Sek8483さんの「駄作」の感想

ネタバレ感想を見たくない場合、文字を背景色に設定することが可能です。 → 設定変更

**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

76駄作
頭のおかしな物語。しかし手もとは的確でした。活け造りのような手さばきでヒロインの個性を削り出してゆき、その薄汚れた血をインクにして、理解しがたい遠い夢を描いていく "駄作"。でもアリスはそのあたり完全に失敗してると思うのです。

 見た目が強烈なわりには読みやすい凌辱ものです。リョナ・スカトロ等のきわどいシチュエーションてんこ盛りですが、たたみかける話のテンポのため、血臭が立ち込めるよりも先に次の場面に移っている目まぐるしさ。切るときにはザックリ骨ごと断ち切りますから、痛みや恐怖がのしかからずに心理的負担は抑えられ、そのぶんテーマ性が際立つことになる書き口。傷口をじぐじぐ玩ぶことなく、すばやく、美しくすらある手つきでヒロインの肉体を彫刻していきます。

 同時に、シーン展開もザックリ切りながらに進めてしまいます。人形めいた硬さがある原画と、ぼやけて柔らかい光によって陰影をつくったグラフィックもまた独特で、悪夢にうなされたまま終わるような突飛なストーリー運びとなる。そうした雰囲気が大きな魅力ではあるものの、きめ細かな整合性、デッサンの正確さに重きをおく方には合わないことでしょう。また個人的には、「化け物が理解しあう」というテーマの描かれようにやや強引さを感じました。

 菜々ヶ木アリスが意地汚くてあさましい陰湿クソ低能ビッチだったので、次のようなことを書きました。

1, リアリティが無いゆえに美しさが感じられ、また、最終ルートは "駄作" である。

2, アリスが生き残ったことが凄まじく意地汚いように思える。

──────────────────

 1-1, まるでリアリティが無い

 作品の根幹となっているテーマは、ごく素朴に「化け物のみが化け物とは分かり合える」であるように考えます。そうして最後には、プレイヤーもまた彼女たちと分かり合える「化け物」かもしれないと示唆される運びとなっている。
 しかし率直なところ、わたしにとってこのテーマは強い違和感があるものでした。それはあまりにも夢見がちなお話であり、それゆえ嫌悪感すら覚えます。

 例えばの話として、極右や極左における政治信条はいずれも「化け物」じみていますけど、それらの立場はお互いに折り合いがつきません。あるいは、萌えオタとフェミニストのいずれもが「化け物」めいた思考へとしばしば走るのですけど、その二種類の「化け物」は相互理解にほど遠い位置どりをしています。
 "普通" でないならすなわち等しく「化け物」なんて話はありえず、はぐれ者はてんでバラバラに、それぞれ孤独な方向へとねじ曲がってゆくものです。"健康" でない者がみんな等しくガンを患っているわけでなく、骨折もあり、発達障害もあり、鬱病もあって、それぞれ個別の事情を抱えていることと同様にです。"普通" とか "健康" とかいった言葉をもちだしておき、そのなかに位置できなかったものを十把ひとからげに (「化け物」なり「異才」なりと名づけて) まとめる見方は、ひどく乱暴であるように思います。
 『駄作』はそういった真っ白か真っ黒かというジャッジを言い立てるから、その人工的な色分けをわたしは嫌悪してしまうのです。この物語が押し出している "人間 or 化け物" という対立には、およそリアリティが有りません。口当たりのよい嘘です。

 しかし当たり前ながら、嫌悪を覚える物語がすなわち悪いとはかぎらず、リアリティが無いこともすなわち物語の欠陥ではありません。"人間 or 化け物" という対立はとても人気のある、面白みをもった構図です。"リア充 or ぼっち" といったスクールカーストをふまえ、人並みにふるまえないぼっちが寄り集まったコミュニティを描くような物語とも同じ類型をとる、排除された人たちのお話。
 特に、リョナやスカトロを含んだこのジャンルにおいては、嫌悪感がむしろ然るべきものですし、リアリティの無さのおかげで読みよくなったりもします。もしもこのお話がリアリティをともなって語られたなら、それは生理的に受け付けがたいのみならず、単にワイドショー的に俗悪になっていたことでしょう。『駄作』は "人間 or 化け物" という夢見がちな構図をそれにふさわしいかたちで描き、現実からはほど遠い距離感をもって異常なヒロインたちの心情をよく見定めさせてくれました。


 1-2, 色づかいとテンポについて

 『駄作』にはキャラクターたちの異常な心理へのつかず離れずの間合いがあり、どぎつい凌辱行為でも読みやすくするリアリティの欠損がありました。悪夢の中のような読感。そのための具体的な手立てとなったのが、浮遊感あるグラフィックと、速いテンポのストーリー進行であるように考えます。

 まずキャラ原画は、萌えゲーが主食であるわたしにも受け容れやすい、可愛いらしい系統。手放しには誉められない癖の強さをもちますが、それだけに妙な味わいも出てきます。やや線が強く引かれていて関節をくっきり曲げるので、見つめているうち人形めいた硬さがつきまとったりするのです。例えば、そまりのラストシーンで「糸を失ったマリオネットのようにあらぬ方向を向いた四肢」といわれた一枚絵などはとてもしっくりきてしまう。全編にわたって破滅のムードが満ち満ちていたなか、どこか人間になりきれないようなヒロインの異質さをにじませていく、ひっかかりをもつ絵柄です。すると凌辱についても、性的興奮とともに儀式めいた異様さが醸しだされてきて、共感を拒絶する作風がつくられたよう感じます。
 より印象的だったのは塗り。服や下着、靴下、髪、アクセサリー等での差し色がサイケデリックというか、ところどころ置かれた原色のせいで妙に気分が落ち着かなくなります。しかしこれは、凌辱ゲー慣れしていないわたしなどには恩恵もありました。そのカラフル配色へと目がなじんでいたおかげで、赤々と血しぶきが上がっても、心臓に負担をかけることなく絵をねっとり鑑賞できてしまう。枢がとうとう女の子の部分を "くぱぁ" したシーンの一枚絵なんて、その穴から流れ出るねっとりとした赤のアクセントがあってこそ、きれいに調和がとれてます。鮮血等のグロ表現を、浮き上がることなく自然にのせられる極彩色であり、身体を切り刻むのがごく自然な流れとなった本編にはよく似合っておりました。
 もうひとつ特徴的に思えたのが光源とぼかし。ほとんどの一枚絵では周縁へぼかしがかけられていて、謎のきらきらエフェクトが多用されています。これによりひたすら人物にのみ焦点をあわせるとともに、全編にわたって見当識が危ういような、現実味のなさをプレイヤーに刷り込んでいくCG仕上げがなされました。また、屋上に立った華愛美、枢との初エッチなどでは夕陽の散乱がこの世のものと思えぬくらい綺麗ですし、他シーンでも陰影による表現には感心することが多かったです。例えば、そまりのレイプ処女喪失シーン。コマ割りでもって親友・カナが逃げてしまうところが描かれますが、そまりのコマにだけ暗く影が落とされているという対比は、彼女の絶望感をよりいっそう深めていました。

