マルセルさんの「妹スタイル」の感想

偉大なる毛沢東主席は、西欧の核兵器に中国は対抗できるのかと聞かれ「我が国には広大な国土と10億人の人民がいるっ!」とムスカ様も痺れる台詞を吐いてくださったが、まぁ確かに「圧倒的な量」がある種の「質の変化」になるのは事実である。正直な話、僕はいま自分のやっている作品が本当にエロゲーなのかと何度か自問自答してしまった。個別ルート分岐後30分ぐらいでエチシーンに入るのは珍しくないが、その後も大きな起伏なく主人公である「お兄ちゃん」と妹たちは甘い日常を繰り返しながらチュッチュするばかりなので、日常シーンとエロしーんの区別すらつかないまま永遠の現在が描かれるばかりなのだから。しかし、この作品の本当の恐ろしさは、苺花ルートや柚奈のように、いっけんイチャだけに見えるテキストのなかで、お兄ちゃんと妹とのジグザクな成長物語がきちんと描かれているところだ。エロゲの「シナリオ」の意味を考えさせれる逸品でもある。
☆基本データ

・総CG枚数(差分SD無し)87枚 総回想数35枠

・キャラ別CG(エロCG)&回想数

柚奈 16枚 (14)  8回
小梅 16枚 (13)  8回
花梨 16枚 (13) 8回
苺花 16枚 (13) 8回
みかん 16枚 (13) 8回
ハーレム 7枚(7)5回

(備考:ハーレムのエチは実際は3回だけ。シナリオ中では3Pシーンの二回線が連続でつづくものを2回のエロしーんに分割しているんですな。まぁそれ以外は水増し登録ないんで安心して下さい)

☆クリック数

簡単な説明:クリック数つーのは、既読スキップオン+テキスト速度ノーウェイト環境下で計った、ゲーム開始時から作品を終えるまで各シナリオ毎のクリックの合計回数のこと。

(1)初回プレイ時の「共通」+「個別」のシナリオの総容量が分かる
(2)2周目以降の、共通シナリオを除いた個別シナリオの総容量が分かる。

(ゆえに、一周目のヒロインルートはクリ数が多く、二周目以降はたぶん半減するが、一周目の「個別ルート」が他よりも長いというわけではないので注意)

(3)エロテキストのクリ数と。それを含んだ全シナリオのクリ数を比較すれば、両者の割合もある程度はわかる。
(4)テキスト速度の環境さえ同じなら、プレイ時間と違ってユーザーによる計測誤差は少ない。

といった四点が指標として役に立つとバッチャが言っていたような気がしないでもない。

1周目 苺花 「12528」 
2周目 小梅 「6825」 
3周目 みかん「9103」 
4周目 花梨 「8775」 
5周目 柚奈 「8026」 
6周目 ハーレム「4522」

(備考:ハーレムルートはどのキャラでも良いので、一つのルートをクリアすると開放されます)

・各キャラのHシーンのクリック数

柚奈   1:386 2:282 3:231 4:236 5:257 6:264 7:192 8:176 
小梅   1:484 2:252 3:281 4:309 5:436 6:207 7:179 8:193 
花梨   1:474 2:376 3:183 4:227 5:281 6:303 7:233 8:202 
苺花   1:438 2:344 3:277 4:382 5:373 6:238 7:271 8:216 
みかん  1:533 2:338 3:271 4:184 5:473 6:289 7:324 8:225
ハーレム 1:882 2:672 3:406

☆作品の大まかな評価。

簡単な説明:これはもうそのまんまですな。一応Z~SSSまでの評価基準が存在するらしいのですが、大抵はC~Aの間に収まっているようです。
「C」がだいたい「やってもやらなくても別にいいんじゃね」。「B」が「やればけっこう面白いんじゃね」。Aが「やってないヤツは人生つまないんじゃね」。
といったかんじになっております。じゃあC以下はどんな評価なのかというと、それはもうカトリック神学でいうところの地獄の第五圏以下の世界ですな。オタ同士がせーえきをぶっかけまくるまさに地獄絵図の世界。ザーメン


・シナリオ評価

柚奈  B+ 
小梅   C
花梨   B
苺花   B+
みかん  B-
全体評価 B

   
・エロ評価

柚奈  B 
小梅   B-
花梨   B+
苺花   B+
みかん  B

・イチャラブ評価

柚奈  B+ 
小梅   C+
花梨   B
苺花   B+
みかん  B

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☆シナリオについて

前作「妹スマイル」はどちらかと言えばマイナーと言ってもいい評判を取った作品であり、それは「最序盤に選んだヒロイン以外はみな消滅」という量子論的ジェノサイド仕様によるところが大きいのか、
妹ブームを約半ヶ月ぐらいハズしたタイミングの悪さに求められるかどうかは知らないが、単純に作品の内容だけを評価してみても「みここ」以上にアクの強い作品だったというのも大きいのだろう。
「妹スマイル」に出てくる妹キャラが本当は「実妹」だとか「義妹」だとか言った話は、この「妹スタイル」の外箱がそうであるように、こっそりと「この作品に出てくる登場人物には血縁関係はありません」といったようなことが書かれているのに、
作品内では堂々とそこらへんを完全シカトしているような状況では、何らかの特別なシナリオ的な背景がない限り、血縁設定はもはや「この作品の登場人物は18歳未満であり」といった戯言と同じ機能しか果たさないのは言うまでもない。

ただし「その作品の妹キャラは本当に実妹か?」といったようなマニアックな神学議論とはちょい別の次元の話をすると、「妹スマイル」という作品は、一応設定上では「実妹」という設定の作品にかかわらず、
その物語はほぼ「義妹」ルート的な、強いて言えば「とつぜんたくさんの妹キャラが出来ちゃってどうしよう?」という状況から発生する、今の若い人にはタイトルすら知るかどうか怪しい「シスプリ」的な物語が描かれていた。
今回は「妹スマイル」のレビューではないので、1ルートだけ言えば「夏希」のシナリオが典型的なそれだろう。むろん、海原楓太氏のシナリオが典型的な展開をするはずが無く、体験版を参照していただければわかるように、
「実妹だからセックスをしてはいけない」あるいは「義妹だけどやっぱセックスはダメだよね?」の倫理を180℃回転させたような笑劇の処女喪失シーンが初っ端から描かれるわけであるが、
その物語の根底には「初対面の人間がいきなり家族になってそして恋人になる」という、義妹シナリオの基本物語のうちの一つを実は語っていたわけである。ちょっとしつこいかもしれないが、
こうした物語において、その妹キャラが本当は「実妹」なのか「義妹」なのかという問いは、基本的にナンセンスであるばかりか、意図せざるコメディを呼びこむばかりであろう。

例えば「妹スタイル」と同日発売のあるソフトでは(まだ僕はやっていないが)、あるオナニー研究家の妹が「実妹」と「義妹」の間を行ったり来たりするらしいが、こういうのはあくまで「まだプレイしていない自分」からすると、
そのシナリオが良いか悪いか判断できないのは当たり前であるが、しかし多分に滑稽な印象を抱いてしまう。それは、戸籍謄本やDNA鑑定といった単なるデーターだけで、主人公とその妹キャラの関係性がガラっと変わってしまう滑稽さであり、
シナリオのなかの「義妹」という二文字の単語が「実妹」と変わっただけで、それ以外のテキストは全く変わらないのに「背徳感」でビンビンしちゃう単純さであり、つまるところ、世間一般で認められている「家族関係のイメージ」と、
あくまで主人公とその妹キャラが「兄妹」として過ごしてきた(過ごしている)私的な「家族関係」のリアルのセックスが、夏希シナリオの「背徳感」ナッシングだけれども一緒に家族になりたい二人の男女の愉快な恋物語を描き出すのであった。


