Suxamethonium28さんの「赫炎のインガノック ~What a beautiful people~ Full voice ReBORN」の感想

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さてなんと言ったものか。この作品を適切に要約する単語としては「おとぎ話」なのであろうか。
赫炎のインガノック 総評感想
執筆者:やーみ@Suxamethonium28 

 本総評感想は私の随筆のような体を取って記載していきます。

 さてなんと言ったものか。この作品を適切に要約する単語としては「おとぎ話」なのであろうか。世界観は現代日本でも近代日本でもなく、どこかあり得たかもしれない世界の、地獄をなした完全循環都市である。作品が示す世界観は煤と排煙とに塗れた廃墟的なもので、それらは素晴らしくよく描けている。糊口を凌ぐ生活、娼婦の諦観、ドラッグの蔓延など、いずれも彼彼女らが「現在」を否定し思考停止状態に陥っている。その凄惨さが濃密な心情場面描写を伴って目の前に提供される。情報開示の手順もよく練られている。別に謎と呼ぶほど大層なものはなく、ただ歪んでしまった「想い」があっただけ。このことを段階的に明かしていく手法としての「心の声」パートは中々に良い働きをしたであろうと思う。文体はテンポを重視しており、詩的な言い回しが多い。論理的、論説的な文とは程遠いものの、これはこれで読者に対し独特の感覚を惹起出来ているのではないだろうか。
 
 シナリオの根幹を時系列を正しくして簡単に語っていこう。まず大公爵アステアには娘がいたが、その娘は駆け落ちで大公爵アステアの元を去った。駆け落ちした娘は下層(確か八層)にて居を構え生活を送りケルカンとキーアを産んだ(ケルカンがキーアを妹呼ばわりする箇所がある)。続いてその娘は男の子を孕み、出産のために上層大学付属病院に入院した。満期産に近かったであろう胎児(事故当日が出産予定日だったと考えられる記述あり)はキーアの声を聞き取れていたようだ。母体が入院しキーアがそのお見舞に訪れた時に、上層大学付属病院での崩落事故が発生した。崩落した瓦礫は産科病棟を直撃し、入院していた母体が宿していた胎児四十一体は全滅した。なお四十一の児のために院長はゼンマイ仕掛けのおもちゃをそれぞれの児ごとに用意していたようだ(ブラッドツリーの「西の血液」を好む性質と、西の人間の院長が植木鉢の玩具で手を切った描写とを比較せよ)。またキーアも瓦礫の直撃で生き埋めになり、当時研修医であったギーに救助されたものの、彼女自身は危篤状態であってICUに搬入された。結局ギーの懸命の治療も虚しく、キーアも息を引き取った。
 上層大学付属病院崩落事故の報せを受けた大公爵アステアは駆け落ちした自らの娘と孫二人(レムル及びキーア)の訃報を受け、酷く混乱した。彼は混乱の中で西の秘本を使用し、彼彼女らの復活を企んだ。その方法は機械を生きた存在に変えようとするもので、結果原初の存在である道化師を生み出した。その際に事故で失われた四十一の児は「奇械」となれ果てた(この辺りの順序因果関係が私には朧気なので、どなたか補足を求めたい)。この四十一の「奇械」が持ついわゆる必殺技は彼彼女らの死因であった。そして四十一の玩具は持ち主になる予定だった児たちの断末魔の恐怖をは現象数式実験で受け、人々にクリッターとして牙を剥いた(不幸な事故を忘却した都市の民への罰だ、とベトロブナが述べる記載はあったものの多分ミスリーディングであろう)
 機械に生命を与えることによる死者の復活という超常現象を狙った大公爵アステアはその副産物として現象数式やクラックエンジンを開発した。数秘機関はその最もわかりやすい例であろう。大公爵アステアは実験の過程で身体的生命を落とすことになってしまったが、ドラッグ:アムネロールによって得た三十数個のいわば生命力をもって「無貌」として存在していくことになった。

