マルセルさんの「恋妹SWEET☆DAYS」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

実に困った作品だ。強いて言えば、はぐれメタルの剣と盾と兜まで装備しているのに鎧が真性包茎一丁というような、ちょっと常人には理解しにくいセンスを持った作品と言えるだろうか。CGは相変わらず絶品揃いであり、ロリゲンガーとしてはそして伝説へと化した画☆と並び、もはや天空の花嫁の域に達した完全無乳の清冽に研ぎ澄まされたロリボディを自由自在に創造するちこたむ嬢はまさに女神。ボイスも中の人の通常の作品以上に素晴らしく、特に葵のSカワ系小悪魔的お兄ちゃんあまぇ弄りのむちょエロ感とか、恵那の恍惚えへぇぇトリップフェラボイスはファンなら絶対に射精すべき逸品であり、そこらへんの極上CGと極上エロボイスを堪能させるくらいにはテキストのほうもそんなに悪くはない。ただシナリオがねぇ。症例としてはなかなかに興味深いのであるが、ビアンカと結婚しておいてフローラにフェラさせながら、最後はフツーにビアンカエンドってどうよ?
☆基本データ

・総CG枚数(差分無し)75枚 総回想数25枠

・キャラ別CG(エロCG)&回想数

恵那  18枚(13)8回 Sd1
茜   18枚 (13) 9回 SD2
百合香 21枚(13) 9回 SD4
葵   18枚(14) 8回
その他 12枚(1) 1回

☆クリック数

簡単な説明:クリック数つーのは、既読スキップオン+テキスト速度ノーウェイト環境下で計った、ゲーム開始時から作品を終えるまで各シナリオ毎のクリックの合計回数のこと。

(1)初回プレイ時の「共通」+「個別」のシナリオの総容量が分かる
(2)2周目以降の、共通シナリオを除いた個別シナリオの総容量が分かる。

(ゆえに、一周目のヒロインルートはクリ数が多く、二周目以降はたぶん半減するが、一周目の「個別ルート」が他よりも長いというわけではないので注意)

(3)エロテキストのクリ数と。それを含んだ全シナリオのクリ数を比較すれば、両者の割合もある程度はわかる。
(4)テキスト速度の環境さえ同じなら、プレイ時間と違ってユーザーによる計測誤差は少ない。

といった四点が指標として役に立つとバッチャが言っていたような気がしないでもない。

(5)BCは主人公とヒロインが恋人になる前までのクリック数で、ACは恋人になったあとのクリック数ね。
「その恋人になった「まえ/あと」ってどう定義するの?というのはなかなかにむずかしい話であるが、大抵のエロゲには告白CGなるものがありますからそこを基準にします
そういうCGがなかったり、なんかズルズルだらしない感じでずっこんばっこんなシナリオの場合は、まぁ僕がテキトーに判断しますが、その場合は「?AC6992」みたいに?をつけまつ。
って、今回初めて気がついたんだけど、確かに原理的には「誰とも付き合わないシナリオ」っていうのもあらわな。そう言う場合は特にACとかBCとかは書きません。

1周目 恵那 「13111」(共通ルート込み)BC7326 AC5845
2周目 茜   「5325」  BC0 AC5325
3周目 百合香 「7105」  BC0 AC7105
4周目 葵   「5889」  BC0 AC5889

・各キャラのHシーンのクリック数

恵那   1:204 2:385 3:378 4:498 5:397 6:266 7:496 8:506 
茜    1:297 2:493 3:319 4:265 5:387 6:736 7:304 8:494 9:527
百合香  1:234 2:483 3:505 4:233 5:322 6:335 7:388 8:356 9:304
葵    1:245 2:467 3:498 4:343 5:313 6:784 7:457 8:298
梓    1: 387

(備考:BCがゼロなのは共通終了の選択肢ですぐ告白OK個別ルートに入るということ。他にエクストラモードっていうオマケシナリオがあるんですが、こっちはまだ公開されていないので未記載。
各キャラのエチの中に各種3Pとか4Pとかあり。並べて記述すると、恵那は恵那×侑子が一つ。
茜は茜×梓と茜×葵の二つ。百合香は百合香×綺依里と百合香×藤乃の二つ。葵は葵×茜×梓が一つ。全て相手のキャラの処女膜は貫通しませんが)

☆作品の大まかな評価。

簡単な説明:これはもうそのまんまですな。一応Z~SSSまでの評価基準が存在するらしいのですが、大抵はC~Aの間に収まっているようです。
「C」がだいたい「やってもやらなくても別にいいんじゃね」。「B」が「やればけっこう面白いんじゃね」。Aが「やってないヤツは人生つまないんじゃね」。
といったかんじになっております。あと「全体評価」っていうのは、その項目における「作品全体」から感じる何となく駄目だとかイイとかそういう評価です。
あと、これは当たり前すぎて却って説明しにくいものですけど、僕の定義による「シナリオ評価」ってヤツは「感動させなきゃダメ」とか「深いテーマが無きゃダメ」とか、
そういうヤツではなくて、基本的には「その作品が目指していると思われるものが、どれくらい達成されているか?」というような「完成度」評価に近いものかも知れません。
ですから、原理的には抜きゲであろうと萌えゲであろうとシナリオゲであろうとも、その作品が目指しているものが完成されていると判断すれば、シナリオ評価は高くなるって話です。

・シナリオ評価

恵那   B
茜    C
百合香  B-
葵    B-
全体評価 C+
   
・エロ評価

恵那   B+
茜    C+
百合香  B
葵    B+
全体評価 B+

・イチャラブ評価

恵那   B+
茜    C+ 
百合香  B
葵    B
全体評価 B

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☆シナリオについて

別にエロゲオタクではなくても、一人の男性のまわりを四人以上の女性があからさまにでも「囲っている」でも「囲まれている」どちらでもいいのであるが、そう言う状況を見たら「ハーレムだなぁ」と誰でも思うものではないだろうか。
私的な話になるが、僕の住んでいる街には学校やら大学やら図書館やら塾やら公園やら、なにかと学生が集う場所が固まっているので、わりとヒッキーな生活をしている自分でも、うえで言うような「ハーレム学生」連中に遭遇することがままある。
僕がみた感じでは、その八割以上がまぁ実際にはどんな性活をしているかは知らんが、その中心にいる男子は、少なくとも見た目は草食系美男子であり、そのまわりを囲っているのが、
三次元の中でもわりと下品なタイプのベットヤクザ系女子であり、そういうのを見ると、フツーに現実がちっとも羨ましくならないのが愉快痛快嫉妬マンである。しかし、あの草食系美男子はなにか弱みでも握られているのだろうか?
まぁ実際のところ、彼ら「ハーレム学生」は単にそういう友だち付き合い又はなんかの部活活動を一緒にやっているだけかもしれず、そう思い出してみれば、僕も中学の頃に所属していた図書委員会が一時的に男子が僕ひとりの状況になったときは、
やれまわりからハーレムハーレム言われていたものの、その頃の僕がFEのチキたんにゾッコンロリだったのは言うまでもないわけだ(ああ、もちろんエロゲめいた話もメルヘンちゃんのリストカット以外特になかったですけどね)。
ここで何が言いたいかというと、一般的につかわれる「ハーレム」という言葉は、単に男のまわりに複数の女が存在しているだけでそう呼ばれるというだけのことであって、
逆に、歴史的な「後宮生活」や「一夫多妻制」が含意している直接的な性的性活はあまり意味されていない、と言うことである。金持ちが愛人囲っているぜ!みたいなスキャンダルネタはありそうでも、
金持ちがアキバに豪邸をぶったてて大枚はたいてエロゲ声優を呼び集めて、自分の思うがままにドラクエのボイスを収録させているぜ!みたいな妄想は僕らは思い浮かばないものである。もちターニアたんのボイスは大山のぶよできまりな!

