マルセルさんの「VenusBlood -GAIA-」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

「2割増しの面白さ」という公式コメントは良くも悪くもその通り。良い面から言えば、九尾お得意のゲーム性は順調に5割ほど進化している。前作まではほぼゼロだった戦術性、VBAでは全く生かし切れていなかったタワーディフェンスも大幅に改善され、前作から引き継いだエンカウントバトルをさらに奥深いものにしている。編成を組むだけで軽く一時間ぐらい経ってしまう「レギオン」の組み合わせや、ノーマル難易度でもハードクラスに難しいのだが、良く考えれば出口は見つかるゲームバランスの妙も相変わらずだ。とはいえ、シナリオテキスト全般は7割パワーダウンといっても大袈裟ではあるまい。たぶんVBシリーズにおいて最低の出来であり、いろいろと文句はあるが端的にシナリオもテキストも薄っぺら過ぎ、また前述のレギオン関係もキャラと物語の印象の薄さに拍車を掛けている。天は九尾にあくまで二物を与えないつもりか。ふたなりはたくさんあるのに。
「終わりよければ全てよし」という言葉があるが、よくよく考えると、これはゲームにおいてはなかなか通用にしにくい諺だとおもう。なるほど、小説や音楽や映画と言ったフィクションならそれは概ね適用できるかも知れない。
その作品がどのようなものであろうと、それらの作品においては媒体の宿命において概ね「始まり」と「終わり」が明確に存在しており、そしてその「始まりと終わりを持つ」という構造を概ねそれらのフィクションは活用して、
何らかの構造体を作り出しているのだから、その「終わりに感動できる」だの「終わりがスッキリする」だの「いろいろと考えさせれる」といった感慨を引き起こす「終わり」は作品として優秀であるという議論は妥当正を持つだろう。
(まぁアイロニックに言えば「終わりだけ盛り上がれば、読者は勝手にそこに人生観やらいろいろ盛り込んで満足できるので、そこだけキッチリ書けば高評価は得られる」と言うこともできるかもしれないが……)

とはいえ、ゲームというのは、基本的に「終わり」を持たないメディアである。もっと言えば、紙芝居エロゲでは無いゲーム性のあるゲームというのは、たとえその「物語シナリオ」を全部読んだとしても、
「やりこみ」やら「超難易度に挑戦」というものが原理的には無限に、まぁそこまで原理的に言わなくても、「物語シナリオのような明確な終わりを持たない」とは言えるだろう。
或いは、こうも言い換えても言い。ゲーム性のあるゲームは「物語シナリオの終わり」とは別の継続性を持つ、または「物語シナリオ」と「ゲーム性」はそこで全く別個のものに分解されると。
むろん、以上のような議論はやや極論めいたところがある。実際の作品においては、確かに「物語シナリオの終わり」と「ゲーム性」はそれなりに分化するが、周回ルートのシナリオ分岐や、
また無数の個別シナリオのコンプリート等々で、本筋とは離れたかたちでゲーム性と物語世界はそれなりに薄く繋がっているものではある。しかし、九尾作品においてこの極論はかなりの精度で一致するのだ。

いや、九尾作品は「ゲーム性と物語が分化されて、まるで別々のものに感じてしまう」というのは、半分くらいしか当たっていない。なにしろ通常の九尾作品なら2周目ぐらいまでは、
物語世界とゲーム性がそれなりに繋がっているし、今作も一周目の半分くらいまではそれが感じられるからだ。実際のところ、今作も一周目半ば辺りまでは、これは九尾作品に大抵感じることではあるが、
「これはもしかしたら、九尾作品の最高傑作では……」とは思ったものであるし、このような作品に「物語世界なんて糞食らえ!ひたすらやり込み要素があれば良いんだよ!」とか言うタイプの御仁だったら、
まぁ「それじゃあ永遠にやり込めるソシャゲーでやっていれば?」とは一言嫌味を言いたくなるものの、今作が単純なゲーム性に関してはVB最高傑作であるとは認めても良いだろう。


今作は基本的にVBAのタワーディフェンスゲーム性を元にしつつ、そこにVBFのエンカウントバトルを引き継いだものと言えようか。まぁ正確にはVBAからエンカウントバトルはあったんだけど、
アレがまともに動くようになったのはVBFからだと僕は思うので、こういう言い方をしている。元から言えば「VBAの正式発展版」と言うことも可能であろう。
VBAのタワーディフェンスやエンカウントバトルがあまり機能していなかった理由はなにか。いろいろと詳細な理由を知りたい人はVBAのレビューでも漁って欲しいわけだが、一言で言えば


「敵がどのように動くが解らず、また味方がどこで敵を排撃するのか設定できないために、敵を待ち受けて罠を貼ったり有利な場所で殲滅するというタワーディフェンスの基本が楽しめない」


ということであった。こうなってくると、基本的には生産部屋を奥深くに作り、あとは進行速度を弱める牢屋なりで全部屋を埋めて、エンカウント部隊が運良くマッチする敵とあって上手く殲滅することを願うしか無い。
マクロな戦略的には生産と防衛のバランスを楽しむ迷宮構築が単調にならざるを得ず、ミクロな戦術的には敵を有利な場所に誘導したり、有利な部隊にぶつけたりすることが出来ないので、どちらも面白くなかったわけだ。
VBFのエンカウントバトルが比較的上手く言ったのは、まずマクロなMAP戦略をあんま考える必要が無いのでその分のマイナスがないと言うのもあるが、
ミクロな戦術においては、エンカウントバトルを「防衛」だけではなくて「攻撃」にも使え、VBAと違って敵にどの部隊を当てるのかそれなりに判断できたからだ。

