マルセルさんの「イマコイ サキュバスと添い遂げるオレ!?」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

今までもエロゲにおいてはサキュバスキャラはわりと出ていたと思うが、その殆どは基本的に「純愛サキュバス」物語であり、エロシーンにおいても物語においても、主人公を性的に誘惑するようなエロや主人公が堕落したり籠絡されるようなエロシチュを描いたものは少なかった。そうして、まさにイマコイに「誘惑サキュバス」モノの古典と言える完成度を持った作品が誕生したのであーる。確かに今どきcdromかよって感じの低ボリュームであり、エロシーンも堕落分岐を含め各キャラ3回しかなく、個別ルートなんてものは10分足らず終わる基本廉価ゲームではあるね。しかしそれらのエロシーンはまさしく「いままで殆ど体験したことがなかった」ようなエロさに満ち溢れていて、今までの二次作品では叶えられなかった、サキュバスの尻尾で性器やらお尻やらにキス注射されまくった挙げ句あの柔らかい翼で優しく魂を抱きしめられながら闇で逝きたい人は特攻すべし!
・総CG枚数(差分無し)19枚 総回想数9枠

・キャラ別CG(エロCG)&回想数

ミウ 5枚 (5) 2回
メイ 5枚(4) 2回 
えま 5枚(5) 2回
藤村 2枚(2) 1回
4P 2枚 2回

(備考:但し初回ミウと初回メイと初回エマの初回4Pエロシーンは途中で、堕落分岐と勝利分岐に分岐し、それぞれエロシーンのテキストもかなり異なり分量もあるので、基本的には3回とカウントするのが妥当)

☆クリック数

簡単な説明:クリック数つーのは、既読スキップオン+テキスト速度ノーウェイト環境下で計った、ゲーム開始時から作品を終えるまで各シナリオ毎のクリックの合計回数のこと。

今回は廉価同人ゲしかも誘惑ゲーってこともあり、いつもと多少違うやり方で掲載。詳しくはしたの備考欄を参照。

ミウ堕落ルート805

メイ堕落ルート930

エマ堕落ルート812

4P堕落ルート1223

メイエンドルート569

ミウエンドルート447

エマエンドルート488

ハーレムエンドルート365

藤村おまけルート265

(備考:えーっとこのゲームの基本フラグ構造は、まず共通ルートでそれぞれのヒロインと会ってエッチするんですが、その際にサキュバスの誘惑に屈するという選択肢があって、
その選択肢を選ぶとそのサキュバスとの堕落ルートに入ります。それが上のデータにおける「堕落ルート」の意味。んでその誘惑を全てはね除けると、全ヒロインのなかから一人ヒロインを選ぶことになって、
それが上における「メイエンドルート」とかに当たるわけですな。本来だったら、最初から全ヒロインの誘惑をはね除け「共通ルート」のクリック数を確定してから、
残りの堕落ルートとエンドルートのクリ数を確定すべきだったんですが、この手のゲームをそんな事務的手続きでやってもつまんねーというか、ハイ、見事に初っ端から堕とされてしまいましたぁ!!!
だもんで、上の堕落ルートは、たぶん300クリックぐらい共通ルートが含まれると思うんですが、まぁその共通部分を含めてエロイ誘惑的なところがあるともいえるんで、ちょいゆるめの計測になっております)


・各キャラのHシーンのクリック数

計測したらまたサキュバスに誘惑されてレビューどころではないので計測不可能です……というのは半ば冗談でして、これも計測がメンドーなんですよね。基本的にはそれぞれ上の堕落ルートやらエンドルートのクリ数の半分くらいです。
エロ回想は主に一枚絵が表示されてからのシーンが回想されるのですが、誘惑シチュのエロさっていうのは、それ以前のサキュバスの甘いくどきもエロの重要なところであるので、回想シーンはそこらへんがカットされている恨みがあるもので。
そういうふうに考えると、1キャラあたり一回のエロシーンはだいたい300~500クリックぐらいかなぁと。

☆作品の大まかな評価。

簡単な説明:これはもうそのまんまですな。一応Z~SSSまでの評価基準が存在するらしいのですが、大抵はC~Aの間に収まっているようです。
「C」がだいたい「やってもやらなくても別にいいんじゃね」。「B」が「やればけっこう面白いんじゃね」。Aが「やってないヤツは人生つまないんじゃね」。
といったかんじになっております。あと「全体評価」っていうのは、その項目における「作品全体」から感じる何となく駄目だとかイイとかそういう評価です。
あと、これは当たり前すぎて却って説明しにくいものですけど、僕の定義による「シナリオ評価」ってヤツは「感動させなきゃダメ」とか「深いテーマが無きゃダメ」とか、
そういうヤツではなくて、基本的には「その作品が目指していると思われるものが、どれくらい達成されているか?」というような「完成度」評価に近いものかも知れません。
ですから、原理的には抜きゲであろうと萌えゲであろうとシナリオゲであろうとも、その作品が目指しているものが完成されていると判断すれば、シナリオ評価は高くなるって話です。

・シナリオ評価

ミウ   B-
メイ   B-
エマ   B-
全体評価 B-
   
・エロ評価

ミウ  A-
メイ  B+
エマ  A
全体評価 A-

・イチャラブ評価

ミウ   B-
メイ   B-
エマ   B-
全体評価 B-

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はじめに:えーっと、こんな短めのソフトにこんなに長文を書く必要もないだろ!と言われればまぁそうなんですが、今回の作品のような「責められ系」だの「誘惑ゲー」だの「ソフトM向け」だのといった作品は、
主に同人方面ではそれなりに知られている存在ではあるものの、商業方面では殆ど知られれていない存在であるので、そこらへんの歴史やら文脈やらに詳しくない人のために(1)の現状分析のようなものを書いておきました。
むろん「はぁ?そんなの常識じゃねーか。ネイティファスのふたなり淫語逆NTR音声作品ちょーたのしみ。CVはきっと丹下桜だぜ!ええっ?だって元祖フタなりキャラといったらメイズ爆(以下自主あかほり)」
と言う感じに、常に時計の針が一周回りすぎているような人は(2)から読んで下さいと。