(余談だけど、これは日本とその他の国の婚姻制度の歴史を辿ることで、いろいろなモノが見えてくるかも知れない。端的に言えば、中国や中東やその他一部地域(特に昔から地域紛争の多いところ)のように、一夫多妻制が厳密に認められている国と、
キリスト・ユダヤ教の伝統において、一夫一妻制が厳密に定められ一夫多妻を厳密に非難している国と、一応建前的には一夫一妻制を敷いているが、一夫多妻や浮気や愛人の存在が「それほどには非難されない」日本の違いだろう。
「ネタをネタと見抜けない人に~」のコピペを改変するならば「妻と愛人の違いを見抜ける人に日本の伝統的な性規範を理解するのは難しい」のである。そのふたつを明確に見抜いた時点でその実際の有り様の曖昧さが失われるからだ。)

これはエロゲやアニメやラノベにおける、まぁ纏めて言えば二次元界隈における「ハーレム」の意味合いも、一般的な意味における「ハーレム」と大して変わらないように思われるだろう。
なるほど、主人公がモテモテだったり、ラッキースケベが連発したり、場合によってかなり際どいシーンが頻出する各種萌え作品においても、二次創作は別としても、その本編の中で主人公が複数の女性と性行為を持つ作品は異常に少ない。
これはエロゲでも同様である。実際に複数の女性と性行為を持ったまま物語が進んだり、所謂3Pというような複数の女性と同時に性行為を行う作品は、抜きゲですら「一部の抜きゲ」であり、萌えゲとなれば全体の5%にも満たないだろう。
なのにこれらの萌え作品やエロゲにおいては、否定的・肯定的な意味の両サイドから「ハーレム作品」と言ったような評価がなされるのが常だ。これは先にも言ったように、日本における一般的な「ハーレム」の理解の意味もあるのだが、
それと同時に、エロゲや萌え作品独自に存在する「ハーレム」の意味もあると思われる。ここらへんを先ず最初に明確にしておかないと、この作品が抱える「ハーレム」の問題点がよくわからないと思うので、まずは整理してみようとおもう。


この二次元作品に独自に存在する「ハーレム」を理解するためには、その反対項と思われている「NTR」から理解を進めるのがわかりやすいだろう。僕が見たところでは、このふたつはコインの裏表の存在である。
寝取られというのは、一般的には「夫婦たは恋人を他の異性に取られること」であろう。これは実に明確な定義である。然しエロゲや二次元作品におけるNTRは少なくともそれ以上の意味を時として持つ。
例えば、主人公となんの性的または恋愛関係を持っていない「幼馴染み」や「妹」が、主人公以外の男性と性的関係を持っただけでNTRとか言われるわけだ。
そして、こういうのをNTRだといって批判する連中を「独占厨」だとかいって批判する連中がいるが、面白いことに同じ状況をNTRだといって興奮する連中には独占厨と言うレッテルは張られない。
しかし両者の反応は、その非難か興奮かの評価を別とすれば、その認識の枠組み自体は同一である。両者とも「オレのヒロインが他の異性に取られた!」とかいって興奮したり非難していること自体はまったく同じではないか。
ここでは、まず大雑把な言い方をしてみると、その作品に登場するヒロインは「予め」主人公またはユーザーのものである!と言ったような、暗黙の前提が存在していると言えそうだ。
これがマイナス方向に働けばNTRスキーの反応になり、これがプラス方向に働けば所謂独占厨ということになるのだろう。然し、ここで問題は出てくる。NTRスキーは兎も角としても、何故独占厨と言われる人たちは、
彼らが本当にヒロインを独占するのが好きなのであるならば、どうして端的に複数のヒロインとセックスをしまくるようなエロゲーを好まないのか。またはそのようなゲームが沢山出たりしないのか?

まぁ抽象的な話はこれぐらいにして具体的な話に持っていこう。普通の殆どのエロゲにおいて、その物語内容がどうあれ、その作品に登場するヒロインには主人公と密接に関わる複数の個別ルートが存在する。
これを「攻略する」と一応は名付けるとすれば、その殆どのエロゲはその殆どのメインヒロインを攻略出来ると言えるだろう。もちろん、その攻略シナリオは単体の主人公と単体のヒロインのお話であり、
ユーザーはその一回のゲームプレイにおいて、そのさまざまなヒロインシナリオの中からひとつを選択することになる。少なくとも、この時点では「ハーレム」という概念はいっさい関与しないように思われるだろう。
問題は二周目以降のゲームプレイにおいて発生するように思われる。このときユーザーは、一周目と同じヒロインを選ぶこともできるが、まぁ普通は他のヒロインシナリオを選択するわけである。
その選択の理由が「他のヒロインともエッチしたいなハァハァ」であるか「いや、オレは単に物語の伏線が気になるだけっすから」であるか「取りあえず全シナリオコンプするのは基本だろ?」であるかどうかは状況によると思うが、
この時になってはじめて「ハーレム」という言葉が意識されることになるだろう。上の選択の理由がどうあれ、その三つの状況において、Aヒロインは「既に攻略済み」であり残りのCまたはBが「まだ攻略していない」という認識は同じであり、
ここでヒロインまたは物語をユーザーがチョイスしているよう意識を産み出すわけである。これを取りあえずは「メタハーレム」のレベルと言うように定義しておこう。
このように考えてみると、実は初回プレイ時において既に「メタハーレム」が存在していることがわかるだろう。A、B、Cの中から「ひとりをユーザーが選ぶことができる」というそのメタレベルの選択性において、
「ハーレム」という言葉が含意する下世話な比喩を言えば「ひとりの可愛い女の子を自分が選んで好きにできる」ような感覚を与えることもできるからである。

もちろん、このようなメタレベルにおけるユーザーのヒロイン/物語の選択性は「メタハーレム」だけを産み出すわけではない。まぁ、ここらへんは言い方次第というところもあって、全てはメタハーレムから始まるとも言えるわけだが、
まず先に例を出した「NTR」から言えば、その殆どのNTRは基本的に「メタNTR」だと言うことができるだろう。つまり、物語レベルでは主人公とヒロインが「恋人関係」になくて、そのレベルで所有権は発生していなくとも、
メタレベルにおいて「全ヒロインを主人公=ユーザーが攻略出来る選択権を持っている」というレベルのメタ所有権は持っているので、それを侵害されることが寝「取られた」という感情になって表れるのである。
(もっとも、ユーザーの選択において「ヒロインが寝取られるような選択をしてNTRが発生する」ことを、いったいなんと呼べば良いのかという問題はあるが(ネトラセ?ネトラレ?)僕はそこまでNTRゲーに詳しくないので省略)
また、最近ではあまり使われなくなったが、エロゲにおける「純愛」と言う概念も、このメタレベルの問題と大きく関係しているだろう。その純愛を端的に「ひとりのヒロインとだけ真剣な恋愛をする」というなんか大正時代な定義をするのであれば、
エロゲのメタ選択性は些か微妙な意味づけを持つ。確かにベタレベルでは常に「主人公とヒロインは真剣な純愛をしている」といってもいいわけだが、メタレベルでは複数のゲームプレイで複数のヒロインを選ぶような環境に置かれるわけだ。
これを短絡化すると「独占厨」となるわけだが、まぁ確かに僕のようにそのような感覚でエロゲをやる人間もいるだろうけど、ベタレベルとメタレベルを形式的に割り切っている人(これが大半だろう)も多いだろうし、
コンプのために全ヒロインを選んでいる人もいるだろうし、或いは自分の好きなヒロインだけをやる人もいるかも知れないし、或いは選ばれなかったヒロインは可哀想だとか言ってシクシク感涙に悶えるのが好きな人だっているかも知れない。
エロゲにおける「純愛」概念の困難とは、このメタレベルとベタレベルの読解が、その作品以前の段階で、ユーザーによって端的に異なる点である。後述するように、それはある程度作品の物語や選択肢の操作によってその方向性を示せるが、
とはいえ「気に入ったヒロインしかオレはやらん」という人と「全ヒロインオレの嫁だぜたまきん氏ねぇぇぇ!」という人にあいだに、そのメタレベルとベタレベルの葛藤において、かなり開きがあることは疑いようがないだろう。