 さてこれらの前提条件を少しずつ表に出していくことがこの物語の構造であったわけだが、プレイ終了直後においては僕にはこの物語の描きたかったモノがあまり見えてこなかった印象がある。「赫炎のインガノック」というタイトルに付随したサブタイトルとして「What a beautiful people」とある。訳すならば「ああなんと美しい人々よ」であろうか。本作主人公(ギーでもあり、主人公の奇械ポルシオンでもあろう)は最終的に「諦めない」ことによってTrueENDを勝ち取っている。ゲームパート(いわゆる心の声パート)においても適切な選択肢を適切な順番で選択していかなければならず、このゲームパートの難易度がプレイヤーの意志を砕くには充分であって、「諦め」ればインガノックの住民は救済されない(1)。またゲームパートは作中においてポルシオンの視点とゲームプレイヤーである我々の視点をわざと一緒くたにして描かれており(2)、プレイヤーと主人公たちの「諦めなさ」を一体にする役割があったと思われる。以上を踏まえるとサブタイトルで主張する「人間の美しさ」とは「諦めない」ことであると考えて良いと思われる。よってこの物語が描きたかった物事は「諦めずに突き進む人間の美しさ」であると私は考えている。
 
 「諦める」という要素をキーワードとしてこの物語を改めて確認していこう。まずは各章におけるゲストキャラクターたちに関してだ。
 第一章においてはサレムが挙げられる。サレムは元々女性蔑視的価値観を持っていた男性であったが、「変異」の影響で女性化した。そして女性としての役割(サレムの価値観であり僕の価値観ではないことを宣言しておく)をせめて果たそうと娼婦として仕事に邁進するも、妊娠を行うことは出来なかった。女性性としての生存を諦め結果クリッター:ウェンディエゴに傾倒し、全てを亡き者にしようとした。
 第二章には特にゲストキャラなし。
 第三章にはドロシーとジョン・スミスを挙げよう。ドロシーはクリッター:ブラッドツリーに感染し、自身の生存を元から諦めていた。彼女自身の存在を証明する方法はオルガンだけであると認識し、背後のジョン・スミスの声に耳を傾けることなく演奏に耽っていた。一方でジョン・スミスは彼女の幸福を願い、厳しい労働に勤しみ、オルガンに耽る彼女に声掛けを続けた。諦めてはいなかった。キーアとの交流によって諦念を破棄したドロシーはギーとジョン・スミスの助力を得て、自身に感染したブラッドツリーの排除に成功した。
 第四章においてはルアハが挙げられる。このルアハも何らかの原因で生命が危うくなり(僕がルアハの死因を覚えていないだけ)、全身の九十二パーセントを機械に置換した機械人間となった。元々のルアハのパーツは大脳の一部のみであった。これに絶望したルアハは自らを人間でなく自動人形の機械として扱うことで安寧を図った。彼女もキーアとの交流によって自身の人間性を再認識し、人間としての生存を希求するようになった。
 第五章のアグネス・フランシスカの祖父も遠い昔の約束を違えないようにするために、クリッター:ゴーレム出現時にも自宅に待機しようとしていた。
 第六章のマグダルは完全に諦観した娼婦であって、現実を拒絶しドラッグ:アムネロールに耽っていた。オロ(マグダルの父の記憶を奇械に与えられた少年)が破壊される現場を、彼女は目撃し全てを諦めた。結果彼女はケルカンに殺害されることになった。
 これ以上のゲストキャラへの言及は僕の体力の都合上省略するが、おおむね「諦めた」ものには何らかの方法によって死(ケルカンに言わせれば都市からの解放だが)が与えられている。廃墟的な世界にあって確かにその中での生活は非常に厳しいものがある。都市における地獄の十年間を鑑みると確かに何らかの妥協をもって生活したほうが生きながらえやすい。それにも関わらず稼げもしない巡回医師に精を出し、「美しいもの」を顕すという奇械を背に自身の心残りを達成せんと下層を駈けるギーは確かに都市の中では異端であるが、
逆に彼のある種の情熱な都市に溢れる諦念との明確なコントラストを作り出していた。「美しいもの」を強調するためには他の物事が美しくあってはいけない。この物語の世界設定が概ね悲惨であったのはこういった事情があるのではないかと考えられる。