それでは、この「妹スタイル」はどのような作品だったのか? 前にも書いたように、この作品の外箱には「登場人物には血縁関係が無いってことにしとけ」云々と書かれているのに、それでいて「双子」というのは如何なものか?という不思議設定は、
朱門ちゃんあたりに書かせれば、この設定だけで3ルートぐらいのシナリオは書けそうな気がする(しかし同時に「一人の人間から二つの人間を作っちゃうぞソード」みたいなどーしょうもないオチも予想される)が、
ここらへんの因果関係の設定は「小さいときからずっと一緒にいた」以上の掘り下げはなく、両親も実はボルジア家のアナルファックな無限ループ設定もないので、ここらへんの近親相姦ミステリー(なんか普通にラノベで流行りそうっすね)に
期待なさっている方は朱門ちゃんの新作でハァハァしてくださいねと。僕としては、こういう妹スタの設定の方が珍奇解釈ゲームがたくさん出来て面白いんじゃねェかと思うタチなのですけれども。実は双子ではなくふたなりの間違いだったとか。
あとは、体験版でもコメントされていたが、今回は「妹スマイル」の時のように、選ばれなかった妹の量子論的大量殺戮も無く、個別ルート外の妹キャラも個別ルートのなかにちょくちょく登場するばかりか、ルートによっては、
結構重要な役割を働くこともあり、基本的には他のエロゲ-と同じような感じでヒロインたちが動いていると言ってもいいだろう。他のエロゲよりちょい濃ゆいハーレムルートもあるので、妹スマイルの不満は改善されていると言っていい。

こうした特徴をちょっと細かく見ていけば、この作品は「妹」との物語において、ある「妹」と「お兄ちゃん」との関係性だけではなく、「お兄ちゃん」と「個別ルートで選ばれた妹」と
「個別ルートで選ばれなかった妹」といった三者の家族からなる物語を書こうとしていると言ってもいいだろう。「妹スマイル」の場合それは、突然兄貴になった「主人公」と、突然妹になった「妹」たちという状況に巻き込まれる形で、
基本的には個人個人としての「主人公」と「ヒロイン」の物語が書かれていたと言ってもいい。だけど、今回の妹スタイルの場合は、始めから主人公であるお兄ちゃんと妹たちは、基本的には昔から「兄妹」としてしっかり関係を築き上げており、
むろん、個別ルートにおいてはその「兄妹」と言う関係が異性愛的な恋愛感情において疑問符に付されるのではあるが、しかしここでややネタバレ的なことを言えば、どのルートにおいてもお兄ちゃんと妹は「兄妹」であることを止めようとしないし、
他の妹たちの絆を断ち切るようなことは絶対にしない。確かに個別ルート後には「他の妹たちは海外留学」という、ここで妹オタクの蘊蓄を屁ぇすれば、これは「みずいろ」における元祖義妹キャラの雪希たんが、人気投票で首位を奪われ、
出番が無くなった犠妹は同棲設定イラネってことになり「めんどくせぇから海外に飛ばしとけ」という哀れな末路をこの作品も踏襲しているのであり、巷の妹オタ達の間では「同棲ラブルの花穗たんが雪希の伝統を引き継ぐかどうか?」と、
かなり熱い議論が為されている今日この頃であるのが、まぁ無駄話はこれぐらいにして本題に話を元に戻すならば、先にも言ったようにこの作品の選ばれなかった妹たちは戻ってくるのである。
恋人になった主人公たちに家族という事実を突きつけるために。

そうはいっても「妹」といっても、この作品のヒロインは全員妹キャラであるからして、それは「長女」である柚奈と「次女」である小梅と「三女」であると花梨と「四女」である苺花と「五女」であるみかんでは、
それぞれ「家族」における「妹」の立場が違うので、ここらへんの差異が先の基本的なモチーフにシナリオごとの違いをもたらすことになってくる……と、評論っぽく纏めたいところであるのは山々なのであるが、
そういう感じで文章を纏めたいのであれば、僕はここで一つある種の「虫歯」を抜く必要が出てくるだろう。まぁ、シナリオ評価を見た人にはなんとなくわかっているとは思うんですけどね。それに、こういう言い方はあまり好きではないし、
そもそも僕は「ルート間の整合性がどーこー」とか「複数ライターの弊害ダー」を言い立てるような趣味はあまりないのであるが、しかしこの作品の完成度の点を考慮すると、次女である「小梅」はウチの子ではないと言わなければならない。
これは別に僕が「アンチ眼鏡」だからという嗜好的な理由によるものではない。その点を言えば、この小梅というキャラは本ルートにおいてもハーレムルートにおいてもわりと早く「眼鏡」を外すわけで、もちろん基本的に人気のない眼鏡キャラを、
始めから入れておいてマイナー属性の皆さんに期待させておいて、途中でそれを外すのって誰得じゃね?というツッコミもあり、しかも容姿だけなら兎も角「性格」も180℃も変わってしまうシナリオともなれば、
その誰得感はますます増すばかりなのであるが、僕がここで「ウチの子」じゃないといった理由は以上にあげたことによるものではない。そうではなくて、単純にこの小梅ルートが他ルートの「家族関係」と不調和なところがあるからだ。

複数ルートが基本のエロゲにおいては、あるルートとあるルートの間にいろいろなレベルで「矛盾」があるのは当たり前であり、それは極論的なレベルにおいては「一つの始まりと一つの終わりが存在する」という僕らの現在の物語嗜好&思考と、
エロゲにおける「複数ルート」という在り方が矛盾しているところに端を発するわけだが、そんな極論を言っても仕方ないし、また結局は極論においては成立する「矛盾する」を佳いことに、その作品においてのみ強烈な不快感を発する矛盾点を、
具体的に指摘せずに「間違ったことは言っていない」で開き直り(んなことをいったら全ての発言は極論において間違ったことは絶対に言えないのであるが)合い言葉に、「正しいこと」から永遠に遠ざかるような賢者モードも避けたいものであるから、この小梅ルートと他ルートの矛盾点を具体的に指摘してみよう。

