soulfeeler316さんの「加奈 ~いもうと~」の感想

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ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

いざ泣こうとすると、泣けないことってあるだろ?

本批評は、最後のgggrrrさんとのやり取りまで読む事を推奨します。
偏った意見が実に深みのあるモノとなったので、これが本作に対する一考えとなって頂ければ幸いです。



皆さんはありますでしょうか、私の場合は多々あります。
「泣きゲー」と呼ばれるジャンルをプレイする際、私は結構準備と言うか、余念を欠かさなかったりします。
「涙なしでは見られない」「全米が泣いた」はシャットアウト
感動的な他媒体のモノは「泣きゲー」をプレイする前に見ない、聴かない、触らないが定石です。
夢中にプレイする必要があるのに、他作品に思い入れを持ちすぎて集中出来ないなんて事になったら、本末転倒
その結果、見事に期待値を超えてきた作品もあれば、思った程ではなかった作品もある訳です。

しかし、これまではそのどれもが、製作側が伝えたい一定数の「感動シーン」で、心を動かされる事の多かった次第でした。
なんせ、超感情移入しやすいタイプですから、私
しすぎちゃったら、何万字とか平気で書いちゃう人間ですから。
泣けなくても、感動はしょっちゅうしているのです。

そして、本作はそんな私の数少ない経験の中でも、実に貴重な機会でございます。
「泣きゲー」と分類されるこの作品ですが、泣く事は全くなく、心も全く動かされなかった。
主観的にプレイした場合は「無」と呼ばれる感覚こそ相応しい。
私にとって、今回の作品『加奈~いもうと~』は、正しくそうだったと言えましょう。
いや、これが超駄作とか名前も知られてない無名作品とかなら、まだ分かります。

しかし「加奈」ですよ?

『加奈~いもうと~』ですよ?

自分が話に聞いた事のある有名作でも、こういう感情に陥る事もあるのだなと、今回は至極勉強になりました。
「泣こう」とするまでの手順をきちんと踏み、準備万端の態勢を整えてから本作を進めていったんだけれど、全くと言っていい程、泣けないし響かない。
ごめんなさい、凄くぶっちゃけた暴言を吐きます。
「こんなの」で、当時のエロゲプレイユーザー達は大号泣していたんでしょうか?
上記の失礼な疑問ばかり、プレイ中には浮かんでしまう始末でした。
おかしい、妹大好きを公言している人間がここまで感情を揺り動かされないなんて……
私はついに好きなモノを好きなモノとも認識出来ず、頭がいかれて狂うたか。
と思って、本作と超良く似ている漫画『Sweet pain little lovers』をゲームクリア後、読んでみました(正直、本作の大学生編はこれ一部パクってるんじゃないかと考えている)
その結果……

何回も読んでるのに私はまた感動してしまいました。

うん、やっぱり。
そう思いたくはなかったけれど、この作品に何らかの問題がある。
と思い、自分なりに考察を深めていって辿り着いた欠点を、今回の批評では紹介しようと思います。
ここからはネタバレなので、まだプレイして無い方はご注意下さい。





①「禁忌」が足りない
「近親相姦」の醍醐味って「禁忌」だと分かっているけれど、好きと言う感情には抗えない「純愛」に真価があると、私は思っています。
だからこそ、死と言う逃れられない運命に抗う「愛」の試練が重要であり、それが報われるにせよ報われないにせよ、時には涙を流すものだと考えていました。
そして、本作はその選択を見事なまでに誤ってしまっています。
おいおい「妹」じゃなくて「義妹」かよ!!
タイトルは「いもうと」で間違ってねえけどさあ!!
これなら「実妹」とはっきり公言している『Sweet pain little lovers』(再登場)の方がもっと心震えるぜ山田さんよう!!

「妹(兄)を好きになってしまった。でも、実は血が繋がってなかった」
上記の展開は諸刃の剣、余程上手く紡がなければ一気に興醒めしてしまうオチでしょう。
仮に、これがお兄ちゃん大好き妹のキャラゲー、抜きゲー、もしくはそういった「禁忌」のシリアスってのがないシナリオゲーなら、私もまだ充分許容できます。
いもうと好きを名乗るのであれば、義妹でも当然大好物
他の方がどうか分かりませんが私はそうです、大好きです。
しかし「近親相姦」の問題が少しでもシナリオに関与するのであれば、やはりそれは「義妹でした、問題ないね」に逃げるのは酷いように感じるのです。
せめて「義妹」であった事を許容したとして、その事に葛藤する時間と言うのを本作はより長く与えるべきでした。
結局、ハッピーエンドでは簡単に恋愛してやがりますからに……問題なくはないでしょう。

さて、こうした安易な展開に逃げてしまうと、1つの問題が生じる事に皆さん、お気付きでしょうか?
それは、妹キャラとしての「加奈」に存在価値が消失してしまうと言う事
妹がメインヒロインである必然性と言うのは、この作品では、全くなくなってしまっているのです。
例えば病弱幼馴染の「加奈」でも話は通用するし、入院がちな後輩の「加奈」でも全然問題ありません。
「俺には幼馴染がいる」
「俺には後輩がいる」
「俺には先輩がいる」
「俺には不倫相手がいる」
何でも通用します。
そして、それが結果的に、加奈と言うキャラクターが持つ要素の一部を無駄にしている事に、どなたも気付いていないのが滑稽です。
ただでさえ、基盤となるキャラクターが弱く、作り物めいた印象を感じられた「加奈」
そんな彼女を構築する数少ない重要要素「妹」が、全く意味を為さなくなっているのですから、これは実に悲しい話と言えましょう(他の要素と言ったら「病弱」「物静か」位か)
こんな形に落ち着くのなら、それこそ幼馴染とかでも良かったのではないかと。
私は思ってしまうのです。

「いもうと」が大好きだからこそ「いもうと」である必要があったのかを疑わせてしまう本作に、私が好感を持てる筈がありませんでした。
頭がいかれて狂うた訳でもなくて、本当何よりでございます。



②現実的だからこそ、粗を目立たせずに物語を膨らませろ
全体的に本作は、ご都合主義が目立つ内容となっております。
本批評におけるご都合主義の定義ってのは、オチをつけさせる為に無理な展開や安易な手法で煙に巻く事
他に上手い言葉が思いつかなかったので「ご都合主義」なんて言葉を使いましたが、一般的な意味とは少し異なっていると言えましょう。
それは、幸せに至る事が出来るたった1つのハッピーエンドは当然の如く。
そして、残り5つのバッドエンドも中々どうして際立っています。
POVでは趣旨と違うので言及しませんでしたが、本作は「ネガティブご都合主義」の宝庫
安易に悲劇的展開へと持って行き過ぎてる、有体に言えば「やりすぎ」な印象を強く感じました。