そして、このメタレベルとベタレベルの葛藤はなかなか言説化しにくい。良く言われるのが「選ばれなかったヒロインは可哀想」というような言説であり、これをエロゲの基本設定とまで言う自称評論家の皆さんもいるわけであるが、
これはいっけんメタレベルのユーザーの選択権を批判している(お前は選ばれなかったヒロインの気持ちがわかるのか?みたいな)ようにみえて、実はメタレベルの選択権をベタレベルの物語まで拡張し前者を一層強固なものにしているに過ぎない。
短く論駁すれば、確かに確実に選ばれなかったヒロインが可哀想になるケース「も」あり得るわけであるが、「選ばれなかったヒロインのその後の物語」は端的に語られないので、基本的にはあとはユーザーの妄想次第ということにしかならない。
では、何故そこで「選ばれなかったヒロインが可哀想」という言説が生まれるかというと、もしも選ばれなかったヒロインがなんかわりとハッピーな状態になってしまったとしたら、そのヒロインのシナリオを読むモチベーションが下がったり、
またはそのヒロインの個別シナリオで語れる内容に感覚的な矛盾が生まれるからである。これは良く言われるように「NTR」だとかまたは「独占厨」と言った言葉だけで解決できる問題ではない、エロゲ独特の哲学的と言って良い問題ではある。
ただ、これを詳細に語るのには下手したらあと10万文字ぐらいは必要になるので、一つの馬鹿げた例とその妥当な解釈例を提示するにとどめておこうか。もしも、現実の世界に「現実のお話」として、
「僕の彼女が並行世界で他の男と激しくセックスしているんですけど、この世界にいる彼女は大丈夫なのでしょうか?」という質問をした人間がいるとしよう。さて、彼はなにを間違えているのだろうか?
これに対して「並行世界の彼女とこの世界の彼女の貞操は関係ねぇだろw」という人は、たぶん現実と虚構の区別が上の人同じようについていない。あくまで普通に質問に答えるなら、並行世界の存在を否定し近くの精神科を教えるべきである。
つまり、元々がフィクションにおける倫理や性的妄想の話を「現実」と同じように捉えるのも間違っているのだが、それと同じように元々からフィクションにおける「並行世界の倫理や性癖」という話にたいして、
「現実だったらたんにあいつら独占的に女を囲っているだけの話じゃねぇかw」とか言いだすのも、上のキチガイ君と同じ程度には現実と虚構の区別がついていないアグネースなのであった。
この点を理解したうえで「選ばれなかったヒロインは可哀想だ」の効果をよく考えてみよう。

「選ばれなかったヒロイン」が常に絶対に可哀想な存在ということにしておけば、自分がヒロインを選んだ場合があらゆる可能性のなかでヒロインにとって最高の物語だと少なくとも確定はできる。これが強力な効果の一つである。
むろん、この絶対に可哀想になるというのは、虚偽に過ぎないのであるが、しかしベタレベルの物語というのは基本的に、それが悲劇であれ喜劇であれハッピーエンドであれバットエンドであれ、
その物語がその物語の有り様でしかなかったという物語の単一性に力を持っているわけで、これは物語に必要な虚偽とも言えるわけだ。人はそれが幸福であれ不幸であれ、ある現実に対して確実な価値判断を欲望する動物である。
「選ばれなかったヒロインは可哀想」という言説は、メタレベルのユーザーの選択の役割の意味づけを「主人公はたったひとりだけヒロインを救うことができる存在だ」というように限定し、
それを持って自分が選択したヒロインのベタレベルの物語を価値を「最高の純愛物語」に仕立て上げるのだ。これはまた逆の方向からも同じことが行われて、選択されなかったヒロインを「可哀想」と固定化することによって、
選択されなかったヒロインが実は主人公と結ばれなくても幸せになれるかも、といったような可能性を否定することで、ベタレベルの物語の価値を最後まで護ろうとする効果もあるだろう。
これは、随分と自分勝手な解釈に思えるかも知れないが、しかしこれをどういう理由を持って倫理的に非難するかどうかは大変に難しい。
パッと思いつくのは、ユーザーのメタレベルでは「自分の好きな選択で好きなヒロインの純愛物語を選んでいる」のにベタレベルで「自分が選ばなかったヒロインが幸せになられると困るというのはフェアじゃない」のではないかという議論だろう。
これはなかなかに興味深い意見であって、こういう感慨を想起させるのだから、メタレベルとベタレベルの葛藤が存在するエロゲは強いのだと言える。何故なら、ここではメタレベルの「ユーザー」の立場とベタレベルの「ヒロイン」立場が、
平等のものであるという前提があって、これに従うのであれば、ユーザーが自分の好きなヒロインだけを攻略すれば、ベタレベルとメタレベルの立場を越えてモニターの中のヒロインとそのまま純愛しているという妄想が可能になるわけである。
ようはそう言う非難をする人だって、倫理的な建前を言っておきながら結局は自分の快楽に資するメタレベルを採用しているに過ぎない。まぁボクも○○ヒロイン以外はあんまー興味ねぇなって時は上のような妄想を採用する場合もままあるけれども。
この手の議論は基本的に「感情移入」がどーこー言われるものであるが、エロゲが複雑なのはそれがたんに一つのルートの物語におけるベタレベルの感情移入だけではなく、上記のユーザーのメタレベルによる感情の問題が絡んでくるからだ。
このメタレベル+ベタレベルの「感情移入」は普通のフィクションにおける単一の物語に対する感情移入と違って、「常識的」といえるような距離感を持たず、その実際の有り様は常に不安定で、人によってその距離感が常時異なるものなのだから、
コレを一つの定義にまとめ上げることは非常に難しい。エロゲは普通のベタレベルの物語のように読者として端に見ることもできないし、むろん、ユーザー=主人公のような関係を成り立たせることもできない。
この不安定なメタレベルとベタレベルの葛藤のあいだにエロゲの物語とそのエロゲをプレイするユーザーは置かれており、ユーザーは時にはベタレベル時にはメタレベルに寄り添いながら、自分ひとりの物語を紡ぎ出しているというのが基本だろう。


まぁ、とはいえ、大まかな実際の有り様としては、それはその人のメタハーレムとベタ純愛との処理のやりかたと、その作品が内包する物語自体のメタレベルとベタレベルの操作によって大きく変わってくるのは確かだ。
例えば、主人公と全ヒロインが全くの赤の他人であり、別に主人公と結ばれようが結ばれないが大して人生変わって無さそうな薄味の恋愛シナリオだったら、メタレベルとベタレベルは形式的に割り切りやすい。
基本的にユーザーが選んだ世界以外の可能性について、特に思うことが少ないからである。
また、主人公と全ヒロインが初っ端から初期好感度100%で、選ばれなかったヒロインが舌をかんでカレーが食えなくなるような話であれば、メタレベルとベタレベルは形式的になかなか割り切りにくい。
作品内容によってそのメタレベルとベタレベルの読解が変わるということが端的に明らかになるのは、紙芝居ゲームとゲーム性重視エロゲを比較すれば一目瞭然であろう。
紙芝居ゲームにおいては、無論その物語内容やユーザーのメタレベルとベタレベルの需要によっていろいろな変化はあっても、ベタレベルでもメタレベルでも一夫一妻制の純愛物語を志向している場合が多いが、
ゲーム性重視エロゲにおいては、基本的に主人公とヒロインの関係性は(そう明示されないでも)一夫多妻制のハーレム関係が多く、ユーザーも特にそれを称揚するわけでもないが、特に一夫一妻制の純愛に拘ることも少ない。
とはいえ、この二つは特に矛盾でもなんでもないし、エロゲオタが特別倫理的にアレだと言うことも意味しない。これも端的に言って、ユーザーはその作品が要求している物語における恋愛または性愛関係に普通に同意しているだけだからである。
何故、紙芝居ゲーでは一夫一妻制を支持して、ゲーム性重視エロゲなら一夫多妻制で良いのかと問われれば、普通のエロゲオタはこう答えるだけだろう。「だって、そういう作品(物語)なんだから仕方が無いじゃん」と。
もちろん「仕方が無いじゃん」というのは少々狡い言い方で、自分がわりとその物語を受け入れて良いと思っているからそれを受け入れていることを誤魔化しているとは言えるわけだが、ただ、その人は特別に一夫多妻制を支持しているわけでもない。
紙芝居エロゲの場合なら、その作品が基本的に(ベタレベル)で純愛を語ろうとしているから一夫一妻制を受け入れて、ゲーム性重視エロゲでは、恋愛以外の基本プロットがゲームシステムのなかでユーザーが経験することになるから、
恋愛や性愛関係のテキストはベタレベルでは主に「オマケ」的な存在に格下げされるのであまり気にしなくなるか、または全ての女性ユニットをコマとして扱うために、メタレベルのハーレム感覚が高まるから一夫多妻が受け入れやすくなるのだろう。
やたらにエロゲオタの「倫理」や「性癖」を云々している人が間違っているのは、こういう次第で、エロゲでもまぁ普通のゲームでも或いは単なるフィクションでもなんでも良いわけであるが、その大多数の読者は、
たんに無批判と言っても良いような素朴さで、その作品世界がユーザーに提供しているフィクション世界独自の倫理なり性癖なり価値観を受動的に受け入れているに過ぎないからである。
ユーザーや読者は倫理的な反応を示さなくても良いという作品にはフツーにそのフィクションを楽しみに、倫理的な反応を示すことが期待されたり、それを煽るような作品には、たんに作品の思惑通りに倫理的に振る舞うだけなのである。