(1)

もともと「○○属性」とか「××シチュ」というものはそういうものなんだけれども、こうした言葉が持っている意味は、なにか確固たる限定された「○○属性」や「××シチュ」というものを指そうとしているわけではなくて、
基本的に「○○属性」という言葉に含まれる複数の意味やその感覚に「近いもの」または「その周辺」の強いて言うなら「意味範囲」を含むもの全てを指そうとしている、ある程度は漠然とした言葉ではある。
「意味範囲」の「範囲」という言葉が一般的に示すように、その範囲の中にはその言葉が通常より多く理解されるような「中心点」もあるだろうし、辛うじてギリギリその言葉の意味範囲に含まれるような「境界線」もあるだろうし、
大多数の実用場面においては、その「中心点」と「境界線」または「周縁」のあいだぐらいの感覚を想定して使っているのだろう。一言で言えば、誰も「ツンデレ」のその純粋な中心点を措定できないが、「境界線」から外れることもないのである。

また、「○○属性」や「××シチュ」に言わば「補完用語」または「隣接用語」といった言葉を用いて、その「意味範囲の中心からずれた」りまたは「境界線にから少しずれた」ような対象や感覚を名指しすることもある。
そして、今回この作品の売りになっている、ライター氏お言葉を借りれば「責められ系」であり、またその界隈では「ソフトM」とか「男性受け」とか「誘惑スキー」とか「ラブラブ受け」また「オネシュタ」といった類種をしめす言葉は、
基本的には「M属性」の補完または隣接用語として用いられているのだろう。基本は「M属性」なり「Mシチュ」なんだけれども、その言葉の中心点が意味する「苦痛プレイ」であったり「羞恥心または罵倒プレイ」であったりする、
まあ基本的には肉体また精神(の尊厳)に対して苦痛を与えられてそれが快感へと変じるような「典型的なMシチュ」とは「異なっている」ことを、暗黙裏に語ろうとしているわけだ。
また、前述の「ソフトM」といった概念とは正反対の方向の「ハードすぎるM属性」というか、反対方向に逝きすぎてこれはもはやMとはちょっと言い難い「もんむす逆レイプ」だの「捕食シチュ」といったものも、
「もんむすくえすと」のヒットと、類種作品の増大から、たぶんエロ助だけしか見ていないような人でも目に付くようになっているだろう。「もんむす!」の場合は「捕食」と「誘惑」の二つの方向を持った作品だから一概には言いがたいのだが、
2013年の現状における「M属性」は、その中心点を為す典型的な「SM」の関係性から導き出されるMシチュエーションよりも、片一方においてはソフト方向に推し進めて「男性受け」または「誘惑スキー」といったものを演出するものと、
また片一方においては「もんむす!」の捕食シチュに代表されるような、苦痛どころか存在または肉体の消滅といったシチュに快感を覚えるハードMの極限方向までにエロが進んでいるように見受けられる。

ソフト方向にシフトするのであれ、ハード方向にシフトした作品であれ、両方共に共通するのは、それらの作品の良さやエロさを語るうえでは、今までのM属性の中心点を為していた「SM」モデルを前提としたM語りは、
いっけんそのまま使えるように見えて、実はあまり上手く逝かないということだ。典型的なM作品のM語りのモデルでは、前述したようにSに値する人物(多くはヒロインだ)が主人公に対して何らかの肉体的苦痛または精神的苦痛を、
「与えるというプレイ」または「基本的に様式化されたハードなプレイ」を通じて与えて、作内の主人公または作外のプレイヤーが快楽を得るという趣向になっている。ここで重要になってくるのは、
その肉体的「苦痛」または精神的「苦痛」の表現内容であり、前者においては例えばチンコ踏みだのアナル調教だのといった「変態的プレイ」の数々であり、後者においては「罵倒」や「嘲笑」といった尊厳の毀損が快楽に転化するわけだ。
しかし「男性受け」またはその反対の「もんむす捕食」の場合には、むろん作品によって多少のぶれはあるものの、この「(容認された)苦痛による快楽への転化」という要素が非常に薄い。もっと端的に言えば「苦痛」が無いと言ってさえいい。

たとえばまぁ「女性上位」というシチュエーションを考えてみよう。これはたぶん今までの中心的なM属性だったら、多かれ少なかれ「こんなクソ女または女性なんかに上に跨がれるのは非常に「屈辱だが然しそれが何故か気持ちイイ!」といったような、
前述の「屈辱(苦痛)だが快感である」モデルを再現するだろう。だけれども、昨今のソフトM作品においては、そのような屈辱を感じさせる描写は場合によってはなくはないのだが、しかしテキストの記述は圧倒的に表面的な快感が優っている。
もっと正確に言えば、そこでは主人公(受け)サイドの屈辱性の認識は弱く、または屈辱性が快感へと転化するプロットも弱く、基本的には責めサイドの快感を誘ったり快感を与えるような台詞や描写が支配的なのだ。
この点においては、先にも言ったように「ソフトM系」と「捕食シチュ系のハードすぎるM」は奇妙な一致を見せる。前者は圧倒的な責め側の快楽攻撃によって受け手は籠絡し、後者は責め側の異形な快楽によって受け手は捕食されるが、
両者において少なくとも作内のテキスト上においては受け手の苦痛または屈辱といった描写や要素は比較的少ないわけである。故に、このような作品に対し、今までのMゲーのように「肉体的苦痛または精神的苦痛」描写の質や量を評価したところで、
既存のMゲースキー以外にはさして意味の無い評価になってしまうわけだ。同じ「M」属性とは言え、その作品とその受容者が目指している快楽は、ほんの少しのズレであるが、しかしそのズレは以上のレベルで決定的に異なっているといえよう。