取り敢えず、腎臓移植の話が物語も終わりの段階で初登場と言うのは明らかに遅すぎます。
真っ先に思いつく筈でしょう、慢性腎不全だったら尚更です。
こういった遅すぎる唯一の解決案と言うのは、もっと早く出せば彼女を救えたかもしれないのにと言う「糾弾」しか浮かびません。
ミスマッチゼロ、血縁でもないのに移植出来るという展開も安易且つ強引
もしかして両親は、兄妹が血縁同士でない事を知っていたから、やっても無駄だと思って、何も言わなかったのでしょうか?
だとしても、本当に彼女を大事に想っているなら、1回の血液適合検査位、藁にも縋る思いで主人公にも受けさせるのではないかと、私は感じます。

最初から薄々思っていたんですけれど、この家族ってどこか必死さが足りないんですよね……
家族と医者は、加奈の病状やら兆候やらをちゃんと考えて判断していたのか?と言う疑いが上記によって生じます。
主人公の隆道は、あれだけ加奈を大事に思っていても彼女の詳しい病状やら、病気を治す事の出来る医者やらについて調べるシーンがまるで無い。
ただ、精神的に支えているのだから、それで良いのだろうか?
それはもう、死を受け入れて生きている「諦観」に他ならないのではないか?
「病弱」であったからこそ成り立つ物語全体の構成そのものに、私は疑問が生じてしまうのでした。

まあ、両親とか医者は幼少時にきちんと考えていた節もあったし、これだけで安易に批判するのは流石に酷い。
と考え、一旦本件は保留
ただ、加奈が死んでからその肝臓を香奈に移植したオチについては、思わず私も首を傾げてしまいました。
いや、肝臓移植は脳死直後でないと提供が認められない筈でしょう?
生体部分肝移植と言う方法もあるにはありますが、それは事前に、生きている健康状態の人から肝臓の一部を取り出して移植する手術です。
死んでから提供するって、どういう事?
と思い、調べてみました。
うん、やっぱり肝臓は脳死臓器移植(脳死の方から提供される移植) or 生体臓器移植(生きている人、主に家族から臓器の提供を受ける移植)が主になっています(参考:http://www.asas.or.jp/jst/general/introduction/qa2.html)
肝臓の心停止後臓器提供(心臓が停止した後に提供される移植)は不可能(参考:http://medipress.jp/doctor_columns/97)
そして、明らかにこの移植は、1999年当時の臓器移植法では出来ない。
本人の書面による意思表示とか、家族の承諾とか、色々あるけど全部意味は無い。
ここから導き出される結論は1つ、つまり……

香奈は絶対、助からない。
よしんば、強行的に施行したとしても、予後は確実に悪化している。

この事実を知った時の方が、正直プレイ中よりも胸に響いた次第
「俺には妹がいた」からの一連の流れとか、知的ルートED3つとか、もうこれ全部主人公の夢なんじゃねえのとか、考えてしまいました。

矛盾を書き連ねるのはもう良いでしょう。
私がここで述べたいのは、根底から「現実的」である作品に重要なのは、その粗をどれだけ気付かれないようにするかと言う事
作るなとは言いません、上手く隠して下さい。
現実味があるとどれだけ感じられるかで、本作のような作品は泣けるか泣けないかが大きく左右されます。
①で「義妹」だった事に興醒めしたなんて書きましたが、②で言いたい事も結果としては同じ
根底が揺らぐような事態に陥った時、人は感情移入から一気に目が覚めてしまうのです。
一箇所でも歪が生じると、舞台を目の前で繰り広げられるフィクションの世界として認知
その世界は切り離された異空間であり、現実味がなく、私達はお芝居を観ているが如き客観性で以って、その先の物語を追い続けます。
そこに、主観的な感情移入が再度投入される事は、余程、他の副次的要素が上手く機能していない限り、不可能と言えましょう。

そしてその結果、本作は、上記2つのような描写「外」に思いを馳せる箇所の方が多くなってしまったのです。
至極残念でした。
要するに、私が考えすぎちゃってるだけの話でもあるんですけどね。
それは、自分が本作に没入する事の出来なかった証明となり、その所以は、上記のような矛盾や妄想を見つけてしまった私の落ち度と言えましょう。

ただ、これだけは言わせて下さい。
この作品を高尚なモノと見立てている方の一部には、物語上の「ご都合主義」を否定している意見と言うのも数多く見られます。
ぶっちゃけます。

『加奈~いもうと~』も充分「ご都合主義の産物」です。



③私が他の「感動作品」を知りすぎた
全てが予定調和、思った通りに話が進む。
本作を俯瞰して発せられる感想は、正しくその一言です。
盛り上げるために取り入れられた数々の偶然は、あまりに必然
シナリオを読む際の驚きや感慨はまるで無く、読み終えた事への達成感よりも思った通りだった事への疲労感ばかりが形に浮かびます。
最初に出てきたボイスレコーダー、当然オチの感動に使われます。
夕実と家でSEXに励む、当然妹に目撃されます。
そんな彼女の父親は、当然病院の偉い医者
言ってしまえば、最初に加奈が登場した時の「あ、この娘死ぬな」と言う予感は覆る事なく終焉を迎えるので、始めから終わりまでそうとも言えましょう。

ここで間違えないで欲しいのが、私は別に予定調和を批判している訳ではないと言う事
言い換えれば、予定調和とは「王道」の否定形
こうなるだろうなと分かっていても、面白い物語と言うのは、いつの時代も確かにあるのです。
事実、本作に限っては、ありきたりな設定を登場人物の心理から徹底的に描き、上手く物語を組み立てていた事に高評価を与えている感想も多々見受けられます。
『加奈』と言う作品に「王道」を見出した人の方が多いのは確かな話です。

しかし、私が本作を駄目と感じたのは、そういった「王道」を、こんな自分の如き捻くれ者には「予定調和」と捉えられてしまう程の「無難さ」へ落ち着けてしまった事
所謂「甘え」の部分が多く感じられた所にあるのです。
例えば、男キャラの扱い方、これが私としては非常に不満でした。
馬鹿三人衆はもっと上手く、物語の中に織り込む事が出来た筈です。
加奈と幼少期に遊ぶ場面や、主人公と共にお見舞いに来るシーンなんか付け加える事も出来たでしょう。
加奈に対するスカート捲りで、雅敏が彼女に嫌われてしまった時の話
それとか、後から言及されるなんて形にしていましたけれど、そういった日常風景を多く盛り込む事で、キャラクターにもっと深みを増す事は出来たと思います。
まあ、彼についてはまだマシ
育郎は勇太の素性知りのための良い材料でしかなく、智樹なんか、小学生編が終わってからは高校卒業前にぽっと出の登場だけですからね。
分子生物学の分野に進むとか云々言ってたので、卒業後にこれは再会するフラグ立ったと思ったら、全くのお門違いでさっさとフェードアウトしちまっただけでした。
これを無念としか言いようがなくて、一体何だと言えましょう。