それは別に「細かい設定のリアリティがどーだ」みたいな「現実世界と比較した上での因果関係のリアリティ矛盾」を意味するものではない。なぜならば、あくまでこのフィクションはそうしたリアリティを排除した上で成り立っているから関係ない。
テキストのノリが他のルートと違うと言うのも、僕の見るところでは本質的なところではない。まぁもちろんこのへんはわりと結構重要なところではあり、その辺を少々触れておけば、序盤から中盤における例のDONスレ違い展開あたりが、
その辺の弱点が一番露わになるところだろう。べつだん、こうした展開そのものが悪いと言いたいのではなく、こうした展開において「主人公」と「DQNイケメン」がテキストレベルにおいて、なんか両方とも下品だナーと思っちゃうあたりが痛い。
断っておくと、これはあくまで「印象」のレベルにおいてであり、なるほどテキストをちゃんと読めば「主人公」のほうはそれなりに誠実に妹とモブヤマさんに対応しており、DQNイケメンは単に不誠実だということは書かれており、
スレ違いの原因は単に「タイミングと運の悪さ」によるところだというのがプロット上の因果関係ではあるが、しかし流れで読んでいると、主人公の口の軽さとイケメンDQNの口の軽さがなんか妙に似ており、また視点変更が頻繁に行われ、
DQNイケメンも含めた各登場人物の感情が薄く並び立てられる所為で、主人公とヒロインの視点の「重さ」が、DQNイケメンとある意味で「同じレベル」の軽さに感じられてしまうところが原因だろう。
これと同じような意味で、後半のシナリオもあまり良いものではない。記憶喪失展開も僕は全く否定しないが、ちょっぱやなテンポで記憶喪失後すぐに主人公とヒロインが、なんの躊躇いも理由付けもなくエッチするのはどうだろうか?
これじゃあ主人公は単なる浮気者であり、小梅は糞ビッチだと「感じてしまって」も仕方が無くなってしまう。もちろん、因果関係のレベルで言えば、記憶は失っても身体は覚えている~みたいなことは説明されているのだが、
これが「単なる説明」以上に感じないのは言うまでもない。同じイベントを何度も発生させたりと、記憶喪失とその後の小梅の同一性を確保しようと頑張ってはいるが、そういう仕掛けは日常レベルのリアリティが確保されていなければ空振りに終わる。
総じて言えば、このシナリオは悪い意味でコメディに成り下がってしまっている。泣かそうとしている部分は失笑しか起こさずに、笑わそうとしている部分は全体的な流れから見るとむしろ怒りを感じさせることが多くなってしまっているのだから。

とはいっても、本質的な欠点はそこはにはない。この小梅ルートの「ウチの子じゃない」理由というのは、その文字そのままに、「ウチ」つまり「小梅以外の妹たち」と「小梅」との関係性が、
このシナリオでは全く描かれていないといったら言い過ぎであるが、その「肝腎な」ところがどうにも伝わってこないのである。これはまず第一には「記憶喪失ネタ」のオチと大きく関係はあるといえるわけで、
あのオチでは結局のところ「主人公以外」の「家族」はアウトオブ眼中じゃないか?ということにもなるが、もちろん、これは「オチ自体」が良いとか悪いとかそういう話ではなくて、そのオチに持っていくまでの展開が大雑把で、
たんに知識として昔の記憶をデーター的に知ったんですねぇよかったねよかったね、としか思えず、本当に小梅が「家族の自分」を取り戻したかどうかシナリオのなかでは実感が沸かないのである。
他のシナリオでは「他の選ばれなかった妹たち」と「選ばれた妹」とのなんらかのやりとりがあって、選ばれた妹は主人公の恋人としての自分と家族としての自分に折り合いをつけていくのだが、小梅ルートではその辺が殆ど省かれてしまっている。
そういう意味で「メカ小梅」という小梅ルート外で大活躍するキャラは、あんがいこの「小梅シナリオ」を象徴するキャラなのかもしれない。一人だけ妙にギクシャクしている機械的なシナリオだということを暗に表現しているのダダダダダダ。


さて、ようやく「ウチの可愛い妹たち」について語れる段取りがついた。改まった言い方をするならば、この作品は何よりもまず、むろんあるルートのほうが良くできているとか、俺はこの妹が一番好きだみたいなことも言える作品ではあるが、
しかしプレイ中に強く訴えてくるのは「ウチの妹たちはみんな可愛くて良い子だなァ」或いは「ボカァは幸せだなぁ」的しあわせ雰囲気なのである。基本は単体攻略ルートがメインで、ハーレムルートも普通の作品より濃いと言っても、
まぁ位置づけ的には普通の作品と同じく「番外編」と言える作品であるし、もちろん、ある妹キャラを攻略しているときにはその妹のことを一番強く可愛いとは意識するのだが、その攻略ルートに出てくる攻略外妹はあくまで「可愛い妹」にしか見えず、
攻略ルートの妹はあくまで「恋人であるが兄妹でもある」特別なヒロインに見えるというところに、この作品の「ウチの妹たちはみんな可愛くて良い子だァ」という印象の秘密があるのかもしれない。

これは「年下の妹」のシナリオから順に見ていくと説明が解りやすいんじゃないかとおもう。というわけで五女の「みかん」シナリオから行くわけだが、語路通りに一番イクのが早いのがみかんシナリオであって、主人公とみかんはあまり躊躇いなく、
セックスに及び、早くも二回目には大リーグ強制ペニスを装着し、その特訓の成果もあってか、三回目のエッチではお月様と人工衛星が背景に青い地球を見ながら宇宙空間で青姦するに至るのである。みかんの幼い子宮は青かった……
なんでそんなに早くセックスしちゃうのかと言えば、それは共通ルートの時からみかんが主人公にモーションをかけまくっていたところも大きいが、もっと単純に言えば、みかんと主人公の関係性がわりと最初から、
「みかんのほっぺ柔らかすぎてふにふにして可愛い」といったロリ妹としての可愛さが、「みかんのやわらかいほっぺたに自分のペニスをふにふにしてペロペロされたら人間止めますか?」といったような欲情との、ちょうど中間点にたっていて、
それを抑えていた「他の妹たちの常識的立場」が消えてしまえば、例えばあなたのモニタからリアルロリ妹が出てきたらソッコーでエッチしてしまうように、みかんとお兄ちゃんの同棲生活はまず常識はずれのエロ性活からスタートするのである。

「年少組」の次の妹が四女である「苺花」であるのだが、ロリ的なヤヴァさでいったら、「みかん」よりも犯罪臭が強いのがこのシナリオだ。みかんの場合は、始めから一般常識が通じない発明マニアというキャラ設定もあって、
基本的には可愛い幼女に押し倒されてブヒヒヒイヒとかフェラチオされておればいい。しかし、苺花の場合は「兄妹でエッチするのはいけないこと」ぐらいの常識はそれとなく知っており、
またお兄ちゃんを完全に異性として意識しているわけでもなく、たどたどしい口調でおずおずとお兄ちゃんに甘えてくるポワポワボイスが、兄妹としてお兄ちゃんに甘えているのか、それとも兄貴を性的に誘惑しているのかわからなくて、
お兄ちゃんのやっている苺花への甘やかしがイケないことなのかイイことなのかといった逡巡がぐるんぐるんまわるうちに、イケナイことはイイことなのだと撫で撫でするような気軽さでセックスしてイキまくっちゃうような日常生活がたまらねぇ。
この苺花シナリオでも、最初のウチは「世間の倫理」とか「兄妹なのか恋人なのか」といったような問題は比較的薄く、「年少組」の幸せな立場をあらためて実感できる。そんな世間がどーことか兄妹とかどーと言ったような「大人」のお話は、
彼女たち「年少組」とお兄ちゃんとの同棲生活にとってはまだまだ遠いお話なのである。

それでは残りの年少組の「花梨」はその点どうなのかと言えば、五人の姉妹の中でちょうど真ん中にいる「三女」という立場であるからして、近親相姦はイケナイとわかりつつも、だけど何処かでお兄ちゃんを求めているような、
伝統的な妹バランスが描かれると言えば、ある意味でイエスだともいえるし、ある意味ではノーだともいえる。イエスだと言えるのは、花梨は兄妹でエッチするのは良くないことだと、多分この姉妹のなかで一番よくわかっているというところ。
ノーだと言えるのは「エッチするのは良くないこと」ということの意味を、多分よくわかっていないのではなかろうということで、下記の台詞が、