(ここで、ややアカデミックな方面から、例えばフロイトだのドゥルーズだのマゾッホだのを議論してその差異を語ることも可能だが、流石にそれは寄り道が深すぎるので別の場所に譲ろう。
短く説明するなら、既存の「苦痛が快楽を生む」系のマゾヒズムは、奇しくも(というか多分作り手は意識していたと思うが)既存Mゲの有名作である聖少女氏作の「DISCIPLINE」つまり規律訓練タイプのマゾヒズムである。
一方で、僕がここで語っているソフトMやら誘惑スキーだのいったマゾヒズムは、その規律訓練タイプのマゾヒズムと同じ時代に生まれており、一般的には両者のイメージを含めて「マゾヒズム」と称されるので分離は難しいのだが、
しかし「ロマン主義幻想的エロティズムマゾヒズム」とでも分けることは整理のために有益だろう。ここに置いては、女性イメージまたは性的妄想または性的快楽の強化が、絵画作品においては象徴主義一派のモローやロセッティのように、
神話上のエロいキャラクターや東洋(オリエンタリズム)のエロいキャラクターとして描かれ、文学作品においてはボードーレール、フローベル初期作、スワイバーン、そして「サロメ」のワイルドへに続くように、
死と頽廃と倦怠のイメージが神話的にエロい女性の姿となって描かれている。前者の規律訓練タイプのマゾヒズムにおいては「苦痛を与えるものとしての女性」に屈服することが美の快楽とされるわけだが、
後者のロマン主義的幻想エロマゾヒズムにおいては「異常な快楽を与えるものとしての女性」に屈服されたり籠絡されたりしたりそれらを描くことが美の快楽とされているわけだ。むろん、もっと詳細な議論が必要な話題ではあるが、
昨今において「もんむすっ娘」のブームと上記の「ソフトM嗜好」がほぼ同時期に盛り上がった理由を考える際に有益な視座を与えるものではあろう。幻想エロマゾヒズムにおいてなによりも好まれたのはそうしたスフィンクスたちだからだ。


こうした現象は基本的には様々なエロゲ問題――いや、二次元性癖全ての問題――に絡んでいるとは言える。それだとあまりに漠然としているので、ひとつのアプローチから切り込み口をいれておくと、
上記の「ソフトM」または「捕食シチュ」を代表するような作品が基本的に同人ゲーであり、またその多くが「同人音声作品」を以前は作っていたり、未だに作っていると言う事実はなかなかに興味深い。
むろんこれは「やっぱ同人ゲーは最先端を進んでいてチャレンジ精神があってかっくいい!」という話は1割ぐらいはあるとしても、それ以上に問題なのが、わりと端的な問題としての「ミクロなエロ表現の変化」といえるものだ。
同人音声作品であれ、また「もんむすくえすと!」であれ、その両者に共通する要素を抽出するのであれば、主人公の無化あるいは作内主人公を通したプレイヤーとの繋がりがより直接的なものになっていると言う感覚である。
同人音声作品の場合、最も典型的なのは「睡眠音声作品」だろうが、これらは複数の登場人物を前提とするドラマCDとは違って、直接的に「聴き手」に語りかける台本になっていたり、
また「作内の主人公(いや、単なる受け手人物と言ったほうが正しいのか)」を立てる場合にも、なにしろ基本的にはひとりの声優さんが主人公に最初から最後まで語りかけるという台本になっているので、物語というヴェールは徐々に剥ぎ取られる。
こうした音声作品の全てが前述のようなM関連作品というわけではないのだが、その音声作品という形式自体が前述のソフトM系作品と親和性があるのは事実だ。何故なら、まずどのような作品であれ聴き手は比較的長い時間を、
「ひとつの音声だけを集中して聴く」という非常に受動的な姿勢がある。但し、受動的=マゾヒズムではない。受動的な姿勢がマゾヒズムに転化するのは、責め側の能動性と受け手の受動性の関係において両者に暗黙または明示的な共犯関係が生まれ、
その共犯関係から受け手が性的快楽を生み出す場合に限定される。音声作品の共犯マゾヒズムを分析するのは非常に骨が折れるため、まぁここは割と簡単に、語り手=物語の登場人物であるひとりのボイスを全面的に信じるという形式そのものが、
共犯関係を生み快楽の主導権をボイスに委ねるマゾヒズムを生む、と説明しておこうか。その作品を基本的に受け入れるということは、その音声をそのまま受け止めるしかないので、他ジャンルよりも没入度が高くなるのだ。

とはいえ、こうしたマゾ作品における共犯関係を説明するのは、これは「もんむす」のエロRPGのほうが説明しやすいし、またこちらの方がどちらかと言えばエロ助内でもメジャーなほうな作品ではあるだろう。
「いや、もんむすってRPG(まぁRPG風ADVだけどw)だから基本能動的なジャンルじゃん。しかも主人公のルカ君は個性的だろ?」と反論なさる方は、そういつつも「でもワザとザコキャラに負けるのは気持ちイイ!」とおっきしてるハズだ。
作内における「能動的なゲーム性」と「個性的な主人公」という要素はまさにその通りではあるものの、しかしそれは「ユーザーの敗北シチュの快楽というマゾヒズム」を機能させるためにも奉仕している。
つまり「表面上は正統的なRPG」という形式が用意されていて、ユーザーはそこで「自分(ユーザー)の意思によって敗北を選ぶこと」が出来るし、そこでそのユーザーの自滅を誘うようなエロシーンやテキストが用意されているからこそ、
「(予め容認された)正統的なRPGという作内の物語枠内で、RPGの物語と形式を裏切るような(予め容認された)背徳的なエロシーンを作外のユーザーが楽しむ」というマゾヒズムの共犯関係が生まれるわけだ。