彼等より目立っている男キャラってのは、流石に勿論本作にもいますが、そいつの扱いについても不満は大きい次第
加奈の事が好きな元クラスメイト、伊藤勇太君です。
彼奴の使い方が「失敗」でなくて、果たして何だと言えましょうか。
兄妹の「禁忌」を際立たせるために作らせた癖に、全く上手く活用出来ずに、主人公との殴り合い後は消失してしまいますから、もう偏に可哀想なヤツ
そう、勇太は1人の人間としても、1体のキャラクターとしても、シナリオのせいで全体的な彼自身のクオリティー自体が低くなってしまった、実に哀れなピエロなのです。

個人的感想として彼は、ファーストインプレッションで失敗しても、彼女に不器用ながら接し続けた頑張り屋と言う印象
なので、寧ろ簡単にこいつを批判する主人公に、私は嫌悪感を覚えた次第です。
取っ組み合いをした日、主人公は勇太より遅く病室に到着していましたけど、これ相当遅いですよね?
部外者の彼に連絡が行く筈も無いし、近親者の主人公が連絡を受けて「すぐに」向かった時に居たって、それ「すぐに」じゃねえじゃん。
まあ、これについては偶々、勇太がお見舞いに来ていた可能性もありますから良いとして、問題は殴り合いでの言葉
加奈は「人間なんだ」「人の半分も経験しちゃいないんだ」「普通に生きて欲しかった」→「……それで近親相姦かよ……」→主人公ブチ切れて殴る
明らかに、間違った事に対して図星だった故の応答に他ありません。
そりゃ、近親相姦なんて普通に生きている人間には、中々経験出来ない経験でしょう。
人間を「人間」として捉える方法の中には、SEXが出来ると言う基準も確かにあるでしょう。
大好きな人との性交は出来たから、加奈は少しだけ経験出来ない事が出来たでしょう。
彼女は、一般人に絶対出来ない経験を行えて、心の赴くまま、安らかに死んでいける事でしょう。
良かった良かった。


アホくせえ。


そもそもにして、加奈が勇太を嫌いになった理由が不明瞭だから、私の中でこんな解釈になったのだと思います。
彼女があそこまであいつを嫌う理由、終盤で出るかと思ったのに最後まで出ず、本当に拍子抜けでした。
その癖、勇太は自分のやってきた事を反省し、猛省して加奈に臨もうとしていますから、私としては彼の良い面しか見ていない事になります。
そんな中で加奈は、そんな風に真正面から接しようとする彼に対して、全く向き合おうとしていない。
愛しのお兄ちゃんで、逃げて、隠れて、避けて、変わろうと動く彼に何も返答を行っていない。
実に卑怯な娘だなと思いました。
最後の告白だけは、彼女自身も真に向き合ったようですが、描写は省かれているし、変遷過程がまるで描かれていないから突拍子もない。
恐らく勇太と向き合えた理由だって、自分はもうじき死ねるからと言う逃避故の予防線を張ったから出来た事なのでしょう。
「死ぬと分かっていたら、なんでも出来る」
「死ぬ気になれば、なんでも出来る」
実に嫌いな言葉です。

伊藤勇太と言う存在を邪魔、もしくは嫌いになれていたら、こんなに天邪鬼にはならなかったのです。
ってか、伊藤勇太と言う存在を嫌いには思えなかったからこそ、こんな事態になってしまったのです。
勇太と言う存在の受容、これが本作を楽しめなかった根底に潜んでいると言えましょう。
勇太が加奈と付き合えている世界
加奈が主人公の「恋人」ではなく「妹」として全うに生きている世界
作ってくれたらよかったのになと思いました。

そして、他に取り上げるべき「甘え」としてあるのは、私の良く知る有名感動作とは異なり、シナリオの緩急が平坦の極みと言う事
展開が読める事以上に駄目な問題「展開速度の一定さ」が、そこにはありました。
上記で述べたように「妹が死ぬ」と言うオチを生み出すのであれば、それまでの過程に何かしらの揺さぶりをかける必要があると思うのです。
本作にはそれが無い。
加奈は何の捻りもなく、徐々に死んでいきます。
物語の深刻さだけは高まっていくのですが、向き合う私の感情は鬱屈した状態で変わらずに直線を歩んでいるので、心の動きがまるで生まれないのです。

ここまでの自分を振り返って、私が本作を楽しめなかった最大の敗因がやっと分かりました。
「死にあまりにも触れすぎたから」
現実世界でも、架空世界でも、私は「死」と言うモノを数多見てきました。
祖母、親友、友達の飼っていたペット、両親、幼馴染、妹 etc……
数多くの生と死を、数多くの場面で、見てきた次第
そして、その結果、私はいつも「死」について思いを馳せています。
メメント・モリ、忘れられる筈がありません。
で、そんな私が今更「普通の死」について謳っている作品に触れた所で、それ以外何も無い作品に接した所で、心動かされる訳が無いのです。
だから、本作にはもっと「付加価値」
有体に言うならば「無駄」をつけるべきでした。
キャラクターに愛着を持てるエピソードとか、病気関連とは何も関係の無い日常話とか、そんな物語

例えば、妹の病状が安定して家に帰ってきた際は、よりエピソードを膨らませる事は出来たでしょう。
折角帰ってきたのだから、主人公が意気揚々と加奈を楽しませようとして、でも上手くいかなくて、最後には「お兄ちゃんと居るだけで楽しいよ」と言う加奈の笑顔で2人の大団円とか、悪くないと感じます。

例えば、デートをするにしたって、選択肢で何処へ行くか決めるのではなく、全部1つに繋げて展開させるべきでした。
その際に病気を忘れさせられる程の楽しい時間や空間を演出したならば、感動の際の思い入れは更に増すでしょう。
どこかで買ったお土産が後の重要な伏線になるとかも、悪くないと思います。

例えば「生きていて良かった」と加奈が純粋に感じたシーンを、もっと増やす必要を凄く感じました。
そんな類の内容が初めて把握出来るのは死ぬ直前、ってあまりに遅すぎます。
ささやかな日常に幸せを感じる延長線上に「生の肯定」を伝えるエピソードをもっと作って欲しかったです。

上記のはあくまで一例
私のを真似しても、ずぶずぶの素人意見
恐らく取り入れても上手くいかないでしょうから、ここら辺で潮時と致しましょう。
良く言えば本作、展開に「無駄」がありません。
それぞれの時期で一文箇条書きに纏められる程、展開の要所要所は掴みつつも進行しています。
しかし、私としてはそれを、一文で纏められる程の内容にはして欲しくないんですよ。
物語同士は、関連し合っていて欲しいといつも感じています。
だから、親戚のおばさんの話は結構好きなんです。
あれは、ちょっとした小咄が上手く膨らんで、シナリオ全体に作用した好例となっています。
海へ一緒に行くシーン等の、思い出話ももっと作るべきだと思いました。
あそこで、オチの日記閲覧が際立つわけですから、それ自体の出来はあまり悪くないんですよ。
だからこそ、粗筋一文箇条書きで容易に纏められる箇所の多い本作は、勿体無いとしか私には言えません。

