OYOYOさんの「大図書館の羊飼い a good librarian like a good shepherd」の感想

ところでやっぱりブルマの方がよかったでしょうか。 [>はい / いえす
いまや押しも押されぬエロゲー界の大御所となったオーガストが満を持して放った学園もの。全体的にハイクオリティで目立った穴がない。キャラソンもメインヒロインに1曲ずつ、OP、EDも2曲ずつと楽曲が充実。立ち絵を切り貼りして凝った演出をしているけれど、それが邪魔になっていない(演出がうるさくない)のもポイントが高い。

加えて、エロが結構濃い。不自然なアングルのサービスパンチラは勿論、だいたいどのCGもエロいのが素晴らしい。メリハリつけろと言われたらぐぅの音も出ないが……。もっともある程度コンシューマを意識しているのか、どうしてもエロが無いと成り立たない話というわけではない。その辺はやはり評価を下げざるを得ないだろうか。ただ、だからといって手を抜いているわけではなくてフツーに抜けるレベル。個人的にはタイツとかストッキングが良い感じで、破り方(破った後のギザギザとかを細かく描いている)に職人芸的なものを感じる。ほんとごちそうさまですε-(´∀`*)。

さて、前作『穢翼のユースティア』からの大幅な転身が賛否両論を巻き起こした『大図書館』。昔のオーガストに戻ったという声も聞かれるけれど、一概にそうとも言い切れないと思う。

もちろん見方次第ではあって、ご都合主義的で楽天的な世界観、という意味では「ユースティア」以前のオーガストらしさが存分にあらわれた作品だ。けれど、ストーリーが事件を描くことよりもキャラクターの内面を描くことのほうに比重を置いていること、そしてとりわけ主人公である京太郎の心理的な問題がその中心にあること。この二点において、過去のオーガスト作品とは一線を画しているように、私には見えた。

これはたぶん、本作の「退屈さ」と「面白さ」の問題にもかかわっている。本作のストーリーを駆動させる事件は、図書部に舞い込む依頼と、「羊飼い」の正体の二つ。前者は単に「何でも屋」のような業務。さりとて探偵物のように、一つ一つの事件に見応えがあったり、その事件で主人公が活躍するような展開ではない。ビラ配って仲間を集めてダラダラ活動しているだけだから、事件としての魅力は乏しい。タイトルはいっそ『大図書館のビラ配り』でも良かったんじゃないかと思ったりもする。

「羊飼い」のほうも同様で、散発的にイベントが発生はするものの、実害らしい実害がでないせいのに加えて京太郎たちも本気では調査に乗り出さないので、緊張感が無い。そのうえ、散りばめられたヒントがあまりに露骨で解りやすい。正直、物語のスパイスにはなれても、これだけで話を引っ張るほどの力はない。

要するに、事件ベースで考えた場合、この作品は非常に代わり映えせずパワー不足で退屈なのだ。けれど、キャラクターベースで見ると全く違う。たとえば千莉が少しずつ集団に馴染んできたり、つぐみが暗い陰を見せたり、しっかりものの玉藻がワーカホリックに見えてきたり、佳奈が時折「大人びた」様子を見せたり……。シーンが進むたび、キャラクター心理の掘り下げがきちんと進んでいる。そして、同じビラ配りの中だからこそ、表情や態度の違いが鮮明になる。つまり状況のほうが大きく変化しないことが、かえって心理の動きを際立たせている。

事件ベースで見るか心理ベースで見るかによって、本作の退屈度は180度変わるのではないかと思う。そして、過去のオーガスト作品というのはどちらかと言えば前者だったのが、今回は明らかに後者。酒場に姫が舞い込んできたり、空から少女が降ってきたり、月から王女が留学してくるようなインパクトある事件は起こらないかわりに、せっせとキャラを掘り下げている。そして、掘り下げる対象の中心になるのが、ヒロインではなく主人公の京太郎である。

この物語をやっていて最初に「おや?」と思ったのは、京太郎の矛盾だ。彼は、人と一緒にいるのが苦痛だから本の世界に行きたいと言いつつ、人のことを知りたいと願っている。これは「人を知れば傷つけられずに済むので、人を知るために本を読む」という言い訳によってさも地続きの欲求のように語られているけれど、よく考えると人に近づきたい/人を遠ざけたいという、相反する感情だ。実際京太郎の発言からは、人間に対する憧れと畏れが同居した様子が節々にうかがわれる。そして彼は、「本を読む」という行為によってその矛盾を無自覚のうちに押さえつけ、自己正当化している。(つまり、図書部に入る際に「はじめて自分に興味」を抱いたというのは、それをある意味で自覚したということだろう)

本作のキャラクターを貫く内面の問題を大枠で一般化すれば、それは、この「内面の矛盾」ということになると思う。玉藻の場合は自尊心と劣等感の、千莉は歌への情熱と恐れの、佳奈は本音と建前の間で、それぞれ悩みを抱えている。程度の差はあれ、凪や高峰も同様だ。唯一つぐみだけは、自分で矛盾を引き起こしたことを自覚していて、その解決を目指している。彼女が図書部の「思想的指導者」たりえているのは、ある意味必然だろう。迷える子羊たちの中で、ただひとり、目的地を目指して歩いているのだから。

ところで、京太郎は基本理性的なキャラクターである。学力は高く、人間を観察し、理解しようとする。けれど、彼の「理解」はすべてどこか外れている。いや、外れていると言いすぎかもしれない。もう少し正確に言いなおすなら、一面的でしかない。たとえば「親友」である高峰の特徴や、他のヒロインたちの性格にしても、最初に京太郎が「こういうやつだ」と説明した内容は次々に更新されて、より複雑な像が形成されていく。