「うし、乳ももんだし、ま○こも濡れてるし そんじゃ一発ブチ込むか! 」


いったい誰から発せられたものであるかを考える、にツクヅク馬鹿な妹ほど可愛いと言う言い伝えは真実ナリと我々は確信に至るのである。しかし、我々はお兄ちゃんは確信に至ることが出来ても、花梨はお馬鹿さんなので、
なかなか、いや解釈次第では最初から最後まである種の確信を得ることができない。そういう意味で花梨は「ツンデレ」妹ではまったくない。まぁツンデレをコジらせているとは言えるのであるが、その根本には「お馬鹿」があり、
花梨は自分がなんのために「大人」になりたいと思っていて、なんでお兄ちゃんの態度が妙にムカつく癖に、ときどきは甘えてしまうような態度をとっているのかよくわからず、そのような自分と相手の不理解が「反抗期」を呼んでいるわけだ
うん、確かにいつも乳もんでいるし、ま○こもまぁたいてい濡れているし、そんじゃ一発プチ込むか!と兄が言っても受け入れるくらい、、基本的に最初から兄への好意はもっているし、むしろ花梨としては言って貰いたいぐらいだろうが、
こうした台詞を自分から言ってしまうあたりが花梨のお馬鹿さんなところであり、こうした台詞を言ってしまうお馬鹿な花梨を全く叱らずに受けて入れてしまうところが、お兄ちゃんの好きなところでもありムカつくところもである。
だから頑張って兄貴から自立しようと「大人になったわたしを見せて見返してやる」という、それなんか自立じゃねぇじゃんwという不器用な行動をしたところで、花梨はお馬鹿さんなので基本失敗し続ける。しかし、恥辱のウェイトレス生活のなか、
お兄ちゃんが他の妹には全く与えていない特権を花梨を始めて知ることができ、そのおかげで花梨は唯一、一歩も退くことなく他の妹を撃退することができる。尤もその代償としてバカは死ぬまで治らないということが好きになってしまうのだが。

小梅はウチの子じゃありませんということは先に書いたので、唯一の年長組の柚奈について語れば、単純に各ルートにおけるヒロインたちの幸福度を総量で測ったならば、いちばん幸せな時間が長いというか、
最序盤以外は最初から最後まで幸せなヒロインはこの柚奈ではなかろうか。その反面、他のルートにおける不幸度はなかなか半端無く、もちろんNTRだとか病死だとか量子論的消滅とかそういう話でもなく、さらに言えば、
自分のすきなお兄さんが他の妹に取られたというのが最たる不幸なのではなくて、攻略ルート外における柚奈の最大の不幸とは、攻略ルート外では柚奈は主人公と「双子」の関係にしかなれずに「妹」として兄さんに絶対に甘えられないことだろう。
だから、柚奈ルートで柚奈ルートがある意味で壊れるのは、ダムの何処かに穴が空けば水が凄い勢いで放出されるように、ごくごく自然な感情の爆発であり、最初は定期的なパンツもろ見せイベントから始まる柚奈のおパンツの染みは、
やがて尿漏れシートでも止められないような激情の涙へとあふれ出し、自分でつけた双子の仮面を自分からすっ飛ばしてしまうのである。たぶん、この作品のなかで、最も典型的な意味で「妹」を感じるのはこの柚奈シナリオだろう。
なぜなら、双子だからいちばん主人公と気心の知れたなかだと言えるし、事実、最初から最後まで主人公と柚奈は世間一般で言うところの「恋人」としては解り合っているレベルとは言えるが、
五人姉妹のなかでいちばん「兄妹」としてわかりあっていないのが、このお兄ちゃんとこの柚奈だからである。だから、柚奈はお兄ちゃんと「兄妹」を探し求める修学旅行に出ても、まぁエロイ鹿ぐらいしか祝福してくれないとしても、
恋人の縁結びの神様の神社に着いたとしても、二人はその神様に祈ることはせずに、お兄ちゃんは柚奈を妹として甘やかしつづけ、柚奈はお兄ちゃんに甘え続けることを最後まで望むのである。これほど「兄妹愛」を感じるシナリオは他にはないだろう。

そして、これら全てのシナリオの「兄妹愛」はつまるところ、こうした攻略外、攻略内ルートにおける「それぞれのルートにおける妹の素顔」を体験することによって成り立っているということになる。
形式的に言おうとすれば、攻略ルート外の妹たちは純然たる「妹」であって、攻略ルート内の妹たちは純然たる「恋人」であると言いたくなるが、むろんそれは単なる過ちであって、前者はある程度は当たっているとしても、
攻略ルート内の妹たちが純然たる恋人だと言われたら多分柚奈はまた泣いてしまうのであって、攻略ルート外の「純然たる妹」と攻略ルート内の妹を比較体験することによって、あるときは妹であるかもしれないし、
あるときは恋人にもなってしまうような、それぞれの妹とお兄ちゃんの「恋人」と「兄妹」の間で揺れ動くコメディティックでもあり時にはエロティックでもありいつも最高にファタンスティックな兄妹恋愛物語を楽しむことができるのだ。


しかし、ここまで読んで下さった忍耐強い読者の皆さんには、「シナリオはそれでいいんだろうけドー、イチャラブの話はどうなのイチャラブはっ!」と怒り狂ってトーデンに電話をかける人も出てくるかもしれない。
確かに、この作品はたぶん現在のエロゲで10本の指に入るほどの「圧倒的なイチャラブシーンの量」を誇る作品だとは言えるし、そうしたシーンを列挙するだけでもこの作品の面白さは充分にわかるとは言えるのだが、
しかし、勘違いしてはならないが、この作品が所謂「シナリオシーン」と「イチャラブシーン」を二つに綺麗にわけるような、具体的に言えば、告白前はプラトニックな童貞恋愛話を描いて、その後はしばらくの間は「イチャラブシーン」を描き、
そんで最後はお話の締めのために「シリアスシーン」で決着をつけるようなモナカ作品とは違うと言う点である。むろん、ボクは別にそういうモナカ作品が悪いと言いたいわけでもなく、ボクはわりと好んでモナカ作品を食すほうではあるが、
要するにこの「妹スタイル」は前半と後半に「シナリオ」という皮種でかたちを整え、その中にイチャラブというアズキを入れるような作品とは単に事実上異なっていると言うことを言いたいだけである。
ふつう「シナリオ」と「イチャラブ」という区別を持ち出して、それぞれの対象について語ろうとすると、僕らは無意識的にそのようなモナカ作品をイメージしがちだからだ。あるいは、単にイチャラブシーンを単に並べ立てだけの団子シナリオとか。