 緻密な心情描写と世界設定の濃密さは高度な没入感を作り出しており、ポエムが過ぎる物語本文を私が読み進める原動力となった。確かに読後感はあまり良くはなかったものの、作品のメッセージに関して思考を重ねていくと充分にそれは理解出来かつ表現されていると考えられた。「諦めない人間の美しさ」という前提で物語をもう一周してみれば、私が当初抱いた読後感の悪さも払拭されるのではないかと考えられなくもない。とはいえこの過剰なまでにポエムな本文をもう一度読み返す元気は、私にはない。

参考文献リスト
(1)猫と月の廃墟 赫炎のインガノック 考察みたいなもの 2017/11/9 閲覧
http://submoon01.hatenablog.jp/entry/2014/10/13/232757
(2)箱の中の鍵を求めて これは"諦めない"ための、「美しいもの」と都市の物語 2017/11/9 閲覧
http://liberregis.blog119.fc2.com/blog-entry-36.html

Suxamethonium28さんの「赫炎のインガノック ~What a beautiful people~ Full voice ReBORN」の感想へのレス

あなたの総論感想を読ませていただきました。とても理論的で読みやすく、再びインがノックをプレイしたくなりました。

あなたが時系列を纏められた物語の発端ですが。ほぼ間違いないでしょう。一点、あなたが補足を求められた箇所について、私なりの所見を述べさせていただきます。

赤子たちが「奇械」になった理由などですね。あくまで私個人が受け取り、考察したものですが、参考になれば。

都市に起こった「復活」ですが、これはあなたが記されたとおり、崩落事故で死んでしまった赤子たちの「復活」を願った大公爵が起こしてしまったものです。ですが当然大公爵はあんな惨状を願ったわけではありません。ではなぜあのような状態になってしまったか。

大公爵は「人の命は何よりも尊い」、「せめて生まれることすら出来なかった彼らだけでも」という想いを込めて「緑色秘本」をひも解き、原初の存在を呼び寄せました。しかし、この魔書から生まれた存在は、この大公爵の言葉の「証明」を求めたのだと、私は思っています。

「人の命、とりわけ赤子の命が何よりも尊いというのであれば、人々はどんな地獄に落ちようとも、それを忘れないはずだ」という具合に。そして地獄のような日々を送りながらも崩落事故と失われた命を忘れなかった物だけが、再び原初の場所にたどり着き、そのときこそ大公爵の言葉は証明され、今度こそ正しく願いが叶う、というまさに悪魔の契約じみたことを行ったわけです。

だからこそ、赤子たちの「復活」は不完全な形で成された。41のクリッターが院長があげるはずだったおもちゃを模したものであるのも、その攻撃方法が「死因」であるのも、この道化師が仕掛けた都市の人間に対する「ヒント」ではあったのでしょう。

大公爵自身は実はあの「復活」の際に人間性を奪われており、残ったのは道化師によって操られる空っぽの人形。彼の存在もまた都市の人々に対する「ヒント」であったのでしょう。大公爵の「豹変」に人々が疑問を向けるように。

しかし、物語で語られるように、都市の人々はあの地獄を経た日々の中で、誰も10年前の事件を思い出すことなどありませんでした。彼らは今日を生きること、食べるパンのことで手一杯で、そんな余裕を持つ者などいなかったのです。クリッターとは何なのか? なぜ都市はこうなったのか? そんな疑問を解消しようとするものはほとんどなく、いたとしてもその困難さにすぐに諦め、日々の生活に戻ってしまう。

そんな中、10年前の記憶は忘れても、その時の「想い」を忘れていなかった男が2人。それがギーとケルカンです。この2人もまた10年前のあの日、あの病院の集中治療室にいたのです。

危篤状態のキーアに対し、ギーは最後の瞬間まで諦めず、ケルカンは苦しませるより楽に死なせてくれ、とギーに迫っていました。キーアの話によれば当時のケルカンは医大生だったようで、あの混乱の人手不足の中、医大性であった彼も治療に参加したということでしょうか。

この2人の都市でのスタンスの違いは、実はこの10年前の集中治療室でのスタンスと、一切変わってないんですよね。例え助からない可能性が高くても最後まで諦めないギーと、必要以上に苦しむよりは楽に死なせたほうがいいというケルカン。その想いが残っているから、ギーは巡回医師となり、ケルカンは巡回殺人者となった。