今作VBGはそのVBAの弱点を激的に……というかまぁ普通に考えられるように改善し、VBFの攻めにも守りにも使えるエンカウントバトルを「レギオンバトル」とミックスさせ巧妙に埋め込んだ。
まず敵がどこから侵入し、どのように動くかが可視化され(VBAはそこが分からなかったのである!)、敵の動きもある程度は予想できるようになった。
そして、味方部隊をMAPの部屋に置くかを指定することができ、敵と部隊はちゃんとその部屋でバトルをするようになった。おおっ、類人猿が始めて床オナをするかの如き超進化ではあるまいかっ!
VBAに対する嫌味はそこまでにしておくとして、これでようやく普通のタワーディエンスゲーぐらいのレベルにはなったと思う。まぁ細かく言えば、敵を特定の部屋に誘き出したり嵌めるようなことはあまり出来ないし、
敵も殲滅部隊と部屋破壊部隊できっちり別れすぎるし、初回またはノーマル難易度では1~2回で敵を防ぎ下で生産ってパターンがデフォだとか、いろいろとケチをつけるところはそれなりにはあるんだが、
まぁ12部隊もの大量のユニットを、こいつはこの部屋に配置して敵を足止めてアタックでぶっ殺し、氷属性で固めたこの部隊は敵の火部隊にぶつけてぶっ殺しとか運用できるだけで、最低限の楽しさは保てているとおもう。

そこにVBFからのエンカウントバトルとレギオンバトルを組み合わせ、ようやく「普通のタワーディフェンスゲーとは違ったオリジナルな楽しみがある」に近づく感じだろうか。
VBFのエンカウントバトルを使うというのは、敵の部隊に対する「攻撃」にもそれが使えるということだが、これと「レギオンバトル」とタワーディエンスのゲーム性は密接に絡んでいる。
ここらへんを説明するのは結構マンドクサイのないだが、一応やってみよう。
まずレギオンバトルから説明すると、これは複数の部隊を「一回のバトルで纏めて使う」バトルのことである。言うまでもないかもしれないが、誤解されても困るので補足すると、
「一つの部隊」とは「複数のユニットの集まり」のことであり、最大で6個のユニットを一つの部隊に入れることができ、一つの部屋には敵・味方それぞれ三部隊を投入できるので、
最大で6部隊同士、ユニット数で言うと36ユニットのバトルを行うことになるわけだ。そして、このレギオンバトルの規模をどうするかは、敵、味方それぞれが「微妙に決定出来る」ようになっているのがミソだ。
味方の「防衛」の場合には、予めどの規模でバトルを行うか、つまり何部隊をバトルで使うかを「一律」でしか設定できない。ここらへんの説明が非常に面倒くさいのだが、
まず「味方が部屋に1部隊しかいない」場合「3部隊を使う」と設定しても、そりゃ味方はその部屋に1部隊しかいないので「味方は1部隊しかバトルに参加しない」のは当たり前の話だと思われようが、
敵がもしも「3部隊いた場合」には「こちらが3部隊を使う」と設定している限り、必ず「味方1部隊と敵3部隊」との戦いになる。こういう回りくどい説明をしているのは、
こちらが「1部隊を使う」という設定をしていても、敵AIが「3部隊を使う」という設定をしている場合には、先と同じように「味方1部隊と敵3部隊」との戦いになるからである。

当然のことながら「味方1部隊と敵3部隊」では、ミクロの戦いのレベルでは圧倒的に敵の方が有利ではある。しかしマクロな戦略で逆に考えると、もし1部隊で敵の3部隊を倒すことが出来たなら、
他の合計12部隊いるうちの11部隊は他の部屋に配置できるので戦術レベルでは優位に立てるという考えもある。基本的に敵は三部隊で攻めてくることが多いので、1部隊で3部隊のレギオンバトルを制すれば、
1部隊で敵の三部隊を足止めすることが出来るわけだ。逆に、敵が1部隊で大量に攻めてくるときに、3部隊のレギオン設定を配置してしまったら、結果的に部隊を無駄に使って敵の侵入を許すことにもなる。
またミクロな部隊で圧倒的な戦力差があったとしても、迷宮をある程度破壊されることを引き替えに、敵の一師団を此方の三部隊でゆっくりとやっつけていくという戦略も考えられよう。
因みに此方の「攻撃」の場合には、防衛のレギオン設定とは関係なく自由にレギオンの設定を選ぶことが出来る(ただ味方1部隊で敵複数部隊を相手にしたい場合は、防衛レギオン設定を引き継ぐ必要があるが)し、
また一つの部屋にいる敵部隊に対して味方部隊の許す限りエンカウント攻撃を仕掛けることも出来る。まぁ殆どの部隊は味方部屋に配置していて、攻撃エンカウントに回す部隊機会というのは高難易度以外には少ないけれども、
あらゆる戦術の幅が広がったという意味ではこのレギオンとエンカウントバトルの組み合わせは、タワーディフェンスゲーに非常に上手く嵌まっているものだろう。

