OYOYOさんの「ポケットに恋をつめて」の感想

奇妙でさわやかな青春物語。荒削りだが面白かった。感想は、「奇妙さ」を巡る全体構成の考察と、キャラのお話。
「古くて新しい」。ゲームをはじめて、なんとなくそんなフレーズが浮かんだ。

「古い」というのは、エロゲーのお約束だとか暗黙の了解のようなものに沿って作品が作られているところ。一方の「新しい」部分というのは、そのお約束を踏まえたうえで、微妙に外していると感じるところ。それは、物語構成だったり、CGの使い方だったりに散らばっているて、安定感の中に、ふと顔をのぞかせる違和感が面白い。勢い任せのようで戦略的というか、したたかさを感じる作品である。

【1】要素の再構成
たとえば構成を見てみよう。本作の全体は、①共通、②エロ、③個別、という三つのパートに分かれている。①はヒーロー部の日常が、②は各キャラとのHが延々描かれ、③ではキャラ個別のストーリーが展開されて物語はまとめに入って行く。あ、ちなみにエロは内容もボリュームもかなりよかったです。

さて、共通の日常があって、個別に分岐して、エロがあるというのは、要素として見れば、近年の一般的なADVのそれにすぎない。お手本通りである。しかし、要素を完全に三つに分けたとすればどうだろうか?

本作は、それに近いことをやっている。 [※1] 中でもHシーンをがばっと固めて一気に全部流すというやり方は、スタンダードなADV系のエロゲーをかじったことのある人、特にHシーンはストーリー全体の中で意味をもって位置づけられていると考えるような人は、とても奇妙に感じると思う。

この感覚をことばで説明するのは、正直ちょっと難しい。ADVゲームがおおむね、シーンを積み重ね、繋ぐことでストーリーをつくることを目指しているのだとすれば、本作はただシーンを描くことだけを目指しているような感じと言えばいいだろうか。いや、「ここまで共通です」「じゃあいまからエロシーンはじめます」というやりかたからは、もっと過激に、あえてストーリー的な繋がりをいったん解体し、要素を再構成してみせているようにも見える。

上述したような明瞭な切り分けは、江戸吉原の恋に似ているかもしれない。吉原では、現実の恋愛を明確に分節化し、それを座敷から馴染みへステップアップする花魁との擬似恋愛として再構成する。これらの段階は本来、日常生活の中で絡み合いながら展開するものだが、紐帯であるはずの日常生活(ストーリー)が吉原には必要ない。だから、ストーリーを装うことなく、ただ要素を並べてみせる。そこに広がるのは明快で、遊び心に満ち、そして中にいる者がどこかしら醒めた目を持つ世界だ。

そんな再構成の必然か、本作は開始時、ユーザーに三つのスタート方法を選ばせる。まず、完全に「最初から」のスタート。次に、各ヒロインのHシーンだけを連続して見るためのスタート(EDや一部シーンは見られない)。そして、体験版終了時点からのスタート(個別分岐の少し前)。ストーリー全部を楽しむか、Hシーンだけ見るか、個別から始めるかが選べるというわけだ。

こういうところに本作の独創性がかいま見えるわけだが、特徴は形式的なことに終始するものではない。むしろ本当に注目したいのは、はじめからやろうが、Hシーンだけを抜き出そうが、あるいは途中から(個別分岐の前から)はじめてみようが、どこからでも作品として成立するのだという、その思想的な部分だ。

ストーリー性というのは、古典的なADVの全体の秩序であり、意味だ。その制度的な強制力から自由になろうとする力が、本作には働いているのだと思う。


【2】完結型のショートシナリオ
構成面の顕著な特徴をもう一つ。OHPでもウリの一つに数えられている、「一話完結」に触れておく。

漫画で言えば『こち亀』のように、一部を除けば前後と繋がらない単発のシナリオが、たたみかけるように続けられる。しかも、その一話が非常に短い。早ければだいたい10分かからずに終わってしまう。『こち亀』を例に挙げたけれど、日常系四コマ漫画とかのほうが妥当だったかもしれない。一話構成で進行するエロゲーは少なからずあるものの、発端からオチまでをこれほど極端に縮めて見せるのは割と珍しいだろう。

