無敵なんですけど。ともあれ、「動かすための絵」を描くという点では、恐らく単体ではそこまで労力掛けられなかったんだろうなぁとは思います。
 ですが、ここの演出面で一番重要なのは、「1:17の一枚絵アップにそのまま繋げることを最重要視していること」です。その視点では、ここのアニメーションの出来は滅茶苦茶高いです。
 ここは、日向子ルートで出てきたパラパラアニメを意識してるのかなぁと思わなくもないですが、流石に日向子ではないから関係はないかなとも。

 アニメーションからは話を戻してまた考えてみましょう。0:34~0:53でヒロイン紹介が入るわけですが、ここでの紹介の仕方は日向子とアイ、流花とももとに分けられます。
 日向子とアイはティザーイラストとして使われたもの、というのはありますが、それと別に明らかに扱いに差があるんですよね。
 まず、日向子とアイは一枚絵でも桜か光の粒か何かが舞っていますが、流花とももはそれがありません。
 同様に、日向子とアイの一枚絵は口角を上げてにっこりしているものの、流花とももは沈み気味な面持ちをしています。

 ここまで書いてきて感じるのは、演出もそうですが、実は本作は書きたい絵があって、それにシナリオを付けた――そう勘ぐってしまうぐらいには、一枚絵の使い方を理解しています。各氏による美麗な絵もそうですが、一番素晴らしいのはその構図なんですよね。
 OPムービーでの配置も、一枚絵の描き方も、ここまで構図が対照的に対応している、どう考えてもこれは絶対意図的だ――待てよ。

 ここでもう一回英和辞典で「relief」と引いてみましょう。すると、仏語で「持ち上げられた」の意を語源として、その意味として「(対照による)強調、強勢」と出てきます。

 ――なんだ、タイトルに初めから入っていたのではないか。対照的である、というタイトルにこれ以上ないキャラ配置。
 段々と仮面が剥がれていく司と、自身のトラウマを克服していく日向子。
 前に進むべきというアイと、ずっと留まっていたいと願うユウ。
 自身を変えるべきと考える流花に、世界を自分に振り向かせるために変えようと願うもも。
 そしてそれら全てを内包する物語構成。

 それ以外の上記総括に書いた「relief」の単語の意を含めて、全てはタイトルにあったのだ。それだったら、OPムービーもそれに準じた内容になって然るべきなのだ。
 ――なんというか、やっぱりすごいです。タイトルにシナリオに絵にムービーにと、全てを絡ませてくる本作は、全てを外部委託せず作ったからこその出来であることは疑いようがないでしょう。

 あくまでここまで全て一例としてあげましたが、とにかくOPムービーは演出がすごい。その素材を生かしきるという意味合いでも、ただただ完成度の高さに圧倒されます。
 まぁムービーに関しては一番の功労者はまずSyamo氏でしょうけどね! この人の細かい演出がここまで出来を押し上げたというのはあるんでしょう。
 というか、雫将維氏は、実はどこかでライター業をこれまでしていた人なんじゃないかなぁ……という気も。ライター欄にこの方の名前がEDムービーのクレジットであったというのもありますが、ここまで企画から細かいところまで熟知している人はそういるとも考えづらいんですよね。
 ともあれ、ここまでOPムービーの出来が傑出しているのは、シナリオライターがディレクターではないからこその、今までにない形の演出が出来たからなのかなぁ、と感じます。



追記Ⅱ
 ネタバレなしの方でちらっと書きましたが、本作の伏線はちゃんと読み込まないと把握しきれません。三周以上する必要は基本的にないですが、二周して初めてその意味がわかるパートも結構多いです。そして一部は考察する必要性もあります。
 正直、シナリオ分量が書くべきことに対して相当少ないのが本作なので、それ込みにしても素直にもうちょっと書けよとか、流石にそれはあまり意味ないだろというのはありますが、ほぼ全てに考えればそこそこは納得できる回答が出てきます。一部は素でわからんのだけど。
 というわけで本作は、その実考察ゲーの側面もあります。なんで単純にこれがわからないと言ってる人はとりあえずわからないこと一つに絞って読めば実は答えは普通に書いてあることもあることに気付くかと。
 まぁ確かにそれを抜きにしてもユウとアイに関しては記述が少なすぎてもうちょっと深掘りできただろというのは同意するけどねとか、HPでのユウの紹介欄最初はせめてアルファって書いとけよ感(そもそもHPでのキャラ紹介なしの方がよかった気が)とかあったけどね! それはともかく。

 一例として、アイの背中にもあり、理人に司の背中にもあると指摘された、妙な痣。あれは、結論からだけ言えばあの形に意味があり、且つ片側だけにあるのにも意味があります。
 trueルートで、司が司に刺された後に片羽の翼が生えたユウが現れてますが、この場面で大体説明ができます。

 まずアイは元々ユウであり、ユウはトライメント計画に際して一部機能をアイとして切り離した、と本文中にはあります。ですので、一部機能以外はアイとユウは共通した何かを持っている――すなわち痣があると考えられます。
 その上で、この時のユウの翼は右側にしかありません。しかし、アイの痣は左側です。
 また、日向子ルート終盤で書かれた純白の翼という記述は、一枚絵にはありませんがユウが出していたのと同じような翼を司が出していた可能性が高いです。
 で、痣があるのは司とアイ(ユウ)だけですが、この面子に共通するのはトライメント計画の管理者権限を持つことに他なりません。そして翼を用いた者が仮想空間の時空を抜けられるのは、ユウの描写で明らかです。