では、単純に「イチャラブシーンがずっとつづく作品だ」と言えばいいかというと、これはまぁ一般論的に「他の作品と比較した場合」なら「そのような特色が強い」という意味では当たっているし、
まぁ雑談的なネタや一言コメントなら、こういう短縮的な言い方も必要なのでコレでも良いかと思うけれども、んな糞長文を書いている僕みたいな糞レビュアーがそんなことを長文で書いたら閻魔大王にアナルファックですらある。
ボクはあまりその手を作品を読んだことがないので、俗称的に「ヤオイ」と称される作品が、本当に「やまなし意味なしオチなし」であるかどうかはわからないが、これを基準にこの「妹スタイル」という作品を考えると、
「やまなし意味ありオチ弱し」ということになるだろう。もっとも、この「やま」というのも結構曖昧な基準であり、例えばヒロインがケガをして主人公が看病するようなシーンを取って「ヤマ場」と言うことだって可能ではあるのだが、
ここでは、そういった個々のシーンが「盛り上がるか盛り上がらないか」といったシーン単体をとってみる「やま」の基準にするのではなくて、その物語のなかに「一つや二つの大きなイベントを存在させる」ことによって、
その「シリアスシーン」を「やま」と認識し、そのヤマと現在いる地点を比べてそこを「日常シーン」や「イチャラブシーン」と認識するような、物語の時間軸において相対的に認識する「ヤマ場」という感覚を前提にして話を進めたい。
例えば、普通のまったりゲーの物語において、人を殺すようなシリアスシーンは「ヤマ場」になりえるだろうが、それは別に人を殺すようなシーン単体が「シリアス」なものだから(まぁ世間一般的にはそうだろうが)という理由ではなく
逆に言えば、5分に1回人を殺すような物語では、個々の殺人行為はべつだん「日常」であり「ヤマ場」にはならないはずで、逆説的にまったりゲーに出てくるようなゆったりとしたお話を、その作品の「ヤマ場」としてみせることもできるだろう。

そういった相対的な観点から見れば、この作品にヤマ場といえるほど大きなヤマ場はないといえるわけだが、これはもちろん「退屈な日常が延々と続いていく」と言うことを意味しない。単に「突発的なイベント」ということなら、
この作品にも、まぁその80%以上がギャグ話になってしまうがわりとあって、、場面展開や今までの日常を覆すような展開はそれなりに多いにも関わらず、それが「ヤマ場」や「シリアス展開」とは強く意識されないと言うことである。
どういうことなのか、多分よくわからない人が多いと思うので、もっとも「ヤマ場」で説明しやすいようなシナリオをあげてみれば、柚奈シナリオがそうかもしれない。これは「ヤマ場」理論的にシナリオを説明すれば、たぶん、


「妹としてお兄ちゃんに甘えたい」柚奈の気持ちを、お兄ちゃんはよく理解出来ずに(伏線が撒かれる)スレ違いがつづき(ヤマが上がっていく)最後には柚奈がブチ切れて主人公が反省し(ヤマ場)その後は幸せな生活がつづく(ヤマの下り道)、


こんな感じに説明できなくはないのだが、おそらく未プレイの人なら「なるほど、こういうシナリオなのか」と納得できたとしても、プレイ済みの人なら「流石マルセル氏の下手くそな説明だ」と鼻で笑うにちがいない。
しかし、これは「プロット」のレベルでは基本的には間違いなく、上であげたようなイベントの連続性がこの物語に形式を与えているのは事実である。では、上の説明の何が間違っているかと言えば、
まず抽象的な物言いから始めると、僕らはプレイ中、こうしたイベントの連続を「物語的な盛り上がり」として「緊張感」を感じるのではなくて、どちらかと言えば、各キャラのそれぞれのシーンにおける感情の推移を強く感じるのである。
これを具体的な物語に即して言えば、この作品で「緊張感」が殆ど感じないのは、いっけんヤマ場的な物語の伏線があっても、実に素晴らしいお兄ちゃんが妹たちの感情を素早く察したり、また基本的に妹たちもいい娘ちゃんなので、
ちょっとした喧嘩を除けばお兄ちゃんと妹たちの間にシリアス展開めいたムードが「発展する」ことが殆どないからである。その喧嘩ですら、プレイ時間にして5分ぐらいですぐ仲直りしちゃうような犬も食わない類のもの。
このゲームのシナリオにおいては(小梅ルート以外)、まだセックスしていなような状況でも、まだ完全にシナリオ上の問題といえるものが解決していないような状態でも、お兄ちゃんと妹たちはその時点で結構上等な関係を結んでおり、、
基本的にいつもイチャイチャしているからつねに幸せムードが漂っているのだ。それではどうして、お兄ちゃんと妹たちが最善なコミュを普段から取っているにも関わらず、
なんで柚奈が「ブチ切れて」お兄ちゃんが「反省する」ような事態になるかと言えば、その深層そのものに柚奈シナリオや他シナリオを解く一つのキーがあると言える。
それは、単純に言えば、お兄ちゃんと妹たちが、それぞれの関係性においてイチャイチャしながらも、もっと「幸せになりたい」といつも願っているからだ。
柚奈シナリオで言えばそれは前述したように、柚奈は双子として恋人のように理解し合う関係ではなくて、そこでイチャイチャしてある程度満足していたとしても、柚奈はもっと妹として甘えたいからあのようなぶっ壊れ行動をしてしまうのだ。

花梨の場合も、いくら「反抗的」と言っても、普通の妹ゲーのツンデレ妹キャラに比べたら、花梨は菩薩様だと言ってもいいくらいであり、なんだかんだ馬鹿な事を言って暴れたりしても、お兄ちゃんがなでなでをしてしまえば、
一瞬の間ではあるものの結構簡単にデレちゃぅものであり、前述したように花梨からお兄ちゃんを襲っても、或いは花梨とお兄ちゃんがセックスを一時的に中断したとしても、お兄ちゃんは花梨を甘やかし続けるし、
花梨もなんだかんでわりとお兄ちゃんに甘えてしまうのだが、同時にお兄ちゃんに甘えてしまう自分がなんかムカつくし、自分を甘やかしてしまうお兄ちゃんも好きなんだけどちょっとムカついたりするお馬鹿さんなのである。
こうしたお馬鹿な妹とお兄ちゃんのイチャラブ的な漫才シーンも充分に楽しいのだけれども、そのイチャラブシーンの中から「もっと、花梨は別の方向でお兄ちゃんとイチャラブしたいのではないのだろうか?」というような疑問が、
浮かび上がってきて、そして、それはちょっとしたきっかけ的なイベントを経て、前のイチャラブシーンに含まれていた別の真実が照らされるようになってくる。ここでもプロットの進行は、何らかのシリアス展開的な「緊張度」によって、
劇的に進行するのではなくて、元々の日常シーンに含まれるイチャラブシーンのなかでヒロインの抱えている問題が自然にゆっくりと解きほぐされていき、それはいつの間にか妹とお兄ちゃんの関係性をもっと幸せな方向に変えている。
端的に纏めるならば、この作品は確かに「イチャラブシーンがずっとつづく作品」とはいえるものの、それは「同じようなイチャラブシーンがずっとつづく」という意味ではなくて、お兄ちゃんと妹たちの関係性の変化を、
「イチャラブシーン」を通じて描写することによって、「恋人と妹の関係」という、変化しているようで変化していないとも言える微妙な感情の移りかわりを語っているわけである。