こうしたゲームシステムの進化で、具体的にVBシリーズのなにが変わったかというと、今までは「コール&都市増強」ぐらいのヒマ潰ししかやることがなかった味方ターンが、やることが増えて、
ちゃんと「戦略SLGをやっている」気分に慣れることである。これは非常に大きな変化だと僕は思う。部屋に全ての12部隊を投入するためには、1ターンでは足りないし、
また部隊を撤退させる場合にもターンポイントは消費する。ただ、此方の攻撃&攻撃エンカウントはゼロポイントでも出来る(=それを行うと強制的に此方のターンも終わるわけだが)ので、
部屋の増築と部隊の移動&攻撃をいろいろと調整しているだけで、他の戦略SLGエロゲと同じくらい……否、最近の戦略SLGエロゲの中では3本の指に入るくらいの面白さを味わうことが出来るわけだ。
VBシリーズは元々「部隊を移動させる」という観念が薄くて、MAP上の都市の価値は基本的には大して変わらず、防衛もAIがせめてきた場所に自動的に配置されると言った感じだったので、
いちいち部屋に部隊を移動させて待ち構える云々といった動作をやっているだけでまるで別ゲーの趣が感じられる。12部隊を運用するのはなかなかに面倒くさそうだと思われようが、
実際のバトルはエンカウントで自動で起こるからそれほどでもないし、レギオンを運用することを考えれば、基本的には6部隊の「まとまり」を運用する感覚に近いといえるだろう。
この点、普通の戦略SLGの面白さに「エンカウント+レギオンバトル」を組み入れることで、普通の戦略SLGでやったら激しくめんどくさそうな多部隊の運用をスムーズに楽しめるようになっているのは実に素晴らしい。

ただ、このゲームでいちばん「面白さ」を感じるのは、やっぱり「部隊の運用」ではなくて「部隊の編成」だろう。そもそも「6ユニット=1部隊*12部隊=72ユニット」を「ちゃんと全員使う」というあたり、
他のエロゲ否他の戦略SLGでもちょっと考えられないと言えるので、この面白さを伝えるのも他のゲームの比較というやり方では、ちょっとやりにくい。
とはいえ、それでも他のゲームとの比較で言えば、こうしたシステムのおかげで所謂「無駄スキル」の発生を抑えて、「効率スキル至上主義」も抑制される、ということは言えるだろう。
大抵の戦略SLGにおいて「あまりのユニット」が発生するのは、実際にそのゲーム上で「有効に使えるスキル」と「ユニット」が限られているからである。
例えば、ヘックス性の戦略SLGにおいては、たいてい「間接ユニット」が効果的で「直接攻撃ユニット」が余りがちになるのだが、それはまず「直接ユニットより間接ユニットのリスクが少ない」からであり、
次に「一つのヘックスには一つのユニットしかおけない」ために、離れたヘックスから敵を攻撃できる間接の方が効果的だからである。これを無くす為には、どうしたら良いのだろうか?
一つには、間接ユニットの数を元から減らし「直接ユニットを使わざるを得ない状況に置く」ということ。またはヘックス性のルールを変更して、一つのヘックスに「複数の直接ユニットを置いて攻撃できる」ようにするということ。

このVBGまたはVBFが多部隊編成で「やらせよう」としていることも、基本的にはそういうことだ。このVBGにも、あからさまに強いユニットやスキルが存在する。
「追加攻撃」または「必殺増加」または「範囲攻撃」または「遠隔攻撃」が出来るユニットが基本的に優遇される傾向があり、だいたいにおいて「無礼ダー」じゃなかった
ブレイダーやデストロイヤーがこれに相当し、序盤は兎角この手のユニットが活躍するわけだ。ただし、こんな風に「優良スキルユニット」をブレイダーやデストロイヤーを中心に集めていると、すぐに「職業別の制限枠」に引っ掛かる。
なので、必然的にブレイダーやデストロイヤー以外の、序盤はあまり旨味が見出しにくいガーダーやキャスターといった「なんだか使いにくそうな」ユニットを運用するように誘導されるわけだ。
この辺のゲームバランスは実に絶妙である。確かに序盤はルールを良く理解していないのにで、ガーダーやキャスターは使いにくいし、実際ルールをよく理解しても、
これらのユニットは装備やアルカナがある程度充実した段階になって、始めてその効率的な運用方法を発見させられることがおおい。ブレイダーやデストロイヤーが埋まり始めたころにはちょうどその頃なので、
「中盤ぐらいに新しいユニットの使い方を覚え始める」わけだ。これは基本「序盤の効率的プレイがずっと続く」ような戦略SLGが多い(VBもVBAまではそうだったが)なか珍しい存在と言える。