メリットは、とにかくテンポが良いこと、メリハリがついて飽きにくいこと、そして中断しやすいこと(しても余り前後の関係を覚えておく必要がない)などがある。忙しい人、飽きっぽい人にはうってつけだ。

ぶつ切れにした複数の小エピソードという特徴は、【1】で述べたことと同様に、この作品に明確な統一性が無いことを予感させるかもしれない。じじつ、物語全体を通してメッセージを伝えようとか、主張のために作品を作ろうという意図は、恐らくかなり薄い。

では、てんでまとまりが無いかというと、そうではない。オムニバスではないし、全体が明確な形をとって何かを訴えかけてはこないというだけで、ゆるやかな纏まりは存在する(その辺りは、それこそ日常系四コマ漫画を思い出して貰えれば納得できるだろう)。その纏まりの中心になるのは、キャラクターだ。

つまり本作は、物語の全体としてのまとまりや繋がりをいったん解体して再構成し、ショートシナリオで全体を細切れにした結果、ストーリー性を薄めたのだ。かわって作品という統一を保証する存在として、キャラクターが浮上する。ストーリーやその背後の主張ではなく、キャラクター自体が、いわば独立して作品に一貫性を与えているのである。

もちろん以上のような内容は、『ポケ恋』の専売特許というわけではない。ストーリーを紡がないような形でショートシナリオを並べるといえば、各ヒロインを選択してエピソードを見ていくタイプの作品というのはほとんどがその分類に入るだろうし(たとえば『同級生』シリーズや『同窓会』のような古典的なものから、最近では『Sugar+Spice!』などもそれに近いだろう)、最初から個別ルートでスタートする作品もある。また、大胆に要素を分解したといえば、『淫蟲 和伝 怪蠱録』のように本編一切無しで、最初から回想モードしかない、などというのも記憶にあたらしい。

ただ、そういった作品というのは、そもそもの話として、いわゆるストーリーものADVのような体裁をとらない。ベースがマップ移動だったり、キャラのアイコンを選択する形式だ。本作がそれらより少し特殊なのは、普通のストーリー型ADVの体裁をとりながら、その中で要素を切ってみせたところである。つまり、既存の枠組みの中に、その枠組を壊すような(少なくともこれまでは別に扱われていたような)要素をはめ込んで見せたのだ。そのズレがゲーム中も残り続け、ユーザーにかすかな違和感を与え続けることになるだろう。

【3】グラフィックの奇妙な配分
これまで述べてきたように、本作の構成上の特徴は、ストーリー形式をとりながら、ストーリー性を薄くするところにその本質がある。

実際、最初こそ事件ベースで話が進んでいくものの、途中からは事件そのものの結末より、さまざまなイベントの中で個々のキャラが何を考えているかに関心が移り、事件の結末そのものは割とどうでもよくなっていった。主人公・高日向修次 [※2] やヒロインたちがどう振る舞うかを眺めているのが、とても楽しくなってくるのだ。このあたりは、プレイすれば実感できるはずだ。

背後にあるのは思い切った挑戦的な手法なわけだが、そういった精神は、グラフィック関係にもあらわれていたように思われた。

グラフィック面では「Live2D」技術を使ったぬるぬる動く立ち絵がウリの一つだが、それとは別に驚いたことがある。何かというと、日常シーンにほとんどCGが入らない。

各キャラだいたい20枚前後の個別CGがあるのだが、大半がHシーンCG。エロ無関係なのは、キスCGとEDのCG、そして日常CGが少しだけ。ちなみにキスとEDのCGは水彩画タイプの特殊なCGなので、いわゆる「普通のCG」は、舞羽が1枚(パンモロ)、凛音が1枚(押入れで背中合わせ)、多紀も1枚(階段から見下ろす)、ゆり姉だけなぜか3枚(抱きつく/バスタオル/一緒に勉強)という感じ。それとは別にSDキャラCGがあるが、数は多くない。