そういう意味で、この作品における「イチャラブ評価」というのは、かなり「シナリオ評価」との関係性が他の作品以上に強いのであり、逆に言うと「イチャはいいんだけどシナリオがなぁ」或いはその逆のパターンのシナリオは、
全体的な完成度がいまいちに見えてしまう傾向がある。まぁ、一番最初のシナリオ評価とイチャラブ評価の覧を見ていただければわかるように、小梅ルート以外は総じてB以上の評価であり、それほど問題ではないのであるが、
但し、わりと引っ掛かる部分も多いとも言えるかもしれない。この四人のなかで、いちばん問題が多そうに見えるのは「みかん」シナリオだろう。序盤のちんきエロしーんや、序盤のロリロリ実妹状態でのラブラブいちゃシーンは面白かったんだが、
中盤のはっさくあたりは、言いたいことはよくわかるんだけど、どうにも「みかん」の性格と同じように理に勝りすぎる嫌いがあるように思える。将来が見えたから、お兄ちゃんとの関係性に自信と夢がもてた、というだけで纏めるんじゃなくって、
もっとはっさくの育児活動の描写を通じてその辺を語った方が良かったんじゃないのか。またエンディング付近の発明品ラッシュも微妙にハズしているように思える。ここらへんは「イチャラブゲー」を意識しすぎたためか、
何か元からあった何らかのイベントを強引に削除したため、空回りが生じているような雰囲気さえ濃厚だ。「みんなのために役に立ちたい」とみかんが思っているのに、結局は自分の発明品ばかり持てはやされ、
自分がシカト気味になっているような状況を描いているのを見るに、何らかの一抹の寂しさを書きたかったのかもしれない。ただ、そこらへんを評価してみるにしても、
そうしたほんのちょっとしたやり切れなさが上手く描かれているとは言えないのである。

その点では「花梨」シナリオのエンディング付近の方が、完成度は高いのかもしれない。やっとお兄ちゃんに成長する自分を素直に見せたいと自覚できた花梨が、最後まで「兄妹で恋人のように振る舞うのは行けないことだとおもう」とイイながらも、
それでも花梨はお馬鹿さんが治ったわけではないので、ずっとお兄ちゃんに自分が成長している姿を見て欲しいといいながら素直にイチャラブしていく姿は、確かにかなり可愛いし、今までのお馬鹿な花梨という性格との整合性も取れているが、
そこに一抹のアイロニーを感じてしまうのは、ボクが花梨並みのアホだからであろうか?。別に僕は「花梨が成長しきったら二人は別れてしまうんじゃないか?」と言いたいわけではなく、そんなの花梨が成長しきれるわけが無く、結局のところ、
「成長する自分を永遠に見て一緒にいて欲しい」と甘えているのに過ぎないのであるが、そのことに全く気がつかない花梨は幸せなのかそうじゃないか?というような、おそらくは余計な疑問が最後まで頭から離れなかったのだ。
この僕の妄想めいた疑問をフォローするようなことを書けば、花梨シナリオの後半は「他の妹と両親が花梨を連れ戻しに来る」という他のシナリオと比べてわりとヘビいな展開になっており、むろんそこでもお兄ちゃんと花梨は終わりの日が来るまで、
イチャイチャを貫き通し、最後はちゃんとめでたしめでたしに終わる話なのだが、ここのテキストからが妙に寂しさを感じてしまうのである。それは悲劇が迫っているなか現実逃避のためにイチャラブを繰り返すような寂しさではなくて、
或いは兄妹の恋愛関係が他の人には絶対には認められないだろうというような諦めでもなくて、その点で言えば、花梨もお兄ちゃんも迫り来る両親と妹たちにはわりと対決する覚悟を決めてはいるものの、しかしそれまでにやることといったら、
基本的には取りあえず二人してイチャイチャしていることしかできないというような感覚が、どうにも花梨のお馬鹿さんの悲しみを語っているように思えてしまったのである。まぁ単純にテキスト面から言えば、、
わりと「――こんなことがありまして」といったような場面展開が多く、後半のイチャラブを充分満喫する前にお話が進んでしまい、そこらへんの慌ただしさを寂しさと勘違いして待ったのかもしれないけれど。


基本的に「かなり良くできている」と言えるレベルに達していたのは、柚奈と苺花シナリオだろうか。柚奈シナリオは何度も例に出したように、まず基本的な骨格がしっかりしているので、双子の長年付き添った夫婦のような付き合いから、
おそらく全ヒロインの仲でいちばん甘えん坊の妹に変化していくというテキストの流れのなかで、最初から最後までスムーズに柚奈とのイチャラブを楽しむことができるわけだし、最後のオチの修学旅行イベントも実に決まっている。
柚奈役の鮎川ひなた嬢の演技も素晴らしく、お姉さんお姉さんしている落ち着いた声から、ヒステリックと言ってさえいい甲高い鳴き声まで幅広くカヴァーしながらも、最後はもうロリロリとさえいってもいいアマあま妹ボイスに変化してしまう、
柚奈のいっけん複雑なようでいて実はいちばんピュアな感情をよく捉えていたとおもう。こういう良い演技を聞いていると某タイムカプセルが何故このスタッフで出なかったのかと、あの超豪華声優が無念でならなかったのを思い出してしまうけれど。

しかし、単純にいちばんインパクトがあって、声優さんの演技がシナリオだけではなくてCG、立ち絵、演出と共に嵌りきっていたのは苺花シナリオだろう。ご存知だとおもうが声優さんは有栖川みや美嬢である。
とはいっても、僕は別に彼女のファンであったわけではなくて、どちらかと言えば「苦手だなぁ」は言い過ぎだとしても、「うーん」とほんの少し思ってしまった経験が何作かあった声優さんであった。
イチイチ細かいことを言うのもアレだけど、細かいことを言わずに「うーん」とだけいうのも、なんか嫌味を言っているだけのようで相手に申し訳ないので、その辺を少し語っておくと、
例えば「77 ~And, two stars meet again~」のさくら役はそのキャラが要求する以上におどおどしすぎて、可愛いと感じる以前に可哀想としか感じなかったし、または「幻月のパンドオラ」の詩乃鈴のようなわりと捻くれた妹キャラの場合は、
猫を被っている時のボイスと、素直なときのボイスの切り分けをやり過ぎて軽い違和感を覚えてしまった記憶がある。以上の二点ほど強くはないにせよ、他キャラにも概ねそのような傾向があって、
サンプルボイスを聴くと「おおっ良い感じじゃん」とは第一印象は結構好感度が高いのであるが、実際にゲームをやってそのキャラの声を聴きつづけていると、一つの一つの台詞に必要以上にエネルギーが籠もっている感じで、何か疲れるのである。
もっとも、このへんの傾向はわりかしどの声優さんにも共通するようなところがあって、僕がたまたま「有栖川みや美嬢のそういう傾向が強いキャラ」を続けて選んでしまっただけなのかもしれないし、
「連続して違和感を持つものに当たると、それに苦手意識を持ってしまう」とそのような偏見が強くなってしまうことも、一応は認識しておいて良いだろう。
なにせ、今回は今までの個人的なマイナスを一気にプラスへと転じるようなことが起こったのだから、あまり自分の苦手意識を絶対視しないほうがいい。

とはいっても、最初に「声優さんの演技そのもの」に耳が向いたわけではなく、最初は苺花の、あのおっかなびっくりの少々どもりが入っているテキストを、どうやって「立ち絵」で表現するかに興味があった。
最近の……とはいっても、広く言ったらここ5年くらいの幅広い傾向であるが、立ち絵演出がワンクリック単位で変化するのではなくて、ワンクリックのテキストのなかでも立ち絵がコロコロ変わったりするようになってきている。
ここらへんの話は話せばかなり長くなるので、ざっくり単純化して話を短くすると、ワンクリックのテキストのなかでボイスに応じて立ち絵が変化していくようになると、僕らは「立ち絵」の変化を楽しむと同時に、
ワンクリック内でのボイスの変化にも敏感になっていく傾向が強くなるのだが、僕も立ち絵の変化に最初は注目しているうちに、いつの間にかボイスの方に嵌ってしまったのだ。
基本的に苺花は「でもでもでも」や「だってだってだって」或いは「なんかなんか」と同語反復を「なんか……なんか」と間を置いてみたり、「だって、だって」といった感じのアクセントを置いたうえで、
次の文節に移ることが多く、話題と感情が変わって立ち絵のへんかが生じるのは基本的にそういうところであるのだが、この「なんか……なんか」に含まれる同語反復でありならも、しかし微妙に感情が異なる声音の変化が可愛すぎるのである。
その「なんかね、なんかね」における最初の「なんかね」は本当になんかよくわからないというような戸惑いがこめられているのだが、二回目の「なんかね」はよくわからないけれども、だけどこの感情をどうしても伝えという欲求が強まっており、
その戸惑いの立ち絵表情がボイスと共に「お兄ちゃんのことをおもうと、胸がキューってなったりする」とか笑顔に変わったりすると、この何秒間のボイスと立ち絵の変化を堪能しただけでボカぁ幸せだなとヘブンへと誘われてしまうのである。
ここでは、有栖川みや美嬢の細部に拘りがちな演技の方向性がプラスに働いていると言えよう。