この「メタハーレム」または「メタレベル」がある程度は理解できれば、「ハーレム」の残りの要素の問題は極めてスムーズに理解できると思われる。
これはエロゲにも当然関係してくるところなのだが、理解のためには「萌えアニメ」やら「萌えラノベ」やらを持ち出したほうがわかりやすいだろう。
これらの作品には、当然のことながら「メタレベルの選択」は存在しないのだから、「メタハーレム」なんてものは存在しない。いや、もちろんこれらの作品には基本的に二次創作が付きものだから、
本編では○○と結ばれたけど、△△とのエロしーんをエロ同人で見たいぜっ!って言う人は多いだろうし、そういう二次創作を刺激させる作品も多いとは言えるわけだが、だからといってそれらの物語は本編の中では実現されないわけである。
じゃあ、これらの「ハーレム」は基本的に何を意味しているのかと言えば、それは「萌えハーレム」でも「モテハレーム」でもどっちでも良いのだが、汎用性が高い前者を採用するとしよう。
主人公がヒロイン全員から好かれていてモテモテだったり、またはヒロイン全員と「良い関係に」なれるような隠しフラグが物語のなかに埋まっていたりするような状況を意味するわけだ。
しかし、これらはあくまで「萌えハーレム」であっても「エロハーレム」ではない。それはレーティングやらいろいろな規制やらの問題があるとしても、それ以前にそれらの物語は端的に複数ヒロインとの性行為を必要としないのである。
確かに「ラッキースケベ」イベントもあるかもしれないし、際どいシーンもあるかもしれないし、「これもはやエロ漫画だろw」と言いたくなるようなシーンもあるかもしれないが、ほぼ確実に複数ヒロインとの性行為は回避される。
これらの作品はあくまで「主人公が複数ヒロインに囲まれながら、その中の一人を選ぼうとしたり、なかなか選べないような状況を構築して、その中からお楽しみを引き出す」ところに物語の快楽はあるのだから、
エロハーレムが実現してしまったら、その作品の物語は終わってしまうわけである。なので、これらの作品はいっけん「エロハーレム」的状況を構築しつつ、実はその中で物語が終わるまで「萌えハーレム」を繰り返しているに過ぎない。

(但し、矢吹神が連載している「To LOVEる―ダークネス」は、徐々にこの範疇を壊し続けていると言える。べつだんラッキースケベイベントが過激化しているのが問題なのではないし、当然のことながらモモと美柑とボクは魂の兄妹である。
まぁ、一応は「スピンオフ作品」という言い訳はあるんだけど、本編でリト君はララと婚約関係を半ば正式に自らの意思で選びつつ、ダークネスでは他ヒロインとのフラグをせっせと構築し続けているわけで、
「オレはやっぱりララが好きだったんだぁ!」みたいな戯けたエンドも「やっぱり誰が好きだなんてまだ選べないや」みたいな屁タレエンドも成り立たないところまで物語は進んで逝ってしまっている。
そう言う意味じゃ、To LOVEるはランスを越えたポテンシャルを持ったハーレムシナリオかもしれない。ランスはなんだかんだ言ってシィルという本妻の存在があるから、ああいうご無体が許されているところもあるけど、
リト君は今さらララが好きなんだぁ!エンドに逃げるわけにも逝かないからね。ララに対してある程度告白めいたことをしておきながら、結果的に他のヒロインにも手を出すリト君はイシハーラ以上の真のニッポンちんぽこと言えよう。
どうか矢吹神は自分のチ○コに全萌えオタ作品の混沌とした未来が掛かっていることを自覚して、まったく自重せずに輝かしいハーレムエンドに向けてガム張っていただきたい。安易な一夫一妻制エンドくらい非倫理的なものは無いからだ)

この萌えラノベやら萌え漫画やら萌えアニメからの「萌えハーレム」の有り様から見れば、エロゲの「ハーレム」がどういうモノかもよく見えてくるだろう。両者とも基本的に「萌えハーレム」は共通しているわけだし、
エロゲにも「エロハーレム」が少ないことは最初にほうに書いたと思う。つまり基本的なエロゲのハーレムの有り様というのは「メタハーレム+萌えハーレム」ということになるわけね。
別に萌え漫画が元祖だとかそういうことを言いたいわけじゃなくって(まぁ90年代初期の「同級生」とかの元ネタは「うる星」とかの萌え(モテ?)ハーレムなんだろうけど)一応萌え漫画を基準とする言い方をすると、
萌え漫画や萌えアニメの「萌えハーレム」状態を「共通ルート」と考えて、しかし萌え漫画や萌えアニメやらでは基本的に語られないそのヒロインと付き合ったり恋人になる「個別ルート」を「メタハーレム」として選択するのがエロゲってことですね。
でも、エロゲなのだから「メタハーレム+萌えハーレム+エロハーレム」なんてものがあってもいいんじゃねぇか?と思ってしまう人は多いと思うけど、さて、ここまできて、やっとこさ今回の本題に辿り着くことができましたさ。
ズバリ、この「恋妹」こそ紙芝居エロゲではごく少数に属するといってもいいくらい珍しく「メタハーレム+萌えハーレム+エロハーレム」を実現した、まぁ「実験作」といってもいいんだけど、それがこんなことになってしまったんだよねぇ……


ここまでグダグダ長文書いておいてアレなんだけど、すげぇ単純な話、この作品が自分にとってつまらないか面白いのか?を知るだけだったら、体験版である程度の判別はついちゃいます。
だって、ぶっちゃけこの作品は大半のルートにおいて、「体験版と同じような話」をクルクル繰り返しているだけ!と言ってもそんなに間違いじゃないですからねー。
選んだ個別ヒロインルートに入っても、中に突っ込まないとはいえ、そのルートのメインヒロイン監視下とはいえ(妻または恋人が見ている前でのセックスならOKっていう倫理は一般的なのかどうか教えてガッテン!)、
主人公は他サブヒロインであるばかりか、場合によっては他ルートのメインヒロインまでエッチしちゃいますからねー。体験版のちょろいお嬢様とすぐエッチしちゃうようなノリが気に入った人なら、わりと楽しめるかも知れませんけど。

最初にここらへんのことを明確にしておきますか。エロしーんの具体的な絡みは、最初のデーター数におけるエロクリック数の備考のところに書いてあるんで、そっちを参照していただくとして、
そこに至るまでの流れとか、その後のフォローみたいなものを書いておきます。まず百合香シナリオの場合だと、メイドちゃんとのエッチは「お嬢様にエッチを教える」とかいう流れでWフェラとW素股ズリをやって、
このあとも末永く主人公と百合香のメイドを続けるみたいなぇぇ話に、ちょいエロ期待を匂わせて終了。このルートはロリ藤乃ちんとのエロもありますが、こちらも百合香のエロに当てられて発情した藤乃さんが、
主人公と百合香にエロのレッスンを頼むというかなり無理矢理な流れだし、最後にはどーもヤリ捨てっぽいオチがライターの怠慢を感じさせます。恵那ルートはパパラッチロリとのエッチがありますけど、
これもレズパパラッチが恵那の裸を見るためにHに参加するが主人公の巨大ペニスに云々という流れ。恵那ルートのオチがコメディ系で終わっているし、恵那のキャラがキャラなんで、これはわりと3Pエンドに近い感じですね。
茜ルートは葵との姉妹丼なんですけど、このルート自体9割近くがエロテキストと言う、抜きゲよりも酷いルートなんでどーこー言えるような話はないです。葵ルートは三姉妹と同時に4Pというもので、これは後述するように、
なかなか興味深いところがあるんですけど、基本的には葵のお願いで4Pをしたあと、葵と主人公がもっと仲良くなって夫婦同然になれば私たちもときどき主人公をつまみ食いできるのにとゆー、凄い理論が語れたのちフツーの葵純愛エンドになります。