こうした部隊編成の妙もさることながら、全体的な難易度の絶妙さも相変わらず九尾は上手い。ぼくは基本どんなゲームでも「ノーマル」難易度が一周目においては、そのゲームの基準だと思っている人間で、
各種廃人ユーザーの「ヌルゲー」云々はあっさり無視しても良いとは思うが、ノーマル難易度で「ヌルくて一種の作業ゲーにしか思えないゲーム」に対しては「ハードをやれよ」云々と言うのは筋違いだと思っている。
だいたいノーマルでヌルイ作業ゲーにしか思えないバランス設定をしている時点で、仮にハードをやったとしても、それはアツイ作業ゲーにしかなっていない可能性は高い。ノーマルの作業が3倍増えただけみたいな話である。
この点、このVBGはノーマルでも「VBシリーズに慣れた人でも、多少ヤヴァイかなと序盤から何回か思わせる」程度には難しい場面を何度か作りながら、
しかしよくよく考えてやれば「詰んだ」り、「遠くからやり直す」ことはないという、初心者にも嵌まらせることができる上手い設計をしているとおもう。
具体例を挙げれば、どの章も基本的には2つの防衛MAPと最後の一つの攻撃MAPから成り立っている。防衛MAPのときは基本的に敵が最初から大勢せめてくるので(上手いコツを掴めば話は別だが)、
此方の部隊を新しく産んだり、装備を整えたりといった余裕が無く、ここらへんがこの作品独自の「難しさ」を形づくっているように思われるが、攻撃MAPのときは基本的に「あちら側からはせめてこない」ため、
此方の部隊を再編したり、また「次の章」に向けての対策を練ることも出来る。早い話、攻略中の章がキツかったら、前の章の攻撃MAPまで戻って、次の章に合わせた部隊編成をしておけば大抵なんとかなるわけだ。
まぁ僕も偉そうな事を言っているが、初回カオスルートのラスボスには多少絶望的な気持になったことを告白しておく。まさか最後の最後になって「敵単体だけを攻撃できる側面部隊が必要になる」とは夢には思わなかったもの。
すっかり殆どの部隊を「複数攻撃&範囲攻撃主流」のユニットで固めまくった所為で、一時は2章ぐらい前からやり直そうかと思ったくらいだもの(ローコスト雑兵ユニット部隊を2部隊作っていたのでそいつらに側面追加で助かったが!)


さて、これだけゲーム面をマンセーしたからには、伏線を這っておいたように、さぞ「シナリオ」は酷いものだろうと思われる方も多いだろうが……まぁ最終的には評価としては「ゲーム性に引き替えシナリオはイマイチ」で良いんだが、
そのシナリオの酷さつーのも「理解できない!」とか「面白くない!」とか「内容が詰まらなすぎる!」とか、そういうネガティブな感情を引きおこす類いのものでは無くて、単に「薄くて短い」という、そういう類いのものである。
うーん、VBシリーズで言えば、ヘル姉さんやドナルドだっけ?あの辺と戦ったあたりでエンドマークが出るような感じの長さであるし、ドナルドやヘル姉さんあたりの「サブ敵キャラがいない」各種VBシリーズを考えると分かりやすいかも。
取りあえず、基本はVBシリーズのお約束を踏まえつつ「異端の反逆者の主人公勢力VS正義の悪の帝国」に第三グループが徐々に絡んできてどうのこうの……といった感じで進んで行くんであるが、
これらの全ての勢力の登場人物自体も薄いし、その人間関係の絡みも薄いので、途中から「これは最早まだ登場していない第四グループ的な連中が登場し全てをひっくり返すのでは?」と期待してたらそのまま終わってしまったでゴザル。
まぁ最初にやったのがカオスルートだっていうのも悪かったかもしれないけどね。主人公が殆ど破壊神にそのまま乗ってヒロインを陵辱し、今の世界を破滅させてホムンクルス帝国を作り上げるってだけの話で、
なんの意外性もないし、お話のスケールも小さいしなぁ。最後の敵勢力もなんだか敵のロリコン博士の妄想計画を叩き潰すだけって話で、ホムンクルスだろうがウジ虫帝国だろうがどっちも一緒じゃんって感じしか起きなかったし。

まぁ本当に「薄くて短い」としか言いようがない話なので、これを別の角度から言うと、VBシリーズのお約束の物語を成立させるためには、やはりある程度の人間関係の濃さと、物語の長さが必要になると言うことだろう。
このVBGも今までのVBシリーズと同じように「各地に散らばったヒロインの国を制圧&調教しながら、正義の悪の帝国に立ち向かう」というシナリオを踏んでいる。別にこのお約束は言いのだが、
このVBGはその「ヒロインの国の制圧」と「正義の悪の帝国との戦い」が基本的に同じ「一章」分の扱いなのである。当然、後者の一章が長いとかそういうお話でも無く、むしろ帝国との戦いの方が短いと言える。
正直そりゃねぇだろwって感じではある。VBEでも帝国とのバトルは3章ぐらい掛けていたし、VBFでも2章ぐらいは掛かっていた。さらにこれらのシリーズでは「正規の帝国軍」の他に、
ゲリラ的に帝国のサブ敵キャラも襲いかかってくるので、こうしたイベントやバトルが何回も用意されているから、物語世界的にもゲームシステム的にも「悪の帝国との長い戦いが続いている」という印象を与えることが出来るのだ。
このVBGにも、アーシュというサブ敵キャラが何回か絡んでくるけど、途中で実際にバトルをやるのは1回だけだし、お話の中で絡んできても「影でこそこそ汚い真似をしていますわウフフ」ぐらいしかないからなぁ。
ネアやフィネガス、またはヨルムやフェンリルといったような、微妙に一つに纏まらないような敵勢力の複数のキャラがおらず、アーシュと婆さんバハムートがそれぞれ偉そうなことを喋っているだけなので、
そもそも「正義の悪の帝国」という存在感自体が非常に薄っぺらに感じてしまう。VBシリーズのこれまたお約束として、主人公またはその周辺の登場人物が、敵の帝国と何らかの事情が絡んでいるというのもあるが、
これも主人公が帝国に裏切られて、ミリアが今度は帝国を裏切ったってだけで、実質的に「最初の章」でこの手の因縁話は終わっているに等しく、あとは帝国の印象が薄いので単に薄っぺらな敵勢力以外のなにものにも感じない。