演出という側面から見た場合、一般的に一枚絵というのは、作中の様子を視覚化してより詳しく伝えるためにある。パンチラのようなサービス然り、文字情報や立ち絵より効果的にシーンを伝え、強調する手段だ。その一枚絵をほとんど除外するというのは、どういうことか。単純に演出の手を抜いたのか。もしくは別の代替表現を見つけたのか。はたまた、そもそも入れる必要がなかったのか。

プレイした感覚としては、「手を抜いた」は無いかなと思う。なにせ、差分なしCGだけで80枚、SD込で90枚くらいはあるのだ。お茶を濁すなら他にやりようがあったように思う。つまり、「あえて」CGの比率を極端に偏らせた結果であろうことは想像に難くない。

だとすれば、CGの妙な偏りにどんな狙いがあったのか。もしかすると私などには想像もつかない深謀遠慮かもしれないし、単に時間や予算のような大人の事情のせいかもしれない。ただ、実際の意図は気にしても仕方がないし、またそれほど大きな問題でもないだろう。もとより「新しい試み」として、つまり他に類例を見ないような試みとして行ったのなら、その手法によって何かの意図がただしく反映されるかどうかは検討のしようもなく、したがって結果からもとの意図を読み取り得る保証も、そもそも存在しないからである。

そんなわけで結局、何らかの狙いがあったであろうことを前提に、私は私のうけた印象を語るしかないのだが、実は、一枚絵が出てこないことに途中まで余り気づかなかった。終盤になってようやく、「あれ、そういえば?」という感じ。これは私が不注意だったとかそういう話では恐らくなくて、Live2Dをぬるぬる動かせば一枚絵が不要なくらい、立体的なイメージを頭のなかで作ることができていたからだろう。つまり、Live2Dによる表現の可能性みたいなものは存分に発揮できていると思う。

とはいえぶっちゃけると、だからといって一枚絵が無くて良いということにはならないし、どうせ無くすなら全部なくしてHシーンもアニメ的に動かせば……と思わないでもない。その辺り、いかにも中途半端な感じがして、いまひとつ歓迎しづらかった。ただ、日常のCGを絞るということは、その一枚なり二枚なりに、一番「そのキャラらしさ」を切り取る自信がなければ、できないことだろうなとは思う。

ともあれ、立ち絵にLive2Dを選んだことも含めてキャラの演出にこだわりを感じるというか、本作は、キャラを魅せるということに対してきわめて自覚的かつ先鋭的な作品だというのが私の印象である。

【4】キャラクターの自律性
さて、要するに本作が「キャラクターを描く」ということにある種特化した作品ではないか、ということをダラダラ書いてきた。そして実は、関係する話がメーカーOHPには書かれている。

曰く、「シナリオ書く前に声優さん決めたいというのがあって。さらに押し進めてキャラを声優さんに設定してもらいたい」。そして、「今回、シナリオを書き始める前にキャスティングをして、ライター交えてミーティングしました」とのこと。いわゆる「アテ書き」に近いのだろう。つまりこの作品にはストーリーよりもキャラが先にあったというわけだ。声優さんがキャラ作りから参加という手法の斬新さも含めて、たいへん興味深い。

そういった経緯ゆえか。本作のキャラは時々、妙になまなましい貌を見せる。たとえば、身近な誰かに嫉妬してみたり、傍から見るとなんでもなさそうなコンプレックスに悩んでいたりする様子に、「あるある」と頷きたくなるのだ。キャラが世界に根付いているというか、地に足がついている。

この辺りは、地味ながらテキストの工夫による貢献も大きいように感じた。というのは、キャラクターたちが、彼らの感想を超えた断定や、キャラにはわかりようのない事実を、あまり語らないのだ。

