violinsさんの「ぼくのたいせつなもの」の感想

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**ネタバレ注意**

ゲームをクリアした人むけのレビューです。

これ以降の文章にはゲームの内容に関する重要な情報が書かれています。まだゲームをクリアしていない人がみるとゲームの面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。

愛情がエゴイズムの塊で、注ぐこと/与えることがただの押し付けだとしても、それは厭ましいことですか? 相手の想いを踏みにじってでも生き続けさせようと願うことは、行動することは、おかしなことですか?

 >探してゆけばどこかに必ず希望はあるはず……
 >希望はいつだって箱の一番そこに隠れているものなのだから……






ネタバレについては自重しません。
特に破線以後は未プレイ者には配慮していないので注意してください。




ケミカル:生物と同等の構造・機能を持ち、そして意思すら持たせられる"モノ"。
     人の臓器にすることも、生物機能を備えた非生物として解剖の実験対象にし自由に廃棄することもできる。
     …そして、人の姿形を取らせることすらも。

 >生物に近しい構造と機能を持ちながら、なんら良心の呵責もなく自由に使い捨てにできるケミカルは、
  あらゆる分野で重宝される事になる。
 
 >およそあらゆる部分で生物に限りなく近い存在であるにもかかわらず、
  生ある物としての尊厳さえ認められず、簡単に切り裂かれ捨てられる存在……




生まれつき病気によって生命の危機に晒され、他者を遠ざけている主人公 岡崎智樹。
仕事一筋で"私"を出さない厳格な父親 昌行。
険悪ではないが、さほど言葉を交わさない義理の妹 野和。
才色兼備、誰からも好かれるその姿に智樹が「幸福」を見ている相手 冬木茉優子。


彼らはひどく不器用で、必要なだけの言葉も交わしていないし、充分な交流もない。
けれども、他者を貶めるだとか相手を苦しめるだとかを望んでいるのではなく、
当たり前のように幸せを願っているだけ。
「生きていて欲しい」「側にいて欲しい」「助けたい」と、そう願っているだけで。


 >…でも、でもね。ケミカルとして生き続けている、
  その人を見るたびに思うの……
 >これが本当に彼の望んだことだったんだろうかって…


誰もが抱くような思いでも、必ずしも一致するとは限らない。
もしかしたら食い違っているのかもしれない。
相手が望まぬことを押し付けて勝手に満足してるだけかもしれない。

性奴隷として利用するために相手の意思を殺すことと、
生き続けさせるために相手の意思を殺すこと。
目的さえ正当なものであれば許されるのか?
本当にそれは"正当"なのか?
自分と相手の"幸せ"が同じだと言えるのか?

決まりきった、100点の回答があるならばどんなに楽だろうか。
それがないから、それが見つからないから悩み苦しむ。
否定されても、エゴの押し付けであっても。
……それでも。
















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ケミカルという「生物に限りなく近い"モノ"」によって浮かび上がる生命倫理。
医療のため、研究のため。「人を救える」「幸せになれる」。
大義名分があれば許される行為と、それでも許されない行為との狭間。
生物学的にも法的にも"モノ"として扱われ、大多数の人間がそれを「普通」だと受け入れている社会。
"それ"はたとえ思考する存在でも、先日まで友達であった相手でも、
「ケミカルである」、それ一点で全てを覆してただの物として扱われてしまうような存在。

そんな中で、人の姿をした――つい先日まで当たり前に"人"であった――彼女を、
ケミカルだと分かった後も"人"として扱うことはおかしなことだろうか?

彼女が自分の身体に適した臓器を作る為に作られたことを知っても尚、
自分の未来を捨てて"人"として生きて欲しいと願うことはおかしなことだろうか?




智樹の意思を尊重したいと思いながらも、ケミカルを物として扱うことを詭弁だと言い切っても、
それでも死の間際には彼の意思に反してでも茉優子を利用し生き続けさせようとエゴを貫く父親。

ただ智樹に生きていて欲しい、そのためなら犠牲も厭わないと考えていながら、
ケミカルという存在に疑問を感じ、智樹の意思を尊重する決心をした野和。

積み重ねからなる"人"であった頃が薄れゆき、ケミカルとしての即時的な人格に取ってかわろうとする茉優子。
"人"であった"茉優子"は死に、ケミカルとしての茉優子に変わりつつある。
自らの意思で智樹の命となることを"茉優子"は望んだ。
しかし智樹はそれを拒んだ。
自分は死んだとしても、ケミカルとしてでも茉優子に生きていて欲しいと。

病院での場面、"茉優子"の、昌行のエゴが押し付けられた。
智樹は言葉を発せず、拒むことができない状態ままに。




皆が皆、エゴを押し付けあった。
茉優子は死に、智樹は生き残った。

自分の意思を否定された望まぬ生であっても智樹は生きている。前を向いている。
形だけではなくふれ合いのある家族の一員として。"茉優子"の分も懸命に、積極的に。

世界は優しくなく、思いを伝えられないほど不器用で、食い違い反発し合っていた。
辛辣な言葉もぶつけた。「なぜ分かってくれないのか」と憤りもした。
幸せを願っていたのに、幸せから遠ざかっていた。
だけど。
ひたすらに実直で相手を思いやり続けた彼らは、愛おしい。


たいせつなもの
自分の想い、相手の想い。
ぶつかったなら妥協すればいい。
妥協できないならぶつかり続ければいい。
どちらかが折れるなら片方は貫けばいい。
遺して去ってしまうのなら覚えていればいい。
心に刻みつけていればいい。
ひとりでは、ないんだから。


 >愛情とか友情なんて、本当は自分勝手な物なんだ。
  ただ自分が好きな相手を失うのが嫌だというだけの
  本当に身勝手な我侭にしかすぎない……
 >けれど、それが不満だろうか?
 >…もし、この世界に僕だけしかいなかったら、僕に
  どんな価値があると言うのだろう?

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