こうやって考えていくと、このVBGは「プロットの段階で欠陥があった」タイプだとおもう。まぁ実際の製作過程なんてユーザーには見えないものなので、あまり深入りするお話では無いのだが、
個々のシーンはそれなりに面白いテキストは賭けていると思うのだ。「最近の触手はこれだからダメなんだ!」とかね。ただ、それらの「繋がり」が非常に脆いというか、
こうやって全てのシナリオを終えたあとでも、良くも悪くも「このVBGという作品はどういう物語であったのか」こう全体的な印象が「薄いVBシリーズだったなぁ」以外に全く残っていない。
まぁ具体的に言えば、先の悪の帝国云々もそうだが、ヒロインたちの国のお話も「個々の章」とはそれなりに完成されていても、全体としての繋がりが弱すぎる。
基本的には後述する「W調教シナリオ」との関連もあってか、ヒロインとサブヒロイン(またはサブキャラ)とのお話を中心に語られながら、そこに国のお家事情が絡んでバトルが発生するような展開だ。
先にも言ったように、章単体としてはさほど問題は無い。その章で「ヒロインとサブヒロインの関係性」はそれなりにうまく書けているとおもう。だけど、それがこの作品の物語全体とどう関係するのか、
もっと言えば「正義の悪の帝国と第三者グループとの戦い」という大きな物語との関連性が非常に薄いわけだ。今までのVBシリーズは、大抵「いろいろな事情がありながら、主人公たちや帝国と戦うヒロインたち」と言う形で、
「帝国や主人公たちの戦い」という枠組みで、ヒロインの苦悩や感情を描きつつ、それが全体の戦争物語と何らかのかたちで繋がっていた。このVBGも基本的にはそうしたお約束を踏んでいるとは言えるが、
しかし今作は「ヒロインとサブヒロインの関係」に焦点を合わせすぎており、下世話な話をすれば二人のユリ話を見せつけさせながら、主人公サイドは関係なく自分たちの目的の為に戦っているというような気分になる。
VBDやEやFみたいに、主人公が明確に「ヒロインを犯す」という目的も今作は無いので、なんだか行きかがり上ある国に言ったら行きかがり上もめ事が起こって行きがかり上ヒロインたちは主人公に協力したりバトるみたいな感じで、
主人公とヒロインの関係性も薄ければ、ヒロインと全体の物語の簡易形状も薄いという、典型的なエロゲーとしてはかなり残念な結果に終わってしまっているわけだ。全く困ったプロットではないだろうか。

こうした「個々のイベントの全体的な繋がりの無さ」はエロや萌え方面までも及んでおり、正直なところ、このレベルではこの作品は「VBシリーズに全く相応しくない。なにか別のタイトルで売るべきだった」と言いたくなる出来だ。
今回のエロ方面の売りであった「W調教」とは何か? 「百合っぽかったり、姉弟相姦関係っぽいヒロインたちの絆を破壊し寝取るような調教展開」と一言で言いたくなるのだが、それも賞めすぎだろう。
まぁ基本的にはそういう展開なのは間違いない。大抵初めのうちは「妊娠出産に慣れるまで」のエロシーンが続いて、中ごろに「サブヒロインと同時調教し、二人の関係にヒビを入れて背徳感を煽ることで云々」のエロになり、
最後は二人纏めてイタダキマースと言う感じに進んでいくのだが、まぁこれがその通りに進めばそれはそれで嬉しがる人もいるだろうが、微妙に中途半端なのがこれまたキモチが悪い。
例えば、クルルとエルミンのケースである。この二人は微妙にシスコンブラコンの感情を持っており、主人公はそれを利用して二人のセックスを二人に見せ合って、お互いに嫉妬と背徳感の快楽に悶え行くわけだが、
その結末はなんか「結局ふたりとも素直になって仲良くセックスするようになりました」だからなぁ。いや、別にぼくはVBシリーズまで独占厨っぷりを発揮したいわけでもないのだが、とはいえ誰得なんですか?とは言いたくなる。
途中までは独占調教っぽくエロを進めたり、エルミンのメス奴隷化フラグを進めたりとかやっていて、まぁ今までのVBシリーズみたいに「結局トイレ奴隷になりました」ってオチになるならまだ話はわかるけど、
普通に姉弟が仲良くセックスするようになって喜んで母体化するようになりました!って展開で喜ぶ人ってどれだけいるんだろうかねぇ。エンドもダンスして精霊とセックスできるようになりました!って謎な展開だったし。