たとえば、主人公たちが最初所属していたのは「情報科学部」であるが、これを紹介する時に、「俺たちのいる情報科学部はいろんな理系の部が統廃合されて……」云々と言ってしまうとどうだろう。これはエロゲーに限らず漫画などでもしばしば見かける、いわゆる説明ゼリフというやつだが、ユーザーとしては解りやすい一方で、「誰に向かって言ってるの?」という風に、否応なく作品の世界の「外」を意識させられる。つまり、作品世界内のキャラたちが、彼らの外側の世界のために動いている姿を目の当たりにすることで、彼らを操っている「人形の糸」が見えてしまうのだ。

それでは本作では、ここをどう処理しているか。まず、そもそも主人公たちが何の部に所属しているか語られないままに、修次たちは部活の話をする。そして、「ありとあらゆる男臭い理系文化部のちゃんぽん」のようなキャラクターの感想が語られる。その後、部室を訪ねてきた舞羽が「ここ、情報科学部ですよね」と発言することで、自然な会話の中でユーザーにすべての情報が伝わるようになっている。実は私、途中で「部の名前はよ教えてよ……」と若干説明不足を感じてイライラしてしまったのだが、舞羽が発言したときに「なるほどなぁ」と思った。

自分たちが何部に所属しているか、などということは、おそらく修次たちにとっては当たり前のことだ。自分も部活に入っていた時のことを思い出せば、そんな状態で普通いちいち自分の部活の名前を言ったりはしない。ましてそれが有名無実で、しかも「情報科学部」なんていう言い難い名前だったらなおのことだろう。もちろん、ユーザーへの説明を優先するなら先に部の名前を出すほうが良いにきまっている。だが作中の流れを優先するなら、むしろ出さないほうが自然なことは間違いない(作品の流れの中でユーザーへの説明も上手く処理できるなら、それが最高なのかもしれないが)。こういう場面は他にいくつも見受けられた。

複数ライター制という事情もあってか、多少説明ゼリフを吐いたりすることはあるけれど、明らかに「画面の外」を意識した動きは抑えられていたように思う。それはその都度、微妙な違和感や驚きとして(たとえば、いきなり弟が出てきたりだとか)受け取られ、そして面白いことに、そのギャップがかえって本作の世界観への手がかりになって行く。また同時に、自分がいままで慣れてきたエロゲーのお約束のようなものが相対化されていくような感覚も味わうことができた。

以上のような意味でこの作品は、キャラの生活する空間を自律的に動かそうとしている。少なくとも、独立した世界をたちあげて、そこで生活するキャラクターたちを演出しようとしているように、私には思われた。

【5】ユーザーとキャラとの接続
ところで、そうやって自律的な空間を立ち上げたときに発生する問題は、おそらく、どこまでユーザーをその空間に引き込めるかということだろう。先ほど私が「説明不足」を感じたように、キャラの思考回路を優先すると、どうしてもユーザーの認識との間に溝が生まれるのは避けられず、下手をすればユーザー置いてけぼりのとんでもワールドが展開されることにもなりかねない。

だが、本作はこのあたりのことを、外側の目線を内在化させることによってうまく処理していたように思う。

端的なのは、これまた序盤のエピソードになるが「ヒーロー部」という名称を巡るエピソード。多くのユーザーはこの名前に対して「なんでやねん」とツッコミを入れたくなるはずだ。いや、「うおお、ヒーロー部マジかっけえええ!!」というハイセンスな方もおられるかもしれないが、私なら自分が入ろうとした部に「ヒーロー部」という看板がかかっていたら、回れ右してサヨウナラである。

そしてこの作品は、そういうツッコミの目線を、次のような具合にキャラ自身のものとして語らせる。

 【高日向】「どうだい、これ」
 【ゆりえ】「うん。なんかさあ、しゅうちゃんっぽいね」
 【高日向】「そう?」
 【ゆりえ】「子供そのものなのに、やたら屁理屈こねてるところ」
 【高日向】「がっ!」
 刺さった。
 何かが。
 【ゆりえ】「あ、あ、ごめんね」
 【高日向】「いや、いいんだ。うん」
 【高日向】「そりゃあねヒーローはねえだろっていうツッコミ待ちではあったんだ」
 【高日向】「でも過去憧れたヒーロー像こそが、閉息感を打破するメタファというか」[※3]
 【ゆりえ】「うんうん。大丈夫だよ。伝わってるから、ね」