以上の議論を纏めると、伝統的なM属性からは少し離れていると思われる「責められ系」「ソフトM」「男性受け」「誘惑スキー」「ラブラブ受け」「オネシュタ」またはその反対の「もんむす捕食」と言った属性やらシチュエーションにおいて、
重要となるのは「受け側と責め側の(異なった)快感の強調」「共犯関係性の強調」「背徳性の強調」という三つの要素だと思われる。これら三つの要素のそれぞれの濃淡のバランスにおいて、前述の属性やらシチュが名指しされるのではないだろうか。
例えば、単に「男性受け」だけだったら、最初の「受け側と責め側の快感の強調」が強ければいいわけだ。「○○なキャラクターに絞りつくされちゃう~」といった同人音声に多い作品は大抵そんな感じではある。
「オタシュタ」の場合はそれに、「お姉さんとショタ」という共犯関係性が多少は導入され、「ラブラブ責め」だと一応ふたりは恋人同士またはそれに準ずるものだから「快感」と「共犯関係」が同時に立つわけだ。
「もんむす捕食」の場合は「快感」と「異形のモンスターに犯される」という「背徳性」が同時に強調されて、「誘惑スキー」の場合はこれら三つの要素が同時に入り混じり決定不能になる曖昧さから独自のエロスが生まれると言える。
むろん、実際の作品のありようとしては、たったひとつのシチュに限定できる作品もあれば、複数のシチュや属性を同時に兼ね備えているというか、その複数のシチュが+ではなく×の関係で成り立っている強力な作品もある。
「もんむすクエスト」の場合は、基本的にエロシーン単体としては「もんむす捕食」だの「もんむすによるハードレイプ」だったりするわけだが、そのエロシーンの導入である「エロRPGバトル」は基本的には、
RPGの形式を用いてユーザーをメタレベルでの共犯関係を結ぼうとしている「誘惑スキー」の属性やらシチュが機能していると言ってもイイだろう。ご覧のように、実際の作品のエロのありようはそう大まかには纏めることが出来ないものの、
この三つ要素はこれらの、強いて言えば苦痛よりも快楽性がより強調されるという意味での「エロマゾ」属性において、その複雑な有り様を外から測定する際の大まかな補助線としては、既存のM定義りよりも適切な場面が多いといえる。

この作品はご覧の通り「サキュバス」が全てのメインヒロインを占めているわけだが、今までのエロゲにおけるサキュバスヒロインは基本的に「感じやすい女の子」以上の何者でもなかった。
別に僕はそれらの作品を非難しているわけではなく、ただ単に事実を述べているだけである。これらの作品の善し悪しは兎も角として、これらの作品におけるサキュバスの機能とは、まず第一にサキュバスというフォルムつまりエロい格好であり、
第二に「感じやすくて実はエロいサキュバスとの「異種間との相互理解」を経ての恋愛プロット」というものだった。むろん、ある種のお色気キャラやエロ役を演じるサブヒロインとしてのサキュバスは多少はいたわけであるが、
大多数は「サキュバスと人間(主人公)が対等な恋愛をする」という物語やシチュエーションにおいて、エロのほうも「普通より感じやすく乱れまくる」とか「サキュバスの媚薬的効果で主人公が超絶倫に!」といった普通の和姦であった。

こうした「純愛サキュバス」ものに変化をもたらしたのは、前述の「同人音声」を主軸とする同人ソフトである。古くは「とろとろレジスタンス」やら「アイロンウェアー」とかいろいろあるわけだが、現在のエロマゾ属性のシーンを語るうえで、
その特徴が理解しやすいのは「地獄のレジスタンス」じゃなかった「地獄のエルドラド」と「ネイティファス」の2サークルが作ったサキュバス音声作品だろう。両者とも何本かその手の作品を作っているので、どれを代表に選ぶかは難しいのだが、
「地獄のエルドラド」の場合は「吸精の城」が分かりやすい。この作品はそれぞれの主人公がそれぞれのサキュバスに誘惑されて籠絡していく姿を描いたものだとざっと紹介できるわけだが、その枠組みとそのエロ内容に特に注目する必要がある。
まずユーザー(というのもしっくりこない表現だが、「聴き手」というのもなにか変だし)は、予め商品説明やらで四人のヒロインがそれぞれサキュバスであることを知っている。だが、作内の主人公は予めそれを知らず、
基本的にはサキュバスと知らずして上手く誘惑されついヒロインたちとHしてしまう。この時点では作内のレベルでは、主人公サイドが受け身であるとは言えても基本的には健全な受け和姦だとも言えるし、エロシーンもそれに準じている。
しかしユーザーのレベルから見ると「普通に和姦のお誘いを受けているように見えて、実はサキュバスの甘い罠にはまっているのだ!」って感じで「プレイそのものは普通の和姦だけれども、その成り行きが誘惑っぽい」というエロが生まれる。
ヒロインシナリオによって多少の違いはあるが、基本的に2回目以降くらいのエチにおいて、主人公にもヒロインの正体がサキュバスであるとわかるようになる。しかし、それ以前のエチにおいて主人公はもうサキュバスの身体に溺れてしまっており、
相手がサキュバスだと知りながらも主人公はサキュバスたちと恋人のような甘いエチを繰り返しどんどん堕落していくのである。以上の二つの例からわかるように「地獄のエルドラド」におけるサキュバスの誘惑エロとは、
「サキュバスが主人公たちを誘惑する」という外枠の物語設定においてまず「背徳性の強調」が設定されて、その背徳性の設定の上で作内においては基本的に様々な特殊スキルを持ったヒロインたちから、エロい快楽を一方的に受けるという、
「受け側の快感の強調」が為されるという構造になっている。これを強いて言えば「甘エロ籠絡誘惑」とでも言えるだろうか。エロシチュそのものは受け和姦と大差がないが、その全体の物語進行の背徳感と合わさりそれが誘惑感を生んでいるわけだ。