 話は変わって、テンポについて。この作品はミドルプライスということもありシーン展開がずいぶんと早手回しです。キャラ背景を明かしきらないうちからストーリーをぐいぐい転がしはじめると、日常描写、告白、そして異常性をあばくまで、全編にわたって走馬灯を駆け抜けていくかのような現実味の希薄さ。それがエロ・グロの生臭さとは相互に引き立て合います。キレイ事をのたまおうとも人間は糞をするものという、その生理学的な事実をことさらに突きつけるスカトロなどが、読む者のリアリティをいっそう揺さぶってきます。
 また、最初のルート (由貴による惨殺) では、ホラー・スプラッタ映画のような躍動感とわかりやすさが意識されていたようにも見れます。おめでたい恋愛脳のアリスは恋人になったら死亡フラグ。華愛美やそまりが単独行動をしたら死亡フラグ。頭のよい枢は情にほだされたら死亡フラグ。これらのお約束シーンをぎゅっと詰め込んでいったことで、ほどよい遠さでもって凌辱を傍観していくような読感がまず整えられたのではないでしょうか。
 伏線をはりめぐらせて謎めかしたりといった語り口もとられていません。例えば、クロエの四肢欠損が生まれつきであるということは早くから言明されており、幼少時に由貴に優しくしたのは実のところクロエだったかも、といった双子トリックなどへは色気を出しません。過去回想の入れ方などにしても必要になったときに必要な箇所のみを見せるもので、各シナリオの筋書きはしごく単純でわかりやすいものです。
 そんな平坦なシナリオだからこそ、キャラの異常な思考のわかりにくさがよく際立ちます。こちらの理解がやや追いつかないほど真っ白から真っ黒へと切り替わり、尋常ではない理屈によって行動します。すると、お話のほうもまた彼らの化け物じみた思考に侵されたかのように、切ったり、燃やしたり、ゲロったり、ラリったり、病的なシーンを次々と切り替えてしまう。アリスルートのクライマックスなどその好例だけれど、ノコギリを持ち出したところでシーンをばっさりと断ち切り、由貴の前にまで場面をジャンプさせてしまうから驚き。「その出血でここまで来れないだろ」といったリアリティ準拠の野暮なツッコミをさせないのは、シーンをばっさり切ってはつなげてきたシナリオの流れの強さです。
 そうしてあたかも理想のアリス (巨乳・ふたなり・美脚) みたいな、歪なパッチワークができあがります。場面ごとのエロ・グロやキャラの強迫観念はあまりにも突き抜けていってこちらの理解を拒むのだけど、過ぎ去ったとき遠目にしてみたなら、異形の美しさを印象に残しているシナリオです。また、欲望のままに進むセックス&バイオレンスの狂騒のさなかにも、それを冷めて見つめる部分はわずかにとり残されていて、「私の心は……こんなに歪んで……」「化け物には化け物がお似合い」ときおり彼女たちがもらす内省はまったくもって的確。そのように熱に浮かされた自分をよく確認できてしまう彼女たちに、「私もアヘるっ、下品にアヘっちゃうよほおぉ!!」といったヒロインの自己実況するエロセリフはお似合いです。シナリオ全体像とエロい部分がよくからみあっていました。


 1-3, 星に願いをかける駄作

 『駄作』のリアリティの無さについていろいろ理屈をこねましたが、ここで腹を割った話をすると (くぱぁ)、わたしは最終ルートでの夢見がちなハーレムにどうも納得がいかなかったのです。楽屋裏めかして含みをもたせてはいるものの、これまで各ヒロインの断片を拾い集めてきてついに完成された最終ルートとしては、すわりが悪い「みんな仲良く」だったと感じます。

 なによりも気に食わないのは、枢のちんこを、アリスとかいう性根腐りビッチへとつっこんでしまったことです。あの承認欲求だだ漏れマンコは、愛情に飢えすぎて緩くなってましたから、仲良しこよしで男を受け入れるのもわからないではないです。しかし枢は個別ルートにおいて、最期の最期まで女としての挟持をもって、あくまでも "穴" となりそれに殉じきりました。その枢の覚悟をいったんあそこまで描いておきながら、最終ルートにおいてあっさり竿役をやらせて、あの自損心で肥えたメス豚を悦ばせるとはいったい全体どういうわけなのかと。
 ひいては、ハーレムエッチとしてもあまり面白みがなかったように思います。「みんな仲良く」を標榜しておきながら途中でスワップなりがあるわけでもなく、そまりと華愛美を彼女たちだけでやらせているのにはやや物足りなさを感じます。過大な要求であるのはわかっているのですが、アリスルートの3Pでの心理描写のぶちかまし合いが素晴らしかったので、ついついそれと比べてしまうのです。
 あるいは、そまりの嗜虐性にしても華愛美の自罰にしても、個別ルートで見せた突き抜けた姿からすると精彩を欠いています。例の粘着質あざとビッチにしても、個別ルートで由貴を奪った華愛美を「内心ムカつきまくってた」とか責めるのですけど、口で言うだけでなく髪ひっつかんで引きずり回すくらいはやって欲しかったところ。「みんな仲良く」のためにキャラクターを削って丸くしたというなら、それはまったくもって "駄作" であるハーレムエンドです。

 ときに『駄作』は、彫刻像に理想を託すとそこに女神があらわれてその願いを叶えて人間にしてくれるという、ピグマリオンの神話をモチーフにしています。ゲーム開始時、由貴はそのお話のエンディングに向かって冷笑する。
>>
そんな自作自演で心を満たすなど、敗北者のする事だ。
仕舞いには女神アフロディーテの同情を買って、彫刻像に魂を入れてもらう始末。羞恥の極地だ。
美談にもなりゃしない。
<<
このように言いながらも、同時にこのお話にたいして優しい気持ちになって勃起するという、複雑怪奇な感情を抱いてしまうのが由貴でした。
 そしてわたしは、このピグマリオンへの評は、そのまま『駄作』の最終エンディングにも当てはまるように考えます。それは個別ルートのようなハッとさせられる美しい最期が訪れたりはしない、ぬるま湯にひたるようなお話です。駄作として同情を乞いながら (プレイヤーが駄作ならば同情を分かち合い)、人間みたいな魂をもって「みんな仲良く」の理想が奇跡みたいにして実現します。実際のシナリオのいきさつとしても、かつて流れ星へとかけた願いを「今度は3回言えたよ」と由貴がいうメルヘンな場面をもってはじまることになる。そんな、夢の叶えられたハッピーエンド。