と、このように書くと、なんだか脳天気な主人公と脳天気なヒロインたちが仲良く楽しく元気よく腰を振り合うコンプリーツ(最近やってねぇよなぁ)シナリオを想像されるかもしれないんですけど、
それは結構違うんですよー。体験版だと主人公がメインヒロイン全員とエロ未遂をやって、その後主人公がメインヒロイン全員の中から一人選ぶような状況に追い込まれて、さて、本編では一人を選ぶわけですが、
その直後数十分(クリ数で言えば1000前後)ぐらいは、選ばれなかったヒロインに主人公がアレコレ悩んだりとか、ヒロイン同士がいろいろ慰め合ったりとか、ああ、やっと普通の純愛ゲーに入るのかーって感じになりますからね。
でも、中盤ぐらいで、わりとなんの伏線もない感じで、基本的にコメディタッチのイベントでサブヒロインまたはメインヒロインとのエッチイベントがスナック感覚で挿入されるようになり、
なんだよやっぱハーレムゲーだったのか?と思い始めたら、その各種3Pイベントはシナリオの流れ的に「なんか無かったこと」にされたような感じでフェードアウトし、最後は婚約者騒動みたいなベタイベントのちフツーにヒロインエンドっすから。
まぁヒロインルートによって、僕の評価はわりと変わるんですけど、基本的には「エロイベント以外、なにを書こうとしているのかさっぱりわからない」シナリオだと言っても良いでしょう。

んで、上の「メタハーレム」だのといった概念を使えば、このシナリオが何をやろうとしてこーなってしまったのかの説明はある程度は整理できます。まず基本的に「主人公がモテモテ」という普通の「萌えハーレム」のところに、
「エロハーレム」をくっつけようとしたんですな。だから、主人公が個別ルートに入る前に全ヒロインとHをやろうとするし、個別ルートに入ったあとにもサブヒロインともエロイベントをやろうとする。
しかし、この作品は同時に「メタハーレム」における「ひとりのヒロインとの純愛物語を選ぶ」ということもやろうとしたから、共通ルートまたは個別ルートにおける攻略外ヒロインとのエチは全部「挿入未遂エロ」となり、
わざわざ個別ヒロインを選んだあとには、エロゲ王道の「選ばれなかったヒロインは可哀想だ描写」を入れてメタハーレムのウラ返しであるところのメタ純愛物語を強めようとする。
とはいっても、その個別ルート以降も、場合によっては「その選ばれなかったヒロイン」ともエッチしちゃうわけだから、その「萌えハーレム+エロハーレム」のモテエロ描写と「メタハーレム」の純愛選択物語は矛盾をきたし、
まるで違うゲームのシナリオが一つのシナリオにシャッフルして入り混じっているようなヘンテコシナリオになってしまうと言うのが名包茎コナン(47歳)の推理でした。犯人はこのチンカスの中にいるっ!

まぁ、単純に全体的な評価で言えば「なんかダメダメな」シナリオなんですけどね。僕はもともと、このメーカーがフツーに3Pとか4Pとか入れてくることを知っていたし、そこらへんのラフさはわりと好きだったので、
べつに3Pや4Pがあること自体が不満ではなかったんですけど、今回はその「萌えハーレム+エロハーレム」の描写と個別ルートの純愛物語の描写が完全に別々になっているところがダメだなーと思いました。
前作のでりぱらっだと、悪い方向性で言えば澄光香シナリオは姉妹丼シナリオになってしまっていたし、良い方向性だと命ちんシナリオみたいに棄神を上手く使って命ちんの可愛さを描きつつ、棄神も救う話も書けていて、
両方とも良い意味でも悪い意味でも3Pや「エロハーレム+萌えハーレム」描写がメインヒロインシナリオに欠かせないものになっていたと思うんですよ。でも、今回はそれが無くって、単におまけでそういう3Pシーンを入れてるだけって感じ。
ちょっとここらへんの話をもう少し詳しく書くと、まずメタハーレムのヒロイン選択においてヒロインをひとり選びますよね。そして、そのあと語られるシナリオは、まぁ原理的にはいろいろなやりかたがあるんでしょうけど、
一般的には「そのヒロインにかんするお話」なわけです。だから、別にそれは「そのヒロインとだけ恋愛する」お話でなくても良いし、そう言う意味で○○ルートで××キャラとHしたりするのも構わないと言えば構わないわけです。
ですから「メタハーレム+萌えハーレム+エロハーレム」といったような作品もやろうとすればできるでしょう。ただ、それはあくまで「○○ヒロインに関係する」範囲内でやらないと、まったく面白くないものが出来上がるだけだと思うんですわ。。
「でりぱらっ」の命ちんシナリオにおける棄神たんは、命ちんの物語と密接に関わっているし、あの前世丼エンディングも、それまでの命ルートのなかで命ちんと主人公が望んだ未来がちゃんと書かれているから、前世丼エンドでも納得がいくわけで。

しかし今作のシナリオはたぶん「普通の純愛シナリオを書け!」と言うような声と「いやいや、ここは3Pが売りのところだろ!」というような声を、ダメな感じに折衷した結果なんでしょうなぁ。
ふたつの異なる(と思われる」要素を融合しようとさせたんじゃなくって、「まぁ、どっちもどっちですから、ここは穏便に両論併記に」って感じで、異なる物語をたんにそのまま並び立てたいるような日和りっぷりがよろしくないのれす。
嫌味っぽく言えば、これはこのシナリオの駄目なところをそのまま典型的に現しているかも知れません。全員の中から選ぶような話をして、その中からひとりを選んでいるのに、その後他のヒロインをつまみ食いさせて、
しかもそれを「無かったかのように」処理し、建前上ではひとりを選んだことになっているけど、他人から見たらなにお前中途半端なことをやってんの?と思われるだけというような。
僕は「でりぱらっ!」ですら「命ちんのシナリオだけはいいぜっ!」と、わりと評価するような萌えオタですけど、今回のシナリオはそういうパラソル信者の目からみても、かなりダメな評価と言うことになりますね。


ただ、全体的にはわりとダメダメなシナリオ群ではあるんですが、まぁ全体的にわりとダメダメだと割り切ってやれば、部分的にはそこそこ面白いところがあるのも事実であって、その良かった探しでもやってみますか。
しかし、何処を探しても殆ど良いところがないといいますか、ぶっちゃけエロしーんを連続でやって終わってるだけのシナリオであるのが「茜」シナリオであります。
詳しくは茜ルートのクリック数から茜エロしーんのクリック数の合計を引けば、このシナリオが「エロしーんだけ」シナリオであることが単純明快にわかると思うんですけど、それにしたって酷い話であります。
一応話の流れ的には、最初に主人公とエッチした時に失神してしまって引け目を感じた茜がまわりに励まされて再Hだとか、なんとか処女を喪失した茜だけど主人公とのHに嵌まってしまいそれをまた引け目に感じて……
みたいなお話があるんですけど、こういうお話を途中の日常描写殆ど抜きにして「ほぼエロしーん」だけで構成したらどうなるのか? あんましこういう言い方はしたくないけど、理屈的には茜の言い分も理解できるとしても、
感覚的には「んー、そうだねぇ。キミの言うとおりだよねえ。だって、プレイ時間の8割以上がHシーンじゃあキミは単なる淫乱じゃないですか」という気分にしかならないことをライター氏はわかっているのかなぁ。
いや、もちろん物語的には「それから何日も経って……」みたいな時間経過はありますよ。でも「今から50億年後……地球にはちこたむ聖人があらわれ全人類をロリコンにしてしまった!」と言う文章は50億年の時間経過を説明していますけど、
それで読者に50憶念の時間経過を感覚的に会得させるのは無理な話じゃないですか。たんにこのシナリオじゃ「茜が引け目に感じている」ことは「説明されていて」も、それが実際にその作品の物語のなかで生かされておらず、
それらの説明はたんに次のエロしーんに繋げるためのものとしか認識されないから、あーあー、またありがちな説明をしているなぁって感じの萎え萎え気分になってしまうわけですよ。
まぁ、そんなことをイチイチ言わなくても、これはここ最近の「自称イチャラブゲー」に良くあるタイプで、たんにエロシーンを繰り返して書けばそれでイチャラブだと思っている典型的勘違いパターンだと切って棄てれば良いと言う話でしょうけどね。
茜のキャラ自体は、最近だとありそうでない大和撫子タイプの「お兄様」キャラで、CGもボイスも個人的にかなりツボだったのに、シナリオがこんな体たらくでは100年の恋も冷めるというものであります。

