OYOYOさんの「この大空に、翼をひろげて」の感想

私らがエロゲーに憧れたような熱い気持ちを、次の世代に伝えなきゃ! という情熱が溢れてくる……かもしれません。
大ボリュームの体験版配布や大々的なキャンペーンで話題を呼び、満を持しての発売となった本作。期待にそぐわぬ出来映えで、爽やかなドラマを求める多くの人にお薦めできる佳作だ。

まず、とにかく丁寧。演出、グラフィック、音楽、システムときっちり作り込んである。それもブランドの自己満足ではなくユーザーを楽しませることをきちんと考えたと思われるもので、この点は高く評価したい。技術スタッフの真摯さと努力と、レベルの高さがうかがわれる。

また、変にひねらずシンプルに徹したのも良い。「ソアリング部で仲間とモーニンググローリーを目指す」というのは、用語は特殊でも学園ものにありがちなコンセプト。にもかかわらず、キャラ紹介や体験版でこれだけ楽しそうな「オーラ」が見えるのは、企画の賜物だろう。中心軸が明快で、しかも全ての素材をきちんと支えているから、安心して見ていられる。

サブキャラクターの味付けもなかなかで、達也や佳奈子さん、ほたるをはじめ魅力的な人々が揃っている。一部不満もあるけれど、文字通り脇を固めて物語や主人公を引き立てつつ、自分が輝きを放つことも忘れない良い脇役が多かった。……個人的に佳奈子さんの過去の話、凄く興味あるんですけど(笑)。

更に、密度の高い恋愛描写。基本的にどのキャラとも微笑ましい恋愛が展開されるが、中でもチョロ系くーるびゅーちーこと小鳥さんは圧倒的。特に、「……もしフラれたら、一生立ち直れない。それなら、このままずっと、仲のいい友達でいてほしい」というひと言が、彼女を凡百のヒロインと化すことから救い出した。恋愛に猛突進するだけでなく、想いが通じない恐怖の前で立ち止まるその姿に、とても親近感を覚える。これぞ私たちのヒロインだ! という感じがする。お陰でその後のワンピースを買うシーンとか、カフェの店員さんじゃなくても優しく微笑んで見守りたい気持ちになった。ごちそうさま!!

一方、個人的に物足りない点も少なからずある。主に、次の4つ。

1つ目はよく指摘されている、ルートによる内容の温度差。紺野氏のブログによれば共通・小鳥・天音が氏の担当だったようだが、グライダーに関する知識などで、違和感を感じるレベルの差があった。たとえば依瑠ルートの終盤。あるトラブルは、天音ルートの主人公たちなら回避していたのでは、と思われる。主人公たちの心理の違いだと言われるかもしれないけれど、心理的な問題を安易に技術的な問題に結びつけて流してしまわないところに、ライター陣の差が出ていたと言っても良い。

2つ目は、伏線のうっちゃり方。寮を巡るいざこざは仕方ないとしても、碧の過去やあげはの過去、飛岡の過去といった物語に大きく絡んだ部分が少々おざなり。骨格となる内容だけに、もう少し頑張って欲しかった。イスカの話はあれだけクローズアップされたのに、他のキャラの「大事な」過去の扱いが軽いのは少々バランスが悪い。

3つ目に、碧たちが直面する問題のショボさ。抵抗勢力である飛岡を筆頭とする大人にしろ、碧たちが巻き込まれるトラブルにしろ、少々程度が低い。というより、碧たちに分がありすぎる。これでは単なる理不尽イベント。お陰で物語の緊張感が高まらないし、碧たちの本気さが伝わらない。カタルシスが無いから「これだけ苦しんでもなお、やりたいことだ」という意気込みを伝える効果も無い。辛うじて、小鳥の家族はその条件を満たしていただろうか。飛岡先生は申し訳ないが、熱血教師にも信念を持った教育者にも見えず、最後まで老いたチンピラだった。

最後に、「恋に理由がない」という言葉がちょっと便利に使われすぎていたこと。たとえば双子ルートでは、「結果・効率主義」の依瑠と対比されるかたちで「恋」がある。「Nothing Gold Can Stay.」(大事なことは目には見えない)というキーフレーズは、理由はあるけれど説明ができないというニュアンスの「理屈抜き」を意味している。ところが時々、「生まれつき鳥は飛ぶ」のように、本当に「理由が存在しない」意味になる。それが恋にあてはめられると、恋におちたきっかけが描かれなかったりする。冷静に考えれば「鳥が飛ぶ」ように生まれた時から誰かを好きになっているはずが無く、恋にはきっかけも理由もある。ただ、それが説明できないというだけで。

ワリを食ったのが恐らくあげはで、「幼なじみだから」、もともと碧が好き(そういう設定なんだ)という型に嵌められていた。幼なじみだというのなら、どうして達也(あんちゃん)や柾次ではなく碧を好きになったのか、やはりその辺の場面を描いて欲しかった。言葉で説明できない感情を場面で描く力が、物語はあるのだから。(小鳥ルートなどは逆に、あの紙飛行機の場面で既に恋におちていたよね! というのが凄くはっきりと伝わってきて、とても好印象だった)

概括的な内容はこの辺りにして、本編の内容に踏み込んでみよう。なんだかんだで本作の一番の魅力は、キャラよりもシステムよりも、そのストーリーにあると思うので、そちらに触れておきたい。

本作で気になるのはやはり、「好きになるって、こういうこと。きっと」というキャッチコピーと、たびたび出てくる「青春」というキーワード。この二つはセットと考えて良い。「好き」というのは恋愛に限らず、空を飛ぶことへの憧れ(小鳥曰く、「空に恋している」)も意味している。そして、空への恋こそ、彼らの「青春」なのだから。それでは、本作が伝えようとした「青春」(空を目指したいという想い)とは何なのか。