生きた物語を作ろうという努力の跡は伺えました。
しかし、それを構築する上でのキャラクターは、リアルであるからこそ、そのまま印象深さに繋がる訳ではありません。
こういうストーリーは物語と言う膨大な世界を俯瞰したら、幾らでもあります。
それらと戦うには、本作はあまりにも無難且つ安易
だからこその対抗力と言うものを、この作品にも持っていて欲しかったのです。

余談ですが、上記の点は、山田一氏後作の『星空☆ぷらねっと』や『家族計画』では見事に改善されています。
人は、成長する生き物なんだなと感じた、プレイ後の一時なのでした。





【後書き】
本作の感想を見ると、どれもまあ、血気盛んに語ってる人が多いです。
加奈に感情移入しすぎて、主人公の夕実に流される行動が許されないと感じる人
加奈に感情移入しすぎて、対照となる夕実の行動に嫌悪感を覚える方
加奈に感情移入しすぎて、両親の対応に疑問を覚えてしまう者
これらで低評価を与える加奈パワーは相当です。

ただですね、上記の方達は何だかんだ言っても大丈夫
製作側の手中に嵌る事の出来た、実に喜ばしい人達でしょう。
私は1ルートクリアして気づきました。
本作は、タイトルが示す通り「加奈への感情移入」がないと、絶対に楽しめない産物なんだなと。
こういった事を批判している人は、私の中では「楽しめた人達」
なぜなら「加奈への感情移入」と言う、本作を受け入れられる第1段階は、文句無しに突破しているから。
正直、どの方も凄く羨ましい。
そこまで熱く本作を語る事が出来るのなら、それだけでもプレイした価値ってのは生まれているでしょう。

そして、この第1段階すらも突破出来なかった人間こそが、真にこの「泣きゲーの金字塔」への導入を阻まれた証と成り得ます。
要するに、面白くなかったと純粋に批判出来る人間のような気がするのです。
全く、キャラクターに好意的感情、悪意的感情を持てなかった私(特定のシーンにムカッと来る事はありましたが「嫌い」には繋がらなかった)
この先のシナリオに、あまり興味を抱く事が出来なかった私
客観的にしか読む事の出来ない「泣きゲー」ってのはかなり悲惨なんだなと、酷く実感した次第でした。

ただ、最後には情熱的反論を少しばかり。
夕実に敵意とも呼べる程の怨嗟を撒き散らしている人、君達は一旦落ち着いた方が良い。
彼女は良い娘です。
それは客観的にプレイした私だからこそ、断言出来る事であります。
確かに彼女は、主人公を愛し、主人公に愛されたいと言う想いの強さが前面に出ている女性なので、加奈を1番に感じたユーザーから「邪魔」のレッテルを貼られても致し方ない部分もあるでしょう。
しかし、それは幼少期の事件後、ずっと話をしなかった期間中の想いが溜まりに溜まって、恋人同士になった時に溢れ出しているから。
言わば、小学生時代から真に主人公を好きだった事を、大学時代で示している証明となっているのです。
お詫びに植物園へ誘おうとしていました。
何度も彼に話しかけて謝ろうとしていました。
ルートによっては人形をあげて、仲直りしようとも働きかけていました。
生きている人間同士なら、許し合うことが出来る、そして彼女はその努力を怠らなかった。
逆に、それを受け入れようとしなかった、主人公の根に持ち過ぎていた点が、このような「邪魔」の事態を引き起こしているとも捉えられましょう。
言ってしまえば、彼が齎した「自業自得」

また、夕実は病院長の娘ですが、例え父親でも患者の素性をそんな簡単に実の娘へ伝えられる訳が無い。
しかも、その相手は娘の友達の妹なのですから、そんな境遇を易々語るのは、普通の人間なら慮るでしょう。
つまり、彼女は加奈の病気なんて終盤まで知らなかったし、主人公と加奈の関係なんて考えてすらもいなかったのです。
恋人関係止めろ→主人公の近親相姦願望自体をそもそも知らないのに、夕実に批判してもしょうがない。
もう少し兄妹に気を遣え→加奈の病気自体をそもそも知らなかったのに、夕実に批判してもしょうがない。
実に的外れな指摘、言っても仕方が無い駄目出しです。
夕実以上に最悪な女性なんて、星の数ほど居るのにね、この娘は良い女ですよ。
そんな私は、彼女の愛情深さ、かなり伝わって良かったと思います。


泣くってのは気持ちの良い事
泣けばすっきりします。
現実の方が架空より100万倍も辛いけど、そこで悲しいから、辛いから泣くと言うのは、人間関係やら何らかの繋がりで必ず支障をきたしましょう。
だから、私はフィクションの世界に自身を投影して泣きます。
そして、だからこそ「泣ける」と思っていた作品が泣けなかったら、結構なストレスです。
「泣こう」と思って泣けなかったら、更にストレスです。

その結果、出たのはこの点数
「泣ける」と言う謳い文句に流されず、理性的に読んでみると、本作も悪い訳ではありません。
「凄く良い」と絶賛する程でもありませんが、そこそこ。
アポトーシスとネクローシスが織り成す細胞死の理論的相違とか、聖書の引用から生死全てを肯定する展開とか、見所も無くはありません。
そういった「考えさせる」要素をお望みなら、本作の点数は私が提示したモノより少なからず上がるかと思われます。

ただ「泣ける」を期待した私はこの点数
確かに、悲しくはなりました。
しかしそれは「感動」と言う名の心の震えではなく、「泣け! 泣け!!」と言う作品の空気感に気圧されて発した、偽りの感情です。
もっと受動的でありたかった、プレイ後に思う私なのでした。





P.S.
兄妹モノのオススメ紹介
これらの愛に心が動かされなかったら、私とは恐らく趣味が合わないので、本批評は鵜呑みにしないようお願いします。
『Sweet pain little lovers』…1つ1つ、兄への想いを語る真摯な描写に心打たれた。最後の儚げな横顔は未だ胸に残る。
『おにいちゃんのハナビ』…近親相姦で結ばれる事以上の愛が、この作品にはあると思う。兄妹愛映画の最高傑作
『腐り姫』…樹里の魅力が分からない人は、恐らく私の「妹愛」は理解出来ない。究極の純愛を示した最高のエロゲ
『鬼哭街』…兄とは斯く在るべしを示した傑作。妹の為に死地へと歩んだ彼を迎える最高のオチは、必見の一言





P.S.S.
最初に「泣ける」を期待して出した点数は40点でしたが、下記のやり取りによって、それ以外の要素も大きく鑑みるべきだと言う結論に落ち着きました。
したがって、『加奈~いもうと~』に現在提示する点数は上方修正の50点
本作への個人的認識に一石を投じる結果と相成った事、gggrrrさんに深く感謝致します。
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soulfeeler316さんの「加奈 ~いもうと~」の感想へのレス