もう一方のネイティファスの「サキュバス」作品はというと、こちらは「背徳感の強調」と「共犯関係の強調」をとてもつよく感じさせる、ある意味で音声作品の極北とも言えるサキュバスエロが語られている。
「サキュバス」というのは、その起源やら属性の由来はともあれ、今や二次元界隈では例えばRPGやらに出てくるお色気的な敵キャラであり、たいていそう言うキャラは「誘惑」攻撃で味方を混乱させたり魅了させたりしてくる。
こうした誘惑のエロについては、先の「もんむすクエスト」であったり、またネイティスが使った「マインディア」において、RPGという形式を使って上手く語られていたりするわけだが、こうしたRPG的な誘惑エロを、
上手く音声化させたのがネイティファス作品の「ディメンション・サキュバス」である。先の「吸精の城」が「サキュバスとのHを繰り返し堕落していく主人公」という受けエロ和姦の繰り返しの堕落化から誘惑をひきだしたとすれば、
この略称ディサキュバスはあくまで「本番エロまたはエロイ行為に主人公たちを誘う、エロ期待または誘惑への期待を誘発させる誘いの言葉または特殊能力」に拘っている。エロ行為そのものによってエロを引き出そうとしているわけではなく、
エロ行為を期待させたりそのエロ誘惑によってエロ行為に自らのってしまうシチュから「共犯関係」や「背徳感」を強調させてそれがサキュバス的なエロを生み出すわけだ。ディサキュバスには主に二つのシナリオが用意されていて、
一つはマザーサキュバスという巨乳サキュバスのお色気エロ。こちらは圧倒的な実力差を持つ超強いサキュバスキャラに、しかし自分から良いように誘惑されていくようなエロが語られていて、サキュバスの母乳を飲む度に魅了度が進行し、
精液を吸い取られる度にレベルダウンしてしまうのに、自ら進んでそれを望んでしまうと言うようなRPG的エロにユーザーを誘導していく。もう一つのシナリオは、ザコキャラ程度の能力しか無いプチ・サキュバスというロリサキュバスシナリオで、
こちらは簡単に倒せるはずなのに、プチサキュバスの可愛らしさに油断していたら、その隙をつけ込まれて好きに誘惑されまくってしまうという、萌えとエロとロリの誘惑によって立場が逆転されてしまう背徳感を上手く引き出している。
両者の作品はそれぞれ以上のような差異があるわけだが、共通しているのは、今まで「純愛サキュバス」と言うような作品群では語られなかった「誘惑サキュバス」という面を、それぞれの手法でそれぞれの角度から描いていることだろう。

(尚、この「地獄のエルドラド」と「ネイティファス」に「ほんにゃらインダストリー」と「ブリッツクリーク」を加えて四項の図を作ると、エロマゾ系の同人音声の全体像をそれなりに掴むことが出来るだろう。
先ずは横軸の線を規定しよう。左軸が基本的に受け側のあらゆる「快楽」を規定しており、右側が基本的に受け側のあらゆる「苦痛」を規定している。んで縦軸の線は下方向が肉体的な接触や攻撃をしめしており、
上方向は精神的な接触や攻撃をしめしている。地獄のエルドラドとネイティファスは主に快楽を受け手が追求されるシチュが多いが、その手段はエルドラドが肉体的な接触でネイティファスは精神的な接触が多い。
「ほんにゃらインダストリー」と「プリッツクリーク」は既存のハードM系のようにハードな苦痛を描写するものでもないが、魔王に調教されるだのヴァンパイアに逆レイプされるだのと、最初に快楽を与えられたり求められるタイプではない。
「ほんにゃらインダストリー」の場合は、わりと直接的な肉体的接触による逆レイプや調教が多く、「ブリッツクリーク」は甘言や誘惑台詞や操り精神攻撃といったもので、相手を快楽で釣りつつも最終的には相手の精神を傷つけるものが多い。
もっとも、これはあくまで「大まかな構図」であって、作品によってはネイティファス作品とフリッツクリークが近くなることもあるし、地獄のエルドラドとほんにゃらインダストリー作品が近くなることもある。
ただし、プリッツクリークと地獄のエルドラドが近くなることは滅多にないし、またネイティファスとほんにゃらインダストリーがあまり重ならないことを考えるに、この構図はそれなりの妥当性があるようにおもえる)


(2)

さて、この作品はパッと見では、わりと普通の「純愛サキュバス作品」には見える。むろん、このメーカーの過去作をやっていたり、この作品のライターである11ー47(ファブリーズ、と読むらしい(嘘))氏の過去作を知っていれば、
この作品が普通の「純愛サキュバス作品」には終わらないことは直ちに予想できるものの、とはいえメーカーのOHPにはわりと普通に「サキュバス恋愛ノベル・ADV」と書いてあるのは事実である。
はたして、このどちらの読みが正しいのかだろうか? 正解は「どちらも半分当たっていて、どちらも半分は間違っている」というものだった。もっと端的に言えば、この作品は基本的には中途半端な作品ではある。
上の「データー欄」における「クリック数」の繰り返しになってしまうけれども、ここでこのゲームの基本フラグを確認しておこう。まず普通のエロゲで言うところの「共通ルート」において、それぞれサキュバスたちがあらわれ、Hする。
そのHシーンの途中で「誘惑に屈する/しない」の選択肢があらわれ、屈するとそのまま堕落Hが続けられて堕落バットエンドに。屈しないと物語が進み、あらゆるHの誘惑をはね除けると共通ルートが終わり、ヒロイン選択以後は個別ルートへ。
つまり、共通ルートにおけるサキュバス襲来からそのHと誘惑選択肢あたりは、基本的に「誘惑ゲー」と言っていい。しかしその後の個別ルートはそう言う選択肢はなく、Hも基本的には受け和姦だからこちらは恋愛シナリオと言える。