あの煉獄の日々の中。彼ら2人だけは記憶は無くなろうとも想いは消えず、だからこそ「奇械」と縁を結ぶことができ、彼らが記憶を取り戻したとき、インガノックの地獄は終わる。停滞していた大公爵の願いの行方も決まる。

そして物語の最後は、人間の子供の体を得て「復活」したポルシオンの描写で終わります。10年の地獄を経て、大公爵の願いは果たされたのですね。


しかし、この物語には「悪意」ある人物がいなかったんですよね。大公爵はただ必死に哀れな赤子たちを救おうとしていたし、ケルカンは地獄のような都市で苦しみ続けるよりは、都市の終焉を願った。各章で出てきた人物も都市で苦しんだ者たちばかりです。

このスチームパンクシリーズは多分にクトゥルフ神話の要素が含まれていますが、大公爵が用いた「緑色秘本」も、異界の魔書なんですよね。あの原初の道化師はまさにそれの化身。人の心の隙を、異界の邪神は見逃さなかった、というわけでしょうか。善意は曲解され、悪意に満ちた地獄を生み出した。

全ての間違いは、何が起こるかわからない超常のものに頼ってしまったことなのでしょう。大公爵は立派な人物でしたが、身内の悲劇を聞いて心に隙が生まれてしまい、禁断の方法に手を伸ばしてしまった。ですがそんな人間の心の弱さによって生まれた地獄を終わらせたのは、最後まで原初の想いを忘れなかった人間の心の強さでした。良い対比ですね。人は弱く、そして強い。だからこそ美しい。

そんな終わり方で締められているこの物語を私は気に入ってます。



余談ですが、私はギーがほとんどものを食べずコーヒーばかりを口にするのは、彼の心の奥底は、未だに10年前の集中治療室にいるからだと思っています。あの時の彼はまさに寝食も忘れ治療に集中していたのでしょう、限界が来た時にコーヒーを流し込んで眠気を抑え、また治療に集中する、ということを繰り返していたんではないでしょうか。
2017年11月11日11時55分03秒
弊感想をお読みいただいた上、丁寧な解説を賜りまして誠にありがとうございます。
gggrrさんの仰る解釈は筋が通っているように感じます。
弊感想で引用したサイト(2)には以下の記載がありました。
"”・《復活》から《解放》までの10年、及び都市内と外界との時間差
これを紐解く鍵は老師イルではないでしょうか。2章で彼は言いました。「わかるね。なぜこの都市があるか。それは、草花が朝露をこぼすのと同じこと。壁から落ちた卵の狂人は戻らない。大変だ。中身が潰れてしまう。しかし、落ちる前なら割れもしないものさ。」
すなわち、卵が壁から離れても落下した結果が残らなければ卵は割れない。都市も「崩落事故」という落下の始まりがあっても、「それによって死亡」という中身が割れる結果が無ければ命を救えたのかもしれない。そのために大公爵は「卵の中身が潰れた」という現実を曲げる現象数式によって結果を書き変えようとしたのではないでしょうか。
更には根源存在、もしくは自分では無理だと悟った大公爵により「落下した卵が滞空している時間」=誰かが願いの果てへ至るまでの時間を引き延ばされ、インガノックにおける10年が外界での1年だったという時間差になったのではないかと考えます。"”
このイル老師の二章におけるセリフは私も印象深く覚えておりまして、こちらのサイトの指摘に感心した次第です。この解釈とgggrrさんの仰る内容とを突合させると
身内の訃報によって心に隙が生じた大公爵が、禁断の手法としての緑色秘本に手を出し、結果原初の存在が誕生した。原初の存在が誕生した際に大公爵は抜け殻と化した。原初の存在は大公爵の当初の理念である「人命の尊さ」を証明することを要求し、都市を外界と隔離することでシュレディンガーの猫状態に追いやったうえで、凄惨な環境においても上層大学付属病院崩落事故を忘れないものが現れるかを確認しようとしていた。原初の存在によるヒント兼凄惨な環境をもたらす舞台装置としての役割がクリッターには与えられた。
という流れが考えられそうですね。参考になりました。誠にありがとうございました。


(2 再掲)箱の中の鍵を求めて これは"諦めない"ための、「美しいもの」と都市の物語
http://liberregis.blog119.fc2.com/blog-entry-36.html
2017年11月11日23時33分03秒

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