他ヒロインはそういうほのぼの寝取られ展開?は無いんだけど(輪姦は基本ありますが)、独占云々の弊害よりも、調教や個々のシーンがどうしても「ヒロインとサブヒロイン関係」のものが多くなりがちで、
肝心のヒロイン(サブヒロイン)と主人公の関係描写が弱くなりがち、という弊害の方が大きかったように思える。なにか「主人公のおかげでサブヒロインとヒロインがもっと仲良くなりました」って感じの展開が多く、
主人公に惚れたり、或いは主人公の鬼畜エロに嵌まったりするようなVBシリーズの「調教感覚」が非常に薄まったように思えるのは、ぼくがポテ腹だとか出産だとかに、あまり興味が無いからなのだろうか。
まぁ早い話、そういうことだという議論もあり得るだろう。VBAもそうだったけど、これはぼくの性癖云々だけで言うのではないが、少なくともVBAから一歩も進化していないこの出産エロのままじゃダメだとおもうのだ
その「進化」というのは、別に個々の出産エロシーンの出来や、アレな方向でのぶっ飛び度合いを言いたいのではない。その出来を言うなら、今作もまぁライターの諸氏に対して「お前を産んだお母さんも興奮するぞ」と言いたいレベルではある。
ぼくが問題としたいのは「悪墜ち」のVBシリーズに比べて、「出産」のVBシリーズは、「前/後」の変化のエロが非常に弱いと言うことである。悪墜ちなら、前と後でキャラ自体の性格が変化し、
エロも同じキャラで二つの違った味が楽しめるが、「出産」はそうではなく「出産に慣れた」または「ポテ腹奴隷」になった段階でもうオシマイではないか。それにしたところで、
「最終的に孕む」ならば調教ゲーのカタルシスを得られようが、最初からヒロインたちはボテ腹状態になるんであり、変化があるとしたら最終的に産卵奴隷母体になってぶっ壊れる程度の変化しないわけで。
悪堕ちなら、それぞれのキャラの異なった方面のアプローチを書き分けることが出来るが、出産は単に全キャラポテ腹奴隷になった時点で一応にぶっ壊れてしまう。調教ゲーにいちばん重要なキャラのエロによる変化が弱いのだ。

どうせこのVBGみたいに、かなりアレ方向に突っ走ったエロを書くぐらいであるのなら、いっそのことこの「出産VBシリーズ」のエロ変化は「人間→人外化」という方向に進むべきでは無いだろうか。
VBFのあの化け物化みたいに、調教ポイントが100を超えるとヒロインたちが所謂「モンむす化」してしまうのである。この「出産」VBシリーズは、製作者によると確か「VBシリーズの実験的な位置づけ」とか言っていたわけで、
今後はそっち方面に進むのも悪くはないだろう。別にVBシリーズの大多数の支持者は、今作も含めて別に「出産ネタ」だけで買っているわけでは無いだろうし、
どんなエロシーンを入れたところで、どうせ「ゲーム性は良かった」とか高評価されちゃうのだろうから、VBA系統は「出産」だけに拘る必要は特にないと思う。
今回で言えば、エルミのはもんむすっ娘に襲われるエロシチュとか結構良いし、キャミラのCGの出来を見る限り、ゲンタ氏は人外やもんむすっ娘でも意外な才能を発揮できそうな気がするんで。相変わらず竜っ娘のテリアも可愛かったけどなぁ!


さて、それじゃあ、今作は「ゲーム性は素晴らしいけど、シナリオはクソだった」と纏めれば良いのかというと、これまたそうだと言い切れないところが九尾作品の難しさである。
確かに他九尾作品と比べて今作はシナリオ部分が圧倒的にダメだと言うことは言えるので、そう言う意味では「今作はシナリオが一番駄目だった」とは言えるわけであるが、
但しそれで「シナリオ部分」と「ゲーム部分」を切り離して考え「じゃあ次はシナリオ部分を良くしよう」とする「だけ」では、たぶんこの作品の「シナリオまたはテキスト」部分のダメさは改善しないと思われる。
あるいは、こう言い換えても良いだろう。今作は単純なシナリオ部分もダメっぽいが、VBFから今作に続いてゲーム性を改善した「エンカウントバトル」や「レギオン」バトルが、予期せぬ形で物語世界の足を引っ張っていると。

ぼくは最初に「終わりよければ全てよし」がゲーム性のあるゲームではなかなか通用しにくいと書いた。それはそうしたゲームにおいては、たとえその作品の基本シナリオが終わったとしても、
ユーザーはやり込みプレイや「シナリオコンプ」以外の、純粋なゲーム攻略性を楽しむことになり、そのプレイの「終わり」は基本的に「シナリオの終わり」のように、作品が規定する明確な終わりを持たないからだ。
とは言っても、大半のその手のゲームにおいては、「本筋シナリオ」の他に「各種ミニイベント」やらが満載されており、ユーザーは本筋シナリオを終えて、純粋なゲーム攻略性を楽しんでいる間にも、
何らかの「各種ミニイベント」を通過する中で、ゲーム攻略性と作品の物語世界は何らかのかたちで繋がることになる。一例を挙げれば、最近のアリスはパッとしないねぇと思いつつも、ランスや大シリーズの「キャラクリ」がそうだろう。
そうした作品はまぁ基本複数ルートを持っていることが多く、なかなか「本筋シナリオをコンプにしにくい」と言うこともあるが、ゲーム攻略性と作品の物語世界が長く深く繋がっているので「攻略性もゲーム物語世界もなかなか終わらない」。

だけど、九尾作品は基本的に「攻略性」こそ、たぶんアリスゲー上に「やり込みがい」があるとは言えるが、物語世界に関しては、下手をすれば「一周すれば殆ど終わる」と言ってイイレベルである。
ギアドラはその点ちゃんと「ロウ」と「カオス」ルートに充分なシナリオ量が確保されていたし、物語内容もガラっと変わるので、そこらへんはかなりマシになったのかなぁと思わせたし、
伝統的にVBシリーズも「悪堕ち」という要素があるので、たとえ「ロウとカオス」のシナリオ量がそれぞれ少なかったとしても、ユーザーは「今度は全員悪堕ちで逝ってみよう」とか、
「いや、悪堕ちさせるのはロリだけにしよう」とかいろいろ自分で選択して、まぁ悪堕ちと善状態のテキスト差分というのはそんなに多くはないわけだが、そのような小さなミニイベントテキストだとしても、
それだけで周回ルートにおける「物語世界の変化」を楽しめたような気分になっていたのである。そう言う意味じゃ、九尾作品の「基本は本筋ルート一つだけで後はヤリコミゲー」と「悪堕ち変化」はそれなりに相性は良かったのだ。