百合香シナリオは、先に書いたようにメイドと藤乃さんとの3Pがあるシナリオですけど、それらの存在を軽く吹っ飛ばすほど百合香ちんがアレな頭をしているんで、まぁコメディシナリオとしては結構おもしろく読める内容です。
個別ルート序盤から、たぶんユーザーの大半はその伏線すら忘れていると思われていた「学園乗っ取りフラグ」を早々に木っ端微塵にしちゃいまして、あとのお話はひたすら百合香ちんとのイチャラブを満喫するしかない状況。
ただ、茜シナリオみたいにそこでエロオンリーには少なくともならなかった。っていうか、ここらへんはある意味で体験版の共通ルートと同じですわな。主人公と百合香ちんは恋人状態になっているけど、
わりと遠慮無く他メインヒロインも主人公に近づいたりするし、百合香と他ヒロインの視点の描写もわりと挿入されたりするんで、百合香とのイチャラブ描写が足りないって感じは特にしないのですが、
主人公と百合香の恋人状態を前提としたうえで、共通ルートの日常描写を楽しんでいると言った雰囲気ですか。だから、メイドさんや藤乃とのエッチシーンがあったとしても、それは全部共通ルートのエロコメ描写みたいな感じで、
わりと軽く流されていっちゃうんですよね。僕は元からサブヒロインにはあんまし興味が無い人間なので、ここらへんの3P描写はわりとどーでもよかったんですけど、サブキャラ目当ての人にはちょっとどうよ?って感じの描写だろうし、
ここまでコメディ風味で流すようなお話だったら、もっとそこらへんの描写をメインプロットに組み込んだほうが、百合香ちんの魅力アップに繋がったんじゃないでしょうかねぇ。
体験版のちょろ百合香さんは話題になりましたけど、あれはあれで「思い込みは激しいけど、いったんなにかを決めたら一途に突き進む」健気で寛容なお嬢様キャラを表現出てきていて良かったんですよ。
例えば主人公が手を付けてしまったメイドさんと藤乃のふたりをどうするか悩んでいるときに、自分は主人公を立てる正妻お嬢様なんだからその程度のことは気にしませんわ♪とかまぁ多少はそのふたりに嫉妬しながらも言い切ってくれれば、
このシナリオみたいにHしたあとふたりの存在をほぼ「ガン無視」するよりも、百合香ちんの株もコメディシナリオとしての思い切りの良さも上がったんじゃないかと思うんですけどね。

葵シナリオは、たぶんこの四つのシナリオのなかでは、いちばんそのハーレム描写にシナリオ的な意味を持たせようとしたものです。それが「部分的」には成功しているところもあるけど、
全体的には基本的に失敗しているところがこの作品の駄目なところなんですが、葵シナリオ単体としては見るべきところは多少はあります。まぁ全体的にダメなところと言えば、
これも他シナリオと同様に、3Pシーンが絡むところと、葵たんとのイチャラブ描写が完全に乖離していて、このシナリオだと後半に3Pシーンの描写があるまでは、多少の伏線を除けば、葵たんとのイチャラブ描写だけですから。
それでこのイチャラブ描写も、わりと良くないんですよね。これはどちらかというと「エロについて」のところで語る予定ですけど、エチシーンの愛撫描写とかそういう、エチシーンにおけるイチャラブはわりと上手く書けているし、
エチシーンに入る前の、例えば葵たんが主人公の部屋に入ってきて兄妹のような会話をしながら、徐々にエロっぽいムードになっていくところか、そういうのは(主にCGの力が強いですけど)かなりよく書けていると思います。
ただ、それ以外の日常描写はイマイチなんですよ。どれもこれも、エロしーんに辿り着くまでの前振りとしてのみ書かれているから、主人公と葵ちんが恋人になって、今までの生活とどんな感じで変わったのか、そこらへんがぜんぜん実感できない。
「まじから」とか「でりぱら」のファンタジーネタを使った日常描写はどれもわりと面白かったので、次回作も似たような傾向で作品を作るなら、多少大風呂敷を広げても良いので、
主人公とヒロインがその物語世界のなかを動きまわるような日常描写の中でイチャラブをやってくれるとわりとええ感じの作品になると思うんですけどね。ああ、もちろんそこにはちゃんと3Pネタも入れてくださいおながいします。
このシナリオも4Pとその後の一家団欒テキストは良かったんですよ。まぁあの政略結婚ネタはお約束ネタで流しても良いんですが、あれが一件落着したあと、お姉さんと茜が覚悟を決めて主人公にはもう手を出さないと宣言するのを、
葵が引き留めて4Pシーンに引きずり込んじゃう流れは実に良かった。ああいうズルズルべったりで情にほどされてついエッチしちゃうような締まりのなさこそ、まさに日本文化の伝統だとマジで思うんですよ僕は。
Hのあとの会話も素晴らしかった。ああなんかみんなでHしてきもちよかったなーと呆けた頭でいいつも、でもやっぱりこういうことはイケナイよなーという常識が立ち上がるものの、そこはそこで、
主人公と葵が夫婦みたいな生活をするようになれば、私たちも堂々と主人公にちょっかい出せるようになるんだから頑張ってね!みたいなことを言うんですけど、これはスゲぇ台詞だなぁと唸らされました。
まず、ベタな読みとしては、これは冗談の形をとった主人公たちに対する応援メッセージですよね。でも、そのベタな意味を含みながらも同時に、この兄妹たちだったらマジでやりそうだなwと思わせ、
主人公も葵も半ばそれを望んでいそう思わせるところが、この完全に心と身体が通じ合ってしまっている彼らの兄妹関係を独特の形で表現してると思います。ここらへんが、他日常描写とかエンディングまで繋がっていれば良かったんですけどね。

総評的にみるといちばん面白かったのが恵那シナリオでしょうか。基本的にはこちらも百合香ちんと同じコメディシナリオなんですけど、こちらは始めから終わりまで恵那さんがボケ倒し続けるお話であって、
個別ルート開始直後は「実は案外繊細な感情を持っている」みたいな二面性が描写されるんですけど、そっこから先はほぼボケ倒しテキストが続きますからねー。
3Pシーンの導入も、あのー恵那さん、誰がどう見てもレズっ娘はアンタに毎回好きダーって言ってたじゃないですかっ!というツッコミをガン無視して、ごめんねー、レズっ娘は僕のことを言っているんじゃないと思っていたんだー♪とか、
異次元級のボケをかましつつ、謝罪の印として一緒にセックスしようよ♪とかとっさに言ってのけるあたりがかわいらしすぐる。いや、これはまぁ基本的に松田理沙ボイスの勝利ですわな。この恵那さん、いつもえへへーっ♪って、
主人公と一緒にいるだけで自然に声が少しずつ明るくなってしまうような嬉しさでニヤニヤボイスをまき散らし続けているんですよね。それと、パッとみ正直あんまし印象に残らない地味な表情とひんそーな体つきがだんだんマッチしてくる。
基本的にはイヌっ娘属性と言えるようなキャラなんでんすけど、その主人公めざして毎日まいにち小さなベロをはっははさせながらえへへーっ♪ってにやけたボイスとにやけた表情を見続けると、
なんだか幼少期に近所の幼馴染みとひょうんなきっかけでエッチな関係になってしまったかのような、懐かしくもちょっといやらしい微ロリゲーをやっているような気分に浸れます。
このシナリオはエロしーん以外の日常描写もわりとよく書けているんで、エロしーんだけが目立つということはないんですけど、基本的に後述するようにエロしーんの力が大きいし、しかも最後のエンディングのオチがアレだもんなぁ。
まさかタンポン(日本製)が感動のエンディングで使われる作品があるとは思いませんですた。そうですよ。真の成長物語とは、少女が今までのお漏らしを乗り越えて、社会に出るためにタンポンで膣内武装の試練に打ち勝つシナリオのことを言うのだ!