はじめましてこんにちわ。私もこの「加奈」は前評判ほど感動できなかった男なので、貴方の意見に賛同するところもあり、そして同時に、感性が異なる人間だからこそ、賛同しかねる意見もありました。なのでこうして意見を書かせていただきます。

①「禁忌」が足りない  について
私は俗に言う「妹属性」がない人間で、かつヒロインのキャラクターにあまり拘らない(それもどうかと自分で思いますが)ので、この視点はむしろ新鮮でした。しかし、言われてみれば…… という思いは確かに生まれましたね。私は加奈を「病弱少女」としか見ていなかったので、「妹」、それに関わる「禁忌」という点では全然重視してませんでした。
ただ、「常に一緒にいた存在」、「主人公の行動によって人格形成が変わる人物」という観点で見れば、やはり妹として以外に、加奈のキャラクターは在り得なかったと思います。そこに「恋愛」というファクターを挟めば不満点が生まれることは確かでしょうが、これは見方の問題でしょうね。「ヒロイン」として見れば妹である必要はなかったが、「物語の主役」(主人公にあらず)としては妹でないとおかしかった、とでも言いましょうか。加奈が妹である必然性は十分にあったと思います。

個人的に、「死生観」と「恋愛」は相性が悪いと思ってます。私は主人公と加奈の恋愛的な描写、特に主人公の葛藤とかは基本読み飛ばしてました。



②現実的だからこそ、粗を目立たせずに物語を膨らませろ  について

これには半分同意です。出来事を淡々と描写するのは、むしろ歴史小説の分野であり、山あり谷ありのヒューマンドラマには適してませんね。むしろそういう描写をする場合、否応なしに山あり谷有りになる「恋愛」は邪魔になります。「死に向かう少女」という似た設定がありますが、私の中の至高の作品である「narcissu」には「ご都合主義」は、私が見たところ見受けられませんでした。

ですが、私はそこまで気にしませんでした。「ご都合主義がない」と声を高く上げておるのはあくまで外野であり、ライター自身は分かっていたであろう節が見えるからです。
物語の最後でそれをやったから余計に目に付いてしまったと思いますが、私個人としては当時医学的にも法律的にもありえないと知っていたけど、それくらいのご都合はいいんじゃあないかとは思いました。

しかし、最後の〆がそれでは…… という考えも同時に起こったのも確か。「無い方がよかった」点ではあります。

また、家族の「必死さ」については私はあなたと意見を異にします。それは「須磨子」というキャラクターの存在がそうさせています。
彼女は主人公の叔母で、乳癌でした。そして、乳房の切除までしながら、助からなかったのです。作中でもそれに対して彼女がどう思っているのかがわかる描写がされています。女性の象徴である体の一部を、永遠になくす決断をしても助からなかった、主人公の父にとっての「妹」が須磨子さんです。この「妹」の最後を見て、兄はどう思ったでしょうか。「なんのために妹は女性の象徴まで切り落としたんだ」と思っても彼を責めることは出来ません。そして、彼はこの段階で「医療の限界」を知ったのでしょう。ならば、「拒否反応が起こる他人の臓器を入れる」ことに決断しきれなかったことも、私は責められません。あらゆることをしても助からなかった大事な人を、彼は失ってるからです。例えば適合者が現れて、無事移植できたとして、拒絶反応は起こります。加奈は苦しみからは抜け出せないのです。そしてその後も慢性的な拒絶反応が待っているとわかっていれば? その拒絶反応で死に至る可能性を知っていれば? 両親、特に父親が最後まで移植に踏み切れなかったことは、私は想像出来ました。彼らにとって移植は「最後の手段」であったと、私は思います。
加奈の体調が急変したのは高等期に入ってからで、それまでは安定していたのだから、「最後の手段」を取ることはないと考えていたのでしょう。
ただし、「活発」ルートの両親については貴方の言うとおりだと思います。多分活発と知的で色々設定違うんだと自己完結してます。


③私が他の「感動作品」を知りすぎた について

これも同意、というか共感します。多くの小説、漫画、ゲーム、映画などに触れてきて、かつ自分の趣向と合致するものに出会ってしまうと、どうしてもそれが頭に残り、比較してしまうんですよね。特に自分の趣向と完全に合致してしまった作品と出会うと、それを忘れることなどできなくなる。貴方が冒頭で行ったようなリセットをしようとしても、絶対に頭から離れることはない。貴方の場合は『Sweet pain little lovers』がそうだったのでしょう。ですが、作り手からしてみればユーザー一人一人の事情なんて当然の話ですが知ったこっちゃないんですよね。だから、これに関しては某ゲームのウルトラ求道僧の言葉を拝借するしかない。

「間が悪かったのだ」

これに尽きます。もっと貴方が早くに、別の感動作品を知る前に、このゲームに出会えていたら、感想も変わったのではないでしょうか。そして、この作品を高評価してる多くの人達は、多分そうではないかと。


では締めに入ります。

実は私もゲーム中ずっと加奈には感情移入してませんでした。主人公もどちらかといえば嫌いなタイプで、勇太や夕美のほうが人間的に好きです。ですが、そのために物語をフラットな姿勢で終始みることが出来ました。勇太と加奈の関係は、加奈の育った環境、状態からして無理がないと私は思ったし、展開そのものの好き嫌いを置くと、矛盾はしてませんので納得できました。けど、主人公の夕美に対する態度だけは終始「?」マークを頭に浮かべていました。この辺は貴方が言う「負のご都合主義」ですね。主人公は決して悪い人間ではないし、特別頭が悪いわけでもないのに、夕美関係になると途端に頭が悪くなる。因果関係を紐解いても強引すぎる作りでした。あとついでに、由美ではなく夕美ですよ? 感情的に彼女を批判した連中に憤るのもわかりますが、一旦落ち着きましょう。


「加奈は何の捻りもなく、徐々に死んでいきます。」と書かれていましたが、私はむしろ「だから良い」と思ってます。ただし「知的」ルートに限った話ではありますが。
むしろ加奈の状況では、多くの付加価値は邪魔になります。
また、貴方は加奈を「実に卑怯な娘だなと思いました」と書かれましたが、私はそうは思いません。彼女が健全者であったならば、その指摘は的を射たことでしょうが、彼女にはエネルギーが限られているのです。だからこそ、自分のもっとも大切の事柄にのみ、少ないエネルギーの全てを注いだ。そんな彼女の姿勢が悪いとは、私は思いません。彼女には勇太と正面から向き合う「余力」はないのです。死病を患った人間の「メメント・モリ」と健常者の「メメント・モリ」は絶望的なまでの断絶がある、と私は思います。
でも主人公の対応は割と屑だと思います(活発ルートのみ)。あと「活発」ルートの加奈だと貴方の指摘は正しいです。正論だと思います。


私は物語を読む姿勢として「好き嫌いをして読む」を採用してます。自分の美意識に抵触した展開になると、基本読み飛ばします。かつ、自分にとって満足するEDがあったら、他のEDのことは頭から外します。そして自分の中の2次創作を作り、それを私の中の「加奈」として保存します。なので、私のなかで「活発な」加奈は存在してません。