 シナリオ一周目の由貴が、みんなのパーツを集めて理想のアリスを造りあげたときには、その願いはまだ叶いませんでした。「どうしてこうなっちゃったんだろう……。」という後悔のなかで幕が閉じてしまう。
 それも当然のことで、由貴のやり方はそもそものところから間違ってます。由貴が造ったのはつぎはぎ人形であって、ピグマリオンの彫刻像のように削り出して制作されてない。プラスの工法と、マイナスの工法での、根本的な発想のズレがあります。枢の男根を切りとったり、華愛美の手足を切りとったり、そまりの乳房を切りとったりまではたいへん良い発想でしたけれど、それを足し合わせて完全なものを造ろうとしたのは、何か違ってます。
 あるいは完璧を目指すというならば、いっそClochetteからはおっぱいを剽窃し、Innocent Greyからすらりとした手足を剽窃してくるなりしてコラージュを造ればよいとも思えるのですが、もちろん『駄作』はそこまで真に気が狂ったゲージュツ作品でもありません。そまりの胸や、華愛美の手足でなければならないのです。由貴には、ピグマリオンがただ理想像のみに向けたような強迫観念はなく、むしろ、今ここにある心地よい関係を手放さないためにはどうすればよいのかと苦心してました。友達同士でもって贈られる誕生日プレゼントという理由にしがみつくと、他の誰でもない枢たちの血が通っていたもの、ハンドメイドの温もりみたいなものへこだわっています。その結実が最終ルートとなる。

 一方ではそれぞれの個別ルートにおいて、ヒロインたちは自分の理想像とのはざまで悩み、強迫観念によって何かを削ることでそれを実現していきます。身体を穴だらけにして、女としての自分を表現した枢。罰を刻みつけてもらって、虫一匹殺すことない自分へと達した華愛美。水泳も恋も切り捨てて、男の論理による支配者になりきったそまり。高らかに勝利宣言しつつ手足を削りとったノコギリオナニー売女。誰もが自分を削りとりながら、理想像を掘り込んでいってます。そうして切断・リョナという文法へとテーマを落とし込みつつ、彼女たちの理想像を彫り上げていき、ついに最期のとき残った何かを "傑作" として見せたのがそれぞれの個別ルートだったように見えます。
 ヒロインたちは体を切り刻んでは理想を体現しようとあがくのだけど、それとともに精神をも切り分けていき、例えば、自分のなかにある男性と女性での葛藤をする (本作でそれは暴力性と密接にかかわる)。そうした分裂の果て、やがて死の絶頂を目前にした一瞬にだけ立ち現れる、穏やかな心境をとても尊いものとして示します。落ちゆくそまりが見た、すべてを洗い流すほど綺麗な日暮れの空。夕映えの屋上にふたたび立った華愛美の「誰も憎みたくない」という愚直さ。枢が「――おいでー♪」と呼びかける、母のような声。『駄作』の三人のヒロインが肉体を傷めつけた末路にあって通じた思いは、とても綺麗なものになりました。(ちなみに約一名、生臭い欲望を捨てきれないあばずれ女は生存します。)

 そのような一瞬の輝きを見たあとには、最終ルートで「みんな仲良く」の願いが叶ったありようは、美談にもなりゃしない、なんとも情けない話にも思えるのです。ある意味では、ヒロインたちがひとりひとり理想を彫り出していった、その削りかすをかき集めたようなシロモノです。"駄作" が何を指しているのかわたしなりに考えてみたとき、「案外、私達みたいな駄作を愛してくれる人も多いかもしれないよ?」「(そんなプレイヤーもまた)僕達と同じ駄作だね……」といって慰め合うハーレムエンドのありようこそ、薄弱ではあるも優しげな "駄作" であったと感じます。
 はじめに述べたように、化け物であれば化け物を理解できるというのは、およそリアリティが無い、口当たりのよい嘘です。この作品はそれをよくふまえ、流れ星へと願ってしまうような尽きせぬ望みとしてあのラストシーンを描いている。それゆえに、わたしはそこに遠い憧れと儚さを感じとれるのでしょう。理解されることへの願望はなおも削りきれぬままに、自分の異常さを、正確に直視できてしまう彼女たち。真人間として胸を張ることはできなくて、化け物にすら成りきれないでいるその "駄作" は、人恋しそうにぬくもりを残してゆきました。



 2, アリスのこと

 アリスが好きです。いや。いや、あのクソビッチ嫌いです。ともかくもいちばん惹かれたヒロインでした。

 公式の人気投票などを眺めると、ものの見事にクロエの踏み台にされていて笑える彼女ですが、3Pでの、双子で並んでちんこ奪い合ってるフェラシーンはなかなか見もの。あの構図でもって女の子同士がする横目の投げかけあいに、これほど魅せられたのは初めてかもしれません。アリスが、妬ましげにクロエへとそそぐ凝視がもう酷い。こちらから見えないところでは、アリスがクロエの足を鬱血しそうなほどに踏みにじっていて、しかしクロエもまたその痛みに恍惚としてる、そんなスキンシップが繰り広げられてるのではとか妄想してしまいます。彼女たちが高揚している理由の半分以上はおそらく由貴のちんこでなくお互いへの愛情であり、その汚らわしい百合のような感応を見ていると、彼女たちの固い絆の結びつきに思わずほっこりしてしまいます。姉妹っていいもんですね。

 ただ、シーン展開がとにかく早い作品で、テーマからしてあまりキャラに共感されるのはよろしくないため、その描き込みは薄いものでした。贅沢をいえば、アリスについてもあと少しだけ人物背景を明かして欲しかったような気も。アリスはかまってちゃんだから可愛いのですけど、性根のねじ曲がった彼女が、清く正常たろうとして必死に努力してきた頃の話とかは、ちょっと知ってみたい。施設で他人から愛情を吸い出すために身に付けた術、可愛い声の出し方、にっこりと笑う方法。それを学びとる過程をいっしょに体験しておきたかったというか。そうやって妹のような化け物とは違うと自分に言い聞かせ、言い聞かせることで妹に似ていってしまうところの、歪んでいくさまを見れたなら嬉しかったです。