キレッキレなゆり姉の言葉攻めも素敵だが、修次が自分で「ツッコミ待ち」と言ってしまうのが面白い。作品そのものは自律的な世界を構築しつつも、その中のキャラクターの感性は多くのユーザーとちかしいわけだ。

またこの他にももうひとつ、ヒーロー部のある活動の成果が手痛いしっぺ返しによって相対化されて、修次が反省する……というようなエピソードもあった。このように、作品自体が単純に自己完結ないしは閉塞せず、内部から自分たちの立ち位置を捉え返すような視点が描かれることで、修次たちが外の世界を意識しなくとも、世界自体に外側を受け入れる準備が整っている。そこに、いわばユーザーがキャラクターとして作品の中に入り込むための通路が開いているのだと言えよう。

ユーザーはかくして、物語から追い出されることなく、物語の中から彼らの様子を眺めることができるのである。

【6】それぞれの恋
では、そんな風に近くて遠いキャラたちが、どんな動きを私たちに見せてくれるのか。そりゃまあ、エロゲーで、タイトルが『ポケットに恋をつめて』なのだから、「恋」をしてくれないと困るというかそれこそが本番。なんだかんだで本作の一番の見どころは、この部分になる。

四人のヒロインは、全くタイプが違っているし、それだけに内容も全然違う。プレイ時の楽しみを損なわないようそこそこで控えるが、ざっとだけ紹介していきたい。

凛音ルートは、彼女が抱える嫉妬や内面の葛藤が描かれる。「分からなくなりそう。修次くんが、憎いのか好きなのか」という終盤のひと言が、気丈で見栄っ張りで、けれど心根の優しい彼女が抱える独特な屈折の本質を綺麗に切り取った、ハイライトになっていると思う。告白から最後まで、非常に味があってさわやかな青春という感じだった。

多紀ルートは意外な方向で面白かった。「平然となんて、してないわ。いつだって、分かってもらえないけど」というルート序盤のセリフを見た時は、内面方向に舵を切るのかと思ったが、あに図らんや。ぐい~んと明後日の方向に曲がっていった感じ。いやまあ、確かに共通パートからそんな感じの人でした。そういう意味では既定路線かもしれない。

ゆりえルートは、淫獣……もといラブ猛禽類と化したゆり姉の猛攻にあえなく修次くんが陥落する話……かなあ。だいたいそんな感じで間違っていないはず。たぶん。なかば幼なじみのような二人の関係が、恋人に変化していく様子が丁寧に描かれていて、とても楽しいルートだった。

舞羽はおそらく本作で一番評価が割れるだろうと思う。共通の時点から食わせ者っぽいというか、決して安定のピュアロリ枠ではない気配は漂っていたが、そう来るか、というしてやられた感がある。何かを抱えていて、ちょっと斜めから世界を見てしまうこの少女と、何も考えずにまっすぐ世界と向き合えている主人公がどういう物語を紡ぐのか。その惹かれ方やお互いのズレ方が印象的で、良くできている。私は結構好きだ。


【7】ポケットに、恋をつめて
本作は決して、完成度の高い、綺麗にまとまった無い作品ではない。むしろあげようと思えば、解決して欲しい課題は山のようにある。

まず、基本的なところとして多数の不具合があった。回想で登録されないシーンやCGがあったり、強制終了したり(パッチで修正済み)。作中でも、テキストと背景があっていなかったり、次回予告が違うシーンのものになっていたり。誤字脱字もとにかく多い。演出面のそういった不具合から、万全の状態で仕上がった作品でないことは察するに余りある。エロゲー業界ではどうしても、このあたりのことはナァナァになりがちだ。もちろんこればっかりはある程度仕方がないと承知しつつも、印刷物で言えば誤字脱字に落丁乱丁が重なって書店にならんでいるようなもの。なので、趣味や同人誌ではなくて商品である以上はやはり、一定のクオリティーを保って欲しいというのが私の希望である。