私の中では主人公と加奈はSEXしてないし、夕美に対して理不尽な態度は取ってないことになってます(私の中で活発ルートは消滅してます。ある意味作品への最大の侮辱)

私はこの作品を読んで泣くことはありませんでしたが、それでも良い物語であったと思っています。
私見として言わせていただくならば、貴方は「泣きゲー」という型に拘りすぎたのではないでしょうか。おそらく、ご自身でも理解されているかと思います。しかしそれならば、感想の〆で言った「理性的に見た場合」での点数をつけた方が妥当であると思います。もしくは、点数を付けないか、です。低評価した因が感情的なものであるならば、その点数はそのまま自身に返ってくると思うのです。
作品の評価とは、究極的に言ってしまえば、個人のみで完結するものです。同じ感想を抱いた人と共感することはできますが、如何に他人が「泣きゲー」として高評価しようとも、自分がその作品に触れるまでは、それはあくまで「泣きゲー(仮)」でしかありません。そして実際に作品に触れた結果として「泣けなかった」と文句をいうのは、勝手に理想を押し付けて、理想と違うと分かった途端に「こんな人だと思わなかった」と言っちゃう少女漫画で一束いくらで売ってるような女と大差ないと思うのですよ。

おそらく私と貴方の最大の違いは「私はフィクションの世界に自身を投影して泣きます。」というこの一点。私はどの物語にも「自己投影」は行いません。私は彼らの人生を物語として受け取るだけです。私にとって物語の判断基準は「美しいか、そうでないか」なので、加奈というひとりの少女の人生を受け取った結果、「美しい」と判断したので、この物語の評価は高いです。

多くの点であなたと類似した感想を持ちましたが、物語への姿勢の違いで、まったく異なる評価となっています。人間の主観というのはこれだから面白い。
2018年10月14日23時41分11秒
gggrrrさん、初めまして、soulfeeler316です。
私の、こんなクソ長い批評に真摯に向き合った御意見、本当にありがとうございます。
今日偶々、自分の批評を見返した際に見つけたのですが、純粋に嬉しく思いました。
今でも、こんなに長く私の批評に対する感想を示してくれる方もいるんだなと、頑張って書いた甲斐もあったと言う物です。
gggrrrさんが私と同じ賛同と共感と、そして私と異なった相違を発見出来ただけでも、書いた価値は確かにありました。
返しに対する返しと言った形になり、大変申し訳ないのですが、私の方からも意見を追記する事、誠にお許し下さいませ。



①「禁忌」が足りない
>>ただ、「常に一緒にいた存在」、「主人公の行動によって人格形成が変わる人物」という観点で見れば、やはり妹として以外に、加奈のキャラクターは在り得なかったと思います。そこに「恋愛」というファクターを挟めば不満点が生まれることは確かでしょうが、これは見方の問題でしょうね。「ヒロイン」として見れば妹である必要はなかったが、「物語の主役」(主人公にあらず)としては妹でないとおかしかった、とでも言いましょうか。加奈が妹である必然性は十分にあったと思います。

ここの部分を初めて読んだ時、ああ成程、と目から鱗が落ちた感覚を味わいました。
確かに振り返ってみると、私は加奈と名付けられた少女を主人公に守られる「ヒロイン」として見ていた節があり、物語の主役としての「ヒロイン」と言う視点をきっぱり排除していたように思います。
本作の根幹にあるのが「加奈」と言うのは、プレイした方なら誰もが首を縦に振って断言する事象でしょうが、そんな彼女の見方でここまで作品の性質は変わってしまうモノなのですね……
今回の指摘で、酷く実感致した次第です。
確かに加奈が「いもうと」である事への意味、無くは無かったのかもしれないと、見解を改める結果と繋がりました。
思うにこれは、私の「妹キャラ」を好き過ぎる誤認識が発生した現象なのかもしれません。
そもそも、私が元来「妹」と名の付くキャラクター造詣を好きになった背景には、やはり「妹は守られるべき存在」と言う固定観念がありました。
たとえ最後に成長しても、裏切っても、死んでしまっても、物語上、妹とは兄の一歩後ろに控えておるべき存在であり、彼の庇護下において真価を発揮する存在である。
実に思い上がりも甚だしい、平等を謳う現代的価値観とは全く相容れない偏見です。
この意見は、そんな私の偏った考えを是正するきっかけとなるやもしれません。
誠にありがとうございます。


>>個人的に、「死生観」と「恋愛」は相性が悪いと思ってます。

「死生観」と「恋愛」について、私は寧ろ切っても切り離せない関係だと認識していた所があります。
後でまた言及しますが、gggrrrさんが仰った様に、私達は本当にプレイスタイルが正反対だと感じた最初の瞬間です。



②現実的だからこそ、粗を目立たせずに物語を膨らませろ
>>「ご都合主義がない」と声を高く上げておるのはあくまで外野であり、ライター自身は分かっていたであろう節が見えるからです。
物語の最後でそれをやったから余計に目に付いてしまったと思いますが、私個人としては当時医学的にも法律的にもありえないと知っていたけど、それくらいのご都合はいいんじゃあないかとは思いました。
しかし、最後の〆がそれでは…… という考えも同時に起こったのも確か。「無い方がよかった」点ではあります。

ここに関しては本当にその通りで「作る位なら無い方が良かった」と言う価値観は、クリアしてからも、こうして返答している今も、なんら変わりません。
恐らくご都合主義を分かって使っている所と言うのは、移植のミスマッチゼロ等が挙げられるのでしょうが、もっと上手く示す方法があったのではないかと思うのです。
どうすればいいんだよ?と訊かれたら迂闊には答えられませんが、移植します→検査した、ミスマッチゼロだった、奇跡だには、やはりガックリと来たのは事実
また、香奈ちゃんの件に関しても生体部分肝移植と言う方法で救えば良かった所を、無理に加奈が死んでからの移植として衝撃を与えようとさせてしまった結果、矛盾や齟齬が生まれてしまいました。
要するに、展開上の妥協を感知させる描写をユーザーに与えてしまったのです。
意図的だったと分かっていたからこそ、そこが妥協によって生み出された展開だと言う事に、恐らく私は我慢がならなかったのだと思います。

物語を作ると言う真摯な対話に「妥協」が生まれてしまった瞬間を、これらで垣間見てしまった。
それならばいっそ「加奈も香奈も絶対に救えない」と言うエンディングばかりを示す事で、ユーザーの心に尚更本作を残らせる方が、物語としては破格の魅力
事実、そういう風に作った事で、心に残ってしまう、メッセージ性の強調としては最高な作品も確かにあります。
本作もその領域にまで至れたのかもしれないと思うと、非常に残念でなりません。