 アリスCVを担当した桜水季は、まさにうってつけの役どころ。クロエとの演じ分けや、罵るときのだみ声はそれなりといった印象ですが、なによりもまず、外面だけ綺麗なアリスのなよなよしい声づくりがよいです。やや鼻にかかった声質をフル活用すると、垢抜けない雰囲気を残すことで男心をくすぐるのだけど、終始あざとく演じきってくれるから一周まわって純朴にすら思えるお芝居。必ず嘘をつく悪魔はとても正直者とでもいうべきか、キャラを騙っていることが明白であるゆえ信用してしまい、いつまでも騙されておきたくなってしまいます。このキャラボイスは、わたしの少女趣味を真っ向から狙い撃ちにしてくるのですけど、そうした愛されオーラの厚塗りっぷりがまさにもうアリスというかもう。かわいい。
 由貴がヒロインたちを殺して回っているときに、夜ごと幻聴のアリスと会話をするのが心地よかったのですけど、あれだけ感情を削ぎきっての「……そう」といったセリフですら愛らしい響きをもって聴こえてしまうあたり、この声優さんはそもそもの声質から耳を惹きます (ときにわざとらしいくらい)。そのような声によるお芝居は、『駄作』のもつ激しいギャップ、美しい願望とエログロにある落差にぴったりと活きています。アリスが最初かまととぶっていたところからの、これ見よがしな腹黒いつぶやきも耳にすんなり入ってきますし、ノコギリを持ち出したときの場にそぐわない晴々しい声音は恐ろしかったです。
 でも実のところ、いちばん感心したのは、クロエ役での幼少時のセリフ「――こうやってお姉ちゃんと喧嘩すんのも楽しいなぁって思って」。その一言にきれたアリスがやかんの中身をクロエにぶちまけるのですけど、真剣に憎しみをぶつけた相手からあんな物分り良さげなふりをして人を喰った言葉を吐かれたなら、それは手が出るのもよくわかる。絶対にやってはいけないことをやらかすアリスのヒステリーに引き込まれて同調させられてしまうほどに、クロエのおりこうさというのは卑屈でして。小憎らしい声づくりに、よくよく感情を揺すぶってもらいました。

 そして、個別ルートでただひとり生き残った彼女だから、わたしはどうしてもアリスのことは特別視してしまいます。そまりも、華愛美も、枢も自らの精神なり肉体なりを彫刻して理想をつかみとって、有終の美を飾りました。彼女たちの死の瞬間には穏やかで綺麗なものが訪れたのだけど、わたしにはやはり、アリスのやりようがいちばん魅力的に映る。愛されることにしがみつくために手足を躊躇なく切り落とすと、これからの一生を彫刻された身でもって生活していくその姿。アリスはあんなにも不完全な心をもっているから、やはり、いつか破滅するのが当然の成り行きなように思うのです。とても歪な彼女ですから、ここでいったんは示された理想像も絶対にどこかで泥にまみれることでしょう。
 であればこそ、彼女があの一瞬で下した恐ろしい決断と、まさに今ここで引っかいて噛みついて奪いとったアリスの勝利には (またクロエの敗北にも) おのずと価値を認めたくなりました。
 枢たちがつかみとったものには確固とした価値が付けられてもう遠いところにおさまっているのだけど、アリスは今もまだ愛に飢えて、それを奪い続けています。彼女の憎悪がはたしてどこまで届いて、どこで潰えることになるのだろうかと、その姿には目が奪われてしまいます。たとえばいつか老婆になった彼女が、周りの人々も等しく腰が曲がって老いて醜くなっていくなか、その異形の身体をフル活用して、なおも強烈な存在感をふりまいていたとしたら。あの可愛らしい声をしたおばあちゃんが変わらずに口汚く、変わらず愛への渇望で目をギラギラさせていたなら。枯淡の境地などといったものは片足で蹴っ飛ばし、なお悪意と計算高さをもって生きていてくれるのではと思いなしてしまいます。そんな、凄まじい意地汚さで魅了してくれる子でした。

──────────────────

 ErogameScapeの『駄作』感想を参考にして書きました。特に影響を受けた感想を挙げさせていただきます。

akatuki63さん{
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=20387&uid=akatuki63
}

Henri_Peroperoさん{
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=20387&uid=Henri_Peropero
}

oku_bswaさん{
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=20387&uid=oku_bswa
}

まつさん{
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=20387&uid=まつ
}


Sek8483さんの「駄作」の感想へのレス

こんにちわ。お久しぶりです。前回ウチのブログにコメントいただいてから、だいたい半年ぶりですね。その後お変わりありませんか。というかぢぬしライフは、回復を見せましたでしょうか。おいたわしや。
マァ病状ということでいえば、かくいうわたしもイマイチな状態が続いてました。この2、3日でそれなりの回復を見せたのですが、しかし明日はわからない。Sekさんの鮮血も明日がわからない血潮でありますね。まったく病気というものは、自己認識・世界認識の変革を迫るものでありますレッヴォリューション!

そんななかでありますが、先日、というか昨日(2016/05/28)、Sekさんに遅れをとることかなりですが、わたしも「駄作」の長文感想をアップしました。
Sekさんにおかれましては、自分の薦めが多少影響をおよぼしたのかしら……?というかSekさんの趣味に合わないゲームをゴリ推ししてしまったかしら……?
と、内心心配していたのですが、しかし、楽しくプレイされたようで、一安心しました。

Sekさんのレビューは、相変わらずぼくはねちっこく日々の更新を楽しみにしています。ねちっこく読んでます。ねちねち。とみに最近、偶然でしょうが、自分の愛するタイトルが結構バッティングしていますので、Sekさんのレビューがますます楽しくなっているところです。

そんなわけで、今日は「駄作」と「小宮裕太」についてお話させてください。まぁこのSekさんの「駄作」レビューにお邪魔しているわけですから、そういう話なんですけど。「ひとり/ふたりのクオリア」や、「相思相愛ロリータ」「Backstage」についても語りたいですが、それはまた席や日を改めて……。

というか、まずこのことからお伝えしなくてはならなかったのですが、わたしの駄作レビューで、Sekさんのレビューを引用させていただきました。主に「リアリティのなさ」の考察と、「アリスの今後」の考察のところです。

自分のレビューがどこからはじまったかというと、それを思い起こしてみるに、やはりSekさんが「リアリティのなさ」について考察されていて、「我が意を得たり!」と賛同したところからはじまった、というものです。
というわけで、Sekさんには恩があります。どうもありがとうございました。たぶん、Sekさんのレビューがなかったら、自分のレビューも、違った形になってた可能性がありますし、また、レビューにとっかかるのも、今以上に遅れていたかと思います。

さて、本題に入るまえに、「小宮裕太」について話させてください。前回の「朱」レビュー感想のレスで、小宮裕太についてお話くだすったときに、「おお……!ぼくと同じくらい小宮を愛している人が、居たとはっ!」と、深い感激を覚えたものでした。
それからのレスですんで、ずいぶん遅くなってしまいました。しかし忘れたわけではなく、折に触れてこのことは考えていたものです。
それをここで開陳(くぱぁ)することは、なんか昔の文士の書簡っぽくて古式ゆかしいですが。

まず「残響と小宮」ということで話をするとすれば、自分は……そうですね、まだ10年には至ってないですが、小宮崇拝歴は。しかし、小宮の存在を知って以降、完全に小宮をかみさまとして崇拝するようになりました。
なにしろ、自分の求めていたおよそ全て……ラブコメイチャラブ漫画における、すべてが詰まっている。小宮には人生の大切なことがすべて詰まってるんだよ(ガルパンネタ