また、これはちょっとどうかと思ったのは、各ルートの途中でヒロインへの呼び方がころころかわる。たとえば、「多紀さん」が恋人関係になって「多紀」と呼び捨てになったあと、ラブラブしているシーンで「多紀さん」に戻ったりすると、やはりちょっと違和感を抱く。

内容についても、二年間のスパンを使った割りにはそれを活かせている感じがしない。ゆり姉の卒業意外、部活内にこれといった変化はないし、文化祭や体育祭を二年間で比較するような演出も無いので、二年にする必然性があったのかと言われると、私にはよくわからなかった。また、各キャラの私生活がサッパリ見えてこないので、キャラを描くならその辺の「見えない部分」のこだわりも見たかったように思う。

システム面では、これは課題というよりか要望になるが、一シナリオ単位で戻るような設定があれば便利だと思ったし、この形式にするならば最低限、シナリオの頭出しかシナリオ単位でのスキップ機能が欲しかったというのが正直なところ。キャラの立ち絵にしても、ぬるぬる動くのは結構だがもうすこしバリエーションが欲しかった。

……ちょっと思いの外あれこれ言ってしまったが、まあそんな感じで、比較的荒削りな作品ではある。

あるのだけれど、魅力がそれを上回った。その魅力についてはこれまで述べてきたつもりだが、最後に、本作の「オチ」について触れてむすびにかえることにしたい。

本作のEDは正直、別にどうってこともない話だ。特に感動的だとかいうこともなく、ひと区切りはついたけれど、内容的に綺麗なオチがついたとか、そういう感じは余り無い。どころか、まだこれからだよな、という感じを残しつつ、物語はフェードアウトしてしまう。

だからだろうか、ああ終わった、というよりは、もう少し修次たちを見ていたいようで、なんとなく名残惜しいかった。そしてそんな余韻に、私はとても満足させられた。

私たちが見ているEDは、キャラにとっては通過点の一部にしかすぎない。あるいは、「卒業」という時期を考えれば、終わりであると同時に新しい始まりでもあるのだろう。たぶん、これからも彼らの物語は続いていく。それを見られずに終わってしまうのが、もの寂しかったのだ。けれど裏を返せば、「そこから先」があるように思えているということは、既に私たちの中で、キャラクターたちが勝手に動き出しているのだと、そんな風に言うことはできないだろうか。少なくとも私の中では、この二人は結婚するんだろうなとか、この二人はうまくいかないんじゃないかとか、そういうイメージが次々に浮かんでくる。

ポケットに恋をつめて、修次たちは新しい物語へと向かう。EDの先は、物語の中に入り込んだユーザーと、登場人物たちがつくる物語なのだ。誰かがこの後の物語を考えてくれなくても、ほかならぬユーザー自身の頭のなかにはきっと、修次たちが住み着いて、新しい生活を送っていることだろう。エロゲーの基本をはずしてくる意外性が面白いと書いたが、単に奇抜なだけではなく、ちゃんと私たちの想像力を広げてくれるような、良いゲームだった。


[※1]……凛音であれば、共通(①)のあと告白を経て分岐したあと初Hを済ませると、ストーリー的なことはほとんどなくなってその後延々エロが続く(②)。なんと連続7シーン、ひたすらエロ(笑)。間に会話とかイベントとかほとんど入らず、「デート? なにそれ? 美味しいの?」状態である。ちなみにこの展開は、他のキャラも共通で、一度Hが始まると盛りのついた猿のごとし。ただし、Hを重ねる中で少しずつ二人の距離は変化していき、あるイベントで二人の「違い」が焦点化される。そして、凛音に固有の問題の発生と解決を経て、物語は終結を迎える(③)。
[※2]……ずっと気になっていたのだが、「修次」ということは次男なのだろうか。いきなり弟も出てきたしお兄ちゃんがいてもおかしくはない。
[※3]……「閉息感」はたぶん誤字。

なお、解釈や事実関係等に誤解や誤認があるかもしれませんので、その場合はご指摘いただけると幸いです。

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