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☆エロについて

今も続いている話なのかどうかは知らないが、2年前くらいか。オーストラリアでは、Aカップのリアル三次元が出てくるAVを児童ポルノ扱いにして流通を禁止させたと言うニュースがあった。
もちろん、このリアル三次元のAカップの女性がちゃんとした成人女性であっても、である。その女性が実際に何歳であろうとAカップの女性がAVに出てきた時点で「児童ポルノ」扱いになってしまうというわけだ。
まぁ、基本的には「野蛮人の法律」と言っておけばいい話であるし、彼らが野蛮と批判しているイスラム教だって、やれ女性がタバコを吸うのはエロくて怪しからんから禁止しろ!という一部のバカに対して、
真っ当な聖職者のみなさんが「そういう妄想をするお前がいちばんいやらしい」ぐらいのまともな反論はするわけで、世俗の国家が宗教的な国家に比べてべつだん賢いわけではないという良い症例ではある。
(世俗国家だからこそ、人間が必ず持っているある種の野蛮な宗教的感覚に鈍感になってしまうということなのだろうか。「先進国」と呼ばれる国の表現規制は昔の歴史で言うところの偶像破壊運動に等しい)

って、余談はさておき、本題に入ると、上のバカな法律を作った連中は「ロリ」と「貧乳」の区別もつかないようなアホンだらという話である。ロリと貧乳が=で結ばれるなら、おっぱいがしぼんだお婆ちゃんたちは全員ロリっ娘ではないかっ!
一応は真面目な話をするなら、いやホント僕みたいなダメ萌えオタでなくても「ロリ」と「貧乳」を同一視するような一般人も殆どいないと思うのだ。
一般人基準で言っても、ロリの定義とは基本的に年齢そして身長つぎに顔の表情さいごに胸を中心とした体つきといったところで、貧乳かどうかは定義の中に入るとしてもいちばん最後に来るものだろう。
二次作品界隈で言っても、例えば同じちこたむ女史が書かれている作品を例に挙げれば、

http://www.web-marmalade.com/products/koiiro/character.html

この中からロリキャラをチョイスするとして、ルリアスティスがBカップだからという理由で「ロリキャラ」だという人は少ないはずである。大多数の人がロリキャラと言えば「ねここ」と答えるはずだ。
とはいえ、エロゲのロリには「ロリ」要素と言えるものもある。これを明らかにするためには、また上のキャラクター紹介を見て、今度は「ロリっぽいヒロインをなるだけあげてください」と言う質問に答えてみよう。
たぶん、大半の人が久遠を除く三人を挙げるはずである。
その理由を問われれば、たぶん「何となく18歳以下っぽいから」とか「表情がちょっと幼いから」とか「体つきがまるっぽいから」とか「やっぱちこたむだし」といったような答えが上がってくるのが予想される。
「巨乳ロリ」という存在を受け入れるか受け入れないかは、まさに百万の死者を産み出しかねないロリ神学論争ではあるものの、その巨乳ロリという存在が、何らかのロリ要素を強く持っていることは疑いようがないわけで、
規範的な「ロリコンキャラ」という存在と、二次作品に必ずと言っていいほど行き渡っている「ロリ要素」は、時として鋭く対立する場面を見せながらも、しかし何らかの共通性を持っているわけだ。

今作において、ちこたむ嬢が描いたキャラクターは、僕が見るところパッと見は全員「ロリキャラ」だと思うのであるが、まぁ別にそのキャラがロリであるかロリでないかの神学論争をするつもりはないんだけど、
基本的に「身長が小さい」だとか「おっぱいが貧乳である」と言ったような、ロリキャラの基本的な特徴がすぐさま目につかない。その身体の何かが小さいからロリキャラだと認識するのではなくて、
表情から体つきから全てのパーツが一瞬でこのキャラはロリキャラだと訴えかけてくる感じだろうか。そもそも、例えば巨乳キャラはその大きなおっぱいがまず最初にどどーんと目に付くのに対し、
ロリキャラの認識は(極端に小さい場合は兎も角)まず最初にそのキャラクターの全体像がこころのなかには入ってきて、なにか特定のたとえば貧乳なところが可愛いとかではなく、
そのキャラクター全体から何らかの小さな可愛さを感じるところにあると思うのだ。小さいから魅力があるんじゃなくて、強いて言えば、小さな色気というようなものがあるわけである。

そういう意味で言えば、今作の特に葵と恵那のエロCGはかなりヤヴァかった。ちこたむ嬢は昔からエロCGはうまかった方であると思うんだけど、恐ろしいことに今回はまたまた進歩している。
体験版の時点における、茜と葵のオナニーCGの表情とか、或いは葵のフェラCGのエロさをどういう言葉で表現したら良いのだろうか? この恥じらいと好奇心と無邪気の三位一体からなるこれらのエロCGと、
そのさまざまな感情が隠された表現を丹念に表現する素晴らしいエロボイスが組み合わさるところを体験するだけで、本当にエロゲという文化を生みだしたわれわれ人類はそれだけでも大したものじゃないのか実感射精するしかない。。
単純にCGだけで判断するなら、葵のCGは殆ど90点以上のクオリティであって、まいかい新しい一枚絵を見るたびに、まるで子供の頃に絵本を読んでいる時のような新しい世界が開かれていく感動に包まれるのだ。
もちろん僕は大人なので、その感動は即座に下半身へと伝わり涙ではなく先走り汁が漏れるわけであるが、それにしたって椅子に逆向きに座って楽しそうにお兄ちゃんと話す葵とか、チャイナ服でお兄ちゃんにしなだれかかる葵とか、
そう言う直接的にエロいCGじゃなくっても、葵がそこにいて主人公に何かを訴えかけようとしているCGを見ているだけで、こちらとしてはもう5発ぐらい抜いているのにまた葵とエッチしたくなってしまうんだから恐ろしい。
確かに後述するように、たんにエロシーンの回数が多く単調なそれが続くだけではエロしーんの増大は却って悪影響を及ぼす。しかし、例えば、この葵シナリオのように、全てのエロCGに対して満点が付けられるようなクオリティを維持し、
そしてエロテキストとエロボイスがそれについてくれば、たぶん話は別になってくるのだろう。この葵シナリオの場合はエロCGは93点ぐらいであり、ボイスは92点ぐらいで、エロテキストはまぁ82点ぐらいだったので、
確かにその理想にはまだ遠かったのであるが「新しいエロしーんのエロCGを見るたびに、思春期のガキのように強制フルボッキさせられた」と言うような感覚を味わったのは事実だ。こういうのを昔の人は桃源郷って言ったんだろうな。

あんましマンセーしすぎるのもアレなんで、一応ちゃんと弱点は書いておきましょうか。まずは上でマンセーした葵だけど、なんで最初のフェラシーンしかフェラがないんですか都条例に訴えるぞゴルぁ。
おかしいじゃん。葵のあの性格だったら、絶対主人公のアレをもう一回舐め舐めするような妄想をしているはずで、挙げ句の果てにはナイチチフェラまでしちゃうはずじゃん。なんか偽カップまで買ってきて誘惑しちゃうのが葵だろ!
エロテキスト的にも、あまりやり過ぎずにちょうど良い感じで葵がじょじょにエッチになれていく感じが良かったのに、それで八回もエロがあるうちで、最初しかフェラがないっていうのは明らかに手落ちだよなぁ。
エクストラシナリオのサブキャラエチに力を入れるぐらいだったら、ちゃんと人気投票でもやってそのキャラの追加エッチシーンぐらいいれてくださいよー。ってまぁエクストラシナリオのアレはたんに発売日に間に合わなかった(以下自主削除)。
まぁ、その原子炉の下からおしっこが漏れているような致命的なミスを除けば、基本的に葵たんのエロしーんは合格点ですかね。八回のうち二回ぐらいはわりと回数稼ぎな感もありましたけど、
それ以外はエロしーんの入る前のいちゃつきとか愛撫テキストがちゃんと妹愛でており、可愛い妹とじゃれているうちにエロイ気分になっていく感じが絶妙の夏野こおりボイスと共に進行して前頭葉が前頭妹になっちゃいますマジで。
個人的には三回目のチャイナ脱ぎおしっこエチと、最後のエロしーんが僕のマイベストエロしーんアルバム自慰ベスト2012タイトル「春よ来い」に収録される予定です。
前者はチャイナ服で主人公を誘惑しようとした葵が、なんか尿意に突然襲われて、葵をまんぐり返ししておしっこをさせるシーンなのですけど、下半身が露わになったまんぐり状態の葵のCGが激エロなうえに、
最初はお兄ちゃんを誘惑しようとしながら、まんぐり状態になっておしっこをする段になると途端に慌てはじめるものの、おしっこを見られたあとは途端に呆けた声になってあそこはくぱぁと開けちゃう夏野こおりの艶技の変化がエロすぎで、
最後のエロシーンはまさに八回のエロしーんを通じて心と体が真に繋がった兄妹の到着点を示すところで、半裸制服姿で主人公のアレをくわえ込み「もっとグリグリしてぇ」とか密着感あふるるスローなエロボイスで夢心地になれます。。