自分が小宮を知って……さらに言えば『沢渡さん」を知ってから、冗談抜きに、1日も漏れなく、沢渡さん妄想をフトンの中でしているのです。脳内せっくすですよ!それほど心酔しております。その沢渡さんをとくに選んで、Sekさんが語られているのには、これまた「我が意を得たり!」でした。というかSekさんの仰られることが、いちいち自分の考えてることの先をいっておられて、まさに感服すること甚だし、です。

というか、自分えろすけで沢渡さん/小宮の話しましたっけ……?あ、そうか。twitterか。
というか2、Sekさん、ぼくのtwitterまで見ていただいて、ありがとうございます。自分のブログでSekさんについて書いたときに、即座にコメをいただけたことも嬉しかったです。ああ、読んでくれてるんだなぁ、と。

沢渡さんの何がいいか。まずもって、仰るように「クールさ(襟元がいつも綺麗なひと)」と、「かわいいこと言うひと」な要素が、背反しあってるどころか、不思議な融和をみせているところですね。
この融和は、他に類をみないところでして、まさにそれが沢渡さんの唯一無二の魅力になっております。
あえて類型を探すという無粋をすれば(実はあんましたくない。沢渡さんは唯一無二だから、俺のなかでは)、東鳩2での久寿川ささら。ちょっと似ているのですが。キャラデザも、丁寧語口調も。しかし、沢渡さんは、ささらよりも確実に大人……というか、「あからさまな幼児的弱さ」がない。
「孤高の花」と呼ばれているように、もともと沢渡さんは、孝明さん(主人公)に依存しきってる存在ではないです。しかし、付き合うにつれて、可愛く寄り添い、もたれてくるそのサマは、まさに嫁であります。
どうも、ささらの場合だと、シナリオの面でも、キャラ造形の面でも、「幼さの悪」が出ているように思えて、最終的なところで、「ちょいと」と思ってしまったのも事実(もちろん、ささら萌えのひとにとっては、その幼さこそが凶悪な萌えなのだ!とするでしょうが)
あるいは、艦これの鹿島。こちらもまた、沢渡さんと類型を示しているように思えます。自分は艦これをやっていなく、せいぜい艦船模型をたまに作る程度ですが、しかし鹿島は危なかった。俺をして、沢渡さんの代理としてハマってしまいそうな怖さがあった。……最終的なところで、沢渡さんのような「凛とした」涼しさ、よりも、よりベタ甘に甘やかそうという意思が、鹿島からは垣間見えたので、すんでのところで鹿島同人誌を100冊単位で買いまくることはせんだったのですが、危ないところだった……!

多幸感。まさにそれは小宮漫画の真髄であり、沢渡さんの真髄であります。えろすけのコメ欄でこれだけ別にエロゲとは関係ないことを書き連ねていいのか、と思いましたが、いやもう止まらないマイハート! 彼方まで突き抜けてセレナーデ! ということで、もうちっとだけ語るとすれば……必ずしも、小宮漫画では、「陽」の要素ばかりが描かれている、ということではありません。ちょっとした陰の要素もあります。だがそれは、スイカに塩をかけるがごとく、アブナい感じでもって、甘さをひきたてます……と書くと、NTRとかの礼賛っぽく見えますが、そうではない。このあたりの小宮の「アブナくも、しかし安心」という絶妙のハンドリングが魅力なのです。最近作の「痴女さん」シリーズでは、最初の「好きになった理由」こそメッチャご都合主義ながらも、その後の「キワドさを狙いながらも、しかし甘あま」というハンドリングは、まさに小宮でした。
(ところで、自分は長い間、ほぼ小宮だけを狙って「ばんがいち」を買っていましたが、最近はDMMの電子書籍で小宮の短編がバラ売りされていていいですね)

Sekさんは「超然としている」と小宮ヒロインズを称しましたが、まさにそうです。媚びていない。
しかし小宮というのは、不思議な漫画家です。寡作ですし。しかし、いつも俺達の期待を裏切ったことは……あ、あった。ウソ輪姦マネージャー話……(しつこかろうが、小宮暦の長いひとだったら、このことは思い出すでしょう)。し、しかし、最近出た沢渡さんシリーズ最新話、にして、神話、「ハッピーパフィーフラッフィー」、もちろんもはや100回単位で読み返してますよ。ここにおいて、小宮は我々の欲しいものを、すべてブチこんできましたからねー……えちの最後を「絶対結婚しようね」というふうに、沢渡さんシリーズを読んできたひとに対しての、最高のキラーワードをぶち込みますから……。

なんか、小宮について語れば、いつまでも語れますな……しかしこれでは、駄作について全然語れないぞっ!

というわけで……

●駄作のはなし

頑張って上の小宮と、駄作について連関をもたして考えてみようとしたのですが……うーむ、うまくいかない。それは、小宮ヒロインズと、駄作ヒロインズが完全に非対称をなしているか、といったら、マァふつうは「そうだ!」と言葉をつむぐのですが、しかし、駄作ヒロインズは駄作ヒロインズで「かわいい」のですね。

あえて連関させてみれば、それは「思いのまっすぐさ」ってとこでしょうか。
駄作ヒロインズは、思いがまっすぐすぎて、わき目もふりません。

小宮漫画はたいてい短編ですが(まあ連作もありますが、短編連作のカタチです。ええい俺は沢渡さんの長編も読みたいのだっ)、

・エピソードを集中させることにより、エピソードでもってキャラを生き生きと描く。記号に頼らない
・短い枠のなかで語りきることにより、さまざまの考察を誘発させる
・それだけに「思いのまっすぐさ」がこちらに鮮烈にとどく

というふうに、考えることもできそうです。このあたり、Sekさんが仰った「テンポ」の性急さと、現実感の希薄さ。エログロの鮮烈さ、になってきますね
(小宮の場合、現実感のどことなくの希薄さ、というのは、翻って多幸感の日常の白昼夢めいた感じ、になるのですが。絵の線においてもそうです)

考えてみれば、駄作はミドルプライスであったから、半ばしょうがなしにこういう構造になりましたが、しかし駄作にとって、この構造はまさにジャストフィットな構造であったともいえます。

駄作の特徴として、リアリズムを廃している、というのがありますが、そもそも「くどくどと語れない」というのは「丹念なリアリズムが出来ない」ということでもあります。
そこでもっての、早まわし。だからこその異常思考がよく目立つ。それは、ぼくがSekさんのレビューでもって「なるほど」と思ったところです。