もちろん、これはミクロのテキストや演出レベルによるものだけではなくて、マクロにおける全体的な物語展開も「苺花の辿々しい感情をきちんと聞いてあげる良いお兄ちゃん」を語る話であるというのも大きいだろう。
いくらミクロのテキストや演出や声優さんが頑張っても、そのようなミクロの変化を楽しむような余裕や必然性がシナリオの方に無いと、折角の努力が水の泡とはいわないが、そうした効力を50%も発揮することができないのだから。
そういう意味で、この苺花シナリオは全シナリオのなかで一番「他の妹があまり登場しない」というのは良かったところだ。こういう一人のヒロインのボイスの変化にじっと耳を傾けるような演出だと、
他のボイスが苺花の内的独自空間を破ってしまい、「オレだけが苺花ちゃんのボイスと立ち絵の変化の意味をよくわかっているもんねハァハァ」というマルセル氏のヤヴァイ能汁を抑制しちゃう危険性があるからだ。
お話の方も、苺花らしく小さな自分の世界でお兄ちゃんと一緒にずっと暮らしていたいような願望が一つの絵本になったような物語で素晴らしかった。むろん、その物語に出てくる花梨は意地悪なお婆さん役であり、
「いやぁ、でもこの同人誌、マジでつまらなくないですか?」というような何気ないぶっちゃけで苺花が大泣きしちゃうシーンは、この作品でいちばん笑えていちばん泣けるシーンであるのは言うまでもあるまい。もちろん、
そんな悪いお婆さんを白馬の王子様であるお兄ちゃんはやっつけてくれるし、お兄ちゃんが最後には苺花の夢も叶えてくれるけれども、そんなたわいのない夢物語を二人で一緒にずっと作り続けるという物語以上に素敵な兄妹はいないと思うのである。

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☆エロについて

データーのところに書いたように、この作品のエロ回想数は一人あたり八回という数字になっていて、単純に量だけに関して言えば萌えゲ基準ではそれなりに多く、ヌキゲ基準ではわりと普通ということになりそうだが、
しかし同日発売の「Princess Evangile」という萌えゲーでも一人あたりのエロ回想数は5回ということになっており、月石クラスの萌えゲメーカーでもそれくらいの数字になってきていることを考えると、
まぁ今年か来年あたりには「萌えゲでもエロ5回は普通」ということに落ち着きそうな予感はある。そう考えた場合、抜きゲと萌えゲの「単純なエロシーンの量」に関する差異は、殆どなくなってしまう可能性はある。
昔で言えば鍵作品が「エロイッカイズツ」であったのに対し、抜きゲが「エロジュッカイズツ」であれば「圧倒的に違う」とはいえたわけだが、萌えゲのエロが5回が基本で多いときは7回みたいな話になれば、さしたる違いはないわけだ。
そして、抜きゲであろうと萌えゲであろうと、だいたい一つの作品で使えるCGの量は決まっているのだから、CGの使い回しをしない限り、エロしーんの量だけを増やすことはなかなか難しいことを考えると、
こと単純な量に関して言えば、だんだんとその差が縮まるような傾向がつづいていくと思われる。

これは和姦系の抜きゲを作っているメーカーにとっては、多少の問題が発生しそうであるが、萌えゲメーカーにとっても、ある程度の問題を発生させるだろう。普通の一枚絵とエロCGの単純な問題を言えば、
むしろそれはある程度は解決済みで、もう5年前からくらい萌えゲは「立ち絵」だけである程度のイベントをこなせるくらい表情変化が多彩になってきており、「一枚絵はエロCGだけで充分」が極論とは言えないレベルに達している
問題は例えば、5回なら5回のエロしーんを、如何に萌えゲというジャンルの物語のなかで有効に配置するか?というところにあるのだろう。むろん、大抵の作品は「取りあえず頭数だけ揃えないとエロ薄だとか言われそうだし……」という理由で、
わりとテキトーにエロシーンの数だけ増やすのだろうし、これはこれで問題の60%ぐらいのところを言い当てている。べつだんユーザーの大半は「積極的にエロしーんを求めている」というよりも、
「エロシーンが少ないよりか多いほうがよさげ」という消極的な理由しかないのであるが、基本的にエロシーンが発売前に体験できず、また萌えゲの場合はいきなりエロしーんだけを見ても意味がないという仕様がある以上、
発売前や発売直後の段階では、エロしーんの「質」よりも「量」のほうに、消極的な理由であれ興味が行くのは避けられないことだと言えるだろう。しかしながら、エロしーんの量が増えれば質が良くなるということにはならないわけで、
あくまで作品の評価としては、萌えゲにおけるエロシーンのありようが問題になってくる。

この「妹スタイル」の場合は、ある程度の早い期間からヒロインとのエッチが始まっており、これまた大雑把な言い方をすれば、シナリオの始まりから終わりまでエチシーンが充満しているといってもいい構造であるが、
これをただ「エロしーん」をずらっと並べ立てただけと解釈するのはあまりよろしくないかもしれない。確かに、物語的には「最初から最後までイチャラブシーン」がつづくわけだから、
エロしーんも同じようにずっと同じ和姦シーンを繰り返していればいいじゃないかと思うかもしれないが、この作品のほうはそこまで単純にはできていないのである。
まず、最初から最後までイチャラブシーンがつづくという物語内容をエロ方面の言葉に置き換えてみると、まぁこの作品のイチャラブシーンがイキ過ぎているところも加味しなくてはならいが、
基本的にはいつエッチが始まってもおかしくないハンボッキ状態にユーザーはいるか、それともそれまでのエロしーんで何回か抜いており、賢者モード状態で孫を見守る爺さんのようにナマ暖かく主人公たちを眺めているかのどちらかであろう。
いや、お前はどーなんだ?と問われれば、流石エロゲオタ歴が長いだけであって「射精すん止めスキル」と「30分でせーえき回復スキル」ぐらいは持っており、発情状態を維持したままエロゲをやっているが、
そのどちらのスキルを使ったにせよ、まぁ時と場合にはよるが、このような長いイチャラブシーンのあいだは「ハンボッキ状態」と「賢者モード状態」の中間点ぐらいのところでいるのが基本だろう。
つまり、次のエロしーんをある程度は期待しつつも、いざ次のエロしーんが始まってそこでいきなりフルボッキ射精せずに「なかなかエロいのう」とニヤニヤしながら股間をハンボッキさせつつ、緩やかな快感に浸っているような感じか。
とはいっても、そのハンボッキは次のフルボッキへの欲望を促しているとも言えるわけで、エロしーんを単体で抜くというよりも、エロしーんの連続性のなかでエロさや劣情を緩やかに刺激させ抜いていると言うのがよくあるパターンだ。