まずはそうした物語の全体評価から言わせて貰うと、前述したように基本的には「中途半端だなぁ」という感が否めない。むろん、廉価作品であることから、普通の商業エロゲの如きボリュームを求めるのは流石に酷ではあろう。
全体のボリュームだけで言えば、まぁ同人エロゲのなかには「採算度外視」でやっているようなところも多いから、その平均的な水準というのはなかなかに難しい問題ではあるものの、基本的にはごく水準レベルは達しているとはおもう。
問題はボリュームの配分なのだ。タダでさえ制約が多い廉価同人ゲーなかで「誘惑ゲーと恋愛ゲー」の二つを同時に並べるというのは少々きつかったのではないだろうか。水と油という話ではないのだが、両者が現状では+の関係にはなっていない。
前半の共通ルートのシナリオは基本的に問題ないとおもう。問題は個別ルートのシナリオであり、こんな10分足らずで終わるオマケ的な恋愛ルートだったら、その恋愛ルートを入れつつも、
例えば他のサキュバスが誘惑してくるみたいなエロを入れたほうが、少なくともこの作品にはあっていたのではないだろうか。その誘惑に打ち勝って真のラブラブエッチを入れるという手もあるわけだし、
何よりも共通ルートの誘惑エロとはまた違った逆NTRの快感も味わえて一石二鳥ではあるだろう。もちろん、もっと値段を上げてミッドプライス価格にして、ちゃんとした恋愛ルートから逆NTRまで全てを入れるという手もある。
この手の誘惑エロゲは未だ殆ど売られていないなかでの発売であり、いろいろと難しいところもあったと思うのだが、だからこそもっとある意味で「偏った」作品にしても良かったんじゃ無いのかという恨みはそれなりにつおい。

ただ、共通ルート部分の「誘惑ゲー」部分に関して言えば、正直にいっててほぼAをつけても良い、本当に素晴らしい出来だ。僕は人並み以上には、商業・同人を含めて同人音声やら動画作品といったものまで、
それなりにこの手のソフトMや誘惑作品を手に取っている方だとは思うのだが、今年一年で評価してもこの作品はナンバーワンであり、僕のオタ人生で逝っても少なくとも10本の指には確実に入る誘惑エロであることは間違いない。
確かにヒロインあたりのエチ数は堕落分岐も含めて3回しかない、と言われたら「抜きゲー的にはイマイチ」だとか思う人はいるだろう。しかし、ここは敢えてキツイ言葉を吐かせてもらうが、そう言う人は端的に業が浅いと言うほかはない。
サキュバスとのHがそうであるように、問題は「量より質」なのだ。そこらへんのクズ三次元と豚の如きセックスを繰り返してのうのうと生きるよりも、二次元サキュバスと命を吸われるような極上のセックスをして昇天したほうが最高じゃないかっ!
確かに僕は前述したように、この作品のシナリオには多少の不満があるし、それはエロ方面においても「もっとエロいシチュが書けたのではないか?」という不満があることは事実だ。そう言う意味でもっと回数が多くても良い、ということは言える。
しかし、それは「この作品はエロ回数が少ないからエロくない」ということを全く意味しない。むしろ「この作品はエロ回数が少ないからこそエロいのだ」と言える部分のほうが多いのである。
事実、僕はこの作品をプレイしているあいだエロシーン9回のうち、3日のあいだに6回のエロシーンで逝ってしまった。このレビューを書くためにいろいろと見直して、その度に2回ほど抜いてしまったこともあるが、
基本的には最初の経験のほうが重要である。大概のエロゲにエロシーンというのは、ある程度は惰性的にチョイスするようなものになってしまっていて、これが先の「エロ回数=エロさ」の大きな要因になっている。
つまり、そのエロシーンが置かれている物語的状況や物語的連続性からのエロというよりも「いろいろなシチュが用意してあって、ユーザーがその中から好きなモノを選ぶ」ようなエロが支配的になってしまっているわけだ。
そうでもなかったら、例えば1ヒロイン10回以上もエロシーンがある作品を2日でコンプ、なんて無理だろう。エロゲの主人公でもなければ、普通の人が二日続けて、しかも一日5回以上射精なんていうのは難しいからだ。

この作品のエロさを、まず第一に特徴付けるのは、そういう惰性的エロチョイスではなく、まさに突然サキュバスがあらわれて、わけわからないうちに誘惑されてそのままサキュバスの虜になってしまうような、
物語というかテキストの流れにそのまま載ってドキドキ感と背徳感に流れるままエロに嵌まってしまうような、エロゲーにとって一番大切であったはずの「物語的エロ」をちゃんと味わえるというところが実に大きい。
正直に告白すると、僕はこの作品で一番最初に精液を捧げたかったのは、春日アンさんが演じるお嬢さま系サキュバスのエマであり、それまでは精液を確保して、エマさんに何回か搾取されたあとに、
他ヒロインルートにいってみて、ヒロインがエロかったらHしてもいいかなぁという算段であった。だから、最初にミウがあらわれて誘惑的な展開になっているときでも「なかなかエロイけど、エマさんまでは我慢だ」って感じで、
わりと流し読みしていたようなところもあったのだ。ところが……まぁ最初の「最初で最後の恋人にもなっても良いよ」とか、そういうあからさまに嘘っぽい色仕掛け的誘惑台詞で、かなり興奮していたのは事実であるし、
最初からサキュバスのパイズリというある意味最終兵器をいきなりぶっ放されてハァハァしていたことも認めよう。しかーしエロゲ歴20年ぐらいしか誇れるものがないマルセル氏にとって、これくらいのエロ誘惑なんぞ鼻に指を突っ込めば無問題!
しかーしその3分後くらいに性器にサキュバスの尻尾を優しく突っ込まれてあえなく陥落してしまったマルセル氏の言い分を涎を垂らしながら聞いて頂きたいっ。だって、サキュバスの尻尾って最高に可愛いよねっ!もうおま○こ以上にエロすぎて!
いやぁ、パイズリCGの差分でサキュバスの尻尾が胸の谷間をふわふわと浮かんでいる辺りから、これはヤヴァイなぁと思っていたんですよ。もうその頃にはかなり頭が溶けきっていたのもあるんですが、
ミウの優しくて甘いながらもしかし時折邪悪な笑みが漏れるその表情と、黒に縁取られて暗く沈んでいるブルーなハート型の尻尾が絶妙にエロハマリ過ぎていて、この尻尾でいろいろなところに悪いことをされたら一発で堕ちるだろうなぁ……
というしかーし普通のエロゲだったらそんなことは絶対ありえねぇエロ妄想がなんと!実現されたときの最高の興奮と言ったらこれを味あわずしてエロゲをやる意味があるだろうかっ?いやあるっ!こんなところでぴゅっぴゅしたら勿体ねぇ!
なぜならこっから先がまさにサキュバスHの真骨頂だからだ。サキュバスのエロ尻尾で股間をサワサワされたり縛れたりするだけではなく、サキュバスのヤヴァイ毒が股間にキス注射されて身体の快楽そのものまでサキュバスに握られるこの安心感!
さらに最近は萌えゲでさえもアナルを掘られる主人公は別に珍しくないけれども、サキュバスのエロ尻尾が吸い付くようにアナルを溶かしてサキュバスラブジュースを挿入される快感は既存のMゲーとは完全に一線を画してしまっている。
そんなプレイでさんざん焦らされた挙げ句「私と契約したら、永遠にもっとすごい甘い快楽を与えてあげる」とか誘惑されて堕ちないヤツは男子失格でありましょう。堕ちてから先のエロ描写ももの凄いんですが、それはネタバレなんで省略。
ただ、一つだけ言えることは、こんなエロゲをやってしまったら、特に最後のフィニュッシュあたりのエロ感覚が完璧に書き換えられる危険性があるということだろうか。もうね、別に誘惑エロゲじゃなくっても普通の純愛エロゲでも、
「一緒にいくぅぅぅ!」だけじゃなくって「ほぅら。私と逝きたかったらこの契約の言葉を唱えない」とか「もうこれで、アナタは完璧にわたしの操り人形よ。永遠によがり狂いなさい!」とか言われる意思放棄の受動的射精があってもいいはずよ!