ただ、まぁやっぱりエロシーンを増やしたところで、しかもそれを単純に繰り返すだけじゃダメだなぁと思ったのが茜シナリオですか。シナリオ評価のところに書いたようにエロオンリーシナリオでして、
これはシナリオ評価だけじゃなくって、エロ評価にもわりとマイナスだと思うのだ。僕は一応「今日はこれ以上出せないかなぁ」と思ったらその場でエロゲを中断する変態紳士であり、
常にオレのペニスには突然のエロしーんにも耐えられるように三発の熱いマグナムが常に香姫たんと早くやらせろ!って感じになっているんですが、そういう状態で改めてゲームをロードして、
すぐさまエロしーんエロしーんの連続じゃ「ほー、今日もエロゲ声優さんは頑張ってカロリー消費しているなぁ」としか思えなくなってしまうんだもの。別に主人公とヒロインが特定のシーンでやりまくってます!
という状態を描写するために2回くらい連続でやるのはいいんだけどね。それがずっとまいかい4回以上も続いたりすると、君たちはプラトニックラブという言葉を知らないのかねとツイツイ説教したくなります。
ヒロインが突然エロなり始めたとか、我慢できずにオナニーしているとか、そういう「エロイ」エロしーんを書くためにも、通常の日常描写は必要で、そのギャップやその隠された伏線からそういうエロしーんの効果は生まれるわけじゃんか。
って、まぁ愚痴ってばっか言ってもアレなんで、まぁこんな感じでしたら殆ど抜けなかったんですけど、CGやエロボイスはそれなりに良いし、特に和服姿の茜たんが思いっきり乱れるところはエロかったので、
まぁエロしーんだけで抜ける人には悪くはないじゃないでしょうかね。

あと、複数プレイについても少々。ボクはわりとWフェラとかWパイズリとかWスマタとかは結構好きなので、そう言う意味じゃ、百合香シナリオのメイドWフェラと、恵那シナリオのWスマタは結構よがりましたけれども、
基本的にどの複数プレイも絡むサブキャラやルート外のヒロインの処女膜破らないんですよねー。コレがいけません。ああ、いえ、別にボクは処女厨と呼ばれる高貴な身分の人間ではないんですが、
なんか折角エロイ気分になってはっちゃけているようなエロしーんなのに、「そこ」だけ一線引いちゃっているのが興ざめですよ。いちおー、攻略ヒロイン以外のキャラには「手を出していない」というアリバイ作りなんでしょうが、
膣に入れたらアウトで入れずにフェラだけならOKみたいなアホなことを言うヒマがあったら、ハナっからそんなシーン入れなきゃ良いわけでござるよ。まぁ最初はそういう言い訳みたいなところからはじめちゃって、
やっているうちに主人公も攻略ヒロインもサブヒロインもどんどんエロい気分になっちゃって、もう私たちどうなってもいいのぉぉ!って感じでやってくれたら良かったのにねぇ。そういうのを期待した僕にはなんか姑息に見えてイマイチですた。

話を元に戻すと、百合香シナリオは、その点ちゃんと日常描写をきちんと書いていて、それがエロしーんの伏線になっているので、まぁこれもそのやり方はわりと単調だとは言え、エロしーんばっかで飽きるという印象は薄いです。
百合香の中の人は、やれエロ艶技がヤル気が無いとか言われていて、まぁネットやらマスゴミの文章で「ヤル気が無い」と書かれた場合には「何となくコイツのやっていることは間違っているが、具体的にそれを上手く言えない」から、
たんに「ヤル気が無い」という精神論を言っておけば相手に反論の余地を与えず一方的にぶっ叩き続けられる無敵の中傷ワードだと即座に翻訳するのが常識なのですけど、僕が思うに○橋さんは喘ぎ声が妙にスローなのが批判されるんじゃないっすかね。
テキスト表示で、たとえば「あっ、ああーん、ストロンチウムが漏れるちゃう~」って言うのが会った場合、水○さんは「ああーあっ、あわはぁああーんんん~、ストロンチウームが漏れ漏れちゃうぅぅん~」って感じでして、
別に力抜いてやっているわけじゃなくって、どちらかというと、こちらが脱力してしまうようなヌルさが喘ぎ声にあるような気がします。確かにエロイ気分になるよりも、僕はなんか癒されちゃうことが多いような気も。
ただ、今回のエロテキストは、基本的に百合香たんが主人公にベタ惚れで、わりと一方的な感じでお嬢様がメイドコスとかに変身して奉仕しますな流れのエロシーンが多いので、そういうまったり気味な艶技が逆にエロく感じて良いですよ。
ご主人様に忠誠のキスを……とか百合香たん思い入れたっぷりにささやいてくれるんで、こうじんわり奉仕される感じののエロ艶技やエロしーんが好きな人なら、かなりイイと思います。
ハード系のエロボイスは夏野こおりと野神奈々で充分満喫できるんですから、ここで水○さんのお嬢様ボイスを入れたのはいいチョイスだと思うんですけどねー。

しかし今作の声優MVPは意外なダークホースの恵那いん松田理沙嬢でしょうか。何よりもキャラの表情と声のハマリ具合が半端無いと思うんですよ。特にエロしーんでいうと、三回も執拗に繰り返されるフェラシーンでしょうか。
子供が小さな悪巧みを思いついたようなあどけなさで、小さな下をペロっとペニスについばむ表情もエロすぎなんですけど、そのロリロリにそそられるフェラCGとのフェラボイスのトーンがこれまた絶妙にハマってるわけです。
こういうCGやシチュでハードにチュパ音をまき散らすのも違うじゃないですか。アレは一種の芸になってるからまぁ良いけど、処女のくせにすげぇバキュームフェラを炸裂させる青葉りんご的フェラは、このCGには要求されてないわけですよ。
今回の松田理沙嬢はその、ほんの少しふざけた雰囲気でまだ冷たいアイスを下で溶かすようにちゅっちゅっとやるようなフェラが凄く良いんです。しかも過度に色気を強調せず、基本的に楽しそうな感じでちゅぱちゅぱやっているんですが、
それがちこたむ嬢独自のロリ色気表情と相まって、なんだか無垢な少女にペニスを美味しそうに弄ばれている別世界に導かれオレは何度射精してしまったことかっ! これはシナリオとも関係してくることなんですけど、
恵那ちゃんはたんに走っているところを主人公に見られるだけで嬉しくなって、少し漏らしてしまうほどの天然エロっ娘なんですね。僕はこういう「あからさま」過ぎるエロっ娘設定は、あんますぎじゃないんですけど、
この主人公と一緒にいるだけで嬉しくなって、ちょっとエロイ気分になってきちゃうような、普通の日常描写の演技もエロ可愛いんですよ。ここでも松田理沙嬢は特別にエロっぽい演技をするわけでもなく、基本的には普段の日常のボイスから、
ちょっとばかし体温が上がったような吐息が混ざるんだけなんですけど、その声を聞いているだけで恵那ちゃんを非性的な意味でだんだん抱きしめたくなってくるわけです。そしてその後エロしーんに突入すると、
主人公と恵那ちゃんがじゃれ合って徐々にお互いの体温が上がっていき……ふう、と。もうね、最後のエロしーんなんかたんに、恵那ちゃんのあそこにタンポンをぶち込むだけなんですけど、それだけでなんか満足しちゃいますからね。
癒やし系エロっていうんでしょうかこれは。不安そうな表情を浮かべてアソコを丸出しにしてタンポンを待ち受ける恵那ちゃんを、いろいろとあやしながらタンポンを入れて、
ボク、たくさん頑張ったんだよと恵那ちゃんが笑顔を見せてくれるだけで、どんな名作シナリオのエンディングよりも感動できましたからね。やっぱロリヒロインのエロしーんはエロを越えて病んだ世界を救う力があるのです!
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マルセルさんの「恋妹SWEET☆DAYS」の感想へのレス

相変わらず面白い感想の書き方をされますなぁw
最近、何をとち狂ったか、いい年にもなってやる羽目になった
数学的帰納法なんぞを髣髴とさせるような書き口が面白いですわ。
せっかくなので購入してみようかと思いますwww
2012年06月13日14時31分42秒

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