考えてみればこれはもっともな話で、そもそも人間がよく分からないと言っている彼(真帆の好意にあまり気づいていないような)の人間観察力とやらには疑問があるし、そうでなくても彼は、自分の心の平穏のために他人を理解しようとしているのだから、自分にとって都合の良い解釈にあてはめれば満足してしまうところがある、というのもうなずける。京太郎の人間観察は不完全で、それゆえブレる(もし本当に理解しきっているなら、見知った高峰や真帆と話すときに苦痛を感じないで済んでいただろう)。そして、だからこそ彼は絶え間ない恐怖と不安とを、他者から感じざるをえないのである。

このことは別の言い方をすれば、理性的な把握が常に現実を裏切っているということでもある。京太郎の「知」(理性)では、現実を捉えきれない。たとえばつぐみを「優しい」とか「強い」のような表現の中に押し込めても、それが全てではないように、現実は理性的な認識をはみ出して行く。

「魔法の図書館」(大図書館)というのは、このはみ出していく現実を捉えうる装置だ。現実を全て可視化し、理性(ことば)によって把握しようとする試みの象徴である。それが京太郎にとってどんな意味を持つのかはネタバレになるので避けるとして、彼が出した結論については、図書部ヒロインのトゥルールート終盤に示される。理性ではないところで感じ取った「これが人か」というそのひとことが、京太郎のたどり着いた場所をはっきりと示している。この時彼は、ようやく望んでいたものを手に入れられたのだと思う。

ヒロインの中では鈴木佳奈が、京太郎とあらわれかたこそ違えほとんど同じ問題を抱えていてちょうど京太郎をひっくり返した感じがするというか。それゆえ、彼女の存在感は個人的にピカ一だった。物語的に京太郎とひっつく必然性があり、彼しか一緒に歩いていけないヒロインというのは佳奈と凪の二人だと思うが、中でも佳奈は「私よりも重症」な京太郎でなければ想いを受け止められなかっただろう。千莉ルートでの男前っぷりも含めて(マンションの下でやりとりをするシーンがあるのだが、とてもしびれた)、私の中では本作のベストヒロインである。

それにしても、なぜ京太郎は「人と交わりたい」という思いを捨てきれなかったのだろうか。彼が人に恐怖や不信を抱くにいたった理由というのは、作中できちんと明かされている。けれど、それでもなお人を知ろうとする気持ちの出どころというのはよくわからない。というよりも、おそらくは描かれていない。なぜなら、この物語は人の中で生きる者を人間だと考えているから。もしも京太郎が人に対する興味を失っていたら、《人ならざる者》になってしまう。迷える羊ではなく、羊たちを導く羊飼いに。

根底にあるのはたしかに、人間や世界は何の留保もなく既にあたりまえのものとして存在していて、人と人とが心をわかちあいながら生きていかねばならないという、いかにも楽観的な世界観だ。けれど本作はただ無前提に楽観をおしつけるのではなく、そういう前提に立たない存在が、どのように「人間」ではありえないかということを、具体的に描いてみせたところに奥行きがある。

泣いたり笑ったりする、あたりまえの経験や手触りの中に人は生きているのであって、先行する「運命」や、後追いの「知識」が現実を形作っているのではない。「人生は、その人のものだから」ということばの含意は、そんなところではないかと思う。そして、そういう現実の手触りが最も力強く花開く場面のひとつが、もっとも強い人と人との繋がりとしての恋愛なのだろう。だからこの物語は、きちんとした恋愛讃歌にもなっている。「とりあえずエロゲーだから恋愛でいいや」という感じではなく、なぜこの物語が恋愛を描くか、あるいは恋愛によって何を表現するかということに自覚的な、きっちりした作品だと思う。

基本的に褒めてきたが、難点が無いわけではない。一番キツかったのは、トゥルールートは凪を除いてほとんどが共通の内容でセリフの一部が変わるだけというところ。正直何周もやりなおすのがダルく、お気に入りのヒロインを後回しにするとモチベーションがゴリゴリ削られて酷い目にあう(というか、あった)。内容的に何か必要性があってそうしたというのならまだあきらめもつくのだけれど、考えてもあまりルート内容を重複させる意味は無かったように思うので、正直かなり残念だ。また、それと併せてシーンスキップが無いのも惜しい。バックログがロード後も使えたり、そこからジャンプでシーンを巻き戻すことができるような優れたシステムなのに、シーン単位でスキップするシステムが無いせいで相当不便だし、無駄な時間を使った感があった。他にもいろいろあるけれど、とにかく引っかかったのはその二つだろうか。

キャラクターやテキストの好みについては個人の感性によるところが大きいとはいえ、読みやすさやテンポ、CV、キャラ絵をはじめとするパッケージング的な面では一般的な要求ラインを十分満たしていると思う。最初に述べた通り「事件」を期待すると退屈に感じるかもしれないけれど、優しい世界観の中で描かれる学園恋愛ものを楽しみたい、という人には良い作品だろう。ただ、やはりちょっとノリが重たくなる場面もあり、かつ相当長いので、その辺りにもハードルはあるかもしれない。

ちなみにどうでも良い情報ですが、一言感想の「質問」はアンケートハガキに書いてあったもの。どうやらブルマを意図的に排除していたようで、これについては断固抗議する所存であります。

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