ところで、わたしは、駄作最終ルートの評価について、Sekさんとは違ってます。
「1-3」のSekさんのご指摘ですが、なるほどこういう見方があるのか……と。枢のちんこをアリスなんぞに!という視点は、ぼくにはなかったものです。
また、「そまりと華愛美を彼女たちだけでやらせている」、これはわかりますw なんか蚊帳の外、っていう感じはしますね。いやわたしは明らかに百合者ですが、しかし、もうちょっとこう、他三人に接続するカタチになれなかったんかいな、と。別にこの作品において、そまりと華愛美は特権的な百合カプだったかいな?と
(それを言ってしまえば、実はわたし、百合者といえど、このカプに萌えなかったんですよね……いや、どこに萌える要素があったか?というツッコミはまさにその通りなんですが)

いきなりでなんですが、模型工作で、キットを組むのでなしに、オリジナル作品を作る際には、
「ミキシングビルド」
という手法があります。
それに対する概念としては、「フルスクラッチ」というものがあります。

ミキシングビルドとは、すでにあるいくつかの模型、それらをバラして、複数のパーツにして、そのパーツを好き勝手に組み合わせて、「俺のオリジナル」を作る、という手法。すげえ簡単にいえば、ガンプラ魔改造です。
それに対してフルスクラッチ、とは、パーツひとつひとつに至るまで、「自分で作ってしまう。既存のパーツを作らない」というものです。これは、「完全オリジナル」ということです。

なんだか、由貴くんの「アリス創造」は、ミキシングビルドのように見えてしまって。
いや、いい意味でも、悪い意味でも、由貴くんはミキシングビルドしか選択しようがなかった、というか。由貴くんは、もととなったキット(彼女たち)を愛していましたし、パーツに対しても執着していました。
いい意味では、それは彼女たちに対する愛情、友愛の精神ですし。
悪い意味では、各ルートで得た「傑作」としての彼女たちの形を、バラしてしまって、短絡的にくっつけた、という意味でもあります。

もともとミキシングビルドは、別に醜悪な手法ではありません。ただ、「くっつけてやったゼ、俺すげえだろ」という意識がダダ漏れになってるミキシングには、あまり感心しないのが、モデラー……まあぼくは、そうです。
なんというか、各ルートをそれぞれ「彫刻していった末の美」と捉えれば、それをバラすなんて!というのは、まさに「駄作」に堕ちてしまった、中途半端なもの、としてしか写らないかもしれません。
おそらくSekさんは、このあたりで、由貴くんのミキシングビルドが「つまらない」お見受けされたのでしょうか?
いや、手法にこだわるのは、モデラ見習いとしてのぼくの、悪い見方かもしれません。単純に、由貴くんの作ったミキシングビルドの「アリス空間」が、そもそもつまらないものだった、というところだったのでしょうか?

ピグマリオンの彫刻/工作。
わたしは、あの駄作最終ルートが、「そんなに悪いもの」だとは、イマイチ思えず。
それは、ミキシングビルドも、そんなに悪いものではない……というか、そもそも由貴くん(たち)は、フルスクラッチのオリジナルを作れない存在だったのだ、ということを思えば、ちょっと悲しくなってしまうのです。
それは、未だにフルスクラッチ(完全オリジナル)がなかなか作れない、残響自身についても思うのですが。
なんちゅうか、由貴くんのミキシングビルドは、最終的に「これをめっちゃ作りたいんだ!この精神性でもって貫徹するんだ!」という、ピグマリオンの矜持みたいなものが、希薄だったことは、確かに、です。
「まどろみ」で処理してしまった。Sekさんはそのあたりを非難されるのでしょうか。その観点は、ぼくも「うーん、確かにそうかもな」と思えます。



しかし、Sekさんはアリスが大好きやで……。まさかここまでアリスにずっぽし、とは思ってませんでした、Sekさんのレビュー。
ぼくは枢に結構ずっぽしになってしまったのですが、それは……まあ女子力がねじくれて高いという、男の娘特有の妖しさにアテられてしまったのですがw
で、Sekさんは……やっぱ貴方は闇への親近性があるのかなぁ……ちうか、アリスに即して考えてみたら、「ギラギラ」性、というか。ギラついた闇の煌き(黒曜石のような)、それを楽しむことが出来る、という……。
なかなかこの観点は、自分にはなくて、ここまでアリスについて深く考察され、深く萌えておられる姿、というのは、見ることが貴重でしたんで、自分にとっても、得るところ多かったレビューです。

今回も、また長くなってしまいました。小宮の話しすぎたw
また、何か拾っていただければ、幸いです。
2016年05月29日11時02分19秒

 お久しぶりです。

 おかげさまで、ぢぬしライフからは抜けだし、いつもどおりの小作人ライフを送っています。実を申しますと、あの感想文そのものは、ひととおり身の回りを落ち着けてから書いたものでした。せわしない日々に追われ、これは条件ばっちりと『相思相愛ロリータ』へ逃避したまでは良かったのです。ところが、せわしなく感想を書き起こしてみると、いちゃもんつけるマシーンSek8483と化してしまいまして。
{
クンデラ「キッチュもねぇ!」
 エズミ「汚辱もねぇ!」
ニーチェ「えーごーかいきも何にもねぇっ!」
}
こんな調子でした。やはり自身の手だけはいつでも綺麗に冷たくしておかないと、心にこみ上げる汚辱を文章にしたためてみても、人様に見せたいものは仕上がらないなぁと思いました。本編にならい、ぐっすり寝かせたあとに書き直したのが今のかたちとなります。

 残響さんも、どうかご自愛くださいませ。


 では、本題。
 『駄作』感想は、読ませていただいておりました。自己表現によく着目しているのが、ちょうど美術テーマのエロゲを終わらせたばかりのわたしにとって、ひときわ考えさせるものでして。さらには、レスにおける「ミキシングビルド」の観点も、残響さんならではの実感をそなえた『駄作』の姿であり、とても興味をそそるお話です。