但し、今作は先に書いたように、まず「悪堕ち」がなく周回毎のキャラ変化もとても少ないために、一周したら殆どのイベントはコンプできてしまう。確かに今作もロウとカオスがあるが、
この二つのルートも、基本的には「キャラの削減と増加」はあるとしても「キャラの変化」は全くなく、またシナリオ自体も他VB作品と比べて非常に薄い(なにしろ分岐後の個別イベントが無きに等しい!)ため、
これまた周回後のゲーム攻略性と物語世界の繋がりを維持するためには充分ではない……どころか、ロウとカオスによる物語やキャラの変化を楽しむレベルの機能すら満たしていないと言ってもイイ。
ハッキリ言って、このレベルではこの作品はVBシリーズの中でも最悪な出来であろう。大抵のVBシリーズもカオスルートの出来は悪いので、カオスを最後にしたら楽しめなかったと言う話ならまだ分かるのだが、
ぼくはロウルートを最後にやってもこんな感想なのだから。これはプロットの問題も多々あるが(ティティとか、ゲーム性に参加しないキャラが美味しい役目を持ちすぎているとおもう)、
基本的には前述のイベントの細かい変化差分が非常に少ない作りのために「分岐後までほぼ既読スキップで進んでしまい、分岐後にキャライベントやシナリオが極端に少ない」という理由が大きいと思われる。

ここまでは基本的には「シナリオまたはテキスト単体の問題」とはいえる。ここから先が「シナリオとゲーム性の関係性の問題」へと発展するところだ。
先ほど、ぼくはこのゲームの主にエンカウントバトルとレギオンバトルについてそれなりにマンセーしたと思うが、ただ、それは純粋な「戦略SLGゲーム性の面白さ」という観点からであって、
先のシステムが総合的にこのゲームにプラスを与えているか、マイナスを与えているかというふうに考えたら、差し引きで言えば「2割ほど面白くなった」とは言えるが、マイナスの面も充分考慮する必要がある。
そのマイナス面とは、端的に言って、先ほどのシステムの導入によって、全ての味方ユニットが「一部隊」以上の存在感を示すことが無くなり、作品内の主要登場人物である「武将ユニット」と、
「一般ユニット」の差異がほぼ消滅して、戦略SLGゲーム性における「主要登場人物=武将ユニット」のゲーム性における描写=行動が薄くなってしまった、と言うものである。
これをゲーム内の現象で一言で言うと「味方であれ敵であれ、大抵の武将ユニットはエンカウントバトルで片がついちゃうからねぇ」と言うことになるだろうか。
武将ユニットの最大の特徴である「フォース使用」は此方の「攻撃アタック」のみに限られ(まぁ敵の方はエンカウントでも使ってくるが)いくらレギオンバトルで三部隊を組んだとしても、
使えるフォースは1部隊分だけなので、多くの武将ユニットは活躍出来ない。また部屋を死守するためには、どのみち12部隊のうち10部隊を配置せざるを得ず、
配置した部隊は気軽にユニット編成を組むことは出来ず、またその部隊には「リーダー設定」やそのボーナスがあるため、一度編成した部隊を変えるのにはコストが掛かり、またそのメリットも多くない。
つまり、新しく「武将ユニット」が加わったとしても、その武将ユニットを使ってフォースバトルを仕掛けるような状況は極めて少なく、せいぜいのところ「優秀な一般ユニット」以上の印象は無くなってしまうのだ。

これはVBFにもある程度は言えたことであるが、まだVBFは少なくとも「此方からアタック(通常バトル)を仕掛けて都市を奪わないと前に進めない」という縛りがあったし、
比較的に編成もラクに行えたので、次々と要所要所に合わせて武将ユニットを通常バトルで運用する状況が多かった。でも、今回はバトルの半分以上がエンカウントバトルで占められているし、
下手をしたら敵将ですらエンカウントバトルで沈んでしまい「敵の必殺技セリフを聴く前にエンカウントで敵将死亡」なーんてことも珍しくなく、さらにぼくですらフォース台詞をほとんど聴いていない味方武将もいるくらいだ。
こうなってくると、VBDの地味子ですら、またそういうネタにされるだけ、このVBGの武将ユニットよりも存在感はあったのでは無いだろうか。
VBDからVBEに掛けては、基本的に「フォースバトル」と揶揄されることもあって、基本的には一般ユニットは如何に味方のフォースを高め必殺ワザをぶっ放すかに集約されているところがあって、
それもそれで弱点は合ったものの、しかし物語世界の主要登場人物が武将として戦略SLGゲーム性内でも充分に活躍し、キャラの印象を強めるという効果は有ったわけだ。
良く考えて頂きたい。このVBGのゲーム性において「池ポチャ女神」なんて素敵な二つ名が貰えそうな武将ユニットはいるだろうか?
アタック部隊が最終的にはトレハン特化してしまうという、VBF以降の悪癖も考えると、純粋に武将ユニットをゲーム内において普通に活躍させる普通の戦略SLGの面白さから、VBシリーズはドンドン離れているように思われる。