もちろん僕のオナニー方法なんざ基本的にはどうでもいい話であるが、この作品のエロしーんの内容と連続性を語る上ではある種の「枠組み」としてそれなりに役立つかもしれない。
この作品は「最初から最後までイチャラブがつづく」作品とは言っても、シナリオレビューで語ったように、そのイチャラブのありようはシナリオの微妙な進行によってだんだんと意味を変えていくのであり、
当然のことながらエロしーんがその影響を受けないはずがない。これを大雑把に言うと、序盤、中盤、後半、といったように三つのフェイズにわけることが出来るだろう。「みかん」を例に出すと、
序盤の性器の大発明的な宇宙空間エッチから始まって、中盤になるとわりとノーマルな和姦シーンになり、最後はデレデレのエロシーンになるといった感じで、「花梨」を例にだせば、
最初はセックスはギャグシーンじゃありませんと言いたくなる漫才セックスから始まるけれど、中盤にはそういった漫才すらもいちゃつきに変化していって、最後には青葉りんご猫がキャーキャー発情するといった次第。
まぁ全部が全部序盤とか中盤とか三つのフェイズに綺麗に分けられると言う話ではなく、要はイチャラブシーンの変化に合わせてエロしーんの傾向を徐々に変えていくことによって、
ユーザーのヌルハンボッキ状態を飽きがこない程度に複数のエチシーンで温存させつつ、そしてシナリオの重要な変化に合わせてエロしーんをそれにあわせた方向で変更しフルボッキさせハァハァさせようっていう魂胆である。

そこらへんが露骨にやりすぎたのが、これもシナリオ評価と同じく小梅シナリオであって、最初は家庭的で引っ込み思案だった眼鏡キャラが、眼鏡を脱ぐと積極的なエロっ娘になるという話であるが、
これは夏野こおり嬢の熱演を除けばあんまし評価出来ないところである。それはシナリオ評価と同じ理由で、伏線を暖めない上であまり強烈でしかも見え見えの変化を短期的に書こうとすると、その多くは「興ざめ」という印象を与えてしまう。
まぁこんな微妙なシナリオとエロしーんでも夏野こおり嬢は相変わらずガムでおり、小梅ロボだのねこねこ小梅状態での強烈な喘ぎ声だの、取りあえずボイスだけ聴いていればエロイとはいえるので、そこらへんは本編よりもマシであるが。
逆にそこらへんの変化がそこそこ上手くいっていたのは、花梨と柚奈のエロしーんだろうか。花梨は先ほど説明したような流れで進んでいくのだが、序盤のセックス漫才が笑えるのはもちろんのこと、
中盤の半デレ半ツン状態あたりの微妙な誘い受けがいちばん可愛くて、お兄ちゃんをエッチに誘うのが恥ずかしいから勢いとノリでなんとか押し倒そうとするのに、いざ鎌倉となるすぐに本能寺が焼け落ちてしまって、
とろとろの蕩け顔にすぐなってしまうところがアホ妹との正しいセックスのやり方である。柚奈は少々エロCGが残念な出来であり、小梅も多少はそうだったのが、エロシーンの表情がいきなり口をぽかーんと開けすぎてしまい、
エロを感じる前になんかバカっぽく見えてしまうところが柚奈に相応しくないのである。最終的にああいうアへ顔にはなるのは別に良いのだけれど、そこに至るまでにもうちょっとエロ表情差分が欲しかったなぁと。
あとすっかり忘れていましたが、この作品にはエッチアニメがあるんですよね。えーっと、まぁ僕はエロアニメはわりとどうでも良い人間なので、特にそれほど良いとも悪いともおもいませんでしたけど、まぁ悪くないな程度には感じました。
ただ、シーンそのものについてはなかなかよかったのでで問題ない。柚奈の場合は、上記キャラのようなエロしーんの変化は比較的少なく、妹として甘えることを決心したあとは、そっちの方向オンリーで突き進んでいくので、、
多少飽きが来るとも言えるところはあるが、日常シーンの柚奈の壊れ方が半端無く可愛いので、花梨とはまた違った意味でアホな妹を愛でる気分を充分に堪能することができる。

個人的にいちばん抜いたのは、苺花のエロシーンであって、まぁ単純にボイスを殆ど全部聴いたぐらい嵌ったキャラなら、そりゃ興奮しまくるだろうという話もあるわけだが、
エロしーんとその物語の関係性もなかなかよくできていた。序盤のエロしーんは、まだ性には完全に目覚めていないけど、エロいことにはわりと興味がある苺花がエロ知識先行で主人公とエッチするような流れであり、
まだエッチには不慣れで完全には感じないながらも、それでもキスやいちゃつきを繰り返していくうちに、苺花が例の辿々しい口調がさらにメロメロになっていくぐでんぐでんなエロが犯罪臭を引き立てるのである(さいてーですね)。
中盤は一緒に漫画を作ろうという成長物語風味の展開になりながらも、でも二人きりになれる時間が少なくなるの耐えられないといいだし、すぐ我慢の限界に来てお兄ちゃんを求めちゃうダメダメエロエロロリっ娘の苺花がこれまた、
幼気な妹との爛れた近親相姦をやんわりと漂わせてエロティックであり、極めつけはちょっとした不幸のあとの突然のコメディによって、苺花がこびとのメイドさんに変身してしまうシーンだろう。
これは「みここ」から延々と続く旧しとろんスタッフの伝統であり、中指ほどの背丈になったヒロインが主人公の象さんに全身で奉仕するというシチュではあるが、物語の流れから言って苺花が現実と闘わなきゃいけない状況なのにも関わらず、
よりにもよってその苺花が非現実的な子人に変身し、「ご主人様」とかいってノリノリにお兄ちゃんにご奉仕しちゃうところを見ていると、もう同人誌作りとかどーでもいいじゃんこのまま現実逃避に身を委ねようぜとオレは何回も射精した。

現実逃避という点では、オマケのハーレムシナリオが実はいちばん「現実的な」内容だったのは意外だった。いやまぁ基本的には「オマケ」に近い内容だし、エロしーん六回にしても、ちょっとした手抜きがあってあまり評価ができないのだが、
しかし「日本でハーレムは無理なら海外に逃げればいいだろ!}という展開はある意味で現実過ぎる答えであり、この前向きさを他のエロゲもちょっとは見習ったどうだろうかと下らないことをちょっと考えてしまった。
なんか所詮世界は変わらないんだとか、世間に認めらない兄妹の付き合いをどうしたらいいんだろう?みたいなことで鬱っているヒマがあったら、マンギョンボンゴウ(万景峰号、北朝鮮のアレね)をシージャックし、
中にいた船員ともどもに竹島を武装占領しちゃって「我が国は近親相姦とハーレムと少女との結婚を認める変態国家である!」と独立宣言しちゃうような燃え萌えエロゲを是非やりたいものである。
旧しとろんスタッフには「魔法少女の大切なこと」という隠れたチンキ作品が存在するが、今回のような萌えゲー風味の作品だけに拘らず、どんなジャンルでもそのジャンルの物語とは関係なくイチャラブをやるような方向性で、
しかし幅広い作品をこれからも作り続けて欲しいと思った今日この頃でありました。

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