 なのですが、ミキシングビルドを焦点にしてお互いの評価を見比べるとき、どうも残響さんとはそもそもの前提が別となっているようにも思えます。残響さんの、ミキシングビルドおよび最終ルートについての記述がこちらですね。
>>
いい意味では、それは彼女たちに対する愛情、友愛の精神ですし。
悪い意味では、各ルートで得た「傑作」としての彼女たちの形を、バラしてしまって、短絡的にくっつけた、という意味でもあります。
<<
それに対して、わたしは由貴のあのミキシングビルドこそが、各個別ルートと最終ルートをつなげて並立させる鍵であると考えています。わたしは感想で、このように最終ルートを評しました。
>>
 そのような一瞬の輝きを見たあとには、最終ルートで「みんな仲良く」の願いが叶ったありようは、美談にもなりゃしない、なんとも情けない話にも思えるのです。ある意味では、ヒロインたちがひとりひとり理想を彫り出していった、その削りかすをかき集めたようなシロモノです。
<<
この理想を彫り出したときの削りかすというのが、枢の男根、華愛美の手足、そまりの乳房です。それぞれ、枢が捨てたかった自分の男性 (暴力性) であったり、華愛美が捨てたかった人を傷つけうる能動性だったり、そまりが捨てたかった「奪われるだけの女性」なるものを象徴する部位。
 ですので、それらの "要らなくなったパーツ" を取り外し、集めて、組み合わせた由貴の行いこそが、個別ルートと最終ルートをきれいに両立させる鍵の片方になっている。そのように、わたしには見えております。鍵のもう片方となるのが、個別ルートで明かされた枢たちの理想です。そのプレイ体験を経て、彼女たちの理想に沿った形で「バラして」たのが了解されてはじめて、最終ルートはアンロックされる。私たちの理解などは望まずただ理想を彫刻していた個別ルートと、その彫刻した削りかすの部分をもって成り立ち私たちの共感を欲した最終ルートが両立します。
>>
【枢】「嬉しいなあ!! 今まで生きてきた中で一番嬉しいっ!!」
【枢】「こんな喜び、もう二度と味わえないよっ!! 私の人生、最高だったっ!!」
由貴くんが股間を往復させるたびに、私の脳漿が火花のように舞い散る。
少しずつ、でも確実に失われていく。私の全てが。
全く怖くない。
この歓喜、誰かに理解されてたまるか。
<<
 シナリオ構造としては、(ミキシングビルドを行うにあたり) パーツの過不足は起こっておらず、いずれかの肯定がもう一方の否定になることもないように考えます。むしろ『駄作』全体をひとつの作品として矛盾なく受け取りたいがゆえに、最終ルートを、個別ルートで削った部分の集まりとして、わたしは見なすことにしました。

>>
なんというか、各ルートをそれぞれ「彫刻していった末の美」と捉えれば、それをバラすなんて!というのは、まさに「駄作」に堕ちてしまった、中途半端なもの、としてしか写らないかもしれません。
おそらくSekさんは、このあたりで、由貴くんのミキシングビルドが「つまらない」お見受けされたのでしょうか?
いや、手法にこだわるのは、モデラ見習いとしてのぼくの、悪い見方かもしれません。単純に、由貴くんの作ったミキシングビルドの「アリス空間」が、そもそもつまらないものだった、というところだったのでしょうか?
<<
よって、こちらへのわたしの回答は、後者寄りとなります。ミキシングビルドの手法をつまらないと感じたというよりも、個別ルートの彼女たちに感動した "その後" では、最終ルートの「アリス空間」のありようが単純に気に食わなかったのです。

 アリスを口汚く罵ったのはレトリックであって、『駄作』感想において「好き」と言葉にするならば、クロエの流儀を真似てみたいと思ってのことでした。しかしながら、枢のちんこの件については、普通にブチ切れていまして。それは枢ルートにおいて、どんなに猛り狂ったとしても、由貴の穴を「普通」に使うことを彼女が断固としてしなかったからこそでした。CV柚木サチの優しく泡立つような声づかいも合わさって、女の子であることを最後まで貫くその姿に感じ入りました。それが最終ルートで「た、たまにはこうやって、メス穴にちんぽ挿れるのもありだよねっ……ふへぇっ!」となるのは、ちょっと勘弁なのです。個別ルートを真逆にしてみて、最終ルートにずっぽし差し込んでしまうような短絡的なくっつけ方は、あまりに乱暴だと感じました。
 そこでいったん反感をもつと、そまりが微妙に人当たり良くされているあたりにも違和感が出てきまして。「みんな仲良く」とかに我慢できる子ではないはずなんです。彼女は、まだまだうんこひれるはずなんですよと、そんなふうに悶々としていたところに、納得できないラストシーンがきてしまったのです。リアリティについて話をはじめた動機、そのもとになったわたしの拒絶反応というのが、この最終ルートのまとめ方に対してのものでした。
>>
【そまり】「普通じゃねーですよ、そまり達は……。きっとこんなところ誰かに見られたら、気持ち悪がられるんでしょうね……」
  【枢】「ふふっ……案外、私達みたいな駄作を愛してくれる人も多いかもしれないよ? こうやってさ、身を寄せあって、慰め合ってる姿に興奮するような人間…………」
だとしたら――
 【由貴】「――そんな人間も、僕達と同じ駄作だね……」
<<
そんな簡単なくくりで、わたしをはじめ、『駄作』プレイヤーの多くを十把一絡げにここに加えてしまって良いものかと思います。あまりにも "化け物" 同士の相互理解に楽天的すぎるから、ちょっとその話には乗れない。わたしはごく平凡な人間ですから、したがって、自分のなかの "化け物" を目にする機会もままあります。なので彼女たちにいくらかの親近感もあって、その幸せはわりと素直に喜べる。ですが、向こう岸にあったその幸せを、いきなりこちら側にまでお裾分けされても、それはノーセンキューでした。


 さて。
 わたしの理屈としては以上のようになります。ただ、残響さんがおっしゃるところの要点は、さきほどのパズルじみた理屈などではないような気もしまして。ミキシングビルドによる見方はなんとも魅力的ですね。

 お話を伺っているうち、ちょっとプレイ当時を思い出すところがございました。
 一周目で猟奇殺人をするときの、そまりのおっぱいを削り取っていくシーン。あそこでわたしは、"アリスの誕生日プレゼント" という物語的意味は飲み込めたものの、いまひとつ腑に落ちきってない感触もあって。そこでふと思ったのは、ヒロインのおっぱいを大きくしたり小さくしたりといったキャラメイク作業にもっと親しんでいたなら、もっと由貴の情念に近づいて、より面白き感情が引き起こされていたかもということ。例えば『Sexyビーチ プレミアムリゾート』とか、『カスタムメイド3D2』とかいったタイトルでなされるような、ヒロインの身体を自由に造形していく行い。そういった実際の経験をくり返して、"手続き記憶" をより蓄えていたなら、あれらのキャラを切り刻むシーンにはいっそう興奮できたのかなぁとか想像しておりました。

 そのようなわたしのプレイ感と、残響さんの言うことを考え合わせたとき、キャラの造形をすることについての経験の違いは分水嶺になったのかもと思うのです。わたしはピグマリオンの神話やヒロインの肉体への「彫刻」について話しながらも、基本的に比喩的なエピソードとして頭でばかり語っていたのですが、残響さんはモデラーとしての手で覚えている感覚でもって「アリス創造」を語っていらして。ひいては、ご自身の感想でも「自己表現」となる小説や音楽や絵へと話を着地させていらっしゃるのが、エロスケ感想のなかでも特有な観点かと思います。そのあたりの残響さんには多くてわたしには少なかった、ものづくりへの愛着とか、実際の経験の差というのが「アリス創造」の見え方を変えて、転じては最終ルートへの読感を分かつことになったのかもしれないと思いました。
 できれば、それぞれの身体の部位にまつわるエピソードとか思い入れが彼女たちの口からもっと語られていたならば、わたしをはじめプレイヤー一般にも由貴のミキシングビルドがより共感しやすかったかもとは思います。しかし、そこで共感を求めたとたん『駄作』のそもそもの骨組みが崩れてしまいそうですし、悩ましいものですね。