>>また、家族の「必死さ」については私はあなたと意見を異にします。それは「須磨子」というキャラクターの存在がそうさせています(以下略

これもまた、確かにそうでもあるなと頷いてしまった次第です。
「知的ルート」で、お父さんの心境が須摩子さん(ですよね?)と関わった事で、貴方の仰ったような変遷を辿っているのだとしたら、成程、すこぶる理解出来ます。
あくまで想像の余地でしかありませんが、解釈としては何も破綻していない、実に素晴らしい物語の楽しみ方がありました。
本ルートにおける御両親については、私も非常に納得した次第です。
ただ、そうなるとやっぱり「活発ルート」の両親には疑問が残りますね……
どんな設定の相違があったのか、とにかく不思議
後、本文でも述べたように、主人公が加奈の病気について調べる場面は、物語に深みを与えると言う一点において、やはり必要であったように感じました。
慢性腎不全は確かに移植しなければ治すのが極めて困難な病であります。
ユーザーの私も分かってはいるのですが、それを主人公が調べ続けるシーンを随所に挿入する事で、彼に対する私の想いも随分と変わるように思うのです。

ただ、恐らく勘違いをしていると思いますので、ここで申し上げましょう。
私自身、ご都合主義自体はかなり許容出来る性質です。
物語を構築する上で、特定の産物にとっては必要不可欠なモノだとも思っています。
例えばKey作品なんて、嫌いな人からしたら「ご都合主義の宝庫」と揶揄されてしまうでしょうが、私は結構好きです。
ファンタジーを謳う以上、奇跡で解決する事にも限度はあるでしょうが、私はその基準が果てしなく甘いのです。
やっぱりそれは、作品の内容にその「奇跡」とやらが上手く絡み合っていたからと言うのもあるのでしょう。
個人的に1番好きな『AIR』なんかは、奇跡と言う名のご都合主義は確かに起こったけれども、全てが上手く行った訳ではない切なさを、これまで与えてきた世界観と展開で上手く伝えておりました。
世界観と展開を裏切らない「ご都合主義」なら、私はもう大歓迎なのです。

ただ、現実的な側面をエロゲで描こうとした『加奈~いもうと~』の話に限って言えば、その例えは通用しません。
端的に言えば、本作は「ご都合主義」の見せ方が下手だった。
個人的に思うなら、その一点に尽きると感じます。
恐らく、私が物語に対してストイックすぎるのかもしれません。
もし合わないと感じたならば、若輩者の戯言として御聞き流し下さい。



③私が他の「感動作品」を知りすぎた
>>これも同意、というか共感します。多くの小説、漫画、ゲーム、映画などに触れてきて、かつ自分の趣向と合致するものに出会ってしまうと、どうしてもそれが頭に残り、比較してしまうんですよね。特に自分の趣向と完全に合致してしまった作品と出会うと、それを忘れることなどできなくなる。貴方が冒頭で行ったようなリセットをしようとしても、絶対に頭から離れることはない。貴方の場合は『Sweet pain little lovers』がそうだったのでしょう。ですが、作り手からしてみればユーザー一人一人の事情なんて当然の話ですが知ったこっちゃないんですよね(以下略

こちらは理解と不思議が半々に分かれる結果と相成りました。
前半部分は至極、同意できます。
私のやってきた事って、正直言ってしまえば「無駄な努力」であった時も確かにありました。
『Sweet pain little lovers』のみならず、P.S.で書いた作品群をも超えると言うのは、中々に難しいです。
これら以外の他作品を例示しないと言うのは、これらの良作には及ばないと言う証明
仰る通り「特に自分の趣向と完全に合致してしまった作品と出会うと、それを忘れることなどできなくなる」でしょう。

ただ違うのは、最近の作品でも「感動した」と胸を張って豪語できるシーンが幾らでもあると言う事
二番煎じでも、猿真似でも、後追いでも、感動出来た場面と言うのは幾らでもありました。
製作側が伝えたい一定数の「感動シーン」で、心を動かされる事と言うのは、感情移入の多い私の中では莫大なんです。
最近だと『夜巡る、ボクらの迷子教室』なんて正しくそうでしたしね。
また、仮に私自身のプレイしてきた作品が本作に悪影響を与えていたとしても、男キャラの扱い等、比較せずとも改善すべきであろうと感じたポイントは随所にあり、そこに不満を感じたのも事実でございます。
他作品の素晴らしさに引っ張られて楽しめなかった、だけの問題じゃあないのではないかというのも、正直この作品については感じています。
そう思えたなら、私が悪かっただけの簡単な話だったんですけど、難しいものです。

たまに以前やった過去の良作へ引っ張られる時もあります。
しかし、それでも全体的には及ばなくとも、このシーンだけは過去の良作を越えたと断言できる作品も確かにあります。
そんな中で『加奈~いもうと~』には「無」と呼ばれる感情しか出なかったのだから不思議
クリアした今も何故だろうと気に病んでいますが、恐らく、答えは出ないでしょう。
自意識って、1番のミステリーだなと思いました。
真相迷宮、闇の中です。


>>あとついでに、由美ではなく夕美ですよ? 感情的に彼女を批判した連中に憤るのもわかりますが、一旦落ち着きましょう。

ああ、やっちまった。
誤字脱字は絶対にしないと固く誓っていた私ですが、そもそもにして登場人物の名前を最初から誤って覚えていたとは何たる不覚
私の調査不足、記憶力欠如が齎した問題でしょう。
御指摘、誠にありがとうございます。


>>「加奈は何の捻りもなく、徐々に死んでいきます。」と書かれていましたが、私はむしろ「だから良い」と思ってます。ただし「知的」ルートに限った話ではありますが。
むしろ加奈の状況では、多くの付加価値は邪魔になります。
また、貴方は加奈を「実に卑怯な娘だなと思いました」と書かれましたが、私はそうは思いません。彼女が健全者であったならば、その指摘は的を射たことでしょうが、彼女にはエネルギーが限られているのです。だからこそ、自分のもっとも大切の事柄にのみ、少ないエネルギーの全てを注いだ。そんな彼女の姿勢が悪いとは、私は思いません。彼女には勇太と正面から向き合う「余力」はないのです。死病を患った人間の「メメント・モリ」と健常者の「メメント・モリ」は絶望的なまでの断絶がある、と私は思います。

今回のgggrrrさんの指摘の中で、個人的に恐らく最も響いた箇所
自分がまだ健康であるが故に、死に迫っている人間の死生観へ、真に寄り添えていなかったのではないかと熟考する機会を与えられました。
時間も限られている彼女であれば、自らの大切な存在に多く心血を注ぐのは当然の理屈
死病を患った人間の「メメント・モリ」と健常者の「メメント・モリ」は絶望的なまでの断絶がある、正しくその通りですね……
これは本当に的確且つ素晴らしい解釈だと感じました。
与えて下さりありがとうございます。