むろん、別にそういう「普通の戦略SLGの面白さ」に準ずる必要は無いと考えることも出来る。別に武将ユニットが一般ユニットと同じように扱ったところで構わないと逆張りしたくなる人もいるだろう。
しかし、少なくともこのVBGの段階では、その逆張りは単なる逆張り以上のものでは無いのも確かだ。何故なら、物語の方は相変わらず「武将ユニットが活躍し待って敵を倒しますた」な流れになっていて、
明らかに前述のゲーム内の展開と反している。武将ユニットを一般ユニットと同じように「あくまで部隊長として戦っています」な作品世界にしたいのだったら、シナリオやテキストの方もそれに準ずる必要があるだろうし、
またゲームシステムの方も少々変える必要があるだろう。もしもこのVBGのエンカウントバトルやレギオンバトルの方向性を伸ばして「多部隊を武将ユニットに中心にまとめ上げる」ような作品世界を作りたいのだったら、
結局のところアタック攻撃で1部隊しか使えない今のフォースシステムを変えて、例えばこのVBGで言えば、特定の部屋の範囲に適応出来るような「防衛フォース設定」とかを組み込んで武将の存在価値を別のモノにする必要があるだろう。
総合的に視て、純粋なゲーム性の観点から言えば、このVBGは「2割ほどは面白くなった」とはいえるけれども、まだまだ物語との兼ね合いのバランスで言えば非常に崩れた部分が多いし、
また今後のVBシリーズの発展から言っても大きな課題を残したままだとは言える。実際のところ、このVBGの方向性を伸ばすのであれば、VBEの基本システムから何らかの根本的な変化が必要になるだろうし、
またVBEのように武将がフォースを打ち合うようなバトルに戻したいのだったら、エンカウントバルトやレギオンバトルの方向性をある程度縮小せざるを得ないハズだ。そう言う意味で、今作は実に危ういバランスの上に立っている……


……とはいろいろとケチをつけてみたところで、九尾は他ゲーム性重視エロゲメーカーと比べて、驚くべきことに「毎回少しずつ良くなっている」わけだし、
今作VBGもいろいろと不満はあるとしても、こうも毎回毎回「新しい○○で良くなったけど、その結果××が悪くなった」ときちんと指摘できる作品を作っているというのは、
別に「エロゲ」という括りをしないで、洋ゲーやらコンシューマクラスと比較したとしても、もの凄い希有なメーカーだと言える。
さらに言えば、まだVBAとかVBEの時代にはアリスやエウもそこそこ元気だったから「九尾はエウやアリスに比べてどうのこうの」みたいな議論がそれなりに意味を持っていたけれども、
今や両方ともショボちん状態であり、消去法的に「ゲーム性重視エロゲは九尾に期待せざるを得ない」という時代になっているのは、些か複雑な気分ではある。

いや別にどこのメーカーがTOPだとか、そういうゲハ板的な煽りは別にどーでもいいのだが、ただそういう煽りが意味を持っていた時代にもそれなりの意味があったなぁという感じがしてきて、
それは「ゲーム性重視エロゲ」というジャンルが、エウからアリスからまぁ昔で言えばエルフも含めても良いけれども、メーカー独自の様々な色合いを持っていて、その競合において、
「もしかしたら今後すげぇ面白いエロゲが出てくるんじゃ無いだろうか?」というやや妄想気味な期待があったのだ。ところが、今はそういうのが相対的にだんだん薄れてきて、
結果的に「毎回少しずつ進化していく九尾が残った」というのは、ある意味では当たり前なんだろうし、ある意味ではなにか昔の無駄に盛り上がっていた時代が懐かしいように思える。
そんな中、このVBGのような作品が「シナリオはイマイチだけれども、ゲーム性は素晴らしいので高評価」なーんて意見を見ると、なるほどそれは概ね当たっているとは言えるのだが、
しかし「エロゲならではのやり方で、シナリオとゲーム性を融合させていた昔のアリスの名作やエルフの名作」を知る人間からしてみると、なにか重要なものが失われつつあるような気がしないでも無い。

まぁゲーム性重視エロゲに関しては、同人ゲーの方でも(どれもこれも小粒作品というのがやや残念であるが)多少は新しい動きがあるようだし、
一応来年にはアリスのランス新作が出る予定で、九尾も九尾で確かこのVBGとは別に、何か新しい方向性の作品を作っているというけーまる氏の言葉を見たような気がする。
さらに言えば、昨今の艦これブームがこのゲーム性重視エロゲにどんな影響を与えるのかも多少は気になるところだ。これは完璧な余談だから割と短めに済ませたいところであるが、
永遠にパラ上げと無限のミニイベントが続くソシャゲーは、その一部は少なくともゲーム性重視エロゲの「ヤリコミゲー」と多少は重なるところだけれども、
しかし普通のゲームが「何らかの終わりを持たざるを得ない」の限定性を持つと言う点で、やはりソシャゲーとは原理的に異なるところが有るわけだ。
その普通のゲームが持つ限定性を何らかの形で生かし切れるゲーム性重視エロゲが出てくるか、それともソシャゲーブームに安易に乗っかるような作品が出てくるのか。
まぁぼくの予想としては後者の可能性がかなり高く、しかもその頃にはソシャゲーブームが終わって見向きもされねぇwという悲惨な結末すらも眼前に浮かべることが出来るわけだが、
それもそれで「ゲーム性重視エロゲ」の歴史の一コマとしてはありだろう。おお、海に墜ちます我らのワルニトニラよ! 群がるソシャゲーユーザーにゴキブリを、孤独なエロゲユーザーに貧乳を与え給わんことを!

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