 さてさて。
 P.K.ディックの黒髪ヒロインもそうですが、ねじくれ少女・裏切り少女とかは好物だったりします。たしか残響さんは、『恋×シンアイ彼女』も買っていらしたと思いますが、新島夕によるねじくれ少女・裏切り少女の描き方とかは、わたしの気持ちのそそり勃つものがあります。
 アリスなどはもう典型的ですね。『駄作』は、プレイヤーの感情移入をほとんど排しているのが長所でもあり短所でもありますが、アリス・クロエは、残響さんも書いておられるような合わせ鏡となっていて、その間で無限に反射する空間の広がりを錯覚させた。そうしてキャラ内面の薄っぺらさにも関わらず話をよく展開できたゆえ、シナリオとしては頭ひとつ抜けていたように思います。アリスのキャラは、あまり人気なかったようですけどww

 わたしの場合、小宮裕太の「ウソ輪姦マネージャー話」とかも問題なくイケる口でして。なにやら複雑な文脈がファンの中ではあったのでしょうか。なんにしても、やはり「アブナくも、しかし安心」というバランス感覚が絶妙ですよね。小宮ヒロインズには、リアル夜道で出会ったら普通にビビって逃げたくなるオーラをまとっている子が多いですし。なんというか、物語のなかでしか存在しえない儚さと美しさをもっている子が多くて、しかし、その線の細さをガラスの器に充填させた幸せな気体 (アブナい) でもって永久保存しちゃっているような。向こう側にしかない幸せを、堂々と、真剣な顔をして語ってくれる作者さんというか。そういった点では案外と、『駄作』が向こう側の物語に (リアリティのない理想気体みたいな有り様に) 徹したのとは類似するのかもしれません。
 それにしても、怒涛の小宮ラッシュに、すっごい浅い愛好者であるわたしはたじたじですww エロ漫画自体にそれほど詳しくもなくて。エロゲから離れていた二年ほどの間に読んでいた感じなので、完全に心をもっていかれたのは小宮裕太の「沢渡さん」であったり、宮居史伎「ホログラフィ・スカイ」であったりとほんの数点くらい……って! 今しがた、宮居史伎のつづりがあやふやで検索したら、ブログに「活動を休止しておりましたが、この度執筆活動を再開させて頂きました。」とか三年ぶりの更新がされておりまして。以前に残響さんが、小宮裕太の件で狂喜乱舞していた気持ちが今わたしちょっとわかった気がします。良かった。

 宮居史伎「ホログラフィ・スカイ」は、銀の髪、銀の瞳、折れそうな身体の女の子の春を買ったはずが、いつの間にか絵の描き方を教えているといったストーリー。あまりにも綺麗すぎて救いようがなくて騙されたくなる雰囲気のお話でした。
 わたしは、いわゆる不幸萌えをこじらせてるきらいがありまして。例えば鹿島と聞けば、もとみやみつき描く、報われない鹿島しか思い浮かばなかったりします。鹿島さんは人の願望を映す鏡なのでしょうかね。いやそも提督になったことがないので、鹿島にどの程度のアイデンティティが保たれてるのかとかも知らないのですが。
 ともあれ不幸萌え気味のわたしとしては、幸せなイチャラブを志向する残響さんと話が合うのがいつも不思議ではあります。「幸福と不幸とは何が違うのでしょうか?」……というのは、つい先日からわたしが感想を書きはじめた『サクラノ詩』のテーマです。ちなみにここにも、わたしの心の琴線を引っかけていった子がおりまして、ひょっこり裏切っていくやり口が可愛すぎでした。まだ下書きなのですけど、「いったい何様」とか「ざまあみろ」とか、すでに彼女への愛情があふれそうになっております。
 それはさておき、天才と凡人の何が違うのかといったテーマもからまった作品であり、名があがるのもゴッホ、ゴーギャン、中原中也、宮沢賢治などなどの、なんか人間的に大変すぎるお歴々でございまして芸術がつらい。その感想文を書きはじめた折でしたから、残響さんの『駄作』感想とモデラーとしての見方には、なんだか妙にタイムリーに考えさせられるものがありました。


 さてさてさて。
 実は、わたしの父はスケールモデルの人でして。積んどくモデラーです。
 かつて、ご幼少のみぎりにわたしは言ったものです。「まったくお父さんは、中身スカスカでかさばる箱をなんだって部屋いっぱいに積んでおくんだろう? どうせ仕事とかで、買ってもやる暇ないくせに。地震きたらどうすんだよもう。ちょっと考えなしだよなぁ」ご聡明にも正論たてあそばれまして。……黙れコワッパ。たとえ中身がスカスカの箱だろうが、人にはそれを積まねばならぬときがあるのだ。

 そんなふうに、プラモデルの箱の峡谷のなか遊んでいたものですけど、わたしは、まっっったく興味を示さずに育ちました。ただちょっとしたきっかけがあり、今年の正月に帰省したときに、父が積んでるやつをひとつ貰って作ってみまして。姪っ子に連れられてスターウォーズの新しいやつ観てきたところだったので、作中の二足歩行機械AT-STにしました。
 ほぼ初めての経験でしたけど、パーツを切り離してゲートのところを処理しているとき、ナイフを動かしているうち無心になっていくのが何とも心地よいですねぇ、あの作業。普段づかいで酷使している脳みその部位が休まって、そこのしわをベロ~ンといったん伸ばす感じにほぐれまして。手先作業がダメなわたしなので、綺麗に削りきるのはけっこう難しかったのですけど、色々と忘れて没頭できました。あと、ガンプラとかでも多色成形部品とかが近年はすごいのですねー。金型とかもうどんな工程になってんだよという感じ。色々と面白いものですね模型。

 ちなみに実家から帰るとき、駅まで送ってもらう車のなかで父がやにわに口を開きまして。
{
「しかしなんで、急に模型やってみる気になったんだ?」
「あぁ、いや、なんか最近ネットで話した人が模型やってて、なんとなく」
「そうか」
「そう」
「……」
「……」
「……あー、礼を言っといてください」
「え? あ、はい、わかりました」
}
みたいな会話になりまして。そういったわけでして、なんと言いますか、どうもありがとうございました残響さん。

 それでは。また。
2016年05月30日23時58分57秒

長文感想へのレスを書くには
 ・ユーザーIDを有している
 ・COOKIEが有効である
 ・COOKIEを有効にした状態でログインしたことがある
 ・5つ以上一言コメントを書いている
 ・長文感想を書いたユーザーが長文感想へのレスを許可している
の5つの条件を満たしている必要があります。

コメントデータ

このコメントはだいたい1921回くらい参照されています。

このコメントは1人の方に投票されています。