しかもその後みどりいろの源氏パイを食べてなんとか精神を回復し、さぁ今度は誘惑をはね除けてメイに進むぞ!と思ってちゃんと「誘惑をはね除ける」選択肢を選んだのに、何故か誘惑気味なエロシーンが結構長くて続いてまた逝くぅ!とか、
こんな仕打ちは消費者庁に訴えるべきですよ。まぁそのあとのメイは、強気Sロリという本来僕の好みではないキャラだったので、なんとか堪えられたわけなので、ここで一度は冷静になってこの作品のエロシーンを分析してみようとおもう。

まず基本的には、ああ、そういえば説明してなかったような気がするけれども、主人公は勇者の血を引く人間であって、それを危惧したサキュバスたちが主人公を誘惑籠絡してくるという物語設定自体が、
これはこの手のサキュバスものではお約束設定ではあるものの「本来Hしてはいけない相手とHしてしまう」という基本的な背徳感を引き出す。まぁこの作品はそこらへんはそれ以上に深く追求されていないので
サキュバスを「純愛サキュバス」から「誘惑サキュバス」に変える程度の役割しかないと言ってもいいだろう。やはり、なんと言っても、この作品の誘惑エロのエロさの根源はそのエロテキストにあると言って良い。
僕は(1)でそうした誘惑エロの代表例として「地獄のエルドラド」と「ネイティファス」の作品をそれぞれ挙げて分析した。それを簡単に纏めるならば、両者ともにある種の背徳感をそそるような物語設定を置いているが、
前者はおもにラブラブエッチの繰り返しという肉感的なエロを通じて堕落が生じ、後者はおもにその物語的背徳感をさらに強めたり、誘惑者と受諾者との共犯関係をけしかけるような淫語を用いて関係性のエロスから堕落させるわけだ。
それでは、この作品の誘惑エロはといえば、上に書いた通り基本的には肉体的接触による誘惑がメインではある。とはいっても、それは「地獄のエルドラド」のようなラブラブエッチでも肉感的エロが前面に押し出されているわけでもない。
これは11ー47氏の他のもんむす娘的作品、例えば「スライムバスター」なり「デザイアダンジョン」なりにも見られる特徴であるが、肌と肌、また衣服と肌が擦り合うときに生じるようなシュルっとした感覚的エロスを絶妙に捉えている。
僕らがサキュバスや、まぁ基本的には人型を維持しているもんむすっ娘に惹かれるのは、良く言われる言葉で言えば「そこには普通の二次元キャラと違ったエロさがあって、またHシーンがあるから」というように纏めることはできるわけだが、
11ー47氏はそのもんむすっ娘のフォルムの表面的質感のエロを捉えるのが非常にうまい。僕らはむろん、そうしたもんむすっ娘に対して、普通の二次元キャラと同じような性的欲望(要はあそこに入れたいとかフェラされたいとか)を抱くと同時に、
通常の性的要望や性的プレイとはまた少し絶妙に違う性的欲望を持っている。ちいさい妖精だったらそのちいさい妖精さんに下半身をフェラされたいと願うと同時に、ちいさい妖精さん自分の顔面に貼り付けられ、
そこで全身でエロく身体を擦りつけられたいと願ったりするものなのだ。スライムバスターで言えば、基本は人型を維持しいているものの、身体はスライム特有の粘着性があって、そのヌメヌメしたものに優しく蔽われたり抱きしめられるような、
感触の描写をそれを巧みに用いて誘惑するもんむすっ娘の台詞が、やや下世話な比喩を使えば本来挿入したり擦りつけたりするべきではないものに下半身が触れてしまい、その未知の感触に異様な興奮を覚えるような背徳感をもたらしている。
この作品のサキュバスエロの本質も基本的にはそうしたもんむす的感触のエロに支えられているようにおもう。既存のサキュバスキャラのように、なにかもの凄い「人間的な名器」が強制的に下半身を扱くようなイキ地獄ぅぅぅではなく、
サキュバスのしなやかな肌や甘い唾液や触れるだけで体質をエロく変化させる愛液によって自分のエロ感触そのものがサキュバス色に染め上げられていくような、触れるたびに、キスするたびに、自分がサキュバスのものに変えられていくような快感が。