小鳥・天音を見ると、この二人の「青春」は一見対照的。小鳥は「未来」を取り戻すために、天音は「過去」を取り戻すために空を目指している。けれど、たぶん根っこは同じだ。二人とも「青春」と「社会」を対立させて、どうやって「青春」を貫くかに苦悩している。

「世界の狭さに合わせたサイズに、羽を調節する」という佳奈子のセリフが象徴するように、「社会」は彼女たちに、自分を押し殺して生きることを求めてくる。それに対して小鳥は「今しかない」という想いを、天音は「胸に手を当て、心に耳を澄ませ」て聞こえた声を頼りに、「青春」を生きようとする。そうしてその先で、天音は「私の心が発したのは、みんなの声だった」と気づき、小鳥は多くの人の協力を得ていく。

二人がたどり着いた「青春」は、「社会」とただ対立するものではなくて、一人一人の「自分の心」が集まって、一つの大きな目標に向かっていくものだった。《一人は皆の為に、皆は一人の為に》ではないけれど、そうやって皆が繋がっていくことで、彼女たちは「青春」と「社会」の対立を乗り越える。その「繋がり」が形となり、また次の世代に「繋がれて」行く様子がそれぞれのラストシーンで描かれていた。

では、双子やあげはのルートの場合はどうか。彼女たちに、「社会」との葛藤はそれほど感じられない。むしろ、自身の内面の問題が大きなウェイトを占める。望みの形がはっきり見えている天音や小鳥と違い、彼女たちはどうしたら自分を実現できるか、とは問わない。そうではなく、自分をどう受け止めたら良いのか、ということが主な関心になっている。

あげはや双子たちが求めているのは「自分の望みの形を知ること」だ。あげはにとってはそれは「みんなの場所」(もうちょっと正確には「碧」が居る場所)だし、双子にとっては、「空を飛ぶこと」になる。だからあげはは彼女自身が飛ぶことにこだわらないし、双子はどうしても飛ぶことにこだわりを見せる。図式的になることを承知で言うけれど、望みを形にするという物語が小鳥・天音。望みの形を知るという物語が、双子・あげは、というように整理できると思う。

それでは、彼女らの望みとは何なのだろう。それは、作中頻出する「ただ、空があって、それを飛びたいと思った」やそれに類した表現に集約される。理由を説明することはできないけれど、でも自分がこうしたいと思ったもの。それを願うことが自分らしさと繋がっているもの。それこそが、この作品で描かれている望みのあり方だ。

もっとも、ただ空を目指すだけなら、それは「青春」ではない。小鳥であれば、自分の過去を乗り越えるために。天音なら、イスカとの約束のために。亜紗なら、憧れを手に入れるために。依瑠なら自分が鳥であることを確認するために。あげはなら、みんなの場所を守る為に。彼女たちは同じ所を目指しながら、それぞれに異なる動機を抱いている。そして、その動機の部分にこそ、「青春」の正体がある。

この物語で碧たちが謳歌している「青春」。それは結局、自分らしさ(自分自身)とは何なのかという素朴な疑問を、最後まで考え抜くことだと思う。もちろん、そんなことを作品内で直接言葉で言っているわけではない。だが、どうしてだか解らないけどこだわってしまう「何か」と逢うということは、自分が「その「何か」を愛する人」として表現されることだ。そう言ってしまって良いだろう。「好きになる」ことに真剣に悩み続けるということは、めぐりめぐって、自分を見つけることと繋がっている。

恋愛だって同じ。ある人を好きになった、そういう存在として自分自身を見出す。その結果、自分の存在意義や、仲間や、居場所といったものが生まれて、必ずや人生は輝かしいものになる――。この物語はそういう、明るい希望に満ちている。

もちろんそれが、単なる現実離れした妄想であることは承知している。でも、こういう優しく力強い肯定を、まっすぐに語ることがあっても良いと思うのだ。いま青春を生きている人だけでなく、それを見守る立場になった人にとっても、若い人たちの青春の力を信じるということは、意味があると私は思う。

「迷った時は、自分の心に耳を澄ませるといい。あんたの正しい答えは、そこにある」――イスカのこの言葉は、至言である。裏を返せば、青春とは迷うことから始まるということだ。「誰かにとって正しくても、他の誰かにとって間違ってるってことは、沢山ある」。そんな世の中で、私の「答え」を創り出すために必死に戦う人たちに、碧たちは勇気と希望を与えてくれる。

逆に、この辺のノリについて行けないと少々辛い。「ソアリング部」という余り馴染みのない題材なところへもってきて、「空を目指す」という碧たちの目標は、序盤にはあまり語られない彼ら自身の個人的事情と深く関わっている。つまり、ユーザーもまた「モーニンググローリーを目指したい」と思わせる仕掛けが少ない。周りで盛り上がっている部員を眺める「脇役」になったユーザーを作品に巻き込むきっかけとしては、ソアリング部の活動のノリ(一丸となる姿勢)か、モーニンググローリー自体の描写(ユーザーも見たいと思わせる)くらいだが、作中描かれる目的というか熱量を、ユーザーが共有しにくい部分はあったかもしれない。

とはいえ、その辺の雰囲気にあうかあわないかは、体験版の範囲で十分判定できる。体験版を出すことで、別に作品の質が良くはならないかもしれない。けれど、ブランド側は無駄なお金を使わせないように最大限の配慮をしてくれているわけだ。内容評価に直接関係はしないにしても、その配慮には敬意を表したいと思う。

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