 というわけで、結論を言えば、痣は「仮想世界の管理者権限としての痣」であると同時、何かの際に「翼になる痣」であると思われます。
 ですので、裸になればユウは右肩下に同じような(アイとは線対称の)痣があるはずです。丁度その部位はエロシーンでその位置が向き的に描写されてませんが、まずあると見ていいです。
 また、痣が片側にあるのはコピー時に分かれたものであると考えられるので、司の翼は、二人いる司で各々痣の位置がアイとユウ同様逆になっているものと思われます。ちなみに管理者権限は司の方が上なので実は翼は司のものの方が豪勢なものかもしれない。

 とまぁ、一例として痣のことをあげましたが、他にもそういうのはちょこちょこあるので是非とも二周はしてみてください。



追記Ⅲ
 伏線に関してもう一つ、ミリャ(紗希)に関してですが、ももルートでのももの三国先生の会話を見る限り「脳死した少女の脳を機械化(人工知能を埋め込んだ)した人」だと考えてます。
 医療分野での応用、と、三国先生はそこでは語りましたが、紗希はその実験台として使われたんでしょう。そう考えると始め喋れなかったのが一気に回復して日常生活も困難なく過ごせるようになったのも説明がつきます。
 ですので、ミリャ(紗希)は恐らく一度植物状態になったんでしょうね。そして人工知能を埋め込むことにより、「感情と実体を持った人工知能」として皆の前に表れた、それがミリャ・ブランコという少女ですね。
 ミリャ・ブランコという名前は恐らく人工知能の名称だったんでしょうかね、まぁここはいいとしましょう。

 ついでに司も、眠っている司の脳に響子か司父が直接人工知能的知識を埋めたということは記述から推測できますが、ラストでは、紗希で実証実験し、性能を上げた人工知能を改めて埋め込まれたのかなと。でなければああやってすぐに回復することも出来ないのですから。
 それも併せて、司がどこで学業的基礎知識を手に入れたのかが今一わからないんですよね。
 まぁ勿論仮想世界では司も実質的な人工知能だったわけですから、「俺自身が人工知能になることだ」ってわけじゃないですけど、大体は外部要因によるものでしょうね。
 あとは持ち前の天才的な両親の遺伝子を継いだ飲み込みの早さでしょう。ゲームの強さなんかはそれだと思います。ユウが多少操作なり教育していたなりあるでしょうけど、流花ルートの勉強云々はそれが一番説明が付きます。

 ちなみに、司の年齢に関して、ああは書きましたが、本編記述を見る限り恐らく6~8歳辺りで交通事故に遭っていて、その後一度も目覚めてないので、本編内では精神年齢的には本来もっと幼くても仕方がないんじゃないかなぁと。
 それがあるので本作が恋愛シュミレーションの体でよかったのか、というのは少しあります。そうしないと出せないというのはともかく、実際司は「恋愛的な好き」なんて知らなくて、ユウに対しての「原初の好き」しかわからないはずなんですよね。
 性知識とかもそれこそ、とはなりますが、まぁこれ以上は流石に話が成り立たないね、でもアイとユウに対してならそれが出来たかなとも思うので見てみたさはありました。


追記Ⅳ
 これは一切自信がないんですが、もしかして並行世界モノという可能性もあるのかなと。
 trueルートに於けるノイズでの幻視は、ひとまずそうでないと完全には説明がつかない節があって、恐らく各ルートそのものはtrueまでに司は辿ったことになってるのかなと。
 ただ、完全に行っちゃうと各々トライメント計画が終わらされて現実に出ちゃってるので、そこがよくわからなかったり。
 「緑の枠が画面にあると仮想空間」と先述しましたが、日向子、流花ルートエピローグはその緑の枠が取れているので現実の事。だけどそれまでの話は全部可能性と言われてるのでどうなんだろうと。

 とりあえずアイは人工知能が見た可能性の一つなんだと言ってますが、ノイズそのものの解釈としては「仮想世界のノイズにより人工知能が見た可能性が参加者にも可視化された」ということでいいのかな。現実に行っちゃうところまではよくわからない。
 日向子に関しては、実は日向子ルートとしてではなく、trueルートに於ける司を映した最後の描写の同時刻の日向子とミリャと解釈するのが一番話が早いですからそれでいいのかなと。寧ろそれが一番しっくりきますので、司との対比という意味でもそれが一番正解に近い気がします。
 だけど流花は組み合わせるの無理。うん無理。強制終了されたと名言してるわ司瀕死なままだわであれはtrueと同列には出来ないですね。ももは緑の枠が最後まで外れないから可能性のままで問題ないのだけど。


 はい、こんだけ書いてて未だにまだ解き明かせてないことばかりです。目下司が二人に分裂した時系列ぐらいは確定させたいところ。
 今後もこんな感じで謎とかが増えると思うんですけど、ここに記述するかどうかはともかくちゃんと解き明かせればいいなとは思います。



追記Ⅴ
 エロシーンの一枚絵見る限り……司……真性包茎だよね……?
 でも自分からは剥かせらんないからそれも当たり前か!



追記Ⅵ
トトが消された!

トトがいなくなった悲しみばかりが募る

トトを消した犯人を突き止めて問い詰めてやる

トトを消した理由の知りたさが怒りと共に湧き出す

身体は闘争を求める

アーマードコアが売れる

フロムがアーマードコアの新作を作る

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