>>私は物語を読む姿勢として「好き嫌いをして読む」を採用してます。自分の美意識に抵触した展開になると、基本読み飛ばします。かつ、自分にとって満足するEDがあったら、他のEDのことは頭から外します。そして自分の中の2次創作を作り、それを私の中の「加奈」として保存します。なので、私のなかで「活発な」加奈は存在してません。
私の中では主人公と加奈はSEXしてないし、夕美に対して理不尽な態度は取ってないことになってます(私の中で活発ルートは消滅してます。ある意味作品への最大の侮辱)

これ、凄く面白いなと思いました。
そして同時に、自分には真似出来なき芸当だなと強く感じました。
私は、書いてある文章や内容から最大限の思想や感情、想いを汲み取ろうと邁進するタイプです。
例えば、現在私は『CARNIVAL』の批評に着手しているのですが、その中には作品内で出てきた文学や哲学、宗教思想を捉えて、メッセージ性を見出すと言う項目が設けられています。
出てくる文学作品の共通点から分かる本作のメッセージとか、明示はされていないけれども文体と内容で分かる某文豪へのオマージュとか、登場人物のある台詞はこの哲学思想に準えて生み出されているとか、あるキャラクターの考えている思想は新しき概念と相成って生まれ変わったとか、そんな感じです。

ある種、考えすぎ、深読みしすぎ、そこまで作者は考えていないと馬鹿にされる批評の典型
ただ、私はそれしか出来ないので、それだけの事しか書けません。
そう、「見たいように見る」と言う器用な行為が私には出来ないのです。
気に入らない内容の部分をカットなんて、そんなおいそれと出来ないのです。
それこそ、作品理解における大事な証拠の一部が消失してしまう事の現れとなってしまうから。
なので、私は逆にgggrrrさんのプレイスタイルを素晴らしいと感じています。
自分にはそこまで思い切った事は出来ませんし、そういった遊び方だからこそ見えてくるモノもあると私は思うのです。
その結果、自分が思いつきもしないような解釈に至るのは必定であり、そしてそれもまた、作品を理解していく上での楽しみと繋がっていくのだろうと思います。
私の出来ない事を、意図も容易く、上手く行う方もいるんだなあ……と非常に参考になりました。
是非、今後とも続けていって下さい。


>>私見として言わせていただくならば、貴方は「泣きゲー」という型に拘りすぎたのではないでしょうか。おそらく、ご自身でも理解されているかと思います。しかしそれならば、感想の〆で言った「理性的に見た場合」での点数をつけた方が妥当であると思います。もしくは、点数を付けないか、です。低評価した因が感情的なものであるならば、その点数はそのまま自身に返ってくると思うのです。

正しくその通りです。
改めて本作を振り返ってみると、私は『加奈~いもうと~』と言う作品を「知的ルート」「活発ルート」一緒くたに纏めて考えていた節が多々見受けられるなと感じました。
そして、知的ルートの面に絞って考えてみると、評価されるべき点も増えたように感じた次第です。
その分、活発ルートの杜撰さも際立ちましたが。
今回gggrrrさんから与えられた聡明な指摘と私の熟考を踏まえて、少しばかり点数が上がる事をお約束致します。
理性的に見る事の意味を改めて教えてくださった事、深く感謝致します。



主観の違いで、1つの作品はこんなに味わい深い議論を作り出せる。
これこそが、私のエロゲをやり続けている1つの意味であるのだと、改めて実感しました。
この楽しみこそ、私がエロゲをプレイし続ける原動力にもなり、ここに批評を書き続けている意味なのかもしれませんね……
2018年10月22日19時18分45秒
あまり書き連ねるとキリがなくなるので、これで最後にさせていただきますという前置きを置いておいて、丁寧な返信ありがとうございます。

貴方が仰るとおり、全ては物語に対する姿勢であり主観の違いなんですよね。そこに優劣があるわけでもなく、ただ「違う」というだけ。そして、それに関して言えば私のほうが偏食家であり、傲慢です。これは私生活にも通じてるから、三つ子の魂百までということでしょう。

私の意見について考えを深めてくださり、とても嬉しいです。そして、今後も私が私の楽しみ方をするように、貴方も貴方の楽しみ方を、より有意義にしていってください。



なお、前回話の流れとして書けなかったのですが、貴方が最後に書いた4つの作品のうち、下2つは私もプレイ済みで、かつ「腐り姫」の樹里が、私の触れた作品の中でももっとも印象に残った「妹キャラ」でもありました。そして、ルイリーと樹里の狂気とも言えるレベルの愛を受け取めきった兄2人も、同じく狂気の域にいると思ってます(特に五樹。「いつき」って名前を変換すると、候補に「樹里」がくるんですよね……おそらく作者は意図的でしょうが)
2018年10月22日22時02分24秒
こちらこそ、遅ればせながらの返信にも係わらず、深まる議論のきっかけを与えて下さった事、重ね重ね感謝致します。
gggrrrさんの批評も先程拝見しまして『加奈~いもうと~』への認識にも、深く考えさせられました。
こうした熟考の機会を与えてもらえた時点で、プレイした価値もあったと今では好意的に捉えられています。
作品はやっぱり嫌いと断定して語るより、好きに捉えられる方が100万倍素晴らしいのです。
gggrrrさんと共に語り合えて、とても良かった。
ではでは、また何時か何処かで巡り会える事を願って……




『腐り姫』の樹里は正直、今回のP.S.で紹介したヒロインの中でも、別格です。
あそこまで狂おしさと恐ろしさを貰いながらも、それらを凌駕する切なさと愛おしさを与えられた彼女に、私は未だ囚われています。
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僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じる
僕があり あなたがある
自分はこれに尽きてゐる
僕のいのちと あなたのいのちとが
よれ合ひ もつれ合ひ とけ合ひ
渾沌としたはじめにかへる
すべての差別見は僕等の間に価値を失ふ
高村光太郎『智恵子抄』「僕等」より抜粋
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社会では認められずとも、精神に異常をきたして最後は夫も認識できなくなった智恵子を「極度の純粋」で愛し続けた高村光太郎が好きです。
社会性の喪失した世界でも受け入れられない「極度の純粋」を携え、兄の為に全てへ反逆した『鬼哭街』の瑞麗も好きになりました。
だったら、兄の事を病弱な幼少期の頃から一心に想い続け、世間に受け入れられない「極度の純粋」と共に沈んだ『腐り姫』の樹里なんて、愛していると言っても過言ではありません。
そして、そんな彼女の愛を受け入れて共に居る事を望んだ五樹(+濤羅)こそ、一般的には受け入れられずとも、私の中では最高の主人公
これらは決して、自らの中では「狂気」でなく「極度の純粋」で綴じられる話となってしまうのです。
こういう心境に至ってしまう程、物語やヒロイン、主人公に対して感情移入してしまうのも、極端なロマン主義者ならではの業
傍から見たら極めて狂気的なプレイスタイルでしょう、これからも貫いていこうと思います。





「いつき」の文字変換、先ほど試して鳥肌が立ちました。
2018年10月26日09時23分23秒

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