そうして、まさにこの作品と11ー47氏の作風に相応しいメインヒロインサキュバスこそ、ある意味最後のボスといえる「エマ」だろう。先にも言ったように、僕は殆どこのヒロイン目当てだけでこの作品を買ったと言っても良く、
最初は他ヒロインの誘惑をはね除けて3回くらいエマさんに絞られるつもりであった。攻略ルート間やエロシーンとエロシーンのあいだに日常シーンが挟まって、ある程度下半身と精液とテストステロンの回復ができる萌えゲと違って、
所謂「抜きゲ」とされている作品はそれらの回復が遅く、ヘトヘトになった状態でエマさんに絞られても最高に気持ちよくはなさそうだったからだ。理想のサキュバスにエナジードレインされるならLV100の状態でLV1まで吸い尽くされたい!
然し僕は前述の通り、ミウに三回ほど絞られてしまい、メイはなんとか回避できたはいいものの、コンディションは100を満タンとすれば、だいたい48ぐらいであり、こんなんで本当に大丈夫なのかしら?と結構不安だったのである。
その不安はある意味当たっていて、ある意味では凄く間違えていたと言える。もうエマさんの立ち絵があらわれて、そこにあの最強の誘惑ボイスをもつCV:春日アンが聞こえてきた時点で、もう300%近くまで膨張していたからだ。
春日アンのお嬢さまサキュバスの丁寧語が如何にエロイかを説明するのは非常に困難である。もう端的にボイスそのものがピンク色の色彩を持っていると言うほかはなく、そのピンク色が持って回った丁寧語の言い回しによって、
妖艶な誘惑の踊りを舞ってユーザーの耳と脳内に桃色の果汁を滴らせるような超音波攻撃でなのである。エロイ言葉を言うからエロく感じるのではなく、もう音声そのものがエロくて聴き手にしな垂れ掛かってくるような感じがたまらねぇ。
しかも良く考えたら今までのミウとメイと違って、物語的背景が全部わかったうえで、しかも本気で主人公を完全に籠絡することを目的として、最強のお色気系お嬢さまサキュバスがやってくるというシチュエーションもヤバすぎなのだが、
エマさんの誘惑攻撃も妖艶ボイスによる丁寧語籠絡とあわせて、今度はイキなり最強攻撃を仕掛けてくる。ミウは基本的にパイズリ主体の責め、メイは基本的にフェラ中心の責めで、まぁ堕落ルートを選ぶとサキュバスマ○コと契約するハメになるが、
基本的にはサキュバスマ○コを「誘惑攻撃」に使うサキュバスはいなかったわけだ。それがこの最強サキュバスエマさんによって始めて解禁されるというんだから興奮度はもうMAXだぜっ!……と思いきや、丁寧語の責めはエロいのだが、
どうも素股的攻撃は他サキュバスほどはエロくない感じがする……あれ、おかしいな。11ー47氏もついにはネタ切れか?それともやっぱり彼は真性のロリコンだからお嬢さまキャラはイマイチなのか?くそぅ、ラブラブルFDに彼が参加していたら!
とか色々妄想していると、ついにエマさんも心折れたのか「あなたの勇者の血でわたしを魅了してみませんか?」というおねだりを。そしてあらわれる魅惑的な選択肢。わははっ、やっぱりそうこなくちゃ。もち誘惑に乗るに決まっているじゃないかぁ!
もうね。そっから後のエマさんの誘惑攻撃は最高すぎましたよぉ。サキュバスに後ろからゆっくり抱き抱えられて、倒れることもままならず、顔は唇をふさがれ甘い言葉と甘い唾液を流され続けられ、身体はサキュバスの華奢な身体に抱きしめ続けられ、
下半身の根元にはサキュバスの尻尾がグルグルに巻き付いて尻尾の先はお尻の辺りをクネクネし、サキュバスのダークネスな翼がばさゎと広がり下半身の先端に優しく包んでじんわりとイキ続けるとか、もう地獄の天国の快楽というしかないですよ。
エマさんはバットエンドルート以外の、ハッピーエンドルートのHも基本的に誘惑責めが徹底しているので、エマさん狙いまたは春日アン信者の皆さんは、絶対に買ってインポになってしまう危険性があるソフトだとおもう。素人にはお奨めできない。

ぶっちゃけ、こんなに長文を書いたところで、僕はまだミウとエマのエチシーン二つ(堕落分岐を含めれば4つだが)しか言及していない。これはこの誘惑エロに以外のハッピーエンドエチが、誘惑エロに比べるとややイマイチというのもあるのだが、
それだけこのエロゲのエロシーン自体が、今までにない魅力に溢れていると言うことと、そして最後には「4Pエロシーンの凄さ」だけは事前情報など知らずに、そのまま何も知らない状態で未体験のエロを満喫して欲しいという願いがあるからだ。
一つだけ抽象的なことを言っておけば、誘惑サキュバスと4P受けはもの凄く相性が良いということ。複数エロの難しいところは、主人公または男性サイドが責め側に転じる場合、結局のところ触手チンポ的なものを捏造するとしても、
一本の棒で複数のヒロインを同時に貫いて同じ喘ぎ声を泣かし続けるぐらいしかパターンがなくなってしまうからである。しかし主人公が受け側、しかも責め側がサキュバスとなると、ありとあらゆる誘惑攻撃やら快楽攻撃を主人公に仕掛けることができ、
本当に自分の身体がすべて性感帯に変えられるようなエロを、複数のヒロインから与えられることができる。基本的に処刑台の上にヒロインのケツを並べるぐらいしかやりようが少ない責め複数プレイのエロCGと比べて、
受けサキュバス複数プレイのエロCGの構図は複数ヒロインの姿態を中心にできるのでバリュエーションも広がるのだ。エロいヒロインたちの姿に囲まれてそのままピンク色に押しつぶされそうなエロ被虐感が溜まらなくきもちがいい。

確かに廉価ソフトならではのモノ足りない部分は多いし、何よりもこの作品は廉価以上で出すべきだたったという恨みは強いものの、「誘惑サキュバス」を始めて味わってみたいという人、ソフトMと普通のMゲーの区別を知りたい人、
そして何よりも、始めて体験するエロに思いっきり溺れて、もう軽く三ヶ月ぐらいはそのジャンルのエロに嵌まりまくりたい、というようなエロゲーの根本的な快楽に触れてみたい人は、この廉価作品は絶好の地獄の道しるべになってくれるだろう。
新品/中古アダルトPCゲーム販売 通販